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【12】
「MANSUKE―BEに魅せられて」③
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ベクセナの魔力で主が強制的に帰宅させられたデイ家では――
食卓のイスに腰をかけ、いまだガックリと目線を落としたままのリボヒターを、煎路(=セノキオ)とベクセナ(=ベクッペ)が卓上に並んで座り正面から見つめている。
「さあ。いっさいがっさい話してもらうよ、リボヒター」
「おめえが呪ってまで殺したい相手は誰なんだよ」
「……俺が憎んでいる相手は……
アリハミーン=ブイという男だ」
リボヒターは、重い口をしぶしぶ開いた。
「アリハミーン=ブイ?」
「どちらのどなたさんだよ」
「体操選手時代からのライバルで、現在はMANSUKE―BEのライバル……
じゃねえな。
“敵”だ」
両肘をつき、リボヒターは顔の前で手を合わせ、親指でグッと目頭を押さえた。
「奴は……アリハミーンは、卑劣な手を使い俺からブラックゴールドメダルを奪い取った最低野郎……
アスリートの風上にも置けない奴なんだ……!!」
目頭を押さえるリボヒターの手が、かすかに震えている。
「ブラックゴールドメダルって……
マカインピックのかい?」
「ああ、そうだ。俺はあの大舞台で全種目、完璧な演技をやってのけた。マカインピックで魔界一になるのはこの俺のはずだったんだ。
それなのに、アリハミーンは有力者である父親の権力を利用して審判員を抱きこみ、得点を操作してやがった。
そのせいで俺は……ブラックゴールドメダルどころか表彰台にすら立てなかったんだよ。
メダルを期待されながら、2大会とも……!」
「だけどリボヒター。そんなの観衆だって不審に思うだろう? 声を上げる者はいなかったのかい?」
「もちろんブーイングが起こったさ。
俺自身もコーチも仲間たちも、何度も審判に訴えた。
一時はテレビや雑誌でも『疑惑の判定』と取り沙汰され世間でも騒がれたものさ。
そう、一時はな……
けどよ。しょせんは人ごとなんだよ。新たなビッグニュースが報じられると、俺の記事なんざ誰も見向きもしなくなり忘れ去られちまった……」
「国は動いちゃくれなかったのかよ。
ドリンガデスだろ? 黙っちゃいねえだろ」
「そりゃあ、相手が他国の選手なら黙ってなかったろうがよ………
1位を獲ったアリハミーンを含めトップ3全員がドリンガデス人だったからな。
俺のことは『不運』のひと言で片づけた方が面倒にならず都合が良かったんだろうぜ」
「アリハミーンの審判員買収って事実は? なんで分かったんだい?」
「偶然にも奴らの策略を聞いた奴がいたのさ。
ブイ家の報復を恐れ証言はしてもらえなかったがな」
「じゃあ……まさか2回目も?」
「2回目の時は……俺は最終種目の玉乗りで派手に転倒して予選敗退だった。
ただそれも……
玉に細工された可能性をいまだ捨てきれずにいるんだ。
乗り心地に妙な違和感があったしよ。
前の選手の得点が発表されてから俺の出番まで、けっこうな時間待たされた感もあったからな」
「マカインピックだろう? 国際的なスポーツの祭典で買収だの細工だの、管理体制はどおなってんだよ。いい加減だねぇ」
「つうか、玉乗りってなんだよ。そいつはサーカスの演目だろーが」
「坊ちゃん。玉乗りは立派な体操競技だよ。アンタの住む異世界では違うのかい?」
「え……? セノキオ、お前さん異世界人なのか?」
それまで二人の顔をまともに見られなかったリボヒターだったが、目を丸くして煎路を凝視した。
「リボヒター。今はまずアンタの話が先だよ。
玉乗りの玉、ちゃんと調べてもらったのかい?」
