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第28話
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あたしとフィルと父さんとシャディの4人は待機か。
後からギルも再戦しにくるから、もう余裕だわね・・・ん?
・・・おかしい、チャリオットにはそれぞれ強者が乗っていた。
フランソワが相手にしているレグザは、チャリオットに取り憑いていたオマケ。
厄介だけどそれほどの存在ではない。
ライガと対戦している暗黒騎士に比べれば劣っている。
「・・・フィル、気を付けて。
もう一人敵がいるわ。」
「はい。」
すると停止したチャリオットの一体から黒煙のようなものが噴き出て、人の形をとった。
暗黒騎士のようなフォルムに手にしている剣まで煙で出来ている。
それが突如、機敏に動き出した。
煙の剣をフィルに向けて突くがフィルは寸でのところで躱す。
しかし、ピッとフィルの服の右袖が斬れ、フィルとケイトは驚愕。
「フィル!」
ケイトの声と同時にフィルが短刀で突くが、煙を相手にダメージを与えられない。
こいつは・・・
「フィル、スモッグビースト(霧獣)だわ。
物理攻撃が効きにくいから、あたしが・・・。」
「いえ、大丈夫です。」
するとフィルの両手にある短刀ドラゴン・トゥースが光り、煙の騎士を蒸発させるかのように消し去った。
それと同時にフィルに長剣で急襲してくる者がいる。
素早い動きを身上とするフィルが躱せず、ギィンと短刀で受け流した。
そして距離を取り敵の間合いから外れて対峙。
「なるほど、少しは出来るようね。
スモッグビーストは無粋だったかしら。」
額から伸びる2本の角、鬼女だ。
向こうも二刀流なのか、長剣2本を手にしている。
「ケイトさん、離れてて下さい!」
鬼女の連撃が続く。
フィルの縮地に負けない動きで続く連撃は、常人なら一瞬で殺されてしまうだろう。
しかし相手はフィル。
その連撃の全てを受けきってみせた。
鬼女が驚愕の表情を隠さず、一旦間合いを取り直して舌なめずりする。
ニタリと、鬼女独特の笑みが妖しく恐ろしく感じさせ、周囲の雰囲気を冷ややかにしていく。
「凄いね、あんた。
あたしの剣戟を受けきる奴なんて初めて見たよ。」
「鬼族が悪魔に肩入れですか?」
「あたしは強い奴が大好きなのさ。
あのアークデーモンは異常に強い。
だから従っているまでの事よ。」
それを聞くと、フィルはクスッと軽く笑う。
「何がおかしいんだい?」
「あのアークデーモンは弱いです。
そして貴女も弱い。」
そう言われると、鬼女は高らかに笑い声を上げる。
「クックックッ、ずいぶん安い挑発してくれるじゃないか。」
言いながら鬼女は、ようやく今までの戦いの内容を悟った。
この女、体内の魔力を極力抑えて戦っている?
馬鹿な、あれだけの動きが純粋な体力によるものだというの!?
魔力を発動させず、あたしの剣戟全てを受けきったっていうの!?
そして、普段は両手を下げて特に構えないフィルが、初めて剣先を鬼女に向けて構えを見せた。
「では次は、こちらから参ります。」
言葉の直後、フィルの姿が消えた。
頭上か!
長剣で受けたかと思うと、真正面にフィルが立ち、鬼女の喉元を突く。
「クウッ!」
紙一重で躱すと、フィルの剣が一瞬止まり、首を薙ぎ落とす様に直角に振りぬいてきた。
鬼女はこれを身をそって躱し、バク転して離れようとする。
しかし
「遅いです。」
フィルはバク転した先に既に移動。
縮地か!
鬼女は防戦一方。
もはや最初の勢いは欠片も無く、フィルの剣を受け止めるので精一杯になっていた。
そしてついに鬼女の左手にしていた長剣が弾かれ、ガックリと膝をつく。
鬼女の息が荒い。
こ、こんな、長い時間剣戟を繰り出すなど・・・!
鬼女はフィルを見て更に驚愕した。
フィルは息切れなど全くしていない。
まるで今ここに来たかのような素振りで、鬼女と間合いをとり対峙している。
・・・この女、化け物か!
そしてフィルの最後の一振りは、鬼女の右手の長剣を呆気なく地に弾き落としていた。
「投降して下さい。
そうすれば貴女の命は保証します。」
フィルにそう言われると、鬼女はドカッと胡坐をかいて地に座る。
「・・・敗者の命は勝者のもんだ・・・好きにしな。」
するとフィルはニコリと笑みを見せ、背を向ける。
「では、しばらくここで見学していて下さい。」
「はぁ?」
拘束もしないつもりなのか、このフィルって娘は。
「アークデーモンがこちらに逃げてきたら、私とケイトさんで止めを刺します。」
・・・逃げる?
