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8章
7 こころとからだ1
しおりを挟む戻るべきか戻らざるべきか。
悩んだところで、変身を自分でコントロール出来ないシロウには戻りたかろうと、戻りたくなかろうと悩むだけ無駄なのだが、どちらでいたいのかは自分自身と向き合わなければならないとは思う。
狼の姿はシロウにとって、案外気楽だということに気がついた。
幼子のように世話を焼かれる恥ずかしさと面倒をかけている心苦しさを除けば、駆け引きや疑念といった煩わしい人間関係がそこにはない。
無駄なことも言わず、訊かれたくないことも聞かれず、ただただ熱心かつ惜しみなく、手厚い世話をされ、甘やかされる。
甲斐甲斐しく世話をされているという点は人間でも狼でも変わらないのだが……。
種族間の言語的コミュニケーションの断絶により、言いたくないことを訊かれたり、聞きたくないことを言われたれたりはしないで済むことは、人付き合いの苦手なシロウにとって都合がよく、思ってもみなかったメリットだった。
狼ならただ甘やかされるだけ。こんなに心地よいことはない。
いつまでも狼の中に引き篭もっていたいと思う弱い自分がいた。
リアムがボウルとグラスを手に戻ってくる。
食器に直接顔を突っ込むことに抵抗を感じていたシロウの様子を慮って、2つの入れ物で水を持ってくるという、その細やかな気遣いにリアムの優しさを感じる。
水の入ったボウルとグラスをシロウの目の前に置き、慈愛に満ちたような目で見つめている。
シロウは戸惑わずにボウルに口をつけると、舌を伸ばして、一所懸命に水を舐めた。
狼の姿での慣れない行動で、口やボウルの周りをびちゃびちゃにしながら、中の水を全て飲み(舐め)干す。
その間もずっと、リアムは片時も目を離さずにシロウを見つめていた。
──慈しむような眼差し。
それが狼の絆ゆえなのか、リアムの本心からの行動なのか、シロウには判じ難かった。しかし、向けられる愛情に欺瞞や嘘偽りは感じられない。
献身的なリアムに対し、ただ自分が傷つきたくないために逃げ出し、今も何も語りたくないがために狼の姿に閉じこもる自分をシロウは卑怯だと思った。
──リアムを信じたい。
いや違う。そんなことは関係ない。
──リアムにどう思われていようと、自分はリアムを好きだ。
これが真理であるというように、胸の奥から想いが溢れた。
──この気持ちは間違っていない。
萎れて枯れてしまったと思った小さな恋の花は鮮やかな大輪の花となってシロウの胸に咲き開く。
狼の本能であろうと、メイトではなかろうと。自分のことを好きなのかとか、リアムが自分を狼に変えたのかとか、そんなことはシロウにはもうどうでもよくなっていた。
出てくる事実がなんであろうと自分がリアムを好きだと言う気持ちは変わらないと気づいてしまった。
どうしようもなく惹かれる想いに気づかないふりをしたり、何処かへ押しやったりすることはもう出来ないと思った。
先程まで心地良いと感じていた狼の姿から一転して、一刻も早く人の姿に戻り、リアムに自分の想いを伝えたいと気持ちが逸る。
しかし、ことはそう単純ではなかった。シロウが戻りたいと思っても、すぐには身体の変化はおとずれず、シロウは焦る。
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