「あ、いや……確信はなかったもんで俺も抗議まではしなかった。
マカインピックを信用できなくなった俺の被害妄想だったのかもしれねーしな。
とにかくその後、マカインピックで醜態さらした俺は国民から大バッシングを受けるハメになっちまってよ。
半分鬱状態の俺に愛想尽かした嫁さんは息子を連れて出て行き、
俺は俺でなんもかんもどーでもよくなって、逃げるように人里離れたこの家に引きこもったってワケさ。
まさに、種を抜かれたと言っても過言じゃねえ毎日だったよ。
たまたまテレビでMANSUKE―BEを知るまではな。
MANSUKE―BEが、俺にもう一度熱い闘士の種を植えつけてくれたんだ……!」
「す、すげえな。マンスケってよ。抜かれた種を植えつけるとは……!」
「そうさ。俺は生まれ変わったつもりで0からやり直そうと決意した。
林業の傍ら、寝る間も惜しんでそれこそ死ぬ気でMANSUKE―BEの特訓に励んだものさ。
マカインピックで果たせなかった絶対王者の栄冠をつかみ取り、今度こそ息子にとって自慢の父親になりたかった。
ところが……
そこでもまた、アリハミーンが現れあからさまに俺の妨害を始めやがった。
アイツは体操選手時代のみならず、俺の存在そのものを疎ましがっているんだ。
俺の成功を阻むためならどんな手段も選びはしない……!」
怒りの感情が込み上げ、リボヒターは両手の拳を振り下ろしテーブルを思いきり叩いた。
弾みで煎路とベクセナ二人が跳ね上がったくらいだ。
「……よっぽど嫌われてるんだな、おめえ。心当たりあんのかよ」
「あっちが勝手にムカついてるだけだよ。体操では何回か俺に負けてるからな」
「でもマカインピックでは一応アンタに勝ってメダル獲得してるんだろう?
どうして今さらちょっかい出してくるのさ」
「あの野郎も現役引退してヒマだったんだろうよ。
よりにもよって、俺と同じMANSUKE―BEにハマりやがってよ。
再び俺と競い合う内、どうにかして俺を負かしてやろうと対抗意識燃やしたんだろう」
「あからさまな妨害って、父親がらみかい?」
「今回は直接父親は関わっちゃいねーが、父親の名と金で地元のごろつきどもを雇い、俺に嫌がらせするよう命じたのさ。
最初は俺も立ち向かっていたが、次第に嫌がらせが悪質になってってよ。
しまいには『息子がどうなってもいいのか』と脅しをかけるようになってきやがった」
「……だから、呪術を?」
「……どうにもならなかったんだ。
ただの脅迫じゃなかった場合……
息子に万が一のことがあったら……
頭の中を想像したくもない最悪の事態が繰り返し繰り返し駆けめぐってよ……
追いつめられた俺は、たまたまテレビで知った『生贄泥人形呪詛』にすっかり魅入られてしまっていた……」
「リボヒター。おめえ、たまたまテレビで知るもんの虜になるタチなんだな。
テレビショッピングかよ」
「まあな……
そんなこんなでよ。
お前さんらがうちへ来てこの二日、俺は親切を装いながら、裏ではお前さんら二人を生贄にするための準備を着々とすすめていたってワケさ……ううっ、うううっ」
自らの過ちを悔い、あまりに情けなく、リボヒターは嗚咽する。
「……あのなぁ。なにカン違いしてんだよ。
おめえの親切心は偽りなんかじゃねえ。
呪いの儀式をすすめたところで、おめえみてーなお人好しが俺らを生贄として捧げるなんざ、どおせ出来っこなかっただろうよ」
「セノキオ、なぐさめるのはやめてくれ。余計にみじめになる。
俺は、俺は本気でお前さんら二人を……」
「ゴチャゴチャうっせえな。おめえがなんと言おうと俺の身体が証拠なんだよっ。
シモーネやべクッペのおかげでもあるけどよ。
この家に来てリボヒターの世話になって、俺の身体はみるみる自由がきくようになってったんだぜ?
