19 / 78
【7】
「いい~い日ぃ~旅~立ちい~」①~焙義・ロンヤ・モモタロー・ヒロキ編~
しおりを挟む
「メッセンキャル王家の後継ぎ?」
「ああ。さすがのおめえも興味あるだろ?」
「あるわきゃねーだろ。関係ねえし」
「そう言うなって。おめえの身体ん中には、半分はアッロマーヌの血が流れてんだろ?」
「だから何だってんだよ。だいたい俺は“ゼーユ派”だし」
「バカッ! めったなこと口にするもんじゃねえよっ」
遊牧民の青年は、周りを気にしながら、仲間のヒロキをたしなめる。
「こんな大平原のド真ん中で、他に聞いてる奴なんかいやしねーよ。」
「そりゃそうだが……
メッセンキャル王家の家臣を甘くみちゃいけねえ。奴らはどこにひそんでるか分かりゃしねんだ」
「んなこたぁ、どーでもいいからよ。後継ぎってのが誰なんか早く話せよ。
話したくてウズウズしてんだろ? 聞くぐれえならしてやっからよ」
ヒロキは、出来たての魔山羊チーズを手に取り、青年に差し出した。
「ヘヘッ、サンキュな。そーそー、その後継ぎだ。
俺もこないだ初めて、知り合いにコッソリ教えてもらったんだけどな……
アッロマーヌ国次期王の座を得るのは、なんと娘のラベダワがいよいよ有力になったって噂だぜ」
「それって、王子をさしおいてって事か?」
「事実上、あの国に王子は存在しねえよ。
本題はこっからだ。そのラベダワ王女が、近い内にドリンガデス国を訪問するらしいんだ。
な? 不思議な話だろ?」
「確かに、そいつぁ謎だな……ドリンガデスとアッロマーヌは犬猿の仲じゃなかったっけか?」
何事にも深い関心を示さないヒロキだが、この内容には少し興味がわいた。
「両国の王様は、若え頃からひどくいがみ合ってたようだしな」
「跡目を譲る娘のために、そろそろお友達ごっこやっときましょーって腹かよ」
「そういやぁ、もうすぐアッロマーヌで王女のバースデーパーティーがあるらしいぜ。
俺たちが見たこともねえよーな大金かけて、ド派手にやるんだろうな」
「へぇ~。王女ってのも大変だな」
「おっと、いけねえ。もう行かねーと。酒屋のあんちゃんとバーターの約束してんの忘れてたよ」
青年は、魔山羊チーズを口の中につめ込み、急いで魔馬の背にまたがった。
「いい酒が手に入ったら分けてやるからな」
「俺はパンとミルクと肉があれば十分だよ」
「ま、そう言うなって! じゃあな、ヒロキ!」
「ああ、またな」
ヒロキは適当に青年を見送った後、魔馬の首に掛けている袋から丸っこいパンを取り出した。
「やっぱコレだろ」
いつもより早めの朝食タイム。
まだ柔らかい食べ頃のパンに、ヒロキはかじりつこうとしたのだが――
(犬猿の仲と言えば……この前こんな感じの時に“奴”の声が聞こえてきたんだよな……)
メッセンキャル王家の家臣より何より面倒な存在、煎路がまたその辺にひそんでいるのではないか……
ヒロキは注意深く大平原を見渡した。
特に石には目を光らせた。
もしかしたら石ではなく、石に見せかけて煎路のアイテム鉄鍋かもしれないからだ。
(……どうやら、今回はいねえみてーだな)
ヒロキは心から安堵し、朝日を眺めながら、再度パンにかじりつこうとした。
すると、地平線の向こう側から太陽をバッグにし、二頭の魔馬がこちらに走って来るのが見えた。
「んん??」
逆光でハッキリとは確認できないが、一頭の魔馬には二人が乗っており、
もう一頭の魔馬に乗っている一人は大きく手を振っているように見える。
それだけではない。
「ヒーローキーッッ!!」
手を振っている何者かが、雄叫びを上げるごとく自分の名を大声で呼んでいるではないか。
「おいおいっっ。まさかだろ……!?」
耳になじみのある、その通りのいい声ーー
「モモ!! モモじゃねえかっっ!!」
間違いない。モモタローだ。
ヒロキは満面の笑顔になり、大事な朝食そっちのけで魔馬たちめがけて駆け出した。
あっという間にヒロキの元にやって来た魔馬の背中から、魔馬が止まるのを待たずしてモモタローが勢いよく飛び下りてきた。
「ヒロキッ! 元気だったかい!?」
モモタローは勢いそのままに、力強く思いきりヒロキに抱きついた。
「いてててっ! しめ殺されたんじゃ元気もクソもねーよ!!」
「ハハハッ。その言い回しも見てくれも、ちっとも変わってないなぁっっ」
「そーゆーお前は、なんでこんな妙なモンぶら下げてんだよっっ」
モモタローの喉元で揺れるズエヒョー教のペンダントをつかみ、
ヒロキはもう片方の腕をモモタローの首の後ろに回してガッシリと押さえこんだ。
「いたたた! 僕は煎路とは違うんだっ。手荒い歓迎はやめてくれよなっ」
「お互い様だろ!?」
