狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

文字の大きさ
上 下
47 / 146
8章

7 こころとからだ1

しおりを挟む
 
 戻るべきか戻らざるべきか。

 悩んだところで、変身を自分でコントロール出来ないシロウには戻りたかろうと、戻りたくなかろうと悩むだけ無駄なのだが、どちらでいたいのかは自分自身と向き合わなければならないとは思う。

 狼の姿はシロウにとって、案外気楽だということに気がついた。
 幼子のように世話を焼かれる恥ずかしさと面倒をかけている心苦しさを除けば、駆け引きや疑念といった煩わしい人間関係がそこにはない。
 無駄なことも言わず、訊かれたくないことも聞かれず、ただただ熱心かつ惜しみなく、手厚い世話をされ、甘やかされる。
 甲斐甲斐しく世話をされているという点は人間でも狼でも変わらないのだが……。
 種族間の言語的コミュニケーションの断絶により、言いたくないことを訊かれたり、聞きたくないことを言われたれたりはしないで済むことは、人付き合いの苦手なシロウにとって都合がよく、思ってもみなかったメリットだった。

 狼ならただ甘やかされるだけ。こんなに心地よいことはない。
 いつまでも狼の中に引き篭もっていたいと思う弱い自分がいた。
 

 リアムがボウルとグラスを手に戻ってくる。
 食器に直接顔を突っ込むことに抵抗を感じていたシロウの様子を慮って、2つの入れ物で水を持ってくるという、その細やかな気遣いにリアムの優しさを感じる。
 水の入ったボウルとグラスをシロウの目の前に置き、慈愛に満ちたような目で見つめている。

 シロウは戸惑わずにボウルに口をつけると、舌を伸ばして、一所懸命に水を舐めた。
 狼の姿での慣れない行動で、口やボウルの周りをびちゃびちゃにしながら、中の水を全て飲み(舐め)干す。
 その間もずっと、リアムは片時も目を離さずにシロウを見つめていた。

──慈しむような眼差し。
 それが狼の絆ゆえなのか、リアムの本心からの行動なのか、シロウには判じ難かった。しかし、向けられる愛情に欺瞞や嘘偽りは感じられない。
 献身的なリアムに対し、ただ自分が傷つきたくないために逃げ出し、今も何も語りたくないがために狼の姿に閉じこもる自分をシロウは卑怯だと思った。

──リアムを信じたい。

 いや違う。そんなことは関係ない。

──リアムにどう思われていようと、自分はリアムを好きだ。
 これが真理であるというように、胸の奥から想いが溢れた。

──この気持ちは間違っていない。
 萎れて枯れてしまったと思った小さな恋の花は鮮やかな大輪の花となってシロウの胸に咲き開く。

 狼の本能であろうと、メイトではなかろうと。自分のことを好きなのかとか、リアムが自分を狼に変えたのかとか、そんなことはシロウにはもうどうでもよくなっていた。
 出てくる事実がなんであろうと自分がリアムを好きだと言う気持ちは変わらないと気づいてしまった。
 どうしようもなく惹かれる想いに気づかないふりをしたり、何処かへ押しやったりすることはもう出来ないと思った。
 
 先程まで心地良いと感じていた狼の姿から一転して、一刻も早く人の姿に戻り、リアムに自分の想いを伝えたいと気持ちが逸る。
 しかし、ことはそう単純ではなかった。シロウが戻りたいと思っても、すぐには身体の変化はおとずれず、シロウは焦る。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...