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第29話
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平原での悪魔との戦闘が終わった頃、ようやく冒険者たちが来たようだったが、全て終わった事を知らされると皆唖然呆然。
10人にも満たない少人数で1000体もの悪魔を撃破したのだから、ま当然って言えば当然よねー。
悪魔の素材もたっぷり手に入れ、ホクホク顔に満足な気分で仕事が終わったところだったけど、現実はやっぱり甘くなかったわ。
寺院に運ばれたサリナとヴェスター。
フィルはわざと攻撃を喰らったのでしょうと語っていたが、現実は違う。
本当に2人ともガチで倒されていたのだ。
それもレプリカ(模造品)の魔剣を相手に。
目を覚ました時にケイトとフランソワから戦闘は終わったから大丈夫と聞かされたが、サリナに至ってはストレス全開。
「屈辱的だわ・・・!」
ダアン!と近くにあった石のテーブルを拳で叩く。
見ていた者たちは、拳よりもテーブルの方を心配していた。
過去に破壊実績があるらしい。
寺院の大司教でもある聖女がデストロイとか、やっぱり何かが間違っている。
ま、そんな心配は置いといて。
ヴェスターに至っては真顔で
「以前から噂はありましたが、非常にまずい展開ですね。」
と珍しく不安な事実を露呈。
これにはケイトとキャサリンが目を剥いた。
明日、赤い雨でも降るのかしら。
「何がまずい・・・の?」
「悪魔たちも魔剣の模造品を作れるようになったという事実です。
堕天使の剣は魔剣の中でも最強クラス。
造りは雑だったようですが、それでも真空刃を生み出せるくらいには仕上がっていた。
まだ実験段階でしょうが、いずれ本物の魔剣に近い性能の模造品を手にした悪魔が出現するかもしれません。」
「ゲ、それは確かにヤバいわ。」
「それだけではないです。
模造品を作れるという事は、少なくとも悪魔側にもキャサリンのような封魔術師がいるという事です。
そしておそらくは解魔術師も。
つまり、魔法や魔術に対する人間側のアドバンテージが一気に無くなる事を示唆しているのですよ。」
・・・!
今までのような、悪魔をからかったような戦闘は出来なくなる・・・ってことね。
でも
「あのアークデーモンは、解魔術も封魔術も知らなかったみたいよ?」
「アークデーモンにも階級がありますからね。
今回敵としてやってきた悪魔はおそらく最下級でしょう。
であれば情報がリークするのを恐れて、伝えていなかった可能性が高いです。
要は、あのアークデーモンを含む1000体の悪魔どもは、模造品の魔剣の性能を確認する為の捨て駒だったのですよ。
我々は悪魔どもにしてやられたわけです。」
「あのアークデーモンと悪魔の軍勢が捨て駒?」
「最下級なら、人間の国を一つ潰せば一気に階級は上がるでしょう。
その付け入る隙に入り込んだんですよ、魔剣の模造品を作った悪魔は。」
「父さん、もしかしてその悪魔の名前、知っているの?」
その問いにサリナが割って入る。
「それは各国と寺院総本山との間で機密情報扱いされている内容よ。
・・・でもまあ、あなたたち3人ならいいでしょ。」
ここに来ていたのは、ケイト、キャサリン、フランソワの3人。
ギルは酒場へ、シャディはギルドへ、アメリは病院へ、フィルとライガは王城へそれぞれ戻っている。
「名前はエギル。
偽名だと思うけど、その名で人間に化けて、人間界の世界各地を回っているわ。
武器商人として、ね。」
今度はヴェスターが目を丸くした。
「いいんですか、話しちゃっても。」
「一般国民が真っ向から悪魔と戦ってくれたのよ。
これくらいの情報提供はあってしかるべきでしょ。
事後報告になるけど、女王には私から話しておくわ。」
「分かりました。」
あたしは聞かなくてもいいような事を聞いてしまったのでは?