二人はじゃれ合い、ケラケラと笑う。
「ヒロキ。モモとの再会の喜びついでだ。お前も俺たちに付いて来るか?」
後から来た魔馬の上からは、焙義の声がした。焙義の後ろにはロンヤも居る。
「焙義ニィ、ロンヤ、また会えたな! それにしてもなんだって三人とも、俺の居場所が分かったんだ?」
「愚問だな、ヒロキ。遊牧民たちにきいていけばお前の居所はすぐに分かるさ」
「ヒロキさんは何て言うか……その、たいていこうゆうとこにいるからね」
「こうゆうとこって何だよ。それに付いて来いって……どこに行くってんだ? 焙義ニィ」
「詳しく話せばちっとばかり長くなるぞ」
「そんなら家ん中に入ってくれよ。足投げ出してじっくり聞くからさ。
こないだは煎路のせいで、せっかくみんなと会えたってのにまともに話が聞けなかったしな」
ヒロキの家、テントの中で、さっそく四人は懐かしい昔話に花を咲かせ、近況を報告し合った。
煎路不在でこうして語らうのは、なんと楽しく和みに満ちているのだろう。
「そういやモモ。モンジさんはどうしてるんだ? お前と一緒に魔界に来てないのかよ?」
「父さんは残ってるよ。荒くれ者の魔界人が人間界に来襲した時のためにね」
「へぇ~。そんなヒマな連中がいるもんなんだな」
「ヒロキは一度も人間界に訪ねて来なかったよな。
父さんはヒロキに会いたがってたんだぞ。僕たちだって……」
「わりーわりー。他の世界ってのに心が動かなくてよっ。
俺って奴は心が動かねえと全く身体が反応しねえからさっ」
「お前は俺たちと違って、魔界で生きていく道を選んだくらいだからな」
気まずそうに頭をかくヒロキに、焙義はほほ笑んで言った。
「そんなカッコいいもんじゃねーよ。魔界を選んだっつうよりは、よそへ行っても同じだろうって一人で白けてただけで」
ヒロキは照れくさそうに、ますます頭をかく。
「ヒロキの選択が正しかったのかもしれないな……」
ボソリとつぶやいたモモタローに、モモタロー以外の三人の視線が集中する。
「僕は……
僕たちブレンドは魔界で暮らしても未来なんかないと思ってた。
人間界での生活は最高で、二度と魔界に戻るつもりはなかったし、ヒロキたち友人をのぞけば魔界には何の未練もないはずだった。
なのに……こうしてみんなで話してると、魔界にも結構いい思い出があったんだなって……」
「モモ……」
「モモタローさん……」
「でも父さんは、僕以上に魔界を敬遠してるけどな」
「モンジさんもいざ帰ってくっと、お前みたく魔界の良さにも気づくんじゃねえの?」
「父さんの場合、そんなレベルじゃないんだよ。完全に魔界を遠ざけてる感があってさ」
「まあ……モンジさんにも色々あるんじゃねえの? 俺たちよかずっと長く生きてきてんだからさっ」
「そうだけど……」
「あ、それよりさ。クロソメマスが近づいてっけど、みんな予定はあんのかよ?
ねえなら久々にパーッと騒ごうぜ!」
ちょっぴりしんみりとしたムードになりかけたところで、ヒロキは明るい話題を提供した。
「ク、、クロソ?? メス??」
初めて聞いた言葉に、魔界に無知なロンヤだけは頭をひねらせた。
「クロソメマスだよ、ロンヤ。
大魔神が産まれた日だとされ、魔界ではその日を迎える前から長期の祝日に入るんだ」
焙義はクスリと笑い、ロンヤに説明した。
「へぇ~、クロ……ソメマス……クロソメマス……あ、言えた……」
「今の僕はキゴーズ神オンリーだから、クロソメマスを祝いはしないよ」
モモタローが、さらりと言う。
「何なんだよ、キゴーズ神て。その妙なモンと関係あんのか?」
ヒロキは再び、モモタローのペンダントに目をやった。
「妙な物じゃないさ。キゴーズ神はズエヒョー教の偉大なる……」
「ああ~、もういいぜっっ。俺には理解できねえ世界っぽい気がする」
「何だよ、聞いておきながら」
モモタローは、小さく口をとがらせた。
そんなヒロキとモモタロー二人のやりとりを前にして、
(ヒロキさんは……やっぱり、煎路さんに似てる……)
ロンヤは破顔した。
「クロソメマスか……持ってきた金は豆実に渡したが、今回のバイトでいくらかは稼げたしな。
ロンヤに魔界の行事を経験させるにはちょうどいいかもしれねえな」
「焙義ニィ。煎路を追ってドリンガデスに行くんだろ? あの国ならあちこちの広場で盛大にクロソメマスマーケットをやるはずだぜ?」
「お前も来る気になったか? ヒロキ」
焙義がそう返すと、今度はヒロキに、ヒロキ以外の三人の視線が集中した。
「……煎路の奴はどーでもいいけどよ。そっちは行きてえ気もするなぁ~」
「決まりだな」
焙義はにんまりして、ロンヤ、モモタローと顔を見合わせた。