こうしてしゃべれるようにもなった。
リボヒター。おめえの優しさが本物だったって証なんだよっっ」
煎路は立ち上がり卓上を走ってリボヒターへと駆け寄り、声を大にして力説した。
「俺はおめえに感謝してんだ、リボヒター。
恩にきるぜ。
ついでに恩返しっちゃあなんだけどよ。アリハミーンて野郎と雇われたごろつきども全員、俺が一掃してやるよ!」
「セ、セノキオ……
ありがとう。ありがとう……
すまねえ。二人とも、ほんっとにすまなかった……!!」
煎路の言葉が身に染みる。
リボヒターは床に土下座して謝り、男泣きに号泣した。
「リボヒター……
悔しかったろうね。息子を案じてさぞかし不安だったろうね。
孤独だったね。
アンタの苦悩がいかほどだったかは察しがつくよ。
だけどアンタはもう独りぼっちじゃない。坊ちゃんと私が味方だよ。
これからはたとえ何があろうと、二度と呪詛なんてモノに手ぇ出したりするんじゃないよ。
人を呪うってのはすなわち、自分を呪うってことなんだからね。
いいかいっ? 約束だよっ!」
床に下りたベクセナはうずくまるリボヒターに寄り添い、最後は語気を厳しめにして言い含めた。
リボヒターは鼻水をすすりつつ、うん、うん、とうなずくのが精一杯だ。
(それにしても……)
ベクセナは、テーブルの上の煎路に視線を向けた。
煎路は腹這いになり、ヒョッコリ顔を出してこちらを見下ろしている。
(……ホント調子狂っちまうよ。
生贄にされかけたのをもっと責め立てるのかと思いきや……
リボヒターを信じてるんだね?
普段と違って、こうゆう時はむやみやたらに人を責めたりはしない。
おまけにリボヒターに代わってアリハミーン達とカタをつけようとまでしている。
まったく煎路らしいよ……幼い時も正義感が強くて人情が厚かったよね)
なんだか嬉しく誇らしく、ベクセナはクスリとほほ笑んだ。
(……え……?)
煎路を見上げてほほ笑んだまま、ベクセナの頬がこわばった。
(私、今……
今、なんてった……?
『煎路』って……)
目に映る坊ちゃん人形“セノキオ”に対し、心の中で無意識に発した我が子の名前。
次の瞬間、
ベクセナの心臓は、部屋中に心音が響き渡るのではないかというくらい、激しく早鐘を打っていた。
(そうだよ……
坊ちゃんと会って、不思議な感覚に幾度となくおそわれた。
まるで煎路と過ごしているような錯覚に……
それに、煎路の危機を救うため一刻も早く探し出そうと急いでいたはずの私が、坊ちゃんと会ってからなぜか全然急がなくなった。
きっと、急ぐ必要がなくなったからなんだ……
だって……だって煎路は私の隣りに……)
“セノキオ”に「何者なのか」と、しばしば訊ねてきたベクセナ。
突如としてその答えを悟り、クロムイエローの目はじわじわと潤んでいく。
そして、大粒の涙がとめどなくあふれ出す直前、ベクセナは一目散に表へ飛び出した。
煎路に感づかれまいと――
急激に気温が下がり、外は雪が降っている。
満月も姿を隠してしまって真っ暗だ。
視界が最悪の中、降りしきる雪の道でベクセナは一人、泣きじゃくった。
「……煎路だった……
坊ちゃんは煎路だった! 煎路だったんだ!!」
最愛の息子が傍に居た。
会いたくて会いたくてたまらなかった息子がずっと傍に居たのだ。
すぐにでも抱きしめたい。
抱きしめて「愛してる」と伝えたい。
しかし、クッペに憑依してよみがえった自分には、母だと名乗る事すら許されない。
「それでも、それでも煎路が無事だっただけで私は最高に幸せだよ……!