あのアークデーモンが?
そんなあり得ない事を前提に・・・!
近くで戦っているアークデーモンとサリナの姿を見て、鬼女は一瞬で蒼白の表情と化していた。
レグザが爆炎系の魔法を詠唱する中、対峙していたフランソワが素手の状態で至近距離に近付く。
「沈黙の魔法だけが対抗手段でない事を教えて差し上げますわ。」
すると、フランソワは近付いただけなのに、レグザの詠唱していた魔法の魔力が消え失せていった。
レグザが歯ぎしりする。
マジックドレイン(魔力吸引)か!
この女、詠唱してもいないのにどうやって発動させた!?
驚きのまま、レグザは早くも討たれる事になる。
フランソワの袖口から金色の蛇が姿を現す。
蛇の身体が全て出たところで尾の辺りを握り、鞭のように扱う。
使い魔を手にした、生きた鞭。
蛇の牙がレグザの身体を切り裂く度、レグザの身体が薄くなる。
この蛇、まさか・・・!
「私の使い魔コアトルは、アストラルボディーすら喰らいます。
塵も残しませんわよ。」
「ち、ちくしょおおお!」
我儘なレグザの哀れな叫びが、最後の断末魔となり消え失せていった。
暗黒騎士は黒いフルプレートメイルの重装備。
必然、動きは遅くなる。
これで大きな楯を構えていれば立派なタンカー(囮役)だが、こちらはクレイモアのような大型の剣を手にしていた。
間合いでは槍の方が上手だが、完全防備の鎧を相手にどう戦うのだろう。
何度突こうが硬い装甲で弾かれ、その度に大剣の一振りがライガを襲った。
辛うじて躱すも擦り傷が増えていき、徐々に出血が目立ち始める。
明らかに圧倒的不利に見えたライガであったが、暗黒騎士の容態が突如急変した。
バキッと音がしたかと思うと、鎧の継ぎ目が次々に割れていき、重装備の鎧が剝がれていく。
「ようやく効きよったか。
我の技も使えるという事かな。」
穂先を震わせ振動を相手の防具に送り込む破壊技。
これが身体に伝わると身体がもたない筈だが、フルフェイスの鉄仮面が割れた時、その正体が明かされる。
「骸骨の騎士、スケルトンウォリアーか。
輪廻に従い、成仏せい!」
鋭い最後のひと突きは、骸骨の身体を粉々に打ち砕いていた。
サリナ大司教とアークデーモンの一騎打ち。
サリナの圧倒的なパワーに屈するかと思いきや、それは外れていた。
アークデーモンから間合いを詰め、上から振り下ろすようなローキックを放つ。
サリナの倍の身長はある悪魔からの直接攻撃は、重く鋭い。
それが数回続いたかと思うと右拳のストレートパンチをジャブのごとく連撃。
本当に右腕1本の動きなのかと思わせる技に、サリナがたまらず後退した。
このアークデーモン、どこで仕入れた知識なのか知らないけど、空手かキックボクシングの技を熟知しているわね。
アークデーモンは後退したサリナを見て軽く挑発する。
「聖女であるそなたは柔術が得意だと聞くが、我にその技が簡単に使えるとは思わぬ事だ。」
聖女であるこの私の身体に打撃を与え、尚且つ聖属性の気に触れても意に介さない上級悪魔がいるなんて。
「フ、フフ、これは神に感謝すべきかしらね。」
「なにぃ?」
すると徐々に青白い闘気が湯気のように上がっていくのが肉眼で見えてくる。
そして、ドゥッとアークデーモンの左脚に、サリナの鋭いローキック。
先ほど攻撃を喰らっていた脚とは思えぬ強い打撃に、アークデーモンの膝が折れそうになった。
「馬鹿な!?きさまぁ!!」
続けて放つストレートパンチをアークデーモンは両腕でブロック。
しかし腕は腫れ、打撃のダメージをまともに受けていた。
アークデーモンと同じ攻撃技で、格の違いを見せつける。
「私は柔術しか使えないと言った事は一度もありません。
勝手な勘違いは困りますので、徹底して教えてあげましょう。」
ブロックされても構わずにジャブを放ち続け、両腕のガードが緩くなったところに鳩尾を打つ。
よろめき倒れそうなところを左拳で顎をアッパー。
アークデーモンの身体を無理矢理起こして直立させる。
そしてまた右拳のジャブ、右脚のローキックと、単調だが細身で小柄な女性とは思えない重い連撃に、アークデーモンの身体はボロボロだ。
フィルに敗れた鬼女が凝視する。
この娘といい、あの聖女といい、何なんだこの国の人間どもは。
「・・・凄まじいな・・・まさか、早くもこれを使う事になるとは・・・。」
アークデーモンは腰に帯剣していた長剣を鞘から抜いた。
サリナの拳を弾き、右手で剣を構える。
「聖女の聖属性防壁を無効化させる長剣だ。
私の纏っている服とセットの武具でな。」
言いながら片手持ちを両手持ちに変え、ゆるりと構えた。
サリナの連撃が止まったからか、アークデーモンの身体が徐々に回復していく。
自己再生能力が高い。
それを遠目で見ていたヴェスターが、訝し気な表情をする。
「あの剣は・・・まさか・・・。」
フランベルジュのような大剣を大きく振りかぶり、サリナに向けて振りぬいた。
見え見えな動きの剣戟など容易く躱せる。
その躱せたという思い込みが、意外な展開を招く。
ザン!と空を斬ったかのような勢いと共にサリナが血を流し、地に伏した。
・・・完璧に躱したはずなのに何故・・・!?