「無事に煎路と合流できれば、やっと全員集合だな。
モモ。なんたら教はとりあえずおいといてよ、マーケットくらいなら付き合えるだろ?」
「もちろんだよ、ヒロキ。実を言うと、クロソメマスマーケットは久しぶりで、ちょっと楽しみだったりもするんだ」
「モモさんも、みんな、その……クロソマス、マーケット……行った事あるの?」
「クロソメマスな。ああ、当然さ。大半の魔界人にとってクロソメマスは特別な日だからな。
僕たちもこの時期になるとクロソメマスを迎える用意をして、仲間とよくマーケットに出かけたものさ。
まあ、僕たちが行ってたのは、たいてい田舎の規模の小さなものだったけどな」
「豆実とおばさんも今頃は、部屋の飾りつけや買い出しもろもろに追われてるだろうぜ」
忙しくしている二人の様子を、焙義は思い浮かべていた。
「焙義さん……あの、プルダちゃんのこと、忘れてない??」
アップルダの名前が入っていない。
ロンヤはもじもじしながら、焙義にきいてみた。
「忘れちゃいないが、プルダはそおゆうのは得意じゃねえからな」
「そっ。アイツはいつも、おばさんにせっつかれてしょーことなしに手伝ってたんだけどよ。
今回は豆実もいるこったし、完全に手ぇ引いちまってるんじゃねえのかぁ~?」
「アハハッ。アップルダは男の子みたいだからな」
「せっかく可愛い顔してんのによ。しゃべり方といい性格といい、なんか女子っぽくねんだよなぁ~」
「ヒ、ヒロキさんっ。そおゆうのって、セクハラじゃないのかな……それに、プルダちゃんは、なんて言うか、その……」
ロンヤが珍しくムキになり、ますますモジモジしている。
「なんだよ、ロンヤ。お前ひょっとして、プルダに気があんのかぁ?」
「え……えっと……」
ヒロキは冗談を投げかけたつもりだったが、ロンヤは分かりやすく動揺し、赤面した。
「おっ? まさか、図星かよっ」
「……ち、ちが……」
「なぁ~に赤くなってんだよっ」
アップルダに寄せ芽生えつつある密かな恋心をいとも簡単に見ぬかれ、しかも三人の知るところとなり、ロンヤは恥ずかしい気持ちでいぱいになっていた。
(穴がなくても、掘ってでも入りたい……)
抱えこんだ両膝の間に頭をうずめ、ロンヤは縮こまった。
「ヒロキ、からかうんじゃねえ。
ロンヤはただ、プルダも女の子らしいとこがあると言いたかっただけだ。
アイツは何かとロンヤの世話をやいてるしな」
丸まった身体から今にも湯気の出そうなロンヤの心情を察してか、焙義はそれとなく助け舟を出した。
「へぇ~、あのプルダが世話をねえ。そんなら見込みあるんじゃねえの? ロンヤ、告白してみろよ」
「だから本人が『違う』つってんだろ」
「ソイツは『ちが』までしか言ってねえじゃん」
「最後の『う』を発する前に、お前が勝手にちゃかしたんだろーが。
コイツは一言に時間がかかるんだ。辛抱強く待ちながら最後まで聞いてやれ」
「俺はまだロンヤに慣れてねえし、まどろっこしくて待ってなんかいられねーよ。
それからロンヤ、セクハラってのは煎路のためだけにある言葉だ。以後気を付けろっっ」
「二人とも、ちょっといいかい?」
ロンヤを巡り軽く言い合う焙義とヒロキの間に突然モモタローが割って入り、発言の許可を求め改まって片手を上げた。
「モモ、どうしたんだ。かしこまって」
モモタローは自らのペンダントを握りしめ、目をきらめかせてロンヤを直視した。
「ロンヤ。もし君がアップルダに好意を持っているとしたら、心して聞いてほしい」
「……へ……?」
ロンヤは赤面したまま、ゆっくりと顔を上げる。
「人を好きになるピュアな想いは美しく形づくられ、絵画のごとく鮮やかに彩られていくんだ。
それは決して目には見えないが、どんなに隠しても隠しきれやしない。
いずれは白日の下にさらされてしまうんだ」
「……なんか、悪事が暴かれるみてえな言い方だな」
ヒロキの突っこみも、モモタローの耳には入らない。
どうやら、モモタローの中の“図絵表師魂”がここへきて呼び起こされたようだ。
モモタローはその後も延々とロンヤにキゴーズ神の教えを説いて聞かせ、
ロンヤのほてった顔面も身体も、次第に熱を失っていった。
「モモ……いいかげんにしろ」
焙義はうんざりして目を閉じ、眉間に手を当てる。
「お前のワケ分からねーなっげえ説教のせいで、ロンヤの顔からピュアな彩りもなくなっちまってんだよっっ」
ヒロキが語気を強めると、モモタローのなめらかな舌がようやく止まった。
「あはっ……ごめんごめんっ。信者の方を相手にしてるつもりで、つい……」
モモタローは両手の手の平をこすり合わせ、ばつが悪そうにあやまった。
