狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

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2章

1 とまどい1

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 部屋を出ると驚いた。そうでなくとも、広い部屋だとは思っていたが、まさかホテルのプレジデンシャルスイートとは。
「あの、ミスターギャラガー」
「リアム、だ」
 年齢に似合わない少し膨れたように返された返事に可笑しさが込み上げた。
「リアムさんはここに住んでいるのですか?」
 驚きに尋ねる。
「仮住まいだが、しばらくはここに住んでいるね」
 ひえっと小さな感嘆を洩らす。
「寝る場所兼オフィスがわりだが、自宅は別にあるよ」
 そう答えるとフロア専用のエレベーターを呼ぶ。

 こんな超がつく高級ホテル……しかも、その最上のプレジデンシャルスイート──を仮住まいと言ってのけるこの男にシロウは不審感を募らせる。
何故、自分にここまでするのか……。
 怪しいものじゃない、傷つけない……嘘をついている様には思えない気がするが、そんな甘言をおいそれと信じられるほど、シロウは素直でも幼くもない。
 シロウは住む世界が違う人種だなと思った。


 シロウは常に何かに怯えているようだった。それがリアムには何なのか分からずにイラつく。
彼を知りたい。深く知り、心を開いてほしい。そう思うが、常にバリアの様なものを張られ、そう簡単に踏み込ませない頑なさがある様に感じる。
 しばらくは様子を見よう。少しずつお互いを知れば、彼の心の扉に入り込む隙間が出来るかも知れない。


地下の駐車場の車寄せに立つと、ホテルのスタッフらしき人物からリアムは鍵を受け取る。すでに目の前に止められていた車は一目みて、高級車とわかるSUVだ。
リアムが紳士よろしく、助手席のドアを開ける。気恥ずかしくなり、そそくさと助手席に乗り込むと、そのまま座席に縮こまる。
車は音もなく走り始めた。


 眺めていたリアムの横顔から視線を外し、車窓の眺めに移すと、シロウはそのままもの思いに耽る。

 このまま逃げてしまおうか……そう思ったとき、車はすでにシロウが居を構えるマンションの前に着いていた。
 シロウは助手席に座ったまま逡巡していた。
「ここじゃないのか?」
 いつまでも降りようとしないシロウにリアムは訝しげに声をかける。
「あ、あぁ…ここです。」
 物思いから引き戻されて、バツが悪そうにそそくさとシートベルトを外した。
「具合が悪いのか?」
 心配そうに声をかけられる。
「大丈夫です。」
 何事もない風を装って、助手席から抜け出した。

 3日振りに戻った部屋は、自分が部屋を出た時と変わらない様子で、自分のテリトリーに戻れた安堵からシロウは息をついた。
 後ろからついてきたリアムに部屋の中を見回され、彼の住む高級な部屋との違いに恥ずかしくなった。
「あまり、そう見ないでください。普通の学生アパートのたぐいですよ。なんの変哲もない。」
 そういうと、ベッドしかないワンルームの部屋に備え付けられたクローゼットへ近づく。
 
 リアムはシロウの部屋に入った瞬間から、小さな部屋に満ちた彼の匂いに自分の狼が強く反応していた。
視界が白黒に変わりそうになるのは頭を振って、落ち着けようとした。

 人狼の匂いは感じられないが、桜の花のような甘い良い香りはやはり彼の匂いだったのだな。ここのいると自分を抑えるのが大変だ。

 リアムがこんなに自分の欲望をコントロール出来ないことも珍しい。今度は股間に熱が集まり、ズボンの前を押し上げてきた。
 ふと、忙しなく動いていたシロウが動きを止めたのが目に入り、視線を向けると、耳まで真っ赤にした彼が俯いていた。

 なんで、身体が熱くなるんだよ!
なんか股間も痛い気がするし、落ち着かない。
 シロウは一人そわそわしていた。

 リアムは微かな欲情の香りをシロウから嗅ぎ取る。
 これは……シロウも欲情しているのか。
 嬉しくなったリアムはシロウへと近づくと、流れるような動きでシロウにキスをした。
 柔らかな唇にリアムは自身の舌を滑らし、結ばれた上下の隙間に舌を這わせる。
 「んんぅ……」
 シロウが僅かに呻きを漏らす。リアムはその反応を見て、更に口付を深くする。
 とろんとした目をしてキスを受けていたシロウが驚きに目を開く。

「!!」
 リアムを両手で突き飛ばし、自分の口に手をあてる。
「何……するのですか!」
 一瞬何が起きたかシロウは理解出来ずに困惑した。
 返ってきた反応にリアムも驚く。

 しまった!これは間違えたに違いない。と思った時には遅く、シロウから怯えと恐怖の匂いが溢れ、全身から威嚇するような気配が立ち込める。
「すまない……悪気は無かったんだ」
 慌てて弁明をする。俺の欲情に当てられたのか。これは良い兆しだ。自分の状況にシロウは影響されるということか。
「その……とりあえず、早く荷物を纏めるといい。俺は車で待っている。何か手伝いが必要なら呼んでくれ。」
 そういうと、部屋をでた。


 何!?なんでアイツ俺にキスした??
 頭の中をぐるぐるとまとまらない考えが空回りする。
もしかして、もう知られているのでは。という疑念が湧き起こり、恐怖した。

 俺をどうするつもりなんだろう……もう、逃げ出したい。日本に帰りたい。一人になりたい。そう思わずにいられない。
 彼の部屋に行くために荷物をまとめるなんて、まっぴら御免だ。としばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。
 

 どれくらい時間が経っただろう、ポケットの携帯が鳴る。携帯を見るとリアムからの着信だった。
 このまま、電話に出ない…という訳にもいかないかと思い、通話ボタンを押す。
『俺だ。まだかかるか?結構荷物は多いのか?』
『問題ありません。少し片付けを……もう少し待っていてください』
 そう短く告げると、相手の返事も待たずに電話を切る。
 時計を見ると、1時間ほどはボーっと突っ立っていたようだ。
 このまま、逃げることも出来ず、引き伸ばしたとしてもたかが知れている。観念して、身の回りの少しの荷物と着替え、PCのみを鞄に入れて、部屋を後にした。


「さっきはすまなかった」
 走り出した車の中でそう告げられて、シロウは先程の出来事を思い出して、赤面する。

 今時、ティーンの処女だってこんな反応はしまいと思い。リアムは驚いた。

 うーん、日本人はシャイだって聞くし、まぁそんなもんか。
 リアムは自分が手を出した相手にーそれが女性だろうが男性だろうがー拒否をされたことが無かった。
そもそも、自分から行かずとも相手が寄ってくる。拒否されるなんて考えたこともない。

 シロウはなんと返していいか分からず、無視を決め込むことにした。
 そこからホテルまでの道はお互い何も話さず、車を走らせる音だけが車内に響いていた。

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