魔女の魔法にかけられても命まではとられていなかった! 生きていてくれたんだ!!
私が死んでる間にずいぶんと大き……いや、小さくなったね!
肥満体型なのは意外だったけど、フフッ、でっぷりちゃんな煎路もすっごく可愛いよ! 愛くるしいよ!!」
ベクセナはもはや煎路への愛を抑制しきれず、爆発させていた。
そうした後、積もる雪に全身をうずめて再度泣きじゃくる。
泣いて泣いて、泣きじゃくっていた。
「おい、べクッペ。おめえまでなんで大号泣してんだよ」
「へっ!?」
リボヒターを尾行していた時同様、ベクセナは驚き振り返った。
振り返るとそこには、ランプの灯りでこちらを確認している煎路が立っていた。
「煎…………坊ちゃん!? どうしてここに!?」
「どうしてって、突然おめえがそのでっけえ目ウルウルさせて出てったから気になって、追いかけて来たんだよ」
「そ、そっか……心配してくれたんだね。ごめんよっ。
なんか急に目が痛くなっちまってさ! でっかい目はいろんな物が入ってくるからダメだねぇ! ハハハッ」
「目ぇ痛くてそんな泣くのかよ?」
「そ、そりゃあ、痛いか……ら……
あれ? 坊ちゃん、アンタ……」
ベクセナは真っ赤になった目で煎路を眺め、煎路のある異変に気が付いた。
――伸びている。
「坊ちゃん! 背が伸びてるじゃないか!!」
そう――
大きめの人形サイズだった煎路の身長が、人の子供なみに伸びていたのだ。
おそらく、“セノキオ”が我が子だと気づいたベクセナのありったけの愛が、魔女の魔法をここまで一気に解いたのだろう。
「ホントかよ!? 言われてみりゃあ、景色の見え方が変わってる……べクッペ、おめえがむちゃくちゃちっこく見えるぜ!!」
煎路は自らの手を熟視した。
ブヨブヨの太っちょは変わりないものの、確かに指が長くなり手の平の幅も広がっている。
普通にランタンの持ち手を握れているのだ。
「すごいよ、坊ちゃん!!
後ひと押し……後ひと押しで完全に元に戻れるのかもしれないよ!!」
「だ、だよな!? もう少しで戻れるよな、俺!!」
煎路とベクセナはその場で、躍り上がって喜んだ。
「いっけね。こうしちゃいられねえっ。リボヒター残して出て来ちまったんだった」
「そろそろ泣きやんでるかもしれないね。
私らが居なくなってて拍子ぬけしてんじゃないのかい?」
「よっしゃ~! とっとと帰って夜が明けるまで、めでたく俺の背が伸びた祝賀パーティーで盛り上がろうぜっ!!」
「賛成っ! どうせ私は感無量でとても眠れやしないから、とことん付き合うよっっ」
「ヘヘッ。感無量はさすがに大げさだぜ、べクッペ。まあ、見た目に変化があったのは初めてだからムリもねえけどな」
「いや、感無量ってのはそっちじゃなくて……」
「あ? なんだよ、べクッペ」
「う、ううんっ。なんでもないよっ。
それより坊ちゃん。リボヒターの話の後はアンタの話も聞きたくなったよ。聞かせてくれないかい?