「それよりな、さっき聞いた話なんだけどよ。
アッロマーヌ国の王女が近々、ドリンガデス国を訪れるそうだぜ?」
またしても、ヒロキが別の話題に切りかえた。
「本当かい? 両国はいつから友好関係になったんだ? 昔は冷えきった関係だったのにさ」
モモタローは、目を丸くする。
「安心しろよ。今でもとことん冷えきってるさ」
「だけどなんで王女なんだよ。ドリンガデスの王子と政略結婚でもさせるつもりなのかい?」
「あんだけ不仲をキープしてきたってのに、いきなり和睦だの同盟だの政略結婚なんて有り得ねえだろ。
それに王女はおそらく、アッロマーヌの次期国主になるって身だからな。
他国に嫁がせるなんざ、王様が絶対にさせたりしねえよ」
「じゃあ、ただ単に、出向いて行くアッロマーヌも受け入れる側のドリンガデスも、少しずつ歩み寄ろうと努力してるって事なのかな。
僕たちの居ない間に、魔界も変わってきてる感じだなっ。平和的解決は素晴らしいよ」
「両国の関係が徐々にぬくもってく可能性は無きにしもあらず……とは言え、そんな簡単じゃねえと思うけどな~。
どっちも海千山千の大国で、筋金入りの腹黒い王様同士だもんな~」
「腹黒……!? そんな王様の息子に、煎路さん……挑戦したんだね……ホント、大丈夫かな……」
ヒロキとモモタローの会話を聞き、ロンヤは煎路の身の上が無性に心配になった。
と同時に、今さらながら、ひとつの疑問がわいた。
「焙義さん。自分たちも、煎路さんも、身分を証明する物なんて……ないよね? どうやって他の国に……?」
「俺たちが魔界に来てすぐに、ビルじーさんが切符と一緒に四人分の国境通行証を手配してくれたんだよ。
お前のは俺が持ってるし、煎路と豆実にも渡してある。
それにな、ロンヤ。魔界の国境は意外とガードがゆるいんだぜ」
「へえ……」
ロンヤはある意味、感心した。
どうやら魔界は、その点は人間界よりも開かれているようだ。
「煎路を心配してもするだけムダだが、やりたい放題やってるのを早いとこ止めねえとな」
焙義の言葉に、他の三人はそろってうなずいた。
「しかし焙義クン。煎路はあんな凄い魔馬をどこでどうやって手に入れたんだろうか?」
「煎路さん、お金なんか……持ってなかったよね……?」
「さあな……とにかく、アイツは後先考えずにそん時の欲望だけで行動するからな。
またどこへ移動するか分かりゃしねえ。先を急がねーとな」
「でもよ、三人ともバイトはどうすんだ?」
「焙義クンにぬかりはないって。ちゃんと次の契約はしてあるさ。
もちろん、ドリンガデスへの旅案内さ!」
「正直なところ、案内できる程ドリンガデスの知識はないんだが……何とかなるだろう」
「なるほどな……まあとりあえず、出発は明日でもいいんだろ? 急いでたって疲れはしっかりとっとかねえとな。
これから俺が、肉たっぷりの精が出る鍋作ってやっからよ。みんな、ひと眠りして待っててくれや!」
自慢の鍋料理の腕をふるうため立ち上がり、ヒロキは材料の調達をしに出かけて行った。
「また、ヒロキさんのお鍋、食べられるね」
「ヒロキには世話になりっぱなしだな」
「僕もヒロキの鍋は久しぶりだっっ」
三人は、ヒロキのテントの中で寝転がり、鍋ができるまで疲れた身体を休める事にした。
身体を寝かせると、ロンヤとモモタローは早い段階で深い眠りについた。
しかし、焙義だけはなかなか眠れずにいた。
ドリンガデス国は、焙義と煎路の母であるベクセナの祖国だ。
だが、兄弟はドリンガデス国に特別な思い入れなど欠片もない。
なぜなら、母は祖国について語る事すら避けていたからだ。
それなりの、よほどの事情があったのだろう。
魔界を遠ざけようとするモモタローの養父、モンジ同様に、ドリンガデス国で生きてきた自分の過去さえも母は頑なに否定し続けていた気がする……
そして、母の過去を思いながら焙義の脳裏をよぎるのは、ヒロキから聞いたガフェルズ王のシェードの名、ゼスタフェ=ゴールレンドだ。
(俺は最近、どうかしてるな……
魔界へ来てからずっと、母さんや、ゼスタフェという顔も知らない奴の事ばかりにこだわっている……)
焙義の上まぶたと下まぶたがくっついては離れ、くっついては離れを繰り返す。
(豆実もすっかり置いてけぼりにしちまったな。
煎路を見つけ出したら、さっさと人間界に戻って以前の生活に……そういや、クッペはどこに……)
あれこれ考える内に上下のまぶたが完全にくっつき、いつしか焙義も弟分たちと共に、深い眠りについていた。
「ああ。さすがのおめえも興味あるだろ?」
「あるわきゃねーだろ。関係ねえし」
「そう言うなって。おめえの身体ん中には、半分はアッロマーヌの血が流れてんだろ?」
