狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

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17章

1 人狼だったのですね

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「つまり、シロウは人狼だったのですね、グラニー」
 その場にいる全員が衝撃を受けたであろうミドリの告白に、リアムが冷静に返しながらテーブルにグラスを置く。
 ノエルの祖母は昔を思い出すように窓の外に視線をやり、グラスに刺さったストローをくるりと回す。溶けかけて残っていた氷がグラスにぶつかりカラカラと音をたてた。

「血筋はね──。でも、シロウのおばあちゃん……梅子さんはそうじゃないと思っていた」
 そう言ってシロウに視線を向ける。
 まっすぐに見つめられてシロウは少したじろいだ。
「どこから話そうかしら……。シロウのおじいちゃんの士郎さんは、わたしたちの群れの最後の人狼だったの」
 そこで一度言葉を切って、遠くを見るような目をする。そして、それほど間を置かずに少しずつ思い出すように再び話し始めた。

 ミドリの話によると、祖父母から受け継いだサクラコの住む──半年前まではシロウも住んでいた家のある地域は、昭和の初期のころまでは「狼の隠里」と呼ばれていた場所だそうだ。十九世紀の始めには絶滅したと言われているニホンオオカミが、その辺りではたまに目撃されていた。それもそのはずで、人狼たちが人目を避けるように群れを作って暮らしていた。
 その人狼たちがときどき狼の姿になって野原をかけている姿を郷の外の人が目にしていたのだった。
 ただ、昔の……本当の集落は、現在サクラコが住む家がある所より、もっともっと山の奥にあったらしい。
 ずっと長いことそこに住み続けていたのか、どこかから移り住んできたのか──。

「私が生まれる少し前は郷の者のほとんどが狼と人とを行き来していたそうよ」
「そんなに昔?」
 ノエルが驚きの声をあげた。
「まあ、ノエルったら失礼ね」
 そう言って、ミドリはくすくすと上品に笑った。だが、それも束の間に一転して真剣な表情で続ける。
「でも、そんな私たちが小さかった頃には、産まれてきた子供で人狼になれる者は少なくなっていてね……。私たちの世代に郷で狼になれるのは士郎さんしかいなかった──」
 なぜ、祖父以外に人狼が生まれなかったのか──シロウは不思議に思った。何せ、リアムとノエルの群れには未だに多くの人狼がいるようなのだから。
 シロウが知るだけでも、リアム、ノエル、そしてその父親たち。
 それだけではない。
 レナートにマット、そしてサクラコとノエルの婚約パーティーにいた人々。数人どころではない数の人狼があの場にいたのだ。
 その疑問を口にするべきか逡巡していると、リアムが横からシロウの考えを見透かしたように質問をする。
「グラニー、なぜ人狼が生まれなくなったのかご存知で?」
 ミドリは目を伏せて小さく首を横にふった。
「どうしてか正確なことは私は知らない……いえ、誰にもわからないと思うの」
 その表情には少し残念さが滲んでいる。
「村の中だけで結婚相手を探すような時代でもなくなっていたし、きっと、血が薄らいでしまったのだろうと、みんなそんなふうに思っていたわ。その昔、狼は田んぼや畑を荒らす猪や鹿などの害獣をとらえることから、山の神『大神』として長い間あがめられてきたけど。明治以降には逆に家畜を襲うということで、徹底的に駆除が行われたのだそうよ。それに加えて、住処の山々が切り拓かれたりして、日本の狼は相当に数を減らしていた。人狼たちも、狼の姿で自由に野山を駆け回ることも難しくなっていたのではないかしら」

 ミドリはふぅと小さく一息をついて、唇を湿らせるように目の前に置かれたアイスコーヒーを飲む。グラスの中の氷は既に溶けきっていた。
「戦争が始まって……疎開してきた人もいて、そのまま居着く人もいた。そういった知らない人たちに自分たちが狼になれることは伝えてはいなかった。だから、大人たちの中には寧ろこれ以上の人狼は産まれない方が良いと──、そう思っていた人も多かったのかもしれないわ」
 ミドリはシロウに向けていた視線をすっと逸らすと、窓の外を見るともなしに眺める。その頃を思い出しているのか、視線の先は遠くのどこかを見ているようだった。

「梅子さんと士郎さんの子供……シロウのお父さんね、彼も大きくなっても狼に変身するようなことはなかった。それにその次の、シロウやサクラコ達の世代でも人狼は生まれなかったから、もう私たちの世代でこの秘密を守る必要も無くなった……と思っていたのだけど」
 もう、八十歳を超えているだろうノエルの祖母は、まったくその年齢を感じさせないほどしっかりした口調で、その当時のことをほんの少し前の出来事のように三人に語る。

「グラニーはどうしてそんなに詳しく覚えているの?」
 ノエルの疑問はもっともだった。シロウの祖母なら……最後の人狼がいた大神の家の人ならいざ知らず。関係のないミドリがどうしてここまで詳しく覚えている──というより、むしろ知っているのだろうか。
 シロウもノエルに同意するように小さくうなずいた。
「それはね、ノエルのおじい様と私が結婚したからよ」
 先ほどまでの、少し重暗い表情から、恋する少女のような可愛らしい笑顔でそう言うと、ノエルにウインクした。
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