坊ちゃんの家族やら友人やら、いろいろとね!」
ベクセナは両手をパタパタ羽ばたかせ、煎路が持つランタンの上に乗り満面の笑みでお願いした。
はやる気持ちを抑えられない。
もう一人の最愛の息子、焙義はどうしているのか。
愛しい豆実はどうしているのか。
モンジとモモタロー父子、サッガルとアップルダ母娘、ヒロキ、ビルじいさん、
懐かしい大好きな皆はどうしているのか……
ワクワクが止まらない。
体を借りているクッペには、胸の奥深くで「申し訳ない」と、ただただ詫びながら――
食卓のイスに腰をかけ、いまだガックリと目線を落としたままのリボヒターを、煎路(=セノキオ)とベクセナ(=ベクッペ)が卓上に並んで座り正面から見つめている。
「さあ。いっさいがっさい話してもらうよ、リボヒター」
「おめえが呪ってまで殺したい相手は誰なんだよ」
「……俺が憎んでいる相手は……
アリハミーン=ブイという男だ」
リボヒターは、重い口をしぶしぶ開いた。
「アリハミーン=ブイ?」
「どちらのどなたさんだよ」
「体操選手時代からのライバルで、現在はMANSUKE―BEのライバル……
じゃねえな。
“敵”だ」
両肘をつき、リボヒターは顔の前で手を合わせ、親指でグッと目頭を押さえた。
「奴は……アリハミーンは、卑劣な手を使い俺からブラックゴールドメダルを奪い取った最低野郎……
アスリートの風上にも置けない奴なんだ……!!」
目頭を押さえるリボヒターの手が、かすかに震えている。
「ブラックゴールドメダルって……
マカインピックのかい?」
「ああ、そうだ。俺はあの大舞台で全種目、完璧な演技をやってのけた。マカインピックで魔界一になるのはこの俺のはずだったんだ。
それなのに、アリハミーンは有力者である父親の権力を利用して審判員を抱きこみ、得点を操作してやがった。
そのせいで俺は……ブラックゴールドメダルどころか表彰台にすら立てなかったんだよ。
メダルを期待されながら、2大会とも……!」
「だけどリボヒター。そんなの観衆だって不審に思うだろう? 声を上げる者はいなかったのかい?」
「もちろんブーイングが起こったさ。
俺自身もコーチも仲間たちも、何度も審判に訴えた。
一時はテレビや雑誌でも『疑惑の判定』と取り沙汰され世間でも騒がれたものさ。
そう、一時はな……
けどよ。しょせんは人ごとなんだよ。新たなビッグニュースが報じられると、俺の記事なんざ誰も見向きもしなくなり忘れ去られちまった……」
「国は動いちゃくれなかったのかよ。
ドリンガデスだろ? 黙っちゃいねえだろ」
「そりゃあ、相手が他国の選手なら黙ってなかったろうがよ………
1位を獲ったアリハミーンを含めトップ3全員がドリンガデス人だったからな。
俺のことは『不運』のひと言で片づけた方が面倒にならず都合が良かったんだろうぜ」
「アリハミーンの審判員買収って事実は? なんで分かったんだい?」
「偶然にも奴らの策略を聞いた奴がいたのさ。
ブイ家の報復を恐れ証言はしてもらえなかったがな」
「じゃあ……まさか2回目も?」
「2回目の時は……俺は最終種目の玉乗りで派手に転倒して予選敗退だった。
ただそれも……
玉に細工された可能性をいまだ捨てきれずにいるんだ。
乗り心地に妙な違和感があったしよ。
前の選手の得点が発表されてから俺の出番まで、けっこうな時間待たされた感もあったからな」
「マカインピックだろう? 国際的なスポーツの祭典で買収だの細工だの、管理体制はどおなってんだよ。いい加減だねぇ」
「つうか、玉乗りってなんだよ。そいつはサーカスの演目だろーが」
「坊ちゃん。玉乗りは立派な体操競技だよ。アンタの住む異世界では違うのかい?」
「え……? セノキオ、お前さん異世界人なのか?」
それまで二人の顔をまともに見られなかったリボヒターだったが、目を丸くして煎路を凝視した。
