クラウディオ・ガヴァンの初恋の行方

いかくもハル

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遅い初恋

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「あっぶねぇー」

 クラウディオは講義が終わると同時に立ち上がり、「トイレ行ってくる」と二人に告げると、二人が何かを言うより早く、走ってトイレの個室に駆け込んだ。
 鍵を掛けて便座に腰を下ろすと同時に両手で顔を覆う。

 ギリギリだった。
 場所が場所だがトイレの話では無い。
 とにかく今は一人になりたい。

 まだ心臓が狂ったようにバクバクしている。

 アドリアと一緒に校門まで行き、カミーユを視界に入れた瞬間からアドリアに背中を叩かれるまで、どうやらずっと見入っていたらしい。

 彼から漂う香りがあまりに甘く、思わず抱き寄せて鼻を擦り付けたくなった。
 手のひらには必死に耐えようと握りしめた時の爪痕がしっかり残っている。

 (これがあれか、"番"ってやつの香りか?)

 心の底から湧き上がる歓喜に自分が自分じゃない様な気がする。
 今もカミーユの側に行きたくて、ずっと腕の中に閉じ込めたくてうずうずするのを必死に堪えているのだ。

 いやいや、会ったばかりでいきなり抱きついて離さなかったら、それ、変態だからな!!と頭の片隅では認識している。

 流石に数多の男女が誘蛾灯の様に群がるクラウディオとはいえ、初対面の男性に抱きついたら犯罪である。
 それぐらいわかっていても、心は震えが来るほどの歓喜が湧き起こる。
 ゴッッッとトイレの扉に思わず頭を打ちつけた。
 そうしないと、我を忘れてしまいそうになる。

「いや、マジかぁ~。番って…….どうする、俺ぇぇ」

 またカミーユを見たら、我を忘れて腕の中に抱き寄せてしまいそうで怖かった。



 その後の講義など、ほぼ頭に入っていない。
 平静を装い、カミーユに吸い寄せられるように目が行くのを何とか堪えるのに必死だったのだ。
 彼から離れて、やっと一息つく。
 改めて、竜性の持つ番への想いの強さに自分でも慄いていた。

 ただ、疑問も残る。
 "番"とは異性では無いのか?
 どんな美女より光輝いて美しくとも、カミーユは紛れもなく男だ。
 それでも、どうしようもなく、彼に惹かれている自分がいる。
 あいつが欲しいと本能が叫んでいる。
 クラウディオ自身も自分の気持ちの変化に戸惑いがあった。
 何しろ、自分から誰かに惹かれるなど、初めての事だった。

 クラウディオ19歳にして初めての恋。
 そして相手は男。
 この国は同性婚も認められており、両思いに成れば結婚することもできる。

 両思いという言葉にさえ、ときめく始末。

 だが、とふと我に帰る。
 冷静に考えれば、あの汚れの無い天使のようなカミーユに汚れ切った自分など相応しく無いし、釣り合うはずも無い。
 カミーユからすれば、見上げるほどに大きく、男女関係なく誰とでも寝るような素行の悪い男だ。
 出会ったばかりで信頼関係も無く、番だからと告白したところで当然拒否される可能性の方が高い。
 自分だって、こんな男は嫌だし、そもそもカミーユは男を恋愛対象とするかどうかもわからない。

 身勝手なのは承知の上だが、番が判明した以上、クラウディオはもう一夜を求めて夜の街に繰り出す気持ちは金輪際無くなった。
 ただ、求める相手は到底手が届くとは思えなくても。

「はあ~、ヤバイな。俺、どうしたらいいんだ?」

 まともに眠れるとは思えないが、だからといって誰かれ構わず寝る事はもう出来ない。
 番に出会えたのは喜ばしい事なのだが、それ以上に厄介な事になったと頭を抱えた。
 とにかく、この気持ちは今はひた隠しにしてカミーユに接するしか無い。
 うっかりクラウディオの番などとバレて完全拒否されたらもう生きて行けない。

「よし、アドリアに相談だな」

 一人トイレの個室で拳を握り、まずは何でも話せる親友に聞いてもらおうと決めた。
 自分で考えても堂々巡りするだけだ。むしろ、悪い方にしか行かない。
 アドリアなら自分の事もカミーユの事もよく分かっている。

 少し気が楽になったクラウディオは、やっと個室から出た。



 教室に戻ると、カミーユとアドリアが席で楽しそうに話をしていた。
 クラウディオの目にはそこだけスポットライトを浴びたようにキラキラとして見える。
 華やかなこの二人はとにかく目立っていた。

 仲良さげで、カミーユと並ぶとお似合いのアドリアが羨まし過ぎて恨めしい。
 だからといってカミーユと仲良くしてるアドリアを睨む事は出来ない。
 何しろ、アドリアにはこれから良きアドバイザーになってもらわなくては困るのだ。
 心の中で冷静になれ、俺!と言い聞かせ、後ろから二人に近づく。
 アドリアが気配を感じて振り返ると、ちょっと心配げに眉根を寄せる。