「終わりだ。」
もう一度大きく振りぬこうとすると、突如割って入ったヴェスターの剣に弾かれ、アークデーモンが数歩引き下がる。
「フ、まさか堕天使の剣を弾き返す者がいようとはな。」
「その魔剣・・・どこで手に入れました?」
ヴェスターの声に、いつもの陽気な声色は欠片として感じなかった。
ヴェスターは問いながら間合いを詰めようとするが、アークデーモンの脚捌きも素早く、ある一定の距離を保ったままだ。
おそらくはこの間合いがあの魔剣の最大距離。
「まさかこの魔剣を知っている者が人間界にいようとはな。
これは魔界で作られた魔界に2本しか存在しない魔剣。
貴様こそ、何故この魔剣の存在を知っている!?」
アークデーモンが急に間合いを詰め、鋭く振りぬく。
サリナ同様、またも一撃でヴェスターの鎧が裂け、血飛沫が舞い倒れた。
「父さん!?」
「フ、我に無謀に挑む者どもの末路を見せしめにしてやろう。」
アークデーモンの振り下ろす剣が、倒れた二人の首を斬り落とそうとした時、
「神樹セフィロト。」
イグドラシルのような巨大な枝が、剣戟を防いだ。
堕天使の剣を弾く枝だと!?
アークデーモンが驚愕している間に、二人を引き離した。
そしてセフィトロの葉で包み込み、体力を回復させる。
「お姉様ご安心下さい。
二人は気絶しているだけですわ。」
「あ、ありがとう、フランソワ。」
「ですがお姉様。」
「何?」
「セフィロトは神の樹。
最大の防御を維持出来るかわりに、私はこれ以上動けなくなります。
負傷者の防御は引き受けますが、他まで手が回せなくなってしまいますの。」
すると、今までの光景を全て見ていたにも関わらず、特に恐怖心も感じていないかのような三つ編みの美少女は、スタスタとアークデーモンに歩み寄っていった。
「フィル!」
「では、私が攻撃を引き受けますね。
ケイトさんは、いつものサポートお願いします。」
「あ、うん、分かった・・・わ。」
いつものサポートで足りるのかしら。
とりあえず、フィルを信じるしかない・・・よね。
両手を下げ、特に構えも見せず無造作にアークデーモンに近付いていく様は、恐怖を知らぬ無垢な子供に見えた。
かまいたちの間合いに入ると、アークデーモンが打って出る。
最大の攻撃力を持つこの女が倒れれば、貴様らは全員終わりだ!
そう思っていたが、一瞬ギィンと何かに弾かれたような音がして、直後にズバッとアークデーモンの足元の地面が少し裂けた。
フィル自身は特に怪我も何もない。
一瞬、フィルの両腕が交差したように見えたが、まさか・・・。
アークデーモンが歯ぎしりする。
「まさか、まさか貴様、我のかまいたちを弾き返したというのか!」
驚愕する悪魔の表情を見ても特に感じる事は無いようで、
「はい、その通りです。」
と淡々と答えるのみ。
そして解説が続く。
「かまいたちの効果は、振り下ろす剣を見れば、どの方角に襲い掛かってくるかが見えます。
サリナさんとヴェスターさんが事前に“わざと”受けてくれた事で、方角と威力の程が分かりました。
ですので、特に恐ろしく思う必要は無いと思いますよ。」
「わざと・・・だと?」
その声に、フィルは小さくため息した。
「たぶん女王様かセイクレッド様の魂胆ですよね。
意地でも私にアークデーモンを倒させたいと思っているみたいですけど。
こんな風に。」
ザン!と衝撃波のような音が聞こえたかと思うと、アークデーモンの左腕が付け根から斬り落とされていた。
アークデーモンが目を剥く。
「き、きさま・・・きさまぁ!」
間違いない、今のは堕天使の剣と同じかまいたちの刃。
魔力を発動している気配すら無いのに、何故かまいたちが使える!?