そう思ったが、もはや時既に遅しなケイトであった。
DNA、遺伝子組み換え、クローン等の技術を神の領域と語る者がいるように、解魔術と封魔術も魔法の世界においては神の領域と言われている。
魔法の成り立ちから発動に至るまでの全工程を解析し、新たな技術として確立させた魔術だ。
禁断の魔術とも言える技術を世に認めさせた目的は“邪悪なるもの”の完全抹殺。
魔法を無効化し、強大な攻撃魔法を使役する悪魔、妖魔、邪神、邪龍どもをこの世から消し去る為の、必要不可欠な魔術と言われていた。
しかし悪魔とて馬鹿ばかりではない。
人間に化け、人間界のみに伝わる知識を学び、より凶悪な存在へと成る悪魔もいる・・・。
昔から黒い羊や山羊は悪魔崇拝の象徴として最もポピュラーな存在。
闇組織ブラックシープの紋章は“この世界に魔法が確立していなかった頃からの”非常に古い時代のものであった。
今では西の帝国の組織の一部と言われているが、それも本当の事なのかは分からない。
巨大な組織故に一枚岩ではないのだが、利害の一致でとりあえず共に行動しているだけとも噂されている。
そもそも、その組織を肌で感じ目にする者はごく少数。
存在自体が不明瞭で雲を掴むような話であった・・・。
まさか、そんな彼らが国内に存在しようとは。
城下町南門から南に数キロ行ったところにある森の中の屋敷。
そこに彼ら2人の気配があった。
紺のスーツ姿の男性と、黒いドレスを着た女性。
距離をとってお互い古めかしい椅子に座り、コーヒー片手に話し合っている。
仲間という雰囲気ではなさそうだ。
「オリジナルの2本が行方不明のままですから、見本の無い状況で簡単に成功とはいきません。
しかしながら、聖女サリナと白銀の騎士ヴェスターの2人を一撃で倒すくらいの真空刃を発動させる事は出来ました。」
自信あり気な男の声。
それでも返ってきた女の声は手厳しい。
「・・・それでもフィルには簡単に封じられ、挙句折られたのでしょう?
現役引退間近のロートル2人を一撃で倒せたからといって、鼻を高くしないでもらいたいわね。」
「王国の御庭番を倒せば信用してもらえると?」
「・・・そうね、御庭番の序列10位以内の者か、手出し厳禁の5人のどちらかなら少し信用してもいいわよ。」
「倒しても少しですか。」
「悪魔相手に全面的に信用する人間がいると思って?
私は貴方と契約しているわけじゃない。
利害一致の元に協力しているだけよ。」
かなりしたたかな女性のようだ。
ブラックシープの幹部の1人らしい。
「この関係が終われば、私を殺しますか?」
「今のところ殺す理由は無いわ。
悪魔だから必ず殺すという事はあり得ない。
それはどの国にも言える事よ
もちろんあの王国にも・・・ね。
殺すか殺さないかの天秤は、人に害をなすかなさないかで決まっているだけ。
邪なるものの存在を滅せよ。
太古の昔から掲げられてきた教義は、我らブラックシープの中にもあるわ。
・・・せいぜい邪な存在ではない事を証明してみせなさい。」
「さて、それは人間側の受け取り次第ですから、なんとも。
私はあくまで、ただの武器商人ですので。」
「ただの武器商人が、闇組織と手を組むの?」
すると男はニコリと笑みを見せる。
「商人ですから、お客様と接しているだけですよ。」
「喰えない男ね。」
帝国に付いている闇組織の者が、王国を滅ぼす為に悪魔と手を組んでいる。
非常に分かりやすい図式がここにあった。
捕らえられたマーキュリー伯爵夫人とリディアに対する判決は、情状酌量の余地ありとしたものであった。
リディアは、スラムの子供たちの中でも餓死しそうな衰弱した子供ばかりをさらっていた。
孤児院は元々貧しいところが多く、餓死寸前の子供の命を助けるほどの栄養を即座に得るのはほぼ不可能。
それを見透かした上で、自分が悪人になる事も承知の上で、奴隷商を頼ったという。
一人でも多くの命を助ける為に。
強い力を求めたのは、弱い子供たちを守りたかったから。
昔の自分を見ているようで、居ても立っても居られない気持ちに駆られたらしい。
レグザの実験台にされても構わないと思うほど、力を渇望していたようであった。
夫人は領地の孤児たちが悪魔に狙われている事を知った後、できるだけ遠くに、バラバラにと、伝手を頼って子供の欲しい貴族に声を掛けた。
だがこの剣と魔法の世界は血筋を重視しており、養子といった言葉は存在せず、他人の子供を家族として迎え入れる事は禁忌とまで言われている国もある。
この血も涙もない現実に抗うかのように、夫人は奴隷商を開いたのだ。
奴隷とはいえ、酷い仕打ちをするような極悪貴族になぞ託したくない。
小間使いでも家政婦でもいい。
仕事と食事と寝床を与え、生きる価値を子供たちに見出してくれそうな貴族たちにのみ声掛けしていた。
願わくば、愛情も・・・。
その結果、貴族たちの元に行った孤児たちから、夫人とリディアを死刑にしないでほしいという嘆願書が山のようにきたのである。
本件の報告書を読み終えると、エレナ女王はグシャグシャに丸めてゴミ箱に捨てたい気持ちを抑えながら深くため息をついた。
「子供をさらって奴隷商に引き渡すリディアという女がいる。
その裏付けをして、その通りだと分かって、暗殺対象にした結果がこれでは情けないわ。
情報管理している“幻惑の陣”と“闇夜の陣”には是正・・・いえ改善命令すべきね。」
女王のコーヒーカップが空なのに気付き、室長がコポコポと2杯目を注ぐ。
「真実は事実の奥底にある、という事でしょうか。
これを知ったニードルのエルとイヴは沈黙してしまったようで。
それを考えますと彼らに是正と令するのは精神的に酷でしょうから、改善という言葉は確かに妥当かと。」
「2人には悪い事をしたわね。
特別手当でも出した方がいいかしら。」
「そうですな、それでしたら城下町限定で使えるお食事券が宜しいかと。」
は?
