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10章
4 週末の約束
しおりを挟む久しぶりに訓練のなかったので、リアムはシロウと二人きりの時間を過ごしていた。早めの夕飯も済ませてリビングのソファでくっついてテレビを見ながらくつろぐ。
リアムは隣に座って画面に見入るシロウの肩を抱き寄せ、深く息を吸いメイトの甘い香りを嗅ぐ──落ち着いて休らいだ匂いがする。
最近のシロウは以前より随分とリアムに心を許している。近くに寄っても、前まで見せていた緊張した様子や、困惑した香りを纏うことも少なくなっていた。
リアムはそんなシロウの変化が嬉しい。
メイトが側にいるという幸福感を味わう。
「シロウ、週末出かけないか?」
シロウは驚いた。狼になって戻れなくなり、迷惑をかけたのは二週間ほど前。以来、全く外出はしていない。姉との会食もこのホテルのレストランで行っていたくらいだ。
てっきり、リアムはしばらくシロウを外出させるつもりはないのだろうと思っていた。シロウもあの時のことが申し訳なく、外出したいとは言い出せずにいた。だが、少しばかり部屋にいることに飽きてきていたのも事実で、心躍る提案だった。
(今週末だろうか、来週末だろうか)
今週末なら、もう明日の話だ。
「いいんですか?」
喜びを顔いっぱいにして、リアムを見上げる。
「もちろん、俺と一緒にだけど」
「もちろんです!嬉しい」
シロウの可愛らしく喜ぶ様子にリアムは胸をほっこりさせる。
リアムの最後の心配事が、先週になって実家からかかってきた一本の電話だった。
群れの集会ではないが、ごく身内で集まりをするから顔を出せというのだ。
当初、リアムはシロウを一人置いていくつもりはなかったので、断ろうと考えていた。だが、従弟がとうとうメイトを見つけて、群れで行う大々的なお披露目の前に身内だけで、ささやかなパーティをするとのことだった。
流石にそれを断るのは薄情だとは思ったが、リアムも自分のメイトを最優先したかった。
しかし、ジェイムズのおかげもあって、シロウのコントロールは思いのほか上達し、外出が可能なまでになっていた。
これなら、連れて行くのも問題ない。
「どちらに行きますか?」
シロウは目をわくわくと煌めかせてたずねる。
「俺の実家の方に。ネバダとの州境のあたりの山の中だよ」
本当のことだ──全てを話していないけれど。
普段、両親はサクラメントの家にいる。だが、代々の家は群れの狩場のあるカリフォルニアとネバダの州境の山にあった。山奥でちょっと不便だから、月の大半は都会にいるけど、本拠地はそこ、というわけだ。
だから当然、父が統率者アルファをしている群れの集会はその場所で行われる。今回もそこで集まるとのことだった。
「ちょっとした身内の集まりがあるんだが、夜だけだし……」
これも嘘ではない。身内の集まりなのは確かだし、彼らにしてみれば、ささやかなパーティなのだ。普通の人がどう思うかは別にして──。
シロウは少し困惑する。
──部外者の自分が身内の集まりに出ていいものか。
そう考えたあと、「集まりに一緒に出るわけではなく、一緒に行くだけか」と思い直し、「リアムさんが集まりに出ている間、俺どこかで大人しくしてますね」という。
当然のように自分は出席しない前提のシロウにリアムは「いや、シロウも一緒に出て欲しいんだが……」と答えて、様子を窺う。
やはり困惑した表情で、「え……でも……」とリアムを見上げるシロウに「メイトなのだから当然身内」と告げ、渋るシロウを納得させた。
だが、リアムはシロウがメイトであることをまだ公にするつもりはない。人狼というものに慣れないシロウに負担をかけたくなかった。
「シロウがメイトだと紹介するのはもう少し後だけど、でもパートナーとして、一緒に出て欲しいな」
にっこり笑いかけ、シロウの腕を軽くさする。
そうやってリアムに頼まれれば、シロウも頷かざるを得ない。
自分を両親に紹介するとか、親族に紹介されるとかいうわけでなければ、少しは気が楽かもしれないと自分を納得させる。
「わかりました」
シロウが承諾してくれたことに、リアムは安堵した。
「早速、明日出発なんだけど……」
「何か用意するものはありますか?」
シロウにそう尋ねられ、リアムは少し考え「いや、二日分の着替えだけ用意しておいてくれ」とだけ伝える。
これもある意味では本当──。
スーツはすでにリアムが用意させているから。
(そもそも、シロウはスーツを持っているか……)
スーツが必要なパーティだと言ったら、きっとシロウは「そんなきちんとした集まりなのか?」と気負うだろう。
もしかしたら、「行く」と言った返事を反故にするかもしれない。それはダメだ。
本当は一からオーダーのスーツを着せ替えに着せ替えを繰り返して作りたかったが、これもシロウの気持ちに負担になるかもしれないとあきらめた。初めてメイトに送るプレゼントはサプライズだ。そう思うことにする。
「今日は早めに休もう。明日は朝には出発するよ」
シロウはおもむろに立ち上がり、「では、準備しないと」と部屋に戻ってしまう。リアムは一人ぽつんとソファに残された。
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