その思いを察知してか、フィルはさも当然のように語る。
「剣から真空刃を生み出すのは、地力で出来ますよ。」
言いながら縮地で落とした左腕を奪い取り、空中に投げて両手の短刀で瞬時に細かく切り刻む。
「やっぱりあなたは弱いですね。」
「いい気になるなよ、きさまあ!」
しかし威勢のいいのは掛け声のみ。
懐深く間合いを詰められ、かまいたちが出せない。
長い時間フィルの剣戟を受け続けるが、フィルは一向に疲れの欠片も見せていない。
「真空刃の欠点は、振りかぶる深さと広い間合い、そして両脚が地面をしっかり噛んでいないと出せない事。
まして堕天使の剣とはいえ“レプリカ”の剣を相手に、私のドラゴン・トゥースが負けるはずがないです。」
言った直後、アークデーモンの手にしていた堕天使の剣が根本から折れ、地に刺さった。
「な、なにいぃぃぃぃ!?」
そして素早く薙いだフィルの短刀は、剣を手にしていた右腕を斬り落とす。
「ギャアアアアア!
な、何故だああああ!
何故俺の剣が折れるうううう!」
鬼女や、遠巻きに見ていたシャディ、そしてライガも呆然としていた。
あれだけアークデーモンが優勢だったのに、何が起きたのだ!?
しかし、これを見ていたケイトはため息一つ。
「やっぱ、悪魔って馬鹿だわ。
あたしが解魔術師だって事、分かってたはずよね?」
ケイトのサポート。
これに全く気付かなかったのがアークデーモンの敗因か。
悪魔はガクリと膝をついた。
「・・・なにを、した?
我の防具は、他の魔力を入り込ませない。
貴様のハッキングすら無効化するはずだ。」
この馬鹿悪魔、それはあんたの勝手な思い込みでしょーが。
「解魔術は封魔術でしか無効化出来ないわよ。
ところで、今もその力を武具から感じ取れる?」
ケイトに言われ、ようやく気付いた。
魔剣からも、防具からも、魔力を何一つ感じない。
アークデーモンが愕然とした様子でケイトを見る。
「魔力を込める前の、初期状態にしたのよ。
解魔術の1つでフォーマットというの。」
・・・・・。
沈黙するアークデーモン。
魔の理を根底から覆す解魔術と封魔術は、上級悪魔の武具すら容易く打ち破る。
でもこれが出来たのは、一定時間アークデーモンに攻撃し続けてくれたフィルのおかげ。
フォーマットの欠点は時間がある程度かかる事だ。
これがばれて術者が攻撃されると、フォーマットは簡単に中断されてしまう。
やっぱりフィルは凄いわ。
そのフィルが降ろした最後の一振りは、アークデーモンの両脚を斬り落としていた。
「・・・きさま、我をなぶり殺しにするつもりか?」
そう言われ、フィルが顔を覗き込む。
「あなたの身体の中に、伯爵様の魂が入っていますよね?
ケイトさんとキャサリンさんの解魔術と封魔術で抜き取りますので、逃げられないようにしただけです。」
そしてフィルの背後にケイトとキャサリンがニヤニヤしながらやってくる。
「あ、精神面でかなり激しい頭痛が生じるけど、それは特に助けないから。」
「恨むなら、伯爵の身体に取り憑いた自分を恨んでねー。」
「き、きさ、ま、ら・・・!」
この女ども鬼だ!
それもかなりドSの!!
ケイトがジロリとアークデーモンを睨む。
「今なにか余計な事思わなかった?」
「ひっ・・・!」
馬鹿な、我が、我が恐怖しているというのか!?
「な・・・なんでもないわ!
さっさと抜き取り、さっさと殺・・・グワァアー!!
あ、頭が割れるぅぅぅー!!!
このドS姉妹がぁー、ギャアアアア!!!」
悪魔の断末魔が、平原いっぱいに響き渡っていた。
伯爵の魂を救助しながらも、ケイトはひしひしと感じていた。
わざととか言ってたけど、それでも聖女サリナと父さんを瞬時に倒した上級悪魔を余裕で倒したフィル・・・。
あたしのサポートなんて武具の無力化だけで、あの悪魔の地力をどうにかしたわけじゃない。
この娘が本気になる事ってあるのかしら?
そのケイトの想いに気付いたのか、フィルがニコリとする。
「あの堕天使の剣って、大きく振りぬかないとかまいたちが出せないみたいなんですよ。
だから間合いを深く詰めたままの方が安全だったので、とても楽な戦闘でした。」
「あ、そうなんだ・・・ね。」
フォーマットが成立する時間は、魔力の多い武具ほど時間がかかる。
その長時間をものともしないばかりか呼吸が全く乱れないのはなんでなの?
