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16章
5 もう行こう
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「そう時間はかからないから、一緒に居たらいい」と言ったリアムに、「邪魔になりますから」と返したシロウは、二つのキャリーケースと一緒に、ロビーにいるはずだった。
ルームキーを受け取り、その場で見回す。フロントから少し離れたロビーの隅にシロウが誰かと話しているのが遠目に見える。服装から相手が男なことはわかるが、年齢や人種はわからない。
(ナンパか?)
そう思って、足早に近づく。鼻を上げて匂いを探る。これは、鬱憤……いや、嫉妬か?
いずれにせよ、友好的ではない。まぁ、友好的だとしても、シロウに声をかける正当な理由があるとは思えない。
「シロウ」
シロウはリアムの声に振り向き、あからさまにほっとした表情をする。
近づいたリアムはメイトから悲しみと混乱の匂いを感じとって、冷静でいられない。
シロウを片手で引き寄せ、「Sherou, who is this guy?(シロウ。誰だこいつは?)」と、怒りを滲ませた声でシロウに問う。
「あの、He's just a colleague of my workplace before.(ただの前の会社の同僚です)」
リアムから発せられるピリピリとした空気に、それが自分に対してではないとわかっていても、少し怯えてしまう。そんなシロウをリアムが抱き寄せる。その手の力強さにシロウの緊張が少しだけ和らいだ。
だが、シロウにはこの状況をどうするべきかさっぱりわからない。唯一できることは、これ以上何か起こる前にさっさとここから立ち去ることだ。
「Shall we get going?(もう行きましょう?)」
「相変わらず要領のいいこって。お前のツラの良さはアメリカでも通用したみたいでよかったな」
シロウがその場を離れようとリアムに話しかけると、会話に割って入ってくる。
リアムが日本語を解さなくて良かった。自分に対しての中傷をリアムに知られたく無かった。
それに、言われたことに「どういうことか」と聞かれたところで、シロウにはこの同期が何故ゆえこんなことを言い出したのか、全く理解が及ばない。
「あの……」
シロウはおろおろと二人を見る。
リアムはさりげなく男の匂いを嗅いだ。緊張、怒り、嫉妬……。
男が何を言っているかはわからなかったが、シロウを傷つける意図だけはわかった。
「Enough.(もういい)」
これ以上この男とシロウを一緒にしておけない。リアムはピシャリと言い切ると、シロウの背中を押してその場を離れる。薄暗い奥まったホールで、リアムは静まらぬ怒りを抱えてエレベーターを待った。
なおも後ろから何か言う声がしたが、シロウは努めて無視をした。
だが、本来なら聞こえないような声も、良すぎる耳が拾ってしまう。それは人狼になったことの弊害だった。
エレベーターを待っている間、シロウの頭には吐きかけられた言葉が蘇る。
好かれているとは思っていなかった。だが、何の関心も引いていないとは思っていた。彼我の差に驚きを禁じ得ない。改めて、いかに自分が本来築くべき人間関係を放棄していたか痛感する。
(あんな風に思われていたとは……)
人の裏を垣間見た気がした。
ただ人付き合いが悪いだけにとどまらず、むしろマイナスしかない。
こんな自分が次の統率者(アルファ)のメイトとして、リアムを支える役割など務まるのだろうか──。
今になって、リチャードの言っていた言葉が、想像以上にシロウの中で重くのしかかってくるようだった。
「大丈夫?シロウ」
はっとしてリアムを見上げる。心配そうな瞳がシロウを見つめていた。
「はい。問題ないです」
リアムに不安を悟られたく無かった。これ以上、リアムの負担になりたくない。
シロウは無理して笑顔を作り、リアムに笑いかける。きっと上手くいっていないだろうが、ちょうどタイミングよく扉が開いたエレベーターにそそくさと乗り込んだ。
ルームキーを受け取り、その場で見回す。フロントから少し離れたロビーの隅にシロウが誰かと話しているのが遠目に見える。服装から相手が男なことはわかるが、年齢や人種はわからない。
(ナンパか?)
そう思って、足早に近づく。鼻を上げて匂いを探る。これは、鬱憤……いや、嫉妬か?
いずれにせよ、友好的ではない。まぁ、友好的だとしても、シロウに声をかける正当な理由があるとは思えない。
「シロウ」
シロウはリアムの声に振り向き、あからさまにほっとした表情をする。
近づいたリアムはメイトから悲しみと混乱の匂いを感じとって、冷静でいられない。
シロウを片手で引き寄せ、「Sherou, who is this guy?(シロウ。誰だこいつは?)」と、怒りを滲ませた声でシロウに問う。
「あの、He's just a colleague of my workplace before.(ただの前の会社の同僚です)」
リアムから発せられるピリピリとした空気に、それが自分に対してではないとわかっていても、少し怯えてしまう。そんなシロウをリアムが抱き寄せる。その手の力強さにシロウの緊張が少しだけ和らいだ。
だが、シロウにはこの状況をどうするべきかさっぱりわからない。唯一できることは、これ以上何か起こる前にさっさとここから立ち去ることだ。
「Shall we get going?(もう行きましょう?)」
「相変わらず要領のいいこって。お前のツラの良さはアメリカでも通用したみたいでよかったな」
シロウがその場を離れようとリアムに話しかけると、会話に割って入ってくる。
リアムが日本語を解さなくて良かった。自分に対しての中傷をリアムに知られたく無かった。
それに、言われたことに「どういうことか」と聞かれたところで、シロウにはこの同期が何故ゆえこんなことを言い出したのか、全く理解が及ばない。
「あの……」
シロウはおろおろと二人を見る。
リアムはさりげなく男の匂いを嗅いだ。緊張、怒り、嫉妬……。
男が何を言っているかはわからなかったが、シロウを傷つける意図だけはわかった。
「Enough.(もういい)」
これ以上この男とシロウを一緒にしておけない。リアムはピシャリと言い切ると、シロウの背中を押してその場を離れる。薄暗い奥まったホールで、リアムは静まらぬ怒りを抱えてエレベーターを待った。
なおも後ろから何か言う声がしたが、シロウは努めて無視をした。
だが、本来なら聞こえないような声も、良すぎる耳が拾ってしまう。それは人狼になったことの弊害だった。
エレベーターを待っている間、シロウの頭には吐きかけられた言葉が蘇る。
好かれているとは思っていなかった。だが、何の関心も引いていないとは思っていた。彼我の差に驚きを禁じ得ない。改めて、いかに自分が本来築くべき人間関係を放棄していたか痛感する。
(あんな風に思われていたとは……)
人の裏を垣間見た気がした。
ただ人付き合いが悪いだけにとどまらず、むしろマイナスしかない。
こんな自分が次の統率者(アルファ)のメイトとして、リアムを支える役割など務まるのだろうか──。
今になって、リチャードの言っていた言葉が、想像以上にシロウの中で重くのしかかってくるようだった。
「大丈夫?シロウ」
はっとしてリアムを見上げる。心配そうな瞳がシロウを見つめていた。
「はい。問題ないです」
リアムに不安を悟られたく無かった。これ以上、リアムの負担になりたくない。
シロウは無理して笑顔を作り、リアムに笑いかける。きっと上手くいっていないだろうが、ちょうどタイミングよく扉が開いたエレベーターにそそくさと乗り込んだ。
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