何急にボケたこと言ってんのよ、この室長は。
「お食事券?
1割お得に使える地産地消推進委員会で出してるあれ?
さすがに馬鹿にされるでしょ?」
「エルですが、かなりのグルメだという噂です。
確かお食事券でないと食べられない裏メニューが今週末から始まりますよね?
普段忙しくてお食事券を買う余裕も無いそうですから、喜んで受け取ると思いますよ。」
冗談じゃなくてガチで言ってるのね。
それにしても
「・・・エルって、本当に人形なの?
言葉遣い荒いけど一番人間らしいわよね?」
「人形ですよ。
ハイエルフなどの亜人種でもないのに200年生きているんですから。」
見た目15歳の女の子だから、なかなか信じられないのよね。
ケイトの家にいるドールもそうだっていうけど、どの辺が人工的に作られたのか全く分からないし。
うーん、人形娘にお食事券ってどうなの?って思うけど、まあ本人が喜ぶならそれでもいいのかしら。
「・・・お食事券ね、分かったわ。
特別手当に見合う額で渡してあげて。」
「かしこまりました。」
エルとイヴはそれでいいとして、あとは夫人とリディアの刑。
夫人の人身売買罪とリディアの誘拐罪という事実は揺らがない。
嘆願書で死刑は回避出来るとしても、刑を無くすというのは実質無理がある。
ま、今回も強制労働の刑が妥当ね。
“あれ”をやるには人員が圧倒的に足りない状態だし。
夫人とリディアは、女王の策略に利用される事が確定済みのようであった。
10人にも満たない少人数で1000体もの悪魔を撃破したのだから、ま当然って言えば当然よねー。
悪魔の素材もたっぷり手に入れ、ホクホク顔に満足な気分で仕事が終わったところだったけど、現実はやっぱり甘くなかったわ。
寺院に運ばれたサリナとヴェスター。
フィルはわざと攻撃を喰らったのでしょうと語っていたが、現実は違う。
本当に2人ともガチで倒されていたのだ。
それもレプリカ(模造品)の魔剣を相手に。
目を覚ました時にケイトとフランソワから戦闘は終わったから大丈夫と聞かされたが、サリナに至ってはストレス全開。
「屈辱的だわ・・・!」
ダアン!と近くにあった石のテーブルを拳で叩く。
見ていた者たちは、拳よりもテーブルの方を心配していた。
過去に破壊実績があるらしい。
寺院の大司教でもある聖女がデストロイとか、やっぱり何かが間違っている。
ま、そんな心配は置いといて。
ヴェスターに至っては真顔で
「以前から噂はありましたが、非常にまずい展開ですね。」
と珍しく不安な事実を露呈。
これにはケイトとキャサリンが目を剥いた。
明日、赤い雨でも降るのかしら。
「何がまずい・・・の?」
「悪魔たちも魔剣の模造品を作れるようになったという事実です。
堕天使の剣は魔剣の中でも最強クラス。
造りは雑だったようですが、それでも真空刃を生み出せるくらいには仕上がっていた。
まだ実験段階でしょうが、いずれ本物の魔剣に近い性能の模造品を手にした悪魔が出現するかもしれません。」
「ゲ、それは確かにヤバいわ。」
「それだけではないです。
模造品を作れるという事は、少なくとも悪魔側にもキャサリンのような封魔術師がいるという事です。
そしておそらくは解魔術師も。
つまり、魔法や魔術に対する人間側のアドバンテージが一気に無くなる事を示唆しているのですよ。」
・・・!
