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1巻
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しおりを挟む「結局ぅ~……男はやっぱり、上品で育ちのいいお嬢様が好きってことなんだよねぇ」
最初にペースを乱されてしまったせいか、その日の理乃はアルコールの回りが随分と早かった。十年ぶりの再会に緊張していたのは最初だけで、気づけば高校時代のように恵介に向かってグチグチと文句を吐き出していた。
「私にはぁ、ただ自分の都合よーく仕事をしてもらえるように、愛想を振りまいてただけなんだよね。気づかないで浮かれて、本当ばっかみたい」
チューハイを飲み干した恵介は、理乃の話を聞きながらもどこか退屈そうに氷の入ったグラスをカラカラと揺すった。
「で。結局お前は、その男のことを好きだったのかよ?」
「好きじゃないよ! 別に! ただ単に……」
「ただ、何だよ。期待して弄ばれた私がバカみたいってか」
「弄ばれてない! 何回か二人でご飯に行っただけだっつうの」
「でも結局はそういうことだろ」
「まあ、そうだけどさ……」
理乃はそのまま突っ伏し、コツンと額を冷たいテーブルにくっつけた。
今、自分が面倒くさい酔っぱらいになっているという自覚はある。同級生との久々の再会で、これはない。気づけば理乃の傍には恵介しかおらず、他の皆はそれぞれが小さくグループを作って別々の話題に熱中していた。
「好きなのかって言われたら、違うけどさ。でもさ、期待しちゃうじゃん。二人だけであんなイイトコ色々連れてってくれたら」
「……イイトコ?」
心なしか、恵介の声が低くなる。
「そーだよー。センチュリーなんたらかんたらのディナーとかぁー、お肉が柔らかくてめっちゃ美味しかった」
「なんだ、そっちか」
「なんだとは何よ!」
「なんでもねえよ」
伏せたままの理乃の髪を、恵介がクシャクシャとかき回す。
「……ったく、久々に会ったと思ったらそれかよ。お前のコイバナなんて聞きたくねえっつの」
「コイバナじゃないってば! バカにされたみたいでムカつくだけ!」
理乃はガバッと顔を上げると、底に数センチ残っていたビールを一気に飲み干し、タンッとテーブルにジョッキをたたきつけた。
「うわ、あぶねーな。もうやめとけよ」
しかめっ面をした恵介が理乃の手からジョッキを遠ざけた。さり気なく指が触れどきんと心臓が高鳴ったが、アルコールのせい、と火照る身体に言い聞かせる。
「……なによ。平気そうな顔しちゃってさ」
テーブルに顎を乗せると、そのままの姿勢で恵介の顔を見上げた。
「ん、なんか言ったか?」
「べつに!」
過去のことを気にして避けられたりしたら傷つくくせに、かといって平然とされているのも気に食わない。
じゃあどうしてほしいのよ、と自分でも思う。
「……こういう面倒くさい女だから、向こうにとっては論外だったんだろうな。相手があんだけ美人のお嬢様じゃ敵うわけもないし、そもそも住む世界も全然違うだろうし。わかってるから、別にいいんだけどね」
自嘲気味につぶやくと、テーブルに頬杖をついた恵介がちらりと理乃を見下ろした。
「……その程度かよ」
「少なくとも、恵介に愚痴ってスッキリする程度! だから……もういいの」
無理に笑みを浮かべて、恵介を見上げた。
本当は、違う。少なくとも理乃の方では、坂下に対して淡い恋心を持っていた。競争の激しい職場でバリバリと実績を伸ばす姿は格好よかったし、海外の顧客との電話でネイティブさながらの英会話をする姿にも憧れた。
そんな彼が自分だけを食事に誘ってくれるのは純粋に嬉しかったし、付き合えるかもしれないと感じていたこともあった。
「でもお前が誤解するくらいの、思わせぶりな態度はされてたってことなんだろ? なのに何も知らされずにいきなり結婚って、何遊ばれてんだよ」
いきなり核心をグサリとつかれた。二股――と言っていいのかはわからないけれど、理乃に気のある態度を取りながら他の女性と結婚を考えるくらい親交を深めていたというのに一番傷ついた。