と、ケイト自身もフィルの実力の秘密を知る事は出来ぬままであった。
後からギルも再戦しにくるから、もう余裕だわね・・・ん?
・・・おかしい、チャリオットにはそれぞれ強者が乗っていた。
フランソワが相手にしているレグザは、チャリオットに取り憑いていたオマケ。
厄介だけどそれほどの存在ではない。
ライガと対戦している暗黒騎士に比べれば劣っている。
「・・・フィル、気を付けて。
もう一人敵がいるわ。」
「はい。」
すると停止したチャリオットの一体から黒煙のようなものが噴き出て、人の形をとった。
暗黒騎士のようなフォルムに手にしている剣まで煙で出来ている。
それが突如、機敏に動き出した。
煙の剣をフィルに向けて突くがフィルは寸でのところで躱す。
しかし、ピッとフィルの服の右袖が斬れ、フィルとケイトは驚愕。
「フィル!」
ケイトの声と同時にフィルが短刀で突くが、煙を相手にダメージを与えられない。
こいつは・・・
「フィル、スモッグビースト(霧獣)だわ。
物理攻撃が効きにくいから、あたしが・・・。」
「いえ、大丈夫です。」
するとフィルの両手にある短刀ドラゴン・トゥースが光り、煙の騎士を蒸発させるかのように消し去った。
それと同時にフィルに長剣で急襲してくる者がいる。
素早い動きを身上とするフィルが躱せず、ギィンと短刀で受け流した。
そして距離を取り敵の間合いから外れて対峙。
「なるほど、少しは出来るようね。
スモッグビーストは無粋だったかしら。」
額から伸びる2本の角、鬼女だ。
向こうも二刀流なのか、長剣2本を手にしている。
「ケイトさん、離れてて下さい!」
鬼女の連撃が続く。
フィルの縮地に負けない動きで続く連撃は、常人なら一瞬で殺されてしまうだろう。
しかし相手はフィル。
その連撃の全てを受けきってみせた。
鬼女が驚愕の表情を隠さず、一旦間合いを取り直して舌なめずりする。
ニタリと、鬼女独特の笑みが妖しく恐ろしく感じさせ、周囲の雰囲気を冷ややかにしていく。
「凄いね、あんた。
あたしの剣戟を受けきる奴なんて初めて見たよ。」
「鬼族が悪魔に肩入れですか?」
「あたしは強い奴が大好きなのさ。
あのアークデーモンは異常に強い。
だから従っているまでの事よ。」
それを聞くと、フィルはクスッと軽く笑う。
「何がおかしいんだい?」
「あのアークデーモンは弱いです。
そして貴女も弱い。」
そう言われると、鬼女は高らかに笑い声を上げる。
「クックックッ、ずいぶん安い挑発してくれるじゃないか。」
言いながら鬼女は、ようやく今までの戦いの内容を悟った。
この女、体内の魔力を極力抑えて戦っている?
馬鹿な、あれだけの動きが純粋な体力によるものだというの!?
魔力を発動させず、あたしの剣戟全てを受けきったっていうの!?
そして、普段は両手を下げて特に構えないフィルが、初めて剣先を鬼女に向けて構えを見せた。
「では次は、こちらから参ります。」
言葉の直後、フィルの姿が消えた。
頭上か!
長剣で受けたかと思うと、真正面にフィルが立ち、鬼女の喉元を突く。
「クウッ!」
紙一重で躱すと、フィルの剣が一瞬止まり、首を薙ぎ落とす様に直角に振りぬいてきた。
鬼女はこれを身をそって躱し、バク転して離れようとする。
しかし
「遅いです。」
フィルはバク転した先に既に移動。
縮地か!
鬼女は防戦一方。
もはや最初の勢いは欠片も無く、フィルの剣を受け止めるので精一杯になっていた。
そしてついに鬼女の左手にしていた長剣が弾かれ、ガックリと膝をつく。
鬼女の息が荒い。
こ、こんな、長い時間剣戟を繰り出すなど・・・!
鬼女はフィルを見て更に驚愕した。
フィルは息切れなど全くしていない。
まるで今ここに来たかのような素振りで、鬼女と間合いをとり対峙している。
・・・この女、化け物か!
そしてフィルの最後の一振りは、鬼女の右手の長剣を呆気なく地に弾き落としていた。
「投降して下さい。
そうすれば貴女の命は保証します。」
フィルにそう言われると、鬼女はドカッと胡坐をかいて地に座る。
「・・・敗者の命は勝者のもんだ・・・好きにしな。」
するとフィルはニコリと笑みを見せ、背を向ける。
「では、しばらくここで見学していて下さい。」
「はぁ?」
拘束もしないつもりなのか、このフィルって娘は。
「アークデーモンがこちらに逃げてきたら、私とケイトさんで止めを刺します。」
・・・逃げる?
