狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

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8章

5 狼のまま

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「シロウ……」
 耳元で切なげな声を上げるリアムに、腕の中のシロウがぶるりと身を震わせる。がっちりとホールドされた腕から逃げ出すことはおろか、身じろぎすらかなわない。
 リアムはなおも自身の昂りを押し付てくる。

「人間に戻らないのか……?」
 リアムは聴こえないくらい小さな声で呟いた。だが、シロウはいま狼である。ばっちり聞こえていた。
──戻れるくらいなら、とっくに戻ってる。

 そうなのだ。
 シロウだって、人間に戻りたい。狼に変わって、もう12時間以上経った。
 昨晩、狼の変化してから、外で動物のように排泄する屈辱にも耐えた。いい加減元に戻ってもいいとシロウも思う。
 寝ている間に人間に戻っているかと希望的観測をしていたが、シロウの姿に変化はなかった。コントロールが自発的に出来るようになっていたわけではないが、シロウ自身は心が落ち着いたら自然と戻れるものと思っていた。しかし、そううまくもいかなかった。
 
 いやもしかしたら、そもそもシロウは心の底では戻りたくないのかもしれない。

 狼の姿のままなら、人間の言葉を話さなくてよい。どうして帰らなかったのかも説明しなくて済むし、何よりリアムから聞きたくない決定的なセリフを聞かずに済む。
 そんなのは問題をただ先送りにしているだけだし、いつまでもこの姿でいられないことくらいシロウにもわかっている。
 でも、この姿のままならこの居心地のいい関係を壊さなくて済むのではないか、そんなふうに思わずにいられなかった。
 リアムはなおもぎゅうぎゅうとシロウを抱きしめ、気づいているのかいないのか、依然としてシロウの腰に硬く滾った股間を押しつけてくる。
 シロウは居た堪れずに小さく「くぅん……」と短い鳴き声をあげると、同時に「ぐぅうううーー」という盛大な腹の虫が鳴く。

(お腹!!!)
 考えてみれば、昨日のブランチから向こう、何も食べていない。
 こんな状況でも、空腹を忘れずに腹が減る自分の現金さが情けない。
 恥ずかしさに身を縮める。片時も離したくないというように抱きしめていた腕をすっと離してリアムが優しく声をかけてくる。
「お腹減ったね。朝ごはんにしようか?」
 くるりとシロウをひっくり返し、向かい合わせにすると、「狼のときはあまり食事らしいことはしないんだ。狩りでうさぎとか捕まえるけど……。生肉は……」と言われたところで、その後に続く言葉を聞く前にシロウは大きく被りを振った。
「だよね。じゃあ、何か食べれそうなものを用意するから待ってて。」
 そう言うと、リアムは部屋を出て行った。

 リアムが出ていったあと、シロウはまじまじと彼の部屋を見渡す。
 リアムがシロウに貸している部屋に訪ね来ることはあっても、シロウがリアムの部屋に入ったことはなかった。
 招かれたこともないし、立ち入る用事も特に無かったので、今般初めてリアムの寝室へ足を踏み入れたというわけだが……。

 さすがプレジデンシャルスイートのマスターベッドルームである。
 シロウが使わせてもらっている部屋だって、普通のホテルのダブルルームよりも遥かに広い。大きくないとはいえ、小さいとも言えない十分なワークデスク、小さなソファとローテーブルも入ってなお、余裕なスペースがあると思えるくらいだ。

 それなのにこの部屋ときたら……。この部屋だけで、普通の部屋がいくつはいるやら。ベッドがあることでかろうじて、ベッドルームを名乗れるかもしれないが、これは最早寝室の域を超えている。キングサイズのベッドが2台くっつき、その前には60インチくらいありそうなテレビがテレビボードというには大層な棚の中におさめられ、応接セットのようなものに、どっかの社長室の机か?というようなマホガニーのデスク、その後ろには図書室かというような背の高い書棚が備え付けられている。そして、それら全てがゆったりと配置され、整然として、塵ひとつないほどにぴかぴかに磨き上げられており、人が生活をする部屋というより、モデルルームか、何かそういった類いのもののようで、ただ唯一、人の営みの痕跡があるのは、いま自分が寝そべるベッドとワークデスク上に積み上げられた書類だけだった。

(凄いなぁ……掃除、大変そうだ……)
 などという、どうしようもなくどうでもいい庶民的感想しか、シロウの頭には浮かばなかった。
(こんな部屋にいたら、落ち着かなくないのかな……) 
 つくづく、リアムとは住む世界が違う人種だとシロウは思った。
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