所詮自分は、セカンドということか。
飲み過ぎたアルコールが仇になって、じわりと涙が浮かぶ。ごまかさなきゃとジョッキに手を伸ばしたが、一瞬早く恵介がジョッキを持ち上げてしまったためスカッと空を切る。
「理乃……もう飲み過ぎだって。久々の再会で、そりゃないだろ?」
恵介の声色が優しくて、不意打ちできゅんと胸が鳴った。
(あの時にもっと勇気を出してたら……恵介との関係は、何か変わってたのかな)
「……久々の再会だから、いいんじゃん」
恨めしげに上目遣いで口を尖らすと、また額をぴんっと軽く弾かれた。
「結婚がそんなにうらやましいか? お前も人並みに結婚なんてしたいと思ってるんだな」
「……そりゃ、憧れくらい持ってるよ」
「なになに、前島結婚したいの?」
結婚、という単語に反応したのか、周りの友人たちが理乃と恵介の話題に入ってきた。これ以上二人で話していると、泣いてしまいそうだったのでちょうどいい。
今までの話を知らない同級生たちは、呑気に結婚の話題で盛り上がり始めた。
「でもまだ俺らの年じゃ、結婚を焦ったりしねえよなあ」
「男はそれでいいだろうけどさー。女は違うでしょ。若ければ若いほどよく売れるもん」
「売れるって……そんな身も蓋もねえ言い方すんなよ」
すかさず恵介が突っ込みを入れたが、女性陣は理乃の言葉にウンウンと一様にうなずく。
「男はさー、三十過ぎてからもバリバリだし、むしろ三十過ぎてからの方が落ち着いてるからいいんだろうけど」
「そそ、自分が年取ってても若い子捕まえればいいだけだしね」
「女は大人の魅力でなんとかしたくてもさー、春になってピチピチの新入社員が入ってくるのを目の当たりにすると、年には勝てないなあって実感しちゃう」
「ああわかるー!!」
思わず身を起こして、理乃も賛同する。そんな女同士の会話に、恵介は若干引いたようだ。
「そんなもんかねえ」
恵介は興味なさげに枝豆に手を伸ばすと、ぷつりと口の中へと豆を放り込む。
「若いってだけで有利なわけねえだろ。少なくとも俺にとっては関係ないけど」
「恵介……十年ぶりに再会したら、アンタなんか成長した?」
大げさに驚いてみせながら恵介の肩に手を乗せると、意外にも彼の身体がびくりと反応した。
(あ、れ?)
その反応が恥ずかしくて、慌てて手を引っ込めてしまう。少なくとも、十年前の彼はこんなことではまったく動じなかったはずだ。
「成長なんて……してねえよ。お前と違って、な」
わずかに嫌味を含んだ声色に、理乃はどうしていいかわからなくなった。
「でっもさー! 理乃の会社なら、将来の有望株がよりどりみどりなんじゃない? 今日の飲み会メンバーの中で玉の輿に乗れそうなのって、理乃しかいないよね」
反対隣にいた友人が、大げさに理乃の脇を小突いた。
「有望株って……」
蒸し返されたくない話題に、うんざりと肩を落とす。
「だってさ! あの超一流のこみやま証券だよー? まあよくあんなとこに就職できたもんだよ」
「それは、自分でも驚いているけどさ」
「どうどう? やっぱり同僚は皆高学歴?」
「あー、うんまあ……東大とか早稲田とか慶応とか、そういう超有名どころの大学なんて、普通だと名前しか知らない関わりのない存在じゃん? でも、同僚の人は皆そういうとこ出身なんだよね」
「ひえ~! すごっ! むしろ気後れしてやりにくそうな感じするけど」
「学歴の高さと仕事のできるできないは比例しないと思うけど、女子社員はともかく男子は高学歴の人しかいないかも」
証券会社の花形、営業部のしかも一課にいるせいもあると思うけれど、実際理乃の周りの男子社員たちはこっちが恐れおののく学歴の人ばかりだ。仕事上ではそんなこと関係ないし、気にならないという素振りをしているけれど……専門学校卒の派遣上がり、ということを気にしていないといえばウソになる。
そしてそういう高学歴な彼らは、さっさと自分に釣り合う女性を見つけて早々に結婚を決めてしまうのだ。
社会的地位も高く待遇もいい今の会社を辞める気はさらさらない。とはいえ、今回のことはかなりダメージが大きかった。