今までのような、悪魔をからかったような戦闘は出来なくなる・・・ってことね。
でも
「あのアークデーモンは、解魔術も封魔術も知らなかったみたいよ?」
「アークデーモンにも階級がありますからね。
今回敵としてやってきた悪魔はおそらく最下級でしょう。
であれば情報がリークするのを恐れて、伝えていなかった可能性が高いです。
要は、あのアークデーモンを含む1000体の悪魔どもは、模造品の魔剣の性能を確認する為の捨て駒だったのですよ。
我々は悪魔どもにしてやられたわけです。」
「あのアークデーモンと悪魔の軍勢が捨て駒?」
「最下級なら、人間の国を一つ潰せば一気に階級は上がるでしょう。
その付け入る隙に入り込んだんですよ、魔剣の模造品を作った悪魔は。」
「父さん、もしかしてその悪魔の名前、知っているの?」
その問いにサリナが割って入る。
「それは各国と寺院総本山との間で機密情報扱いされている内容よ。
・・・でもまあ、あなたたち3人ならいいでしょ。」
ここに来ていたのは、ケイト、キャサリン、フランソワの3人。
ギルは酒場へ、シャディはギルドへ、アメリは病院へ、フィルとライガは王城へそれぞれ戻っている。
「名前はエギル。
偽名だと思うけど、その名で人間に化けて、人間界の世界各地を回っているわ。
武器商人として、ね。」
今度はヴェスターが目を丸くした。
「いいんですか、話しちゃっても。」
「一般国民が真っ向から悪魔と戦ってくれたのよ。
これくらいの情報提供はあってしかるべきでしょ。
事後報告になるけど、女王には私から話しておくわ。」
「分かりました。」
あたしは聞かなくてもいいような事を聞いてしまったのでは?
そう思ったが、もはや時既に遅しなケイトであった。
DNA、遺伝子組み換え、クローン等の技術を神の領域と語る者がいるように、解魔術と封魔術も魔法の世界においては神の領域と言われている。
魔法の成り立ちから発動に至るまでの全工程を解析し、新たな技術として確立させた魔術だ。
禁断の魔術とも言える技術を世に認めさせた目的は“邪悪なるもの”の完全抹殺。
魔法を無効化し、強大な攻撃魔法を使役する悪魔、妖魔、邪神、邪龍どもをこの世から消し去る為の、必要不可欠な魔術と言われていた。
しかし悪魔とて馬鹿ばかりではない。
人間に化け、人間界のみに伝わる知識を学び、より凶悪な存在へと成る悪魔もいる・・・。
昔から黒い羊や山羊は悪魔崇拝の象徴として最もポピュラーな存在。
闇組織ブラックシープの紋章は“この世界に魔法が確立していなかった頃からの”非常に古い時代のものであった。
今では西の帝国の組織の一部と言われているが、それも本当の事なのかは分からない。
巨大な組織故に一枚岩ではないのだが、利害の一致でとりあえず共に行動しているだけとも噂されている。
そもそも、その組織を肌で感じ目にする者はごく少数。
存在自体が不明瞭で雲を掴むような話であった・・・。
まさか、そんな彼らが国内に存在しようとは。
城下町南門から南に数キロ行ったところにある森の中の屋敷。
そこに彼ら2人の気配があった。
紺のスーツ姿の男性と、黒いドレスを着た女性。
距離をとってお互い古めかしい椅子に座り、コーヒー片手に話し合っている。
仲間という雰囲気ではなさそうだ。
「オリジナルの2本が行方不明のままですから、見本の無い状況で簡単に成功とはいきません。
しかしながら、聖女サリナと白銀の騎士ヴェスターの2人を一撃で倒すくらいの真空刃を発動させる事は出来ました。」
自信あり気な男の声。
それでも返ってきた女の声は手厳しい。
「・・・それでもフィルには簡単に封じられ、挙句折られたのでしょう?
現役引退間近のロートル2人を一撃で倒せたからといって、鼻を高くしないでもらいたいわね。」
「王国の御庭番を倒せば信用してもらえると?」
「・・・そうね、御庭番の序列10位以内の者か、手出し厳禁の5人のどちらかなら少し信用してもいいわよ。」
「倒しても少しですか。」
「悪魔相手に全面的に信用する人間がいると思って?