あのアークデーモンが?
そんなあり得ない事を前提に・・・!
近くで戦っているアークデーモンとサリナの姿を見て、鬼女は一瞬で蒼白の表情と化していた。
レグザが爆炎系の魔法を詠唱する中、対峙していたフランソワが素手の状態で至近距離に近付く。
「沈黙の魔法だけが対抗手段でない事を教えて差し上げますわ。」
すると、フランソワは近付いただけなのに、レグザの詠唱していた魔法の魔力が消え失せていった。
レグザが歯ぎしりする。
マジックドレイン(魔力吸引)か!
この女、詠唱してもいないのにどうやって発動させた!?
驚きのまま、レグザは早くも討たれる事になる。
フランソワの袖口から金色の蛇が姿を現す。
蛇の身体が全て出たところで尾の辺りを握り、鞭のように扱う。
使い魔を手にした、生きた鞭。
蛇の牙がレグザの身体を切り裂く度、レグザの身体が薄くなる。
この蛇、まさか・・・!
「私の使い魔コアトルは、アストラルボディーすら喰らいます。
塵も残しませんわよ。」
「ち、ちくしょおおお!」
我儘なレグザの哀れな叫びが、最後の断末魔となり消え失せていった。
暗黒騎士は黒いフルプレートメイルの重装備。
必然、動きは遅くなる。
これで大きな楯を構えていれば立派なタンカー(囮役)だが、こちらはクレイモアのような大型の剣を手にしていた。
間合いでは槍の方が上手だが、完全防備の鎧を相手にどう戦うのだろう。
何度突こうが硬い装甲で弾かれ、その度に大剣の一振りがライガを襲った。
辛うじて躱すも擦り傷が増えていき、徐々に出血が目立ち始める。
明らかに圧倒的不利に見えたライガであったが、暗黒騎士の容態が突如急変した。
バキッと音がしたかと思うと、鎧の継ぎ目が次々に割れていき、重装備の鎧が剝がれていく。
「ようやく効きよったか。
我の技も使えるという事かな。」
穂先を震わせ振動を相手の防具に送り込む破壊技。
これが身体に伝わると身体がもたない筈だが、フルフェイスの鉄仮面が割れた時、その正体が明かされる。
「骸骨の騎士、スケルトンウォリアーか。
輪廻に従い、成仏せい!」
鋭い最後のひと突きは、骸骨の身体を粉々に打ち砕いていた。
サリナ大司教とアークデーモンの一騎打ち。
サリナの圧倒的なパワーに屈するかと思いきや、それは外れていた。
アークデーモンから間合いを詰め、上から振り下ろすようなローキックを放つ。
サリナの倍の身長はある悪魔からの直接攻撃は、重く鋭い。
それが数回続いたかと思うと右拳のストレートパンチをジャブのごとく連撃。
本当に右腕1本の動きなのかと思わせる技に、サリナがたまらず後退した。
このアークデーモン、どこで仕入れた知識なのか知らないけど、空手かキックボクシングの技を熟知しているわね。
アークデーモンは後退したサリナを見て軽く挑発する。
「聖女であるそなたは柔術が得意だと聞くが、我にその技が簡単に使えるとは思わぬ事だ。」
聖女であるこの私の身体に打撃を与え、尚且つ聖属性の気に触れても意に介さない上級悪魔がいるなんて。
「フ、フフ、これは神に感謝すべきかしらね。」
「なにぃ?」
すると徐々に青白い闘気が湯気のように上がっていくのが肉眼で見えてくる。
そして、ドゥッとアークデーモンの左脚に、サリナの鋭いローキック。
先ほど攻撃を喰らっていた脚とは思えぬ強い打撃に、アークデーモンの膝が折れそうになった。
「馬鹿な!?きさまぁ!!」
続けて放つストレートパンチをアークデーモンは両腕でブロック。
しかし腕は腫れ、打撃のダメージをまともに受けていた。
アークデーモンと同じ攻撃技で、格の違いを見せつける。
「私は柔術しか使えないと言った事は一度もありません。
勝手な勘違いは困りますので、徹底して教えてあげましょう。」
ブロックされても構わずにジャブを放ち続け、両腕のガードが緩くなったところに鳩尾を打つ。
よろめき倒れそうなところを左拳で顎をアッパー。
アークデーモンの身体を無理矢理起こして直立させる。
そしてまた右拳のジャブ、右脚のローキックと、単調だが細身で小柄な女性とは思えない重い連撃に、アークデーモンの身体はボロボロだ。
フィルに敗れた鬼女が凝視する。
この娘といい、あの聖女といい、何なんだこの国の人間どもは。
「・・・凄まじいな・・・まさか、早くもこれを使う事になるとは・・・。」
アークデーモンは腰に帯剣していた長剣を鞘から抜いた。
サリナの拳を弾き、右手で剣を構える。
「聖女の聖属性防壁を無効化させる長剣だ。
私の纏っている服とセットの武具でな。」
言いながら片手持ちを両手持ちに変え、ゆるりと構えた。
サリナの連撃が止まったからか、アークデーモンの身体が徐々に回復していく。
自己再生能力が高い。
それを遠目で見ていたヴェスターが、訝し気な表情をする。
「あの剣は・・・まさか・・・。」
フランベルジュのような大剣を大きく振りかぶり、サリナに向けて振りぬいた。
見え見えな動きの剣戟など容易く躱せる。
その躱せたという思い込みが、意外な展開を招く。
ザン!と空を斬ったかのような勢いと共にサリナが血を流し、地に伏した。
・・・完璧に躱したはずなのに何故・・・!?