「リボヒター。今はまずアンタの話が先だよ。
玉乗りの玉、ちゃんと調べてもらったのかい?」
「あ、いや……確信はなかったもんで俺も抗議まではしなかった。
マカインピックを信用できなくなった俺の被害妄想だったのかもしれねーしな。
とにかくその後、マカインピックで醜態さらした俺は国民から大バッシングを受けるハメになっちまってよ。
半分鬱状態の俺に愛想尽かした嫁さんは息子を連れて出て行き、
俺は俺でなんもかんもどーでもよくなって、逃げるように人里離れたこの家に引きこもったってワケさ。
まさに、種を抜かれたと言っても過言じゃねえ毎日だったよ。
たまたまテレビでMANSUKE―BEを知るまではな。
MANSUKE―BEが、俺にもう一度熱い闘士の種を植えつけてくれたんだ……!」
「す、すげえな。マンスケってよ。抜かれた種を植えつけるとは……!」
「そうさ。俺は生まれ変わったつもりで0からやり直そうと決意した。
林業の傍ら、寝る間も惜しんでそれこそ死ぬ気でMANSUKE―BEの特訓に励んだものさ。
マカインピックで果たせなかった絶対王者の栄冠をつかみ取り、今度こそ息子にとって自慢の父親になりたかった。
ところが……
そこでもまた、アリハミーンが現れあからさまに俺の妨害を始めやがった。
アイツは体操選手時代のみならず、俺の存在そのものを疎ましがっているんだ。
俺の成功を阻むためならどんな手段も選びはしない……!」
怒りの感情が込み上げ、リボヒターは両手の拳を振り下ろしテーブルを思いきり叩いた。
弾みで煎路とベクセナ二人が跳ね上がったくらいだ。
「……よっぽど嫌われてるんだな、おめえ。心当たりあんのかよ」
「あっちが勝手にムカついてるだけだよ。体操では何回か俺に負けてるからな」
「でもマカインピックでは一応アンタに勝ってメダル獲得してるんだろう?
どうして今さらちょっかい出してくるのさ」
「あの野郎も現役引退してヒマだったんだろうよ。
よりにもよって、俺と同じMANSUKE―BEにハマりやがってよ。
再び俺と競い合う内、どうにかして俺を負かしてやろうと対抗意識燃やしたんだろう」
「あからさまな妨害って、父親がらみかい?」
「今回は直接父親は関わっちゃいねーが、父親の名と金で地元のごろつきどもを雇い、俺に嫌がらせするよう命じたのさ。
最初は俺も立ち向かっていたが、次第に嫌がらせが悪質になってってよ。
しまいには『息子がどうなってもいいのか』と脅しをかけるようになってきやがった」
「……だから、呪術を?」
「……どうにもならなかったんだ。
ただの脅迫じゃなかった場合……
息子に万が一のことがあったら……
頭の中を想像したくもない最悪の事態が繰り返し繰り返し駆けめぐってよ……
追いつめられた俺は、たまたまテレビで知った『生贄泥人形呪詛』にすっかり魅入られてしまっていた……」
「リボヒター。おめえ、たまたまテレビで知るもんの虜になるタチなんだな。
テレビショッピングかよ」
「まあな……
そんなこんなでよ。
お前さんらがうちへ来てこの二日、俺は親切を装いながら、裏ではお前さんら二人を生贄にするための準備を着々とすすめていたってワケさ……ううっ、うううっ」
自らの過ちを悔い、あまりに情けなく、リボヒターは嗚咽する。
「……あのなぁ。なにカン違いしてんだよ。
おめえの親切心は偽りなんかじゃねえ。
呪いの儀式をすすめたところで、おめえみてーなお人好しが俺らを生贄として捧げるなんざ、どおせ出来っこなかっただろうよ」
「セノキオ、なぐさめるのはやめてくれ。余計にみじめになる。
俺は、俺は本気でお前さんら二人を……」
「ゴチャゴチャうっせえな。おめえがなんと言おうと俺の身体が証拠なんだよっ。
シモーネやべクッペのおかげでもあるけどよ。
この家に来てリボヒターの世話になって、俺の身体はみるみる自由がきくようになってったんだぜ?