「だから何だってんだよ。だいたい俺は“ゼーユ派”だし」
「バカッ! めったなこと口にするもんじゃねえよっ」
遊牧民の青年は、周りを気にしながら、仲間のヒロキをたしなめる。
「こんな大平原のド真ん中で、他に聞いてる奴なんかいやしねーよ。」
「そりゃそうだが……
メッセンキャル王家の家臣を甘くみちゃいけねえ。奴らはどこにひそんでるか分かりゃしねんだ」
「んなこたぁ、どーでもいいからよ。後継ぎってのが誰なんか早く話せよ。
話したくてウズウズしてんだろ? 聞くぐれえならしてやっからよ」
ヒロキは、出来たての魔山羊チーズを手に取り、青年に差し出した。
「ヘヘッ、サンキュな。そーそー、その後継ぎだ。
俺もこないだ初めて、知り合いにコッソリ教えてもらったんだけどな……
アッロマーヌ国次期王の座を得るのは、なんと娘のラベダワがいよいよ有力になったって噂だぜ」
「それって、王子をさしおいてって事か?」
「事実上、あの国に王子は存在しねえよ。
本題はこっからだ。そのラベダワ王女が、近い内にドリンガデス国を訪問するらしいんだ。
な? 不思議な話だろ?」
「確かに、そいつぁ謎だな……ドリンガデスとアッロマーヌは犬猿の仲じゃなかったっけか?」
何事にも深い関心を示さないヒロキだが、この内容には少し興味がわいた。
「両国の王様は、若え頃からひどくいがみ合ってたようだしな」
「跡目を譲る娘のために、そろそろお友達ごっこやっときましょーって腹かよ」
「そういやぁ、もうすぐアッロマーヌで王女のバースデーパーティーがあるらしいぜ。
俺たちが見たこともねえよーな大金かけて、ド派手にやるんだろうな」
「へぇ~。王女ってのも大変だな」
「おっと、いけねえ。もう行かねーと。酒屋のあんちゃんとバーターの約束してんの忘れてたよ」
青年は、魔山羊チーズを口の中につめ込み、急いで魔馬の背にまたがった。
「いい酒が手に入ったら分けてやるからな」
「俺はパンとミルクと肉があれば十分だよ」
「ま、そう言うなって! じゃあな、ヒロキ!」
「ああ、またな」
ヒロキは適当に青年を見送った後、魔馬の首に掛けている袋から丸っこいパンを取り出した。
「やっぱコレだろ」
いつもより早めの朝食タイム。
まだ柔らかい食べ頃のパンに、ヒロキはかじりつこうとしたのだが――
(犬猿の仲と言えば……この前こんな感じの時に“奴”の声が聞こえてきたんだよな……)
メッセンキャル王家の家臣より何より面倒な存在、煎路がまたその辺にひそんでいるのではないか……
ヒロキは注意深く大平原を見渡した。
特に石には目を光らせた。
もしかしたら石ではなく、石に見せかけて煎路のアイテム鉄鍋かもしれないからだ。
(……どうやら、今回はいねえみてーだな)
ヒロキは心から安堵し、朝日を眺めながら、再度パンにかじりつこうとした。
すると、地平線の向こう側から太陽をバッグにし、二頭の魔馬がこちらに走って来るのが見えた。
「んん??」
逆光でハッキリとは確認できないが、一頭の魔馬には二人が乗っており、
もう一頭の魔馬に乗っている一人は大きく手を振っているように見える。
それだけではない。
「ヒーローキーッッ!!」
手を振っている何者かが、雄叫びを上げるごとく自分の名を大声で呼んでいるではないか。
「おいおいっっ。まさかだろ……!?」
耳になじみのある、その通りのいい声ーー
「モモ!! モモじゃねえかっっ!!」
間違いない。モモタローだ。
ヒロキは満面の笑顔になり、大事な朝食そっちのけで魔馬たちめがけて駆け出した。
あっという間にヒロキの元にやって来た魔馬の背中から、魔馬が止まるのを待たずしてモモタローが勢いよく飛び下りてきた。
「ヒロキッ! 元気だったかい!?」
モモタローは勢いそのままに、力強く思いきりヒロキに抱きついた。
「いてててっ! しめ殺されたんじゃ元気もクソもねーよ!!」
「ハハハッ。その言い回しも見てくれも、ちっとも変わってないなぁっっ」
「そーゆーお前は、なんでこんな妙なモンぶら下げてんだよっっ」
モモタローの喉元で揺れるズエヒョー教のペンダントをつかみ、
ヒロキはもう片方の腕をモモタローの首の後ろに回してガッシリと押さえこんだ。
「いたたた! 僕は煎路とは違うんだっ。手荒い歓迎はやめてくれよなっ」
「お互い様だろ!?」
二人はじゃれ合い、ケラケラと笑う。
「ヒロキ。モモとの再会の喜びついでだ。お前も俺たちに付いて来るか?」
後から来た魔馬の上からは、焙義の声がした。焙義の後ろにはロンヤも居る。
「焙義ニィ、ロンヤ、また会えたな! それにしてもなんだって三人とも、俺の居場所が分かったんだ?」