「おかえり。凄い勢いで走って行ったけど、腹でも下したの?」

 そこは見なかったことにして欲しかった。グッと我慢。

「まぁ、そんな所だ。ところでアドリア、今日お前んち泊まってもいいか?」
「良いけど。随分久しぶりだね、うち来るの」
「たまには良いだろ」
「もちろん。あ、そうだ、カミーユも来る?父さんに会うのも久しぶりだろ」

 アドリアが左隣のカミーユに向き直って誘った。
 アドリアの後ろでやや慌てたクラウディオの様子を見て、カミーユは自分がいない方が良のかな?と思いながら首を振った。

「ごめん、アドリア。今日は家に兄さんと姉さん達が来るから早く帰って来いって言われてるんだ」

 結婚して家から出た兄姉達が来るのは本当のことだった。
 今日から専科に通うと聞いて、忙しいみんながわざわざ心配して自分に会いに実家に帰って来るのだから、不在にするわけには行かない。

 視線を感じてチラリとクラウディオを見れば、先程と違い真摯な眼差しでこちらを見ていた。

 (凄いな、黄金色に揺らめく炎のような瞳だ)

 カミーユはこんな色の瞳は見た事がなかった。
 領地でも王都でも。綺麗だなとふと思った。

「次はぜひ、カミーユも」
「あぁ、うん。ありがとう」

 クラウディオの言葉に気がつけば返事をしていた。
 夕陽のような赤い髪も黄金色の瞳も、淡い色合いに見慣れたカミーユには凄く新鮮で眩しい。

「ふーん、わかった。相変わらずお前んとこの兄姉たちは心配性なんだな。クラウディオは後でな」
「あぁ」

 相談の目処がつき、何とかいつもの余裕を取り戻したクラウディオはカミーユとは反対側のアドリアの隣に腰を下ろした。
 講義はまだまだある。
 アドリア越しにふと香る番の匂いに、軽く眩暈を覚えながらため息をついた。
 今日の一日は長そうだな、と。

 (魔術で何とか出来ないか、クリストファーさんに聞いてみよう)

 このままではいつかカミーユを攫って閉じ込めてしまうかもしれない。
 竜性の感覚を鈍くする事が早急に必要だった。

 その様子を横目で見て、何かを感じたアドリアはやれやれと首をすくめた。



 ****

 放課後、従兄弟のリオンが教室まで迎えに来た。
 クセのないサラサラの淡いアッシュブロンドでカミーユより一つ下だが、既に身長は10cmほど高く、これからもっと伸びそうだ。
 典型的なロックス家の麗しい風貌だが、瞳はブルーグレーに金の粒が舞っているように見える不思議な色合い。
 母親の妖精眼ほど虹色に輝いているわけでは無いが、少し受け継いだようだ。
 父親譲りの魔術の才能もあり、元王国騎士団第一隊の騎士だった母親譲りの剛腕を持つリオンは魔術騎士を目指している。
 そしてもちろん、彼もカミーユに懐いている。
 いくらか懐きすぎてるくらいだ。
 今も見えない尻尾がぶんぶん触れているようだった。

「カミーユ!!帰ろう」
「リオン、教室まで来てくれたんだ」
「広いから慣れない内は迷子になりそうだろ」

 誰も彼もカミーユに甘い。まるで小学生扱いだ。
 身体が弱く心配をかけ続けて来た自分のせい。
 それがわかるだけに思わず苦笑してしまう。

 カミーユの父グラントとリオンの父アシュレイは兄弟だが、母親同士も実は仲の良い姉妹なのだ。
 リオンとは実の兄弟達より年も近いし、本物の弟のように思うくらい仲も良い。
 領地で行われる半年に一度の大きな催事、「お屋敷渡り」ではいつも一緒に行動している程。


「じゃ、帰るよアドリア。また明日」
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「転移だから、気をつけようがないんだけど」
「それでも、だよ」

 全く、どっちが心配症なんだか、と思いながらクラウディオにも挨拶しようと目をやる。
 黙ってると彫刻のように冷たく見えるほどの美貌なのに、笑みを浮かべると一気に親しみやすくなるから不思議だ。
 そういえば、初めて笑顔を見たな、と思った。

「クラウディオ、またね」
「またな、カミーユ、リオン」

 リオンが元気にじゃーねー、とカミーユと転移して行った。
 あ~ぁ、行ってしまった。世界は一気に光源が消えたようにクラウディオは感じた。

「さて、俺たちも帰るか」

 まだカミーユのいた場所を見ているクラウディオにアドリアが声をかけた。

があるんだろう」

 ニヤリと笑みを浮かべながら。
 右手で顔の半分を覆うようにしてクラウディオが呻く。

「バレてたのか・・・・」





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