こうしてしゃべれるようにもなった。
リボヒター。おめえの優しさが本物だったって証なんだよっっ」
煎路は立ち上がり卓上を走ってリボヒターへと駆け寄り、声を大にして力説した。
「俺はおめえに感謝してんだ、リボヒター。
恩にきるぜ。
ついでに恩返しっちゃあなんだけどよ。アリハミーンて野郎と雇われたごろつきども全員、俺が一掃してやるよ!」
「セ、セノキオ……
ありがとう。ありがとう……
すまねえ。二人とも、ほんっとにすまなかった……!!」
煎路の言葉が身に染みる。
リボヒターは床に土下座して謝り、男泣きに号泣した。
「リボヒター……
悔しかったろうね。息子を案じてさぞかし不安だったろうね。
孤独だったね。
アンタの苦悩がいかほどだったかは察しがつくよ。
だけどアンタはもう独りぼっちじゃない。坊ちゃんと私が味方だよ。
これからはたとえ何があろうと、二度と呪詛なんてモノに手ぇ出したりするんじゃないよ。
人を呪うってのはすなわち、自分を呪うってことなんだからね。
いいかいっ? 約束だよっ!」
床に下りたベクセナはうずくまるリボヒターに寄り添い、最後は語気を厳しめにして言い含めた。
リボヒターは鼻水をすすりつつ、うん、うん、とうなずくのが精一杯だ。
(それにしても……)
ベクセナは、テーブルの上の煎路に視線を向けた。
煎路は腹這いになり、ヒョッコリ顔を出してこちらを見下ろしている。
(……ホント調子狂っちまうよ。
生贄にされかけたのをもっと責め立てるのかと思いきや……
リボヒターを信じてるんだね?
普段と違って、こうゆう時はむやみやたらに人を責めたりはしない。
おまけにリボヒターに代わってアリハミーン達とカタをつけようとまでしている。
まったく煎路らしいよ……幼い時も正義感が強くて人情が厚かったよね)
なんだか嬉しく誇らしく、ベクセナはクスリとほほ笑んだ。
(……え……?)
煎路を見上げてほほ笑んだまま、ベクセナの頬がこわばった。
(私、今……
今、なんてった……?
『煎路』って……)
目に映る坊ちゃん人形“セノキオ”に対し、心の中で無意識に発した我が子の名前。
次の瞬間、
ベクセナの心臓は、部屋中に心音が響き渡るのではないかというくらい、激しく早鐘を打っていた。
(そうだよ……
坊ちゃんと会って、不思議な感覚に幾度となくおそわれた。
まるで煎路と過ごしているような錯覚に……
それに、煎路の危機を救うため一刻も早く探し出そうと急いでいたはずの私が、坊ちゃんと会ってからなぜか全然急がなくなった。
きっと、急ぐ必要がなくなったからなんだ……
だって……だって煎路は私の隣りに……)
“セノキオ”に「何者なのか」と、しばしば訊ねてきたベクセナ。
突如としてその答えを悟り、クロムイエローの目はじわじわと潤んでいく。
そして、大粒の涙がとめどなくあふれ出す直前、ベクセナは一目散に表へ飛び出した。
煎路に感づかれまいと――
急激に気温が下がり、外は雪が降っている。
満月も姿を隠してしまって真っ暗だ。
視界が最悪の中、降りしきる雪の道でベクセナは一人、泣きじゃくった。
「……煎路だった……
坊ちゃんは煎路だった! 煎路だったんだ!!」
最愛の息子が傍に居た。
会いたくて会いたくてたまらなかった息子がずっと傍に居たのだ。
すぐにでも抱きしめたい。
抱きしめて「愛してる」と伝えたい。
しかし、クッペに憑依してよみがえった自分には、母だと名乗る事すら許されない。
「それでも、それでも煎路が無事だっただけで私は最高に幸せだよ……!