「愚問だな、ヒロキ。遊牧民たちにきいていけばお前の居所はすぐに分かるさ」
「ヒロキさんは何て言うか……その、たいていこうゆうとこにいるからね」
「こうゆうとこって何だよ。それに付いて来いって……どこに行くってんだ? 焙義ニィ」
「詳しく話せばちっとばかり長くなるぞ」
「そんなら家ん中に入ってくれよ。足投げ出してじっくり聞くからさ。
こないだは煎路のせいで、せっかくみんなと会えたってのにまともに話が聞けなかったしな」
ヒロキの家、テントの中で、さっそく四人は懐かしい昔話に花を咲かせ、近況を報告し合った。
煎路不在でこうして語らうのは、なんと楽しく和みに満ちているのだろう。
「そういやモモ。モンジさんはどうしてるんだ? お前と一緒に魔界に来てないのかよ?」
「父さんは残ってるよ。荒くれ者の魔界人が人間界に来襲した時のためにね」
「へぇ~。そんなヒマな連中がいるもんなんだな」
「ヒロキは一度も人間界に訪ねて来なかったよな。
父さんはヒロキに会いたがってたんだぞ。僕たちだって……」
「わりーわりー。他の世界ってのに心が動かなくてよっ。
俺って奴は心が動かねえと全く身体が反応しねえからさっ」
「お前は俺たちと違って、魔界で生きていく道を選んだくらいだからな」
気まずそうに頭をかくヒロキに、焙義はほほ笑んで言った。
「そんなカッコいいもんじゃねーよ。魔界を選んだっつうよりは、よそへ行っても同じだろうって一人で白けてただけで」
ヒロキは照れくさそうに、ますます頭をかく。
「ヒロキの選択が正しかったのかもしれないな……」
ボソリとつぶやいたモモタローに、モモタロー以外の三人の視線が集中する。
「僕は……
僕たちブレンドは魔界で暮らしても未来なんかないと思ってた。
人間界での生活は最高で、二度と魔界に戻るつもりはなかったし、ヒロキたち友人をのぞけば魔界には何の未練もないはずだった。
なのに……こうしてみんなで話してると、魔界にも結構いい思い出があったんだなって……」
「モモ……」
「モモタローさん……」
「でも父さんは、僕以上に魔界を敬遠してるけどな」
「モンジさんもいざ帰ってくっと、お前みたく魔界の良さにも気づくんじゃねえの?」
「父さんの場合、そんなレベルじゃないんだよ。完全に魔界を遠ざけてる感があってさ」
「まあ……モンジさんにも色々あるんじゃねえの? 俺たちよかずっと長く生きてきてんだからさっ」
「そうだけど……」
「あ、それよりさ。クロソメマスが近づいてっけど、みんな予定はあんのかよ?
ねえなら久々にパーッと騒ごうぜ!」
ちょっぴりしんみりとしたムードになりかけたところで、ヒロキは明るい話題を提供した。
「ク、、クロソ?? メス??」
初めて聞いた言葉に、魔界に無知なロンヤだけは頭をひねらせた。
「クロソメマスだよ、ロンヤ。
大魔神が産まれた日だとされ、魔界ではその日を迎える前から長期の祝日に入るんだ」
焙義はクスリと笑い、ロンヤに説明した。
「へぇ~、クロ……ソメマス……クロソメマス……あ、言えた……」
「今の僕はキゴーズ神オンリーだから、クロソメマスを祝いはしないよ」
モモタローが、さらりと言う。
「何なんだよ、キゴーズ神て。その妙なモンと関係あんのか?」
ヒロキは再び、モモタローのペンダントに目をやった。
「妙な物じゃないさ。キゴーズ神はズエヒョー教の偉大なる……」
「ああ~、もういいぜっっ。俺には理解できねえ世界っぽい気がする」
「何だよ、聞いておきながら」
モモタローは、小さく口をとがらせた。
そんなヒロキとモモタロー二人のやりとりを前にして、
(ヒロキさんは……やっぱり、煎路さんに似てる……)
ロンヤは破顔した。
「クロソメマスか……持ってきた金は豆実に渡したが、今回のバイトでいくらかは稼げたしな。
ロンヤに魔界の行事を経験させるにはちょうどいいかもしれねえな」
「焙義ニィ。煎路を追ってドリンガデスに行くんだろ? あの国ならあちこちの広場で盛大にクロソメマスマーケットをやるはずだぜ?」
「お前も来る気になったか? ヒロキ」
焙義がそう返すと、今度はヒロキに、ヒロキ以外の三人の視線が集中した。
「……煎路の奴はどーでもいいけどよ。そっちは行きてえ気もするなぁ~」
「決まりだな」
焙義はにんまりして、ロンヤ、モモタローと顔を見合わせた。
「無事に煎路と合流できれば、やっと全員集合だな。
モモ。なんたら教はとりあえずおいといてよ、マーケットくらいなら付き合えるだろ?」
「もちろんだよ、ヒロキ。実を言うと、クロソメマスマーケットは久しぶりで、ちょっと楽しみだったりもするんだ」
「モモさんも、みんな、その……クロソマス、マーケット……行った事あるの?」