「終わりだ。」
もう一度大きく振りぬこうとすると、突如割って入ったヴェスターの剣に弾かれ、アークデーモンが数歩引き下がる。
「フ、まさか堕天使の剣を弾き返す者がいようとはな。」
「その魔剣・・・どこで手に入れました?」
ヴェスターの声に、いつもの陽気な声色は欠片として感じなかった。
ヴェスターは問いながら間合いを詰めようとするが、アークデーモンの脚捌きも素早く、ある一定の距離を保ったままだ。
おそらくはこの間合いがあの魔剣の最大距離。
「まさかこの魔剣を知っている者が人間界にいようとはな。
これは魔界で作られた魔界に2本しか存在しない魔剣。
貴様こそ、何故この魔剣の存在を知っている!?」
アークデーモンが急に間合いを詰め、鋭く振りぬく。
サリナ同様、またも一撃でヴェスターの鎧が裂け、血飛沫が舞い倒れた。
「父さん!?」
「フ、我に無謀に挑む者どもの末路を見せしめにしてやろう。」
アークデーモンの振り下ろす剣が、倒れた二人の首を斬り落とそうとした時、
「神樹セフィロト。」
イグドラシルのような巨大な枝が、剣戟を防いだ。
堕天使の剣を弾く枝だと!?
アークデーモンが驚愕している間に、二人を引き離した。
そしてセフィトロの葉で包み込み、体力を回復させる。
「お姉様ご安心下さい。
二人は気絶しているだけですわ。」
「あ、ありがとう、フランソワ。」
「ですがお姉様。」
「何?」
「セフィロトは神の樹。
最大の防御を維持出来るかわりに、私はこれ以上動けなくなります。
負傷者の防御は引き受けますが、他まで手が回せなくなってしまいますの。」
すると、今までの光景を全て見ていたにも関わらず、特に恐怖心も感じていないかのような三つ編みの美少女は、スタスタとアークデーモンに歩み寄っていった。
「フィル!」
「では、私が攻撃を引き受けますね。
ケイトさんは、いつものサポートお願いします。」
「あ、うん、分かった・・・わ。」
いつものサポートで足りるのかしら。
とりあえず、フィルを信じるしかない・・・よね。
両手を下げ、特に構えも見せず無造作にアークデーモンに近付いていく様は、恐怖を知らぬ無垢な子供に見えた。
かまいたちの間合いに入ると、アークデーモンが打って出る。
最大の攻撃力を持つこの女が倒れれば、貴様らは全員終わりだ!
そう思っていたが、一瞬ギィンと何かに弾かれたような音がして、直後にズバッとアークデーモンの足元の地面が少し裂けた。
フィル自身は特に怪我も何もない。
一瞬、フィルの両腕が交差したように見えたが、まさか・・・。
アークデーモンが歯ぎしりする。
「まさか、まさか貴様、我のかまいたちを弾き返したというのか!」
驚愕する悪魔の表情を見ても特に感じる事は無いようで、
「はい、その通りです。」
と淡々と答えるのみ。
そして解説が続く。
「かまいたちの効果は、振り下ろす剣を見れば、どの方角に襲い掛かってくるかが見えます。
サリナさんとヴェスターさんが事前に“わざと”受けてくれた事で、方角と威力の程が分かりました。
ですので、特に恐ろしく思う必要は無いと思いますよ。」
「わざと・・・だと?」
その声に、フィルは小さくため息した。
「たぶん女王様かセイクレッド様の魂胆ですよね。
意地でも私にアークデーモンを倒させたいと思っているみたいですけど。
こんな風に。」
ザン!と衝撃波のような音が聞こえたかと思うと、アークデーモンの左腕が付け根から斬り落とされていた。
アークデーモンが目を剥く。
「き、きさま・・・きさまぁ!」
間違いない、今のは堕天使の剣と同じかまいたちの刃。
魔力を発動している気配すら無いのに、何故かまいたちが使える!?
