狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

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14章

5 近くにいるんだけど

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 リアムからのメッセージかと思って携帯をみると、その画面にはジェイムズの名が表示されていた。
 がっかりしつつも、「何か用事があったっけ?レッスンは先週末で終わったかと思っていたけど、聞き間違いだった?」とあわてて画面をタップする。


《Hi, Shiro! If you have nothing to do today, can I come and see you?(よ、シロウ! もし今日なんもすること無いなら、行ってもいい?)》

 思いもよらない人からの思いもよらないメッセージにシロウは驚いた。そういえば、ジェイムズがこの部屋に訪れるようになって数日後に連絡先を交換したことを思い出す。
 今日は約束していなかったことに安堵しつつも、「友人からの気軽な誘い」という雰囲気のメッセージにどう返事をしたものかと、少し戸惑う。
 
 20年以上まともな友人がいなかったシロウにとって、この年下の青年は人狼社会の師匠であり、初めての友人となる人物のように思えた。
 中学、高校、大学……新卒で入社した会社では疎遠な人間関係しか築けなかった。アメリカに行き──環境を変えて、心機一転新たな土地で、新たな交友関係を築きたい──。秋から通う研究室には、仕事開始より前から通って交流を深めておきたいと思っていたが、未だに挨拶以降顔を出せていない。

 ジェイムズはアメリカに来てから、リアム、レナート以外の初めて出来た知り合いだった。リアムは「メイト」、レナートは上司、ジェイムズは……。

 連絡先を交換した時にも、「何かあったら連絡してよ」と、人のいい笑顔で言っていた。
 人との距離感が上手く取れないシロウにはこの関係を「友人」と捉えてよいのかわからなかった。だが、見ず知らずの自分のために時間を取って、親身になって人狼のイロハを教えてくれたジェイムズに悪い感情など抱きようもなく、どうしてメッセージをくれたのか戸惑いつつも、素直に嬉しかった。

 それに一人で部屋にいたくなかったシロウにとって、この連絡は渡りに船だった。
 部屋に勝手に人を入れて良いか少しだけなやんだが、シロウはただ《Sure.(いいよ)》とだけ返信する。
 すると、すぐに携帯はメッセージの着信を再び告げた。

《From now?(いまからでも?)》
《Up to you.(君の都合で)》
《I'm around your hotel.(ホテルのあたりにいるんだけど)》

 SMSの返事を見て、何か用事があって出てきたのだろうか…とシロウは困惑した。
 ジェイムズのほうから「行っていいか?」と連絡をもらっていることなんてすっかり頭からを抜け落ちて、用事があるのに自分に付き合わせるのは、なんだか申し訳ない気がしてくる。
 だが、週末の出来事を誰かに話したい気持ちもあり、ほんの少しだけ悩んでから《OK.(いいよ)》とメッセージを送る。

 それに、人狼に関することで、ずっと疑問に思って聞きたいことがあったことも思い出した。


 返事をした後で、起きてからこの時間までだらだらと過ごしたまま、未だに寝巻姿なことに気づく。
《So, about 10min later.(んじゃ、10分後くらいに)》
 ジェイムズからの思った以上に早い到着予告に、シロウは足早に部屋に駆け込んだ。
 結果、ジェイムズが到着する前に顔を洗ったり、服を着替えることはできた。着替えて鏡の前に立つTシャツ、ジーパン姿の自分を見て、寝起きと大して変わらないなとシロウは残念な気持ちになった。

 
 宣言通りの10分後に、呼び鈴がならされる。
 慌てて、扉を開けると「シロウ、だめだよ。俺だって確認した?」とジェイムズからたしなめられた。
 「確認?」と小首をかしげる様子に、ジェイムズは少しあきれたような表情をする。
「シロウ。ここは日本じゃなくて、アメリカだよ。しかも、カリフォルニア。せっかく人狼なんだから、耳を澄ませたり、匂いを嗅いだりして、だれが来たのか確かめないと」

(確かに)
 来ると連絡をもらっていたので、ジェイムズ以外はいないだろうと扉を開けてしまった。少々不用心だったかと思う。
「まあ、この部屋はそもそも普通の人ではこの扉の前まで来ることもできないけどね」
 茶目っ気たっぷりにウインクをするジェイムズに、からかわれたのかとシロウは恥ずかしくなった。
 顔を赤くして、うつむいてしまったシロウに今度はジェイムズが慌てた。
「ごめんごめん。からかったりしてないよ!本当に!人狼はみんな相手を匂いでかぎ分けてるんだよ。防犯に使ったり。それに日常的に使う方がより感覚に慣れるよ」
「ありがと」
 ジェイムズは自分より年下なのにしっかりしているし、気遣いもできる。自分とは真逆な好青年をまぶしいものを見るように眺める。
「そんな、見つめないでよ。それより入っていい?」
 恥ずかしそうにはにかみながら尋ねる。部屋の中に案内もせずに入口なことを思い出し、「ごめん。入って」と声をかけた。

 
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