「クロソメマスな。ああ、当然さ。大半の魔界人にとってクロソメマスは特別な日だからな。
僕たちもこの時期になるとクロソメマスを迎える用意をして、仲間とよくマーケットに出かけたものさ。
まあ、僕たちが行ってたのは、たいてい田舎の規模の小さなものだったけどな」
「豆実とおばさんも今頃は、部屋の飾りつけや買い出しもろもろに追われてるだろうぜ」
忙しくしている二人の様子を、焙義は思い浮かべていた。
「焙義さん……あの、プルダちゃんのこと、忘れてない??」
アップルダの名前が入っていない。
ロンヤはもじもじしながら、焙義にきいてみた。
「忘れちゃいないが、プルダはそおゆうのは得意じゃねえからな」
「そっ。アイツはいつも、おばさんにせっつかれてしょーことなしに手伝ってたんだけどよ。
今回は豆実もいるこったし、完全に手ぇ引いちまってるんじゃねえのかぁ~?」
「アハハッ。アップルダは男の子みたいだからな」
「せっかく可愛い顔してんのによ。しゃべり方といい性格といい、なんか女子っぽくねんだよなぁ~」
「ヒ、ヒロキさんっ。そおゆうのって、セクハラじゃないのかな……それに、プルダちゃんは、なんて言うか、その……」
ロンヤが珍しくムキになり、ますますモジモジしている。
「なんだよ、ロンヤ。お前ひょっとして、プルダに気があんのかぁ?」
「え……えっと……」
ヒロキは冗談を投げかけたつもりだったが、ロンヤは分かりやすく動揺し、赤面した。
「おっ? まさか、図星かよっ」
「……ち、ちが……」
「なぁ~に赤くなってんだよっ」
アップルダに寄せ芽生えつつある密かな恋心をいとも簡単に見ぬかれ、しかも三人の知るところとなり、ロンヤは恥ずかしい気持ちでいぱいになっていた。
(穴がなくても、掘ってでも入りたい……)
抱えこんだ両膝の間に頭をうずめ、ロンヤは縮こまった。
「ヒロキ、からかうんじゃねえ。
ロンヤはただ、プルダも女の子らしいとこがあると言いたかっただけだ。
アイツは何かとロンヤの世話をやいてるしな」
丸まった身体から今にも湯気の出そうなロンヤの心情を察してか、焙義はそれとなく助け舟を出した。
「へぇ~、あのプルダが世話をねえ。そんなら見込みあるんじゃねえの? ロンヤ、告白してみろよ」
「だから本人が『違う』つってんだろ」
「ソイツは『ちが』までしか言ってねえじゃん」
「最後の『う』を発する前に、お前が勝手にちゃかしたんだろーが。
コイツは一言に時間がかかるんだ。辛抱強く待ちながら最後まで聞いてやれ」
「俺はまだロンヤに慣れてねえし、まどろっこしくて待ってなんかいられねーよ。
それからロンヤ、セクハラってのは煎路のためだけにある言葉だ。以後気を付けろっっ」
「二人とも、ちょっといいかい?」
ロンヤを巡り軽く言い合う焙義とヒロキの間に突然モモタローが割って入り、発言の許可を求め改まって片手を上げた。
「モモ、どうしたんだ。かしこまって」
モモタローは自らのペンダントを握りしめ、目をきらめかせてロンヤを直視した。
「ロンヤ。もし君がアップルダに好意を持っているとしたら、心して聞いてほしい」
「……へ……?」
ロンヤは赤面したまま、ゆっくりと顔を上げる。
「人を好きになるピュアな想いは美しく形づくられ、絵画のごとく鮮やかに彩られていくんだ。
それは決して目には見えないが、どんなに隠しても隠しきれやしない。
いずれは白日の下にさらされてしまうんだ」
「……なんか、悪事が暴かれるみてえな言い方だな」
ヒロキの突っこみも、モモタローの耳には入らない。
どうやら、モモタローの中の“図絵表師魂”がここへきて呼び起こされたようだ。
モモタローはその後も延々とロンヤにキゴーズ神の教えを説いて聞かせ、
ロンヤのほてった顔面も身体も、次第に熱を失っていった。
「モモ……いいかげんにしろ」
焙義はうんざりして目を閉じ、眉間に手を当てる。
「お前のワケ分からねーなっげえ説教のせいで、ロンヤの顔からピュアな彩りもなくなっちまってんだよっっ」
ヒロキが語気を強めると、モモタローのなめらかな舌がようやく止まった。
「あはっ……ごめんごめんっ。信者の方を相手にしてるつもりで、つい……」
モモタローは両手の手の平をこすり合わせ、ばつが悪そうにあやまった。
「それよりな、さっき聞いた話なんだけどよ。
アッロマーヌ国の王女が近々、ドリンガデス国を訪れるそうだぜ?」
またしても、ヒロキが別の話題に切りかえた。
「本当かい? 両国はいつから友好関係になったんだ? 昔は冷えきった関係だったのにさ」
モモタローは、目を丸くする。
「安心しろよ。今でもとことん冷えきってるさ」