その思いを察知してか、フィルはさも当然のように語る。
「剣から真空刃を生み出すのは、地力で出来ますよ。」
言いながら縮地で落とした左腕を奪い取り、空中に投げて両手の短刀で瞬時に細かく切り刻む。
「やっぱりあなたは弱いですね。」
「いい気になるなよ、きさまあ!」
しかし威勢のいいのは掛け声のみ。
懐深く間合いを詰められ、かまいたちが出せない。
長い時間フィルの剣戟を受け続けるが、フィルは一向に疲れの欠片も見せていない。
「真空刃の欠点は、振りかぶる深さと広い間合い、そして両脚が地面をしっかり噛んでいないと出せない事。
まして堕天使の剣とはいえ“レプリカ”の剣を相手に、私のドラゴン・トゥースが負けるはずがないです。」
言った直後、アークデーモンの手にしていた堕天使の剣が根本から折れ、地に刺さった。
「な、なにいぃぃぃぃ!?」
そして素早く薙いだフィルの短刀は、剣を手にしていた右腕を斬り落とす。
「ギャアアアアア!
な、何故だああああ!
何故俺の剣が折れるうううう!」
鬼女や、遠巻きに見ていたシャディ、そしてライガも呆然としていた。
あれだけアークデーモンが優勢だったのに、何が起きたのだ!?
しかし、これを見ていたケイトはため息一つ。
「やっぱ、悪魔って馬鹿だわ。
あたしが解魔術師だって事、分かってたはずよね?」
ケイトのサポート。
これに全く気付かなかったのがアークデーモンの敗因か。
悪魔はガクリと膝をついた。
「・・・なにを、した?
我の防具は、他の魔力を入り込ませない。
貴様のハッキングすら無効化するはずだ。」
この馬鹿悪魔、それはあんたの勝手な思い込みでしょーが。
「解魔術は封魔術でしか無効化出来ないわよ。
ところで、今もその力を武具から感じ取れる?」
ケイトに言われ、ようやく気付いた。
魔剣からも、防具からも、魔力を何一つ感じない。
アークデーモンが愕然とした様子でケイトを見る。
「魔力を込める前の、初期状態にしたのよ。
解魔術の1つでフォーマットというの。」
・・・・・。
沈黙するアークデーモン。
魔の理を根底から覆す解魔術と封魔術は、上級悪魔の武具すら容易く打ち破る。
でもこれが出来たのは、一定時間アークデーモンに攻撃し続けてくれたフィルのおかげ。
フォーマットの欠点は時間がある程度かかる事だ。
これがばれて術者が攻撃されると、フォーマットは簡単に中断されてしまう。
やっぱりフィルは凄いわ。
そのフィルが降ろした最後の一振りは、アークデーモンの両脚を斬り落としていた。
「・・・きさま、我をなぶり殺しにするつもりか?」
そう言われ、フィルが顔を覗き込む。
「あなたの身体の中に、伯爵様の魂が入っていますよね?
ケイトさんとキャサリンさんの解魔術と封魔術で抜き取りますので、逃げられないようにしただけです。」
そしてフィルの背後にケイトとキャサリンがニヤニヤしながらやってくる。
「あ、精神面でかなり激しい頭痛が生じるけど、それは特に助けないから。」
「恨むなら、伯爵の身体に取り憑いた自分を恨んでねー。」
「き、きさ、ま、ら・・・!」
この女ども鬼だ!
それもかなりドSの!!
ケイトがジロリとアークデーモンを睨む。
「今なにか余計な事思わなかった?」
「ひっ・・・!」
馬鹿な、我が、我が恐怖しているというのか!?
「な・・・なんでもないわ!
さっさと抜き取り、さっさと殺・・・グワァアー!!
あ、頭が割れるぅぅぅー!!!
このドS姉妹がぁー、ギャアアアア!!!」
悪魔の断末魔が、平原いっぱいに響き渡っていた。
伯爵の魂を救助しながらも、ケイトはひしひしと感じていた。
わざととか言ってたけど、それでも聖女サリナと父さんを瞬時に倒した上級悪魔を余裕で倒したフィル・・・。
あたしのサポートなんて武具の無力化だけで、あの悪魔の地力をどうにかしたわけじゃない。
この娘が本気になる事ってあるのかしら?
そのケイトの想いに気付いたのか、フィルがニコリとする。
「あの堕天使の剣って、大きく振りぬかないとかまいたちが出せないみたいなんですよ。
だから間合いを深く詰めたままの方が安全だったので、とても楽な戦闘でした。」
「あ、そうなんだ・・・ね。」
フォーマットが成立する時間は、魔力の多い武具ほど時間がかかる。
その長時間をものともしないばかりか呼吸が全く乱れないのはなんでなの?
と、ケイト自身もフィルの実力の秘密を知る事は出来ぬままであった。
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