魔女の魔法にかけられても命まではとられていなかった! 生きていてくれたんだ!!
私が死んでる間にずいぶんと大き……いや、小さくなったね!
肥満体型なのは意外だったけど、フフッ、でっぷりちゃんな煎路もすっごく可愛いよ! 愛くるしいよ!!」
ベクセナはもはや煎路への愛を抑制しきれず、爆発させていた。
そうした後、積もる雪に全身をうずめて再度泣きじゃくる。
泣いて泣いて、泣きじゃくっていた。
「おい、べクッペ。おめえまでなんで大号泣してんだよ」
「へっ!?」
リボヒターを尾行していた時同様、ベクセナは驚き振り返った。
振り返るとそこには、ランプの灯りでこちらを確認している煎路が立っていた。
「煎…………坊ちゃん!? どうしてここに!?」
「どうしてって、突然おめえがそのでっけえ目ウルウルさせて出てったから気になって、追いかけて来たんだよ」
「そ、そっか……心配してくれたんだね。ごめんよっ。
なんか急に目が痛くなっちまってさ! でっかい目はいろんな物が入ってくるからダメだねぇ! ハハハッ」
「目ぇ痛くてそんな泣くのかよ?」
「そ、そりゃあ、痛いか……ら……
あれ? 坊ちゃん、アンタ……」
ベクセナは真っ赤になった目で煎路を眺め、煎路のある異変に気が付いた。
――伸びている。
「坊ちゃん! 背が伸びてるじゃないか!!」
そう――
大きめの人形サイズだった煎路の身長が、人の子供なみに伸びていたのだ。
おそらく、“セノキオ”が我が子だと気づいたベクセナのありったけの愛が、魔女の魔法をここまで一気に解いたのだろう。
「ホントかよ!? 言われてみりゃあ、景色の見え方が変わってる……べクッペ、おめえがむちゃくちゃちっこく見えるぜ!!」
煎路は自らの手を熟視した。
ブヨブヨの太っちょは変わりないものの、確かに指が長くなり手の平の幅も広がっている。
普通にランタンの持ち手を握れているのだ。
「すごいよ、坊ちゃん!!
後ひと押し……後ひと押しで完全に元に戻れるのかもしれないよ!!」
「だ、だよな!? もう少しで戻れるよな、俺!!」
煎路とベクセナはその場で、躍り上がって喜んだ。
「いっけね。こうしちゃいられねえっ。リボヒター残して出て来ちまったんだった」
「そろそろ泣きやんでるかもしれないね。
私らが居なくなってて拍子ぬけしてんじゃないのかい?」
「よっしゃ~! とっとと帰って夜が明けるまで、めでたく俺の背が伸びた祝賀パーティーで盛り上がろうぜっ!!」
「賛成っ! どうせ私は感無量でとても眠れやしないから、とことん付き合うよっっ」
「ヘヘッ。感無量はさすがに大げさだぜ、べクッペ。まあ、見た目に変化があったのは初めてだからムリもねえけどな」
「いや、感無量ってのはそっちじゃなくて……」
「あ? なんだよ、べクッペ」
「う、ううんっ。なんでもないよっ。
それより坊ちゃん。リボヒターの話の後はアンタの話も聞きたくなったよ。聞かせてくれないかい?
坊ちゃんの家族やら友人やら、いろいろとね!」
ベクセナは両手をパタパタ羽ばたかせ、煎路が持つランタンの上に乗り満面の笑みでお願いした。
はやる気持ちを抑えられない。
もう一人の最愛の息子、焙義はどうしているのか。
愛しい豆実はどうしているのか。
モンジとモモタロー父子、サッガルとアップルダ母娘、ヒロキ、ビルじいさん、
懐かしい大好きな皆はどうしているのか……
ワクワクが止まらない。
体を借りているクッペには、胸の奥深くで「申し訳ない」と、ただただ詫びながら――
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