坂下と結婚したかったのかと問われれば、そんなことはまったく考えていなかった。けれど「結婚相手」という土俵にすら上がらせてもらえなかったことで、理乃のなけなしのプライドはひどく傷ついた。
「あー、結婚したい」
思わず、ぽつりとつぶやいていた。
「何? 結婚したいんだ、理乃」
「え? なんか可笑しい?」
女友達にからかわれ、ムッと反応してしまう。
「いや、そういうタイプには見えなかったからさあ。こっちに出てきて、バリバリ仕事に生きてるんだと思ってた。だから、意外っていえば意外」
「そんなことない。したいよ、結婚。もう誰でもいいからもらって、とか思うことあるもん」
誰でもいいは言い過ぎだけれど、誰かに深く理解されたいという気持ちはいつもあった。たった一人でもいいから自分を心底愛して支えてくれたら、もっと楽に生きていける気がするのに。さらに、さっさと結婚して自分を見下していた坂下を見返してやりたいという浅はかな打算も、少なからずある。
「はー……結婚、したいな」
しみじみとつぶやき、気を取り直して何か追加注文しようとメニューを手に取った時だった。
「じゃあさー理乃、恵介と結婚しちゃえばいいんじゃね?」
斜め向かいに座っていた男友達が、若干口の端を釣り上げながらニヤニヤと言い放った。
「……は?」
突拍子もない提案に、眉間にシワを寄せて聞き返す。
「だって、誰でもいいんだろ? だったら恵介とかいいんじゃねえ? お前ら、ずっと仲良かったよなあ」
「な、仲良かったら結婚するとかそれおかしいでしょ!」
思わず声を張り上げる。
「あー、でもそれ、結構妙案かもよ?」
「ちょっ……亜希子まで?」
酔っぱらいの戯言か、そのふざけた話に女友達たちまでもが乗り始める。
「同級生カップルができたら、楽しそう。結婚した後とか、二人の家が皆の溜まり場になったりとかしてさ!」
「お、それもいいな!」
肝心の二人をよそに、周りは一気に盛り上がった。
「理乃と恵介なら、絶対に合うと思うよ~。高校時代だってあんなに仲良かったじゃん。ねえねえ、あんたら本当に付き合ってなかったの?」
「だから付き合ってないってば!」
理乃だけが、顔を引き攣らせながら必死に抵抗している。恵介は何も思わないのか、しれっとした様子で淡々とチューハイを飲み続けるばかりだ。そのクールな横顔を見つめていたら、虚しさが込み上げてきた。
(訂正するまでもないってことか。そうだよね。私のことなんかなんとも思ってない……一晩一緒にいたのに、何もしなかったくらいだもんね……)
忘れていたはずの古傷が、ズキリと痛む。
理乃はハーッと深いため息をつくと、メニュー表を開いた。
「なんかアホらしくなってきたわ。すみませーん。あ、たこワサと月見つくね。あと生ひとつー」
伝票を手にやって来た店員に、淡々と注文を告げる。
「まだ飲むのかよ?」
「別にいいじゃん。ほっといてよ」
「拗ねんなって」
ふいに伸びてきた手が、くしゃりと理乃の髪をかき回した。高校時代によくされていた仕草で、あの頃は何も反応していなかったはずなのに、今の理乃には刺激が強い。払いのけようとしても、身体が動かない。
「……まあでも、理乃と結婚するのって、案外いいかもな」
「はっ?」
理乃の頭に手を乗せたまま恵介が言った。唖然として恵介を凝視する。
「何言ってるの恵介。さっきの私の話、ちゃんと聞いてた? そういう風にからかわれるの、私すごくイヤなんだけど」
「別にからかってるわけじゃねえよ」
恵介までもが、こんなふざけた話に乗っからないでほしい。昔の感情が、蘇りそうになる。
上辺だけでも、なんてことないって顔で取り繕わなきゃ――
理乃が必死になって作った顔は、ひどくふてくされたものだっただろう。
「お前、誰でもいいって言ったじゃん。俺もそんな感じ」
「そりゃ……言ったけどさ。でも、はずみっていうかなんていうか、その……」
本当は、誰でもいいなんて思っていない。だからこそ、恵介が『誰でもいいから結婚したい』だなんて思って理乃に言っているのなら、かなりショックだ。
「俺も、恋愛とかめんどくせーし。もうそーいうのいいんだけど、このままってのもちょっとな。なんだかんだ言って、独身男に世間の風は冷たいし」
「二十代で恋愛が面倒くさいって……アンタ今までどんな恋愛してきたわけ?」
理乃だって、決していばれる恋愛遍歴を持っているわけではない。なのに、つい上から目線でそう言ってしまう。
「面倒くさいのに世間体を保つために結婚したいなんて、まさか恵介……実はゲイとか!?」
話題を逸らすためにわざとウケを狙って言ったつもりが、恵介は顔色を変えずに理乃を見返した。
「それだけはない……と思うけど、いや、わからん」
「わ、わからんってどういうことよ!?」
「バイかもしれないって思ったことはあるから。それこそ高校の時かなあ」
「え、マジ!?」
思わず恵介の方へと身を乗り出した。
「なんでなんで! 誰相手に? 教えて!」
「ホラ、バスケ部に黒木っていたじゃん。アイツだけは、なんつうかいい匂いがするっていうか……傍にいると、こうクラッときたことが何回か」
「あああああ! わかるわかるぅ~! 黒木くんなら許す! アンタいい趣味してるじゃーん!」
どん引きする周囲の友人たちをよそに、理乃は恵介の右腕をバシバシと叩いた。
「私としてはそれ、高校の時に教えてほしかったなあ。そしたらアンタを見る目もちょっと変わったかもしれないのに」
「なんだよお前、もしかして腐女子か?」
「違うけど! でも黒木くんとなら許す!」
「アンタたち……マジで、何わけのわかんないことで盛り上がってんの?」
「ホラ、やっぱり相性いいじゃーん」
呆れたように周りに笑い声が湧きおこる。理乃の前には先ほど注文した生ビールとつまみが並んだ。
「そりゃあ、まあ……ね。うん」
その後に、なんて言葉を続ければいいのかわからなくなった。
――そりゃあ、恵介は特別だから。
そんなことを言ってしまったら、皆の思うツボだ。
(そもそも、恵介はどうして今頃になって上京してきたんだろ)
彼の実家は農家のはずで、卒業後はひとまず家業を手伝うと聞いていた。成績のいい恵介が進学しなかったことに、教師たちもがっかりしていたのを思い出す。
東京では初春でも、北国の地元はまだまだ雪が残っていて農作業はできない。だから農家にとって暇な時期には違いないけれど、ただの観光に来たというムードでもない。
「ねえ恵介。そもそもなんで東京に来たの?」
周りに聞かれないようにコソッと耳打ちしてみると、恵介は不機嫌そうに片眉を上げてみせた。
「何って……仕事……みたいなもんっていうか」
「え? 実家の? なんか会合でもあるわけ?」
「会合ってお前、何言って」
「もしかして、実家の農家を手伝うのをやめてこっちで働く……とか? あ、出稼ぎ?」
恵介は怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだ、お前知らないのか」
「は? 知らないのかって……何を?」
話がまったく見えずに首をひねる。すると恵介は驚いた顔をしつつも、ひらひらと顔の前で手を振った。
「いや、知らないなら知らないでいいや。仕事のことは、ひとまず聞くな」
触れてはいけない話題だったかと、ひとまず口を噤む。
(家業が思わしくなくて、出稼ぎにきたとか? それか、農家の仕事がイヤになって家を飛び出してきたとか……)
聞くなと言われたらこれ以上は聞けない。もしかして、恵介は現在無職という可能性もある。
理乃は無意識にうーんと腕組みをしていた。
「どーしたの理乃。難しい顔しちゃって」
「あ、いや」
選ばなければ、都会にはいくらでも仕事がある。故郷の旭川では周りの目もあるしそうもいかないだろうが、東京にいればバイト程度の仕事なら簡単に見つかる。
対して自分は、運良くとはいえ大手の一流企業に勤める身だ。リストラが今後ないとは限らないけれど、ひとまず福利厚生もしっかりしている。結婚をしても仕事を続けている社員はたくさんいるし、理乃だっていつか結婚をしたとしても仕事は続けたいと漠然と考えていた。
早い話、恵介が仕事をしていなくても、見つけた仕事がバイト程度でも――今の理乃なら、養っていけるかもしれない。
「正直さ、寂しいよね。一人の生活って」