私は貴方と契約しているわけじゃない。
利害一致の元に協力しているだけよ。」
かなりしたたかな女性のようだ。
ブラックシープの幹部の1人らしい。
「この関係が終われば、私を殺しますか?」
「今のところ殺す理由は無いわ。
悪魔だから必ず殺すという事はあり得ない。
それはどの国にも言える事よ
もちろんあの王国にも・・・ね。
殺すか殺さないかの天秤は、人に害をなすかなさないかで決まっているだけ。
邪なるものの存在を滅せよ。
太古の昔から掲げられてきた教義は、我らブラックシープの中にもあるわ。
・・・せいぜい邪な存在ではない事を証明してみせなさい。」
「さて、それは人間側の受け取り次第ですから、なんとも。
私はあくまで、ただの武器商人ですので。」
「ただの武器商人が、闇組織と手を組むの?」
すると男はニコリと笑みを見せる。
「商人ですから、お客様と接しているだけですよ。」
「喰えない男ね。」
帝国に付いている闇組織の者が、王国を滅ぼす為に悪魔と手を組んでいる。
非常に分かりやすい図式がここにあった。
捕らえられたマーキュリー伯爵夫人とリディアに対する判決は、情状酌量の余地ありとしたものであった。
リディアは、スラムの子供たちの中でも餓死しそうな衰弱した子供ばかりをさらっていた。
孤児院は元々貧しいところが多く、餓死寸前の子供の命を助けるほどの栄養を即座に得るのはほぼ不可能。
それを見透かした上で、自分が悪人になる事も承知の上で、奴隷商を頼ったという。
一人でも多くの命を助ける為に。
強い力を求めたのは、弱い子供たちを守りたかったから。
昔の自分を見ているようで、居ても立っても居られない気持ちに駆られたらしい。
レグザの実験台にされても構わないと思うほど、力を渇望していたようであった。
夫人は領地の孤児たちが悪魔に狙われている事を知った後、できるだけ遠くに、バラバラにと、伝手を頼って子供の欲しい貴族に声を掛けた。
だがこの剣と魔法の世界は血筋を重視しており、養子といった言葉は存在せず、他人の子供を家族として迎え入れる事は禁忌とまで言われている国もある。
この血も涙もない現実に抗うかのように、夫人は奴隷商を開いたのだ。
奴隷とはいえ、酷い仕打ちをするような極悪貴族になぞ託したくない。
小間使いでも家政婦でもいい。
仕事と食事と寝床を与え、生きる価値を子供たちに見出してくれそうな貴族たちにのみ声掛けしていた。
願わくば、愛情も・・・。
その結果、貴族たちの元に行った孤児たちから、夫人とリディアを死刑にしないでほしいという嘆願書が山のようにきたのである。
本件の報告書を読み終えると、エレナ女王はグシャグシャに丸めてゴミ箱に捨てたい気持ちを抑えながら深くため息をついた。
「子供をさらって奴隷商に引き渡すリディアという女がいる。
その裏付けをして、その通りだと分かって、暗殺対象にした結果がこれでは情けないわ。
情報管理している“幻惑の陣”と“闇夜の陣”には是正・・・いえ改善命令すべきね。」
女王のコーヒーカップが空なのに気付き、室長がコポコポと2杯目を注ぐ。
「真実は事実の奥底にある、という事でしょうか。
これを知ったニードルのエルとイヴは沈黙してしまったようで。
それを考えますと彼らに是正と令するのは精神的に酷でしょうから、改善という言葉は確かに妥当かと。」
「2人には悪い事をしたわね。
特別手当でも出した方がいいかしら。」
「そうですな、それでしたら城下町限定で使えるお食事券が宜しいかと。」
は?
何急にボケたこと言ってんのよ、この室長は。
「お食事券?
1割お得に使える地産地消推進委員会で出してるあれ?
さすがに馬鹿にされるでしょ?」
「エルですが、かなりのグルメだという噂です。
確かお食事券でないと食べられない裏メニューが今週末から始まりますよね?
普段忙しくてお食事券を買う余裕も無いそうですから、喜んで受け取ると思いますよ。」
冗談じゃなくてガチで言ってるのね。
それにしても
「・・・エルって、本当に人形なの?
言葉遣い荒いけど一番人間らしいわよね?」
「人形ですよ。
ハイエルフなどの亜人種でもないのに200年生きているんですから。」
見た目15歳の女の子だから、なかなか信じられないのよね。
ケイトの家にいるドールもそうだっていうけど、どの辺が人工的に作られたのか全く分からないし。
うーん、人形娘にお食事券ってどうなの?って思うけど、まあ本人が喜ぶならそれでもいいのかしら。
「・・・お食事券ね、分かったわ。
特別手当に見合う額で渡してあげて。」
「かしこまりました。」
エルとイヴはそれでいいとして、あとは夫人とリディアの刑。
夫人の人身売買罪とリディアの誘拐罪という事実は揺らがない。
嘆願書で死刑は回避出来るとしても、刑を無くすというのは実質無理がある。
ま、今回も強制労働の刑が妥当ね。
“あれ”をやるには人員が圧倒的に足りない状態だし。
夫人とリディアは、女王の策略に利用される事が確定済みのようであった。
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