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狼の憂鬱 番外編
二人の憂鬱 sideジェイムズ2
しおりを挟む三日前に来た時は夜だったし、レナートの車で来ており、入口から入ったわけではなかったので、気がつかなかったが、呼び出された場所は誰もが聞いたことのある超高級ホテルだった。
エントランスの豪華さに自分のような若輩者が、のこのこ訪れて良いものか、若干入りづらさを感じざるを得ない。一瞬ホテルの前で入ることを躊躇した。
(やばっ。こんなホテル泊まったこともないし、今後泊まることもないだろな……)
などと思いながら、ぐるぐる回る回転扉を押して入ると、効きすぎた空調の冷気がひんやりと体を包み、外との温度差にジェイムズはぶるりと震えた。
勝手に上がって行けない部屋にどうやって入ったらいいか、電話で聞いておけば良かったとまごついていると、親切そうなホテリエが近づいて来る。
「何かお探しですか?」
素直に聞いて良いものか躊躇したものの、おそらくあのような部屋に滞在している人間はホテルの従業員全員が何者かわかっているだろうと希望的観測をして、「ミスターギャラガーの部屋に伺いたいのです」と答えた。
「かしこまりました。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ジェイムズ・マーフィーです!」
元気に答える。
ホテリエは「少しお待ちください」と言って、インカム越しに他のホテリエに連絡をする。小声で話して何か確認をしているようだった。
「ギャラガー様宛に若い男性が訪ねてきている」
『確認します』
「……」
人狼の聴覚はこういう時にも便利だ。おそらくこちらに聞かれないように確認をしたいはずだが、この距離ならジェイムズの耳にはインカムの先の声まで聞こえる。
何も悪いことなどしていないが、不安な気持になってくるのは身の丈に合わないこのホテルの豪華さのせいだろう。
『確認できました。ご案内するようにとのことです』
「お待たせしました。ご案内いたします」
前を歩くホテリエの後ろについて、他の客が乗るエレベーターのあるホールを通り過ぎ、三日前に乗ったエレベーターと同じものがあるホールへと連れていかれる。
ホールの乗り場の操作盤には本来ならあるはずの上下のボタンがなく、代わりに黒いカードリーダーがついている。ホテリエがカードキーをかざすと間もなくエレベーターが到着した。
(どういう仕組みなんだ?)
ジェイムズは素直に感心した。上下のホールボタンがなくて、エレベーターは混乱しないのだろうかと考えながら、後ろについてエレベーターに乗り込む。
かごの中の操作盤にはさすがに行先ボタンはついていたが、この規模のホテルにしてはボタンの数が圧倒的に少ない。「34」、「L」、「B」あといくつかのフロアのボタンしかなかった。ホテリエはもちろん、迷うことなく「34」を押す。
ぐんという重力とともに動き出したエレベーターに併せて、表示灯がどんどんカウントアップしていく。
あっという間にエレベーターは指示した階数へ到着して、ジェイムズはホールに降り立った。
この間来た時は気づかなかったが、このフロアに部屋は一つだけのようで、エレベーターホールから続く廊下は豪華なアプローチが一つの扉に繋がっていた。
(納得。本当にこの部屋専用のエレベーターってことか)
大いに気後れするフロアのつくりに、ホテルの中は肌寒いほどにもかかわらず、ジェイムズの背中に汗が伝う。
「こちらです」と言って、ドアの前まで案内すると、一礼した後にホテリエは来た道を戻って行く。帰っていくホテリエの後ろ姿を見送っていると、ベルを鳴らすより前にドアが開いた。
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