ぽつりとつぶやく。
「私もさー、本当運良くだけどそれなりにいい会社に勤めさせてもらってるし、なんかあっても……恵介一人くらいなら、なんとか養っていけるかな」
「え? ちょい待てよ理乃、お前何言って……」
言いかけた目の前の友人の足を、隣の恵介が思いっきり蹴った気配がした。
「っ!!」
涙目で悶絶する向かい側の友人をちらりと見ながら、恵介はどこかで仕事に対して引け目を感じているのかな、などと思う。
恵介はジロリと友人を一瞥した後に、身体ごと理乃の方へと向き直った。
「もしかして理乃、俺のこと養ってくれるのか? それは心強いな」
「でも、何もしてないとかヤダよ。ヒモみたいじゃん。食費くらいは稼いでくれないと困るし、そうしてほしいなって思うけど」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
にかっと歯を出して恵介が笑った。確かに、彼とだったらなんだか楽しい結婚生活が送れそうな気もする。
(結婚と恋愛は違うって、もしかしてこういう意味なのかも……)
チビチビとビールを飲みつつ、いつの間にか理乃の気持ちはすっかり結婚の二文字に支配されていた。坂下ではなく、恵介との。
「な、理乃。俺と結婚してみるか?」
ほんのり恵介の声が掠れているのは、アルコールのせいだろうか。試すような口ぶりなのに、なんだかフワフワと夢見心地になった。
いつもより酒が回っているためか、それとも十年ぶりの再会だからか、隣の恵介がやけに格好よく見える。ほんのり赤く潤んだ目がじっと理乃を見つめていて、その視線を誤解しそうになった。
結婚なんて、きっと冗談だ。恵介の中では、たとえ上京して一流企業のOLとして働いていようが多少垢抜けようが、理乃は高校時代と同じく「一番の女友達」のポジションから変わらないのだろう。
「そうだねー。しよっか、結婚!」
彼の冗談に乗っかったつもりでとびっきりの笑顔でそう言ってみせたのに、いきなり恵介は顔を赤くして真顔になった。
「え、マジで?」
周囲の友人たちも理乃のノリに驚いたのか、瞬時にシンとなる。
ちょっと待て。
理乃だけが、一人で慌てた。
「え……って、ちょっと恵介! この流れなら当然そうなるでしょ!」
「ご、ごめん。大丈夫大丈夫」
恵介は軽く頭を振りつつ、大きな手で自分の額を押さえた。
一体なんだというのだ。こんなやりとりなら高校時代にも何度かしたことがあって、
『俺ら付き合ってみるかー?』
なんて恵介の方から言われたことも一度や二度ではない。そんなやりとりの延長の感覚だったのに、真面目な反応をされては焦ってしまう。
(あ……でもその度に私は「絶対やだ!」とか言って否定してばっかりだったかも)
となると、彼のふざけた冗談に乗っかっただけとはいえ肯定したのは初めてになる。しかしそれに気づいても、もう後にはひけない。
「ノリが悪いなあ、恵介。そこは冗談でもなんでもうまく乗っかってくれないと私の立場が……」
笑顔でなんとか続けた言葉は、いきなり遮られた。
パタパタと顔を扇いでいた左手を、恵介に力強く握られたことによって。
「よし。しよう。結婚」
「は……?」
ふざけてるだけだと思ったのに――
理乃の顔を覗き込んだ恵介の顔は、真剣そのものだった。すぐ近くで顔を見つめているからこそ、何を考えているかわかる。真剣な時に見せる表情は、高校の時からなんら変わりがなかったからだ。
ごまかそうと思っていたのに、この言葉を流すことができなくなった。
(どうしよう、なんでこんな反応してくるわけ――!?)
頭が働かず硬直した身体で、理乃ができることといえば――
無言のまま、恵介の勢いに押されるようにこくんとうなずくことだけだった。
そして周りの友人たちも、どう反応していいのかわからない様子で自分たち二人を見守っている。
「え、何このムード? なんかあったの?」
結局なんともいえない微妙な空気は、トイレから戻った同級生の一言によって破られるまでそのままだった。
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