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第18話

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 朝、カイルたちは朝食後に冒険者ギルドへ顔を出すと、受付嬢が待ってましたとばかりに一言、
「ギルドマスターがお呼びです。」
 と即座に口を開いた。
 その表情からは、来てくれたわー、逃がさないからねー、的な強い視線を感じ取れる。
「はい、分かりました。」
 命を狙われていたとはいえ、同業者に罠を仕掛けただけでなく、何人かは消し炭にしたのだ。
 勧告が出ても不思議じゃない。
 そう思ってギルドマスターの部屋に入ると、思っていたのとは全く違った応対となる。
「低能な冒険者どもに命を狙われたそうね。
 気付けなくて申し訳なかったわ。」
「あ、い、いえ・・・。」
 デカい。
 身長180はあるだろう。
 そして美しいロングの金髪にスタイルも抜群。
 ・・・いや、露出している腕や脚は筋肉の張りが常人と違い引き締まっている。
 格闘系の技能者か。
「改めて自己紹介させてもらうわね。
 私の名はシャディ。
 六英雄のサリナ司祭から直接格闘術を学んだ無手の格闘家よ。
 今はここのギルドマスターを務めているわ。」
 気迫がビリビリと肌に感じる。
 一般人なら腰が抜けてしまう者もいるだろう。
 それでもカイルたち6人は臆する事無く面と向かう。
「カイルといいます。
 6人パーティーのリーダーを務めています。」
 続けて皆が名乗った後、椅子に腰掛ける。
「報告は聞いているわ。
 調べつくした西区の地下迷宮未踏エリアの発見、見事よ。
 そして邪教徒に誘拐された被害者たち3名の救出、素晴らしい実績だわ。」
「ありがとうございます。
 ですが、まだやらねばならない事があります。」
「何?」
「奴隷商アラクネの壊滅と子供たちの救済です。」
 一点の曇りもない真っ直ぐな目。
 ・・・真っ直ぐ過ぎるわね。
「ギルドから協力してほしい事はある?」
「俺たちが子供たちを連れてきたら、保護出来る孤児院を紹介して下さい。」
「私が知っているところだと、人使い荒いわよ。」
「それは願ったりです。
 生きる目的が与えられるなら最高です。」
 ここまで話すとシャディは一呼吸おいた。
「・・・そう、一度は子供たちに会ってきたのね。」
 !
 ここまでの会話でそれを見抜いたのか。
 このギルドマスター、ただの格闘家ってだけじゃない。
「ええ、会ってきました。
 そして奴隷商アラクネの支配人と用心棒にも会いました。
 二人ともかなりの強者です。」
 勝算はあまり無さそうね。
 どうしたものかしらとシャディが思っていると、ふとカイルの胸元にある一輪の花が目に入った。
 森の女神の花、しかも青!
 なるほど、いつの間にか人脈も広くなってきたみたいね。
 フランソワがバックにいるという事は、おそらくケイトも絡んでいるはず。
 それなら心配無い、か。
 シャディがゆっくりと立ち上がった。
「では、見事その強者たちを跳ね除け本懐を遂げなさい。
 全てが終わった時には、銀等級への昇格を推薦してあげるわ。」
 カイルたちも立ち上がり頭を下げる。
「ありがとうございます。
 では、失礼致します。」

 カイルたちが地下迷宮入口に来ると、王宮護衛団の立入禁止ロープが張られていた。
「もうここからは入れないみたいだねー。」
 のんびり声のミウに比例して、皆にも焦りは無い。
 もうマンホールから地下下水道経由で侵入するルートは把握済みなのだから。
 今はそんな事よりも向こうだ。
「ここか、小さな教会は。」
 入口は血飛沫が舞った跡がある。
 フランソワの薔薇の鞭によるものだが、カイルたちはそこまで知らない。
「ケイトが、ゴロツキいるって言っていたけど・・・そいつらを殺した跡なのかなぁ。」
 ミウの声にシーマが軽く頷く。
「おそらくそうだろう。
 ケイト、ドール、フランソワ、あの3人の佇まいには隙が全く無かった。
 この城下町でもかなりの実力者なのは間違いない。」
「とんでもない花屋さんだよねー。」
 ラナの声にカイルも同意する。
「ああ、だから頂いたこの青い花はなるべくとっておきたい。
 おそらく最大の切り札になるはずだ。」
 話しながら教会の中に入る。
「シーマとラナは入口で監視。
 ミウはケイトに言われた位牌の魔力感知だ。」
「了解。」
 カイルたちが位牌を手に取り、確認する。
「中央が全員10歳以下、他も20代は数人程度であとは皆10代だな。
 若すぎる。
 あとは女性が圧倒的に多い。
 これはまるで・・・。」
「生贄?」
 カイルの声に続けるようにミリアが漏らした。
 ミウは一番若い年齢の位牌を手に取り、
「じゃあ、魔力感知始めるよ。」
 と言って両手で位牌に魔力を込める。
 すると少ししてミウが、
「うっ!」
 と唸ったかと思うと、即座に魔力感知をやめた。
 よろめくところをゴッセンが支える。
「なんだおい、どうした?」
「・・・アーク・デーモン(高位悪魔)。」
「なに!?」
「カイル、間違いない。
 この位牌はアーク・デーモンを召喚し、願いの対価にさせられた生贄の子供たちの位牌よ。」
 ミウの声に、カイルたち全員が凍り付いた。
 奴隷商アラクネやバーグラウト教団と関連しているなら、教団に利用され殺された子供たちの位牌とばかり思っていたのだが、これは予想外の展開だ。
 ミウが震えた声で語る。
「どうする、カイル?」
 カイルはゴクリと生唾を飲み込みながら、深く息を吸って自身を落ち着かせた。
「ケイトのいるヴェストブルッグ家へ行こう。
 とりあえず事実を報告だ。
 俺たちでは手に負えないかもしれん。
 急ぐぞ。」
 皆が頷き、急ぎ足で魔法街へと向かう。

 アーク・デーモンの存在。
 それが一連の事件の核心だ。
 マーキュリー伯爵領に行ってきた出張班からの報告が、全容を物語る事になる。

 カイルたちがケイトの家を訪れると、ドールは魔術探偵の事務室ではなく家の応接室へと通した。
 さすがに6人は入らない。
 ケイトにしてみれば過去最高のお客様人数である。
「こちらの席に掛け、お待ち下さいませ。」
「あ、はい。」
 壁には絵画、椅子とテーブルは上品な仕上がりで素人が見ても高級品と分かる。
 ケイトの父が上級貴族の階級なのでそれを思えば不思議は無いのだが、何故王城区域の貴族エリアではなく魔法街のど真ん中に居を構えているのだろう。
 部屋を眺め、半ばボーッとして待っていると、ケイトは一冊の本を手にやってきた。
「あ、ごめんね。
 ドール、コーヒーお願い。」
「かしこまりました。」
 ドールが応接室を出、ケイトが座るとミウが即座に切り出す。
「実は、例の教会にあった位牌なんですけど、魔力感知したら・・・!」
「悪魔でも関わってた?」
「!!!」
 ミウの台詞に被せる様に、ケイトが聞いてきた。
 一瞬皆固まったが、ミウが頑張って声を振り絞る。
「・・・分かってたんですか?」
「いえ、予想してたのよ。
 私たちの方で発見した、蟲毒バーグラウトの原料の一つは悪魔蜘蛛の猛毒。
 普通ならどこか有名な巨大迷宮の最深部にでも行かない限りお目にかかれない稀な悪魔なの。
 簡単に入手出来ない猛毒をどうやって手に入れたのか、その事が引っ掛かっていてね。
 でも禁忌の悪魔召喚でアーク・デーモンくらい高位な悪魔と契約すれば、毒を手に入れる事は可能なはず。
 ただそうなると、それに見合うだけの対価がいるわ。
 もし、その対価に幼い子供たちを生贄にしたとすれば、あの位牌の多さに辻褄が合う。」
「・・・そうだったんですか。」
「あの位牌は私も見たけど、中心に置かれた10歳未満の子供たちの位牌だけ、どこか別の場所から持ってきたみたいなのよ。
 たぶん、マーキュリー伯爵領からだと思うんだけどね。
 そっちの情報は知り合いから聞く予定なんだけど、向こうに行った出張班が帰ってきていないようだから、まだ確信は得られていないわ。
 でも悪魔が関わっていたと分かれば、もう大方の予測はつく・・・。
 一言で表すなら“悪魔の饗宴”か“蟲毒の饗宴”と言ったところかしら。」

 ここまで話したところでドールがコーヒーを運んできた。
 カイルたちの表情が固まっていたが、特に気にする事なく、
「どうぞ。」
 と言って目の前に置いていく。
 かろうじて
「どうも・・・。」
 と声が出せたのはカイルのみだった。
 ドールはそのまま部屋に残り、ケイトの後ろに立つ。

 ケイトはカイルたちに話した。
 昔、魔人を生み出す計画があった事。
 その計画の為に、蟲毒バーグラウトが必要な事。
 それを精製する為に悪魔蜘蛛の猛毒が必要な事。
 そして今も魔人を生み出そうとしている者たちがいる事。

「・・・もう魔人を生み出す計画を止める事は出来ないのか?」
 カイルの声にケイトは首を傾げた。
「当初は毒花ペレスの違法栽培を聞きつけたところから始まったけど、あの毒の使い道も分かっていない。
 魔人を生み出そうとする目的も分かっていない。
 分からない以上は後手になるだけ。
 なんとかして先手を打ちたいけど、まだ情報が足りないのよ。」
 ここでカイルがふと思った事を口にする。
「病院に入院した女の子もこの件に関わっているんじゃ?」
「あ、毒花ペレスの花を衣服に付けてきた女の子ね。
 関わっていると思うけど、そっちは病院に任せておけばいいわよ。」
「え?それは何故?」
 そう言われ、ケイトは一瞬『は!?』と言いたげな顔をした。
 あー分かってないのか。
「一時的に病院に預けて、その後に連れ出そうとしても不可能だからよ。
 あそこは特別な場所だからね・・・いろんな意味で。」
「・・・よく分かりませんが、心配する必要は無いという事ですね。」
「ええ、敵さんがわざわざ病院に入院させるよう仕向けたのは、国の関係者に奪われない為の保険よ。
 病院は国に対しても容赦が無い。
 それを利用した巧妙な一手ね。
 だから普通に考えるなら、敵も国も退院した時を狙って誘拐するはず。」
「・・・え?
 じゃあ退院した時が危ないんじゃ??」
「あそこの院長たちはアフターケアが万全でね。
 退院直後は通院扱いされる・・・つまりまだ患者のままの状態でいるという事なのよ。
 それに気付けばいいけど、気付かない者は駆除の対象になるわ。」
「・・・詳しいですね。」
「ええ、叔母ちゃん・・・あたしの母の妹が秋の棟の院長だから。」
「そうですか・・・。」

 さてそうなると俺たちがやる事は、リディア探しに集中すればいいわけだが。
 カイルはケイトにリディア探しの事を話した。
 奴隷商アラクネの支配人から、子供たちを解放する条件にリディアを探し出すよう言われたと。

「奴隷商の支配人も分からないのか・・・。
 あたしも探し出す仕事受けてるんだけど、一向に気配のけの字も見当たらないのよねー。
 もうどっかで殺されてんじゃないかしらと思ってたんだけど、条件に引き出すって事は支配人は生きてると思っているみたいね。
 なら、考えられるのはあと1つ。」
「なんですか?」
「誰かが意図的にリディアを匿っている。
 仲間扱いか駒扱いかは分からないけど、おそらくかなりの実力者の傍にいる可能性が高い。
 支配人の目を誤魔化せるくらいなら尚更ね。
 カイルたちは、今までに行動不可解な人物に出会った事はない?」
 ケイトにそう言われ、皆、一人の人物に思い当たった。
「レグザ・・・!」
「レグザ?
 あたしは聞いた事ない名前ね。」
「奴隷商アラクネの用心棒です。
 最初は迷宮の謎解きに助力してくれたのですが、後になって支配人と共に現れ、奴の魔術に負けました。
 その時に支配人からリディアを探し出せと言われたのです。
 子供たちの解放と引き換えに。」
「なるほど。
 助力したのは支配人に顔合わせさせる為の布石。
 そしてそれを支配人と一緒に登場してアピールさせ、目の前でリディア探しを命じる場を提供した。
 この段取りを踏まえれば、支配人がレグザを怪しく思う事は無くなるでしょうね。
 ・・・まるでこの国の軍師みたいな考え方だわ。」
「俺たちはレグザの策に利用されたという事ですか。」
「カイルの話から推察しただけだけどね、たぶん間違いない。
 リディアは女性だから、数人雇っているメイドの一人に紛れ込ませているのが最も安易で自然でしょ。
 正体を悟られない様、何か特別なアイテムでも使っているかもしれないわね。」

 ここまで話していると、魔術探偵側の玄関をノックする音が聞こえた。
「あれ、誰だろ?
 ごめん、ドール行ってきて。」
「かしこまりました。」
 すると、少ししてドールがイヴを連れてきた。
「イヴ?」
「あ、ごめんね。
 お客様だったんだ。」
「例の事件絡みだから、丁度いいわ。
 イヴも話に入って。」
 そう言ってイヴを席に座らせ、皆に紹介する。
 王国承認暗殺ギルド“ニードル”の実行部隊の一人だと。
「え・・・えーっ!!!」
 カイルたちの表情が蒼白になったのは言うまでもない。
 そしてお互いが話し合った結果、カイルたちはとんでもない事を言われてしまう。

「リディアがマーキュリー別宅のメイドに紛れているって話なら、別宅に侵入すればいいと思うわ。」
 イヴからの突拍子もない提案に、カイルたちは呆然とする。
「別宅って、そこは王城区域の貴族エリアですよね?
 鋼等級の冒険者なんか、王城前正門の受付で門前払いされますよ?」
 するとイヴはカイルの胸元の青い花を指す。
「その花をフランソワからもらった場所を覚えている?」
「あ、はい。
 なんか、塀で囲われた3階建ての建物のある辺りですよね。
 迷宮入口から近かったので覚えています。」
「あの建物、毒花ペレスの違法栽培所だったんだけど、あの地下に貴族エリアへ伸びた地下道があるのよ。
 緊急避難経路だと思うんだけど、おそらくマーキュリーの別宅に繋がっていると思う。」
「・・・それを使って貴族エリアに侵入しろと?
 バレたら護衛団のお縄になりますよ!?」
 するとイヴはあっさり一言、
「バレなきゃいいでしょ。」
 最早、問答無用に近い提案であった。
 正気か、この女!?
 そこにケイトが一言添える。
「万が一捕まったら、あたしから事情を説明するから。」
 その説明で、果たして護衛団が納得してくれるかどうか。
 唸りながら悩んでいたカイルであったが、他に選択肢も無かったので渋々受ける事にした。

 カイルたちが去った後、イヴが本題に切り出す。
「ケイトにお願いがあるんだけど。」
「何?
 あたしもリディア探し頼まれているから、侵入しようかと思ってたんだけど。」
「そっちはあたしとエルが受け持つわ。
 代わりに調べてほしい事があるのよ。」
「まだ何か調べたい事あった?」
「バーグラウト教団内で、犠牲者が実験台にされた場所がまだ特定されていないの。
 どこにあるか捜索してもらえる?」
 イヴが言ってるって事は、護衛団とエルの調査は空振りって事か。
 仕方ないわね。
「分かった、引き受けるわ。」

 イヴがケイトの家を訪れていた頃、エルは王城の会議室にいた。
 そこにはエレナ女王、室長、預言者フィアナ、ケイトの父ヴェスター、そしてニードルの長レオンと副官ルクターという顔ぶれ。
 ようやく出張班が帰還したのね。
 随分と待たせてくれたこと。
 待ちかねたのはエルだけではない。
 エレナ女王もそのうちの一人。
 少々不機嫌そうな女王の表情を横目に、ラングリッツ室長が声を発する。
「ではルクター殿、ご報告を。」

「はい。
 昔、魔人計画を立てた男は、城下町の西区に隠れ家を得ていただけでなく、マーキュリー領地にも居を構えていた事が分かりました。
 その男の日記が伯爵邸で保管されておりましたので、メイド長より『宜しくお願い致します。』と言われ受け取ってきました。
 まずはこの日記を読ませていただきます。

 東方資料館の資料を基に毒の選定を進めていたが、行き詰ってしまった。
 まだ俺の知らない蜘蛛がいるのだろうか。

 遠方から来た冒険者の話で、有名な迷宮の最奥には悪魔蜘蛛がいるという事を知らされる。
 それだ、間違いない。
 しかし、この辺の迷宮で悪魔蜘蛛が出現したなどという話は聞かない。
 城下町から東に行ったところにある廃墟レイ=スは、上級冒険者でも全滅する恐れのある魔のエリア。
 俺ら教団の者たちだけでどうにか出来る話ではない。
 どうすれば・・・。

 決めた、悪魔召喚だ。
 禁忌だろうが、構うもんか。
 しかし、さすがに城下町で行えば魔力の流れで異変に気付かれてしまう。
 ここでは無理だ。
 どこか、この国の者どもから目の届かない遠方でやる必要がある。
 ・・・そうだ、マーキュリー伯爵領にしよう。
 確か、領地内に過疎した村があったはずだ。

 いよいよ、悪魔召喚を行う。
 現れた、アーク・デーモンだ。
 しかし悪魔蜘蛛の毒を所望すると、毒1リットルに対し10歳未満の子供1人を対価に差し出せと要求された。
 対価というわけか、まぁ当然だな。
 近くにあった孤児院でいいだろう。
 孤児院の子供らを誘拐し、アーク・デーモンに差し出す。
 結果、子供10人の命と引き換えに毒10リットル手に入れる事に成功した。

 アーク・デーモンとはこれで終わりだと思っていたが・・・この野郎、また対価を要求しやがった。
 魔法陣の仕組みが甘かったのか?

『毒を与えた事への対価はしかと受け取った。
 では次に、毒を使用した時の対価を宣告する。
 1リットル使用につき10人の命を貰う。
 今度は特に子供でなくても構わんが、なるべく若い者の命を貰う。
 貢が来なければ、貴様に近い者どもの命を貰う。
 それも望めなくなった時は、この領地の領主の身体を貰う。』

 日記はここで途切れています。
 ここまで分かれば後は容易に想像出来ますが、メイド長より現状をお聞きしてきました。

 今のマーキュリー伯爵は、アーク・デーモンに身体を乗っ取られています。
 ですが精神はまだ抵抗しているらしく、自らを地下室に閉じ込めるようにしました。」

「それが引き籠ったと言われていた実態・・・。」

「はい。
 しかしその時、アーク・デーモンの意志が一時的に勝り、正妻を巻き込みます。
 神聖魔法を使えた正妻は自らも閉じ込められるのを覚悟で、地下室に結界を張ろうと呪文を詠唱。
 アーク・デーモンの意志で動かされた伯爵の右腕で正妻は殺されましたが、結界は無事に張られました。
 残された側室は、最後に領主の命を受けていたそうです。
 結界がいつまで持つか、私自身がいつまで耐えられるか分からない。
 魔人を生み出し、魔人にアーク・デーモンを討伐させろと。」

「それが、今行っている魔人計画の真相・・・。」

「アーク・デーモンを倒す為には魔人を生み出さねばならないと伯爵は考えていました。
 しかし毒を使えば、幼い誰かの命が奪われる可能性があります。
 そこで側室・・・今の夫人は、今の孤児院の子供たちを誘拐し、奴隷商を開業。
 子供たちを売りさばいて四方八方バラバラに居住地を散らせ、アーク・デーモンの目から外れる様に計画を立てたのです。
 ところがアーク・デーモンがそれに気付いて思念体で出現し、夫人の身体に蜘蛛人間の呪いをかけました。
 今の夫人は半人半妖のアラクネにされたのです。
 その場に押しかけてやってきたのが、子供たちを誘拐された孤児院の僧侶ライガ。
 彼も全容を知る事になりますが、アーク・デーモンの思念体に行動制限の呪いをかけられてしまいます。
 魔人計画を阻止する様に動け、と。
 夫人は、全てを知ってしまったライガを目の届く所に置く為、用心棒として雇う事にしたようです。」

 ここまで聞くと、エレナ女王は深く息をついた後、吐き捨てる様に言う。
「・・・随分と舐められたものだな。」
「は?」
「我ら王国の者ではアーク・デーモンなど倒せないと判断したという事か、そこの領主は。」
 ルクターは、会議室の室温が少し冷えた気がした。
 氷のような闘気が女王から溢れている。
 冷や汗も凍りそうな雰囲気の中、ニードルの長レオンが補足した。
「おそらくですが、領主は自分の領地の掃除は自らの手で行うと覚悟を決めたのではないでしょうか。」
「それで犠牲者が増えていたら話になりません。
 あと話に出てきませんけど、レグザとリディアの方は?」

「レグザは元々領主の右腕的な存在だったようです。
 口調は悪いですが仕事は完璧にこなすタイプ。
 ただ魔法使いだったせいか、尋常じゃない魔力を有しているアーク・デーモン相手ではなす術が無かったようで、ライガが呪いをかけられた時も黙って見ているしかなかったとか。
 今は側室だった夫人に協力し、魔人を生み出そうとしているようです。
 夫人も多少の犠牲は覚悟しているようで、レグザのやり方には口出ししていないと。
 リディアについては、はっきりとは分かっていません。
 おそらく自分が魔人になれば強大な力を手に入れられると思い込んでいる輩に過ぎないと思われます。
 推察ですが、今リディアはレグザに協力していて、機を見て魔人になる為のネタを全て奪い取ろうとしているのではないかと思われます。」

「病院に入院したアメリという少女については?」

「領主が他の女との間で生まれた女児というのはどうやら嘘のようですが、真相はまだ分かっていません。
 ただ病院側に彼女について問いましたところ、とんでもない返答がきました。
 少女アメリに親はいない。
 禁忌のホムンクルスだと。
 でなければ、体内の魔力がゼロだという説明がつかないそうです。
 そして魔力ゼロの者は、容易に他の魔力を飲み込み我が物に出来るであろうと。」
「ということは、少女アメリが魔人になるべく作られたホムンクルスであり器であるという事ね。
 ホムンクルスを生み出す事は禁忌。
 だからひた隠す為に他の女との間でつくった女児などと嘘をついていた、か。」

 全て暴かれた事件の全容。
 想像以上の展開に誰もが息をのむ内容であるが、少なくともこの会議室にいるメンバーの中に取り乱す者は誰一人としていない。
 むしろエレナ女王は笑みすら見せていた。

「貴族エリアにあるマーキュリー別宅の方は?
 事情聴取は済んだのか?」
「・・・いえ、王国側の動きを察知してか、既にもぬけの殻でした。
 メイド一人すらいません。」
「そういえば、今の夫人はアラクネになったと言っていましたね。
 仕方ありません、おそらくは彼女の能力によるものでしょう。
 但し、逃がしてしまったお咎めは無しで良いが、必ずや見つけ出せ!」
「御意。」
「マーキュリー邸に伝達を出せ!
 アーク・デーモンは我ら王国が倒すとな!!」
「は!」
「ヴェスターはライガを探し出し、魔人計画阻止に助力!
 魔人になる為のタネが、少女アメリ以外にもう一つ何かあるはずだ。
 見つけ次第、国に差し出すよう請求しろ!!
 従わなければ力ずくで奪い取れ!!」
「はい。」
「ニードルは冒険者カイルとケイトに加担せよ!
 夫人とリディアを見つけ出し拘束!!」
「御意。」
「星界の陣はマルコシアスを使ってレグザを取り押さえろ!」
「御意。」

 エレナ女王はこれだけ言うと、スッと立ち上がった。
「これ以上、一人も犠牲者を出すな!
 以上、解散!!」

 その場にいる全員が女王に頭を下げている中、エレナ女王は会議室を後にした。
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