「だけどなんで王女なんだよ。ドリンガデスの王子と政略結婚でもさせるつもりなのかい?」
「あんだけ不仲をキープしてきたってのに、いきなり和睦だの同盟だの政略結婚なんて有り得ねえだろ。
それに王女はおそらく、アッロマーヌの次期国主になるって身だからな。
他国に嫁がせるなんざ、王様が絶対にさせたりしねえよ」
「じゃあ、ただ単に、出向いて行くアッロマーヌも受け入れる側のドリンガデスも、少しずつ歩み寄ろうと努力してるって事なのかな。
僕たちの居ない間に、魔界も変わってきてる感じだなっ。平和的解決は素晴らしいよ」
「両国の関係が徐々にぬくもってく可能性は無きにしもあらず……とは言え、そんな簡単じゃねえと思うけどな~。
どっちも海千山千の大国で、筋金入りの腹黒い王様同士だもんな~」
「腹黒……!? そんな王様の息子に、煎路さん……挑戦したんだね……ホント、大丈夫かな……」
ヒロキとモモタローの会話を聞き、ロンヤは煎路の身の上が無性に心配になった。
と同時に、今さらながら、ひとつの疑問がわいた。
「焙義さん。自分たちも、煎路さんも、身分を証明する物なんて……ないよね? どうやって他の国に……?」
「俺たちが魔界に来てすぐに、ビルじーさんが切符と一緒に四人分の国境通行証を手配してくれたんだよ。
お前のは俺が持ってるし、煎路と豆実にも渡してある。
それにな、ロンヤ。魔界の国境は意外とガードがゆるいんだぜ」
「へえ……」
ロンヤはある意味、感心した。
どうやら魔界は、その点は人間界よりも開かれているようだ。
「煎路を心配してもするだけムダだが、やりたい放題やってるのを早いとこ止めねえとな」
焙義の言葉に、他の三人はそろってうなずいた。
「しかし焙義クン。煎路はあんな凄い魔馬をどこでどうやって手に入れたんだろうか?」
「煎路さん、お金なんか……持ってなかったよね……?」
「さあな……とにかく、アイツは後先考えずにそん時の欲望だけで行動するからな。
またどこへ移動するか分かりゃしねえ。先を急がねーとな」
「でもよ、三人ともバイトはどうすんだ?」
「焙義クンにぬかりはないって。ちゃんと次の契約はしてあるさ。
もちろん、ドリンガデスへの旅案内さ!」
「正直なところ、案内できる程ドリンガデスの知識はないんだが……何とかなるだろう」
「なるほどな……まあとりあえず、出発は明日でもいいんだろ? 急いでたって疲れはしっかりとっとかねえとな。
これから俺が、肉たっぷりの精が出る鍋作ってやっからよ。みんな、ひと眠りして待っててくれや!」
自慢の鍋料理の腕をふるうため立ち上がり、ヒロキは材料の調達をしに出かけて行った。
「また、ヒロキさんのお鍋、食べられるね」
「ヒロキには世話になりっぱなしだな」
「僕もヒロキの鍋は久しぶりだっっ」
三人は、ヒロキのテントの中で寝転がり、鍋ができるまで疲れた身体を休める事にした。
身体を寝かせると、ロンヤとモモタローは早い段階で深い眠りについた。
しかし、焙義だけはなかなか眠れずにいた。
ドリンガデス国は、焙義と煎路の母であるベクセナの祖国だ。
だが、兄弟はドリンガデス国に特別な思い入れなど欠片もない。
なぜなら、母は祖国について語る事すら避けていたからだ。
それなりの、よほどの事情があったのだろう。
魔界を遠ざけようとするモモタローの養父、モンジ同様に、ドリンガデス国で生きてきた自分の過去さえも母は頑なに否定し続けていた気がする……
そして、母の過去を思いながら焙義の脳裏をよぎるのは、ヒロキから聞いたガフェルズ王のシェードの名、ゼスタフェ=ゴールレンドだ。
(俺は最近、どうかしてるな……
魔界へ来てからずっと、母さんや、ゼスタフェという顔も知らない奴の事ばかりにこだわっている……)
焙義の上まぶたと下まぶたがくっついては離れ、くっついては離れを繰り返す。
(豆実もすっかり置いてけぼりにしちまったな。
煎路を見つけ出したら、さっさと人間界に戻って以前の生活に……そういや、クッペはどこに……)
あれこれ考える内に上下のまぶたが完全にくっつき、いつしか焙義も弟分たちと共に、深い眠りについていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる
ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。
正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。
そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる