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第14話

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 王城内では、預言者フィアナが語った事に対し、女王エレナが問い詰めていた。
 エレナの魔力による影響か、周囲の空気が冷たい。
 それでもフィアナと色白の美青年ケルビムは、眉一つ動かさず落ち着いている。
 この女王を相手に仕事している者どもはこの程度の鬼気で揺らがず、虚心坦懐に女王の言を聞く。
 単に肝っ玉がデカいだけかもしれないが、フィアナの唇が恐怖で震える事など有り得なかった。
「はい、アメリの父親はマーキュリー伯爵。
 正室でも側室でもない相手との間にできた娘で間違いありません。」
「貴族の恥さらしが・・・!!!」
「陛下のお怒りはごもっともですが、問題はそれだけではありません。」
 フィアナの口調に鬼気など欠片も無いが、それでも容易に女王の鬼気を飲み込んでいた。
「その相手というのが正室を殺したの?」
「いえ、正室を殺したのはマーキュリー伯爵本人です。
 ニードルの出張班が帰還すれば、正式な報告が得られます。」
 エレナは今度こそ固まった。
 恥さらしどころの話ではない。
 殺人事件じゃないか。
 椅子に深く腰を下ろし、天を仰ぐようにして頭をかく。
「今は側室が表立って動いているけど、伯爵本人はどうなったの?」
「正室を殺した後、屋敷の奥に引き籠っています。」
「え?」
 エレナは、ジッとフィアナを睨むように見つめた。
「フィアナ、貴女いったい何を隠しているの?」
「真実は、出張班が帰還してから語るのが宜しいです。
 今語るべきではありません。
 あえて一つだけ語るなら、アメリはわざと逃がされたという事です。
 病院に預け、確実な安全を得る為に。」
 確実な安全?
 それは少女アメリを奴隷として売らせない為という解釈ではないわね・・・。
 だけど、それなら護衛団の施設でも良さそうな話なのに、あえてボロボロの状態で逃がす事で病院を選択させた。
「・・・分かったわ。
 出張班からの報告を待てばいいのね。」
 珍しく女王エレナが折れた。
 これ以上ツッこまないのは、単に諦めたからか。
 それとも、何か想定出来たのだろうか。

 女王エレナが自室に戻ると、ラングリッツ室長がニコニコ笑顔で書類の山を作っていた。
 エレナは開けた自室の扉をそのまま閉め戻したい気分だったが、室長の殺気のこもった笑顔に当てられ渋々と席に座る。
 すると、羽根ペンが新しくなっているのに気付いた。
「あら、羽根ペン新しくしたの?」
「以前、書き疲れて休みが欲しいと仰っていたでしょう。
 それでウェストブルッグ家のキャサリン殿に、いくら書いても疲れにくい羽根ペンの製作を依頼したのです。」
「あ、そう、ありがとう・・・。」
 それって胃が痛いとでも言えば、次の日には机の上に胃薬がやってきそうね。

 私はね、純粋に休みが欲しいという意味で愚痴ったのよ。
 なんで要承認の書類が毎日山のように来るのよ。
 室長、あなた空気読んでないでしょ。
 っていうか読もうとしないでしょ。

 そう思っている女王エレナの思いなどどこ吹く風。
 室長は優雅な仕草で羽根ペンを差し出し
「私も試してみましたが、とても軽くて疲れない良いペンですよ。」
 と要らぬ太鼓判を押した。
 そして
「この書類の山の提出期限は明日の昼までですので、宜しくお願い致します。」
 とついでに念を押した。

 承認サインを書いてみると、うん、確かに書きやすい。
 良い羽根ペンね・・・って、そーじゃないわよ!
 公園の整備?住宅街道路の補修?上水道の拡張?
 こんなサインなんか、あたしでなくて室長でもいーじゃないの!!
 何でもかんでもあたしが承認って変でしょ!!!
 休みをよこしなさいよ、休みをー!!!!

 とは間違ってもストレートに言えず、常にストレスを抱えながら書類に目を通す女王エレナであった。

 ゴオオオオと響く、大きな何かが動いている地下の音。
 奴隷を監視している男たちは異様なこの音に焦っていた。
「なんだ?
 いったい、どこから来やがるんだ!?」
 このフロアに昇降機なんか無えーぞ。
 ・・・いや、確か開かずの扉が一つあったな、そっちか!
 開かずの扉に向かおうとすると、見知らぬ男が堂々と侵入してきたのに気付いた。
 金目当ての冒険者か?
「ん?なんだ、テメーは!?」
 突如やってきた男は、何も語らずに巨大な武器を振り下ろした。

「間もなく地下3階だ。
 俺とゴッセンがシールド・アタック。
 シーマとラナで弓矢の連撃。
 ミリアとミウはスパイダーネットの投擲準備。」
「了解!」
 気合い十分に意気込む中、昇降機が停まった。
 ガーッと扉が開く。
「ん? おい誰もいねえぞ。」
 ゴッセンの声は皆をより緊張にさせた。
 奴隷を閉じ込めているフロアなら、見張りがいるはず。
「昇降機の動きを警戒して近付いていないだけかもしれない。
 ゆっくり出るぞ。」
 最初にカイルとゴッセンが降り、続いてシーマとラナ、最後にミリアとミウが出てきた。
 左右に伸びた通路は静寂で、見張りはおろか奴隷の気配も感じない。
「ミウ、ディレクション(現在位置確認)の魔法を頼む。」
 シーマが右を、ラナが左を警戒する中、ミウがディレクションを詠唱した。
「カイル、位置は合ってる。
 地図通りだよ。」
 地図通りなら、右側の通路にある最初の扉が奴隷を閉じ込めている部屋の並びに出れるはずだ。
「よし、それなら右に・・・。」
 カイルが指示を出そうとした時、ギャアアアー!と男の断末魔が遠くから聞こえた。
「・・・いったい何が?」
 シーマとラナが弓を構え警戒する。
 誰かが先に侵入し、監視を殺しているのだろうか。
 それとも、監視に殺されたのだろうか。
 ・・・後者は考えにくい。
 監視に殺される程度なら、監視たちの声が普通に聞こえるはず。
「カイル?」
「予定通りに進む。
 シーマが斥候で先行、続いて俺とゴッセン、次にミリアとミウ、殿をラナが警戒してくれ。」
「分かった。」
 右側の通路を進み、最初に見えた左手の扉をゆっくりと開ける。
 するとそこは地獄絵図の様な血の海であった。
 見張りの男どもは皆、打撃系の武器で滅多打ちされ、全身が赤く染まって倒れている。
 カイルが一人一人確認するが、全員死んでいた。
「ハンマーか、フレイルか、モーニングスターか、強い打撃系武器なのは確かだな。」
 武器を推察していると、カツ、カツ、と近付いてくる足音が聞こえてきた。
 余程の自信家なのか、己の殺気を隠す事なく歩いているとは、やるな。
「シーマ、後ろに付け。
 俺とゴッセンが前に出る。」
 隊列を変え、身構えていると見た事のある戦士が姿を現した。
「鉄仮面・・・!」
 二つ名で呼ばれた戦士は、カイルたちが同業者だと気付くと構えを解いた。
 ウォーハンマー(戦槌)を手にしている。
「カイル・・・だったか、どこからこのフロアに来たのだ?」
 カイルたちも構えを解く。
「昇降機からだ。
 地下6階ホームのシェルターを解除して使えるようになった昇降機から来た。」
「あれ、か。
 よく解除出来たものだ。」
 ん?シェルターの事を知っている?もしかして・・・。
「ジンも巨漢の僧侶から地図を受け取っていたのか?」
「ああ、だいぶ前にな。
 だがシェルター解除の謎は解けなかった。
 やはりソロで動くのは無理がある。」
 ・・・そりゃそうでしょ。
 ラナは口に出さず素直にそう思っていた。
 斥候の一人も無しに迷宮に挑むなんて、無謀の代名詞でしょーに。
「奴隷は?」
「無事だ。
 これを渡しておこう。」
 カイルは牢屋の鍵束を受け取った。
「俺が探している女性は見当たらなかった。
 奥に行ってみる。」
 奥は、地図も未記入の場所だった。
 さっきソロで動くのは無理があると言ってなかったか?
「一緒に行動する気は無いか?」
 カイルからの申し出に、ジンは即決で
「すまんが断る。」
 と言い、その場を去っていった。
 皆がやれやれといった感じになる。
 鉄仮面な性格は変わらずか。
「・・・仕方ない。
 まずは奴隷の解放だ。
 牢屋を全て開けていこう。」

 カイルたちが牢屋に行くと、そこには白い目線の子供たちの姿が。
 牢屋を開けた時、カイルたちはこの世の過酷さを知らされる事になる。

「もう大丈夫だ。
 俺たちとここから抜け出すぞ。」
 そう言いながらカイルたちは牢屋の鍵を次々と開けていく。
 しかし、開けた扉を前に立ち上がる子供は誰一人としていなかった。
 なんだ、どういう事だ?
 まさか、洗脳されているとか?
 それとも、立てる力が無いとか?
 カイルたちがそう思っていると、一人の男の子が小さな声を出す。
「ここから出たら、どうなるの?」
「え? そりゃ自由に・・・。」
 すると他の子供たちも声を出す。

「自由って何?」
「ごはんが食べられるの?」
「布団で寝れるの?」

「それは、孤児院に行けば・・・。」

「孤児院って何?」
「僕の住んでた村に無かったよ。」
「お父さんとお母さんがね、僕のこといらないって。」
「孤児院ってとこでもいらないんじゃないの?」

「そんな事は・・・!」

「ここはいいよ。」
「ごはんもあるし、寝床もあるし、奴隷として売られれば、もっといいごはんが待ってるし。」
「路上で死ぬ事も無いし。」

 ラナが耳を塞ぎたい気持ちになっていた。
 ミウは吐き気すら感じていた。
 国外に点在する過疎な村々の子供たちの実態・・・。
 ここは、それを集約した様相を呈している。
 鉄仮面が鍵を開けなかった理由は、これか。
 重くなりそうな空気だったが、そこに大きな喝が入る。
「甘ったれるな!」
 普段は無口なミリアが大声を上げた。
「奴隷だ?
 自我を殺してまで生きようとするくらいなら死ね!
 意志があるなら死の直前までもがけ!
 汚いくらいに生き様を見せろ!!
 それが人間だ!!!」

 冒険者個人の過去など誰も知らない。
 それを深入りして聞くのはタブーとされている。
 ミリアのこの声は決して他人事ではない、昔の自分に重なった何かを見てしまったかの様な震えた声であった。
 カイルがミリアの右肩をポンと叩く。
「カイル・・・。」
 そして子供たちに現状を淡々と語る。
「ここでお前たちを世話していた男たちは皆死んだ。
 このままここにいても奴隷になる事も食事を貰える事も無くなった。
 静かに死を待つだけだ。
 生きたいならここから出ろ。」
 そしてラナに向き直った。
「ラナ、書いていた地図を子供の一人に渡してやってくれ。」
「え、ええ・・・。」
「あとはお前たちの心と足で決めろ。」

 すると、遠くの方からパチパチパチと称賛するかのような拍手が聞こえてきた。
 カイルたちがそちらを向く。
 コツコツコツとハイヒールの音が地下通路に響き、黒い礼服を着た女性が近付いてくるのが見える。
「さすがは今噂にあがる名高い冒険者たちよ。
 子供たちの説得も上出来よの。」
「奴隷商アラクネの手の者か?」
 シーマが睨みつける。
 身長は人間の女にしては高めの170・・・いやハイヒールを履いているから165くらいか。
 武器の類は見当たらないが、気配から手練れなのは嫌でも分かる。
 佇まいに隙が無い。
「では自己紹介といこうかの。
 妾はマーキュリー伯爵夫人。
 奴隷商アラクネの総支配人よ。」
「総支配人!?」
 カイルたちが身構える。
 シーマとラナは弓矢を限界までひいた。
 ここで親玉を仕留めればしめたもの。
 しかしそんな殺気立った冒険者たちを相手でも夫人の表情に変化は無い。
「申し訳ないが彼らは大事な商品で出荷先も決まっておる。
 一人として逃がすつもりはないぞえ。」
 気が付くと、いつの間にか子供たち全員が消え失せていた。
「・・・どこにやった?」
 カイルが間合いを詰めようとしたその時、どこからか呪文の詠唱が聞こえる。
 すると夫人の背後に黒いモヤが出来、そこにフードを深く被った男が姿を現した。
 呪文の詠唱が終わると、カイルたち全員が麻痺したように行動不能状態と化す。
 ホールド(固定化)の呪文か!
 その様子に夫人が軽く肩を落とす。
「レグザの魔法に抵抗の一つも出来ぬか。
 妾の見込み違いだったかの。」
 夫人の声に、レグザはクックッと笑う。
「俺様の魔法を抵抗出来る奴は余程のバケモンだぜ。
 無理を言うもんじゃねえよ。」
 カイルの口元が微かに動いた。
「レグザだと・・・? 何故?」
「お、すげえ、よく喋れたな。
 何故って、俺はこの夫人の用心棒だからよ。」
「・・・!」
 レグザが俺たちにセキュリティーカードを渡した理由は何だ?
 ここでまとめて始末する為か?
 考えていると、夫人がくるりと背を向ける。
「冒険者どもよ、取引じゃ。
 リディアという名の女性を探し出し、妾に差し出せ。
 さすれば子供らは全員引き渡してもよい。
 但し子供らの意志は尊重しての。
 ではさらばじゃ。
 期待しとるでの。」
 夫人は言うだけ言うと、コツコツと音を立てながら去っていった。
 夫人の気配が消えるとレグザが笑いながら語り出す。
「クックックッ、厄介事に巻き込んじまって悪いなぁ。」
 さっぱり悪いと思っていないような声色だ。
「まさか・・・この状況を作り出す為にあのカードを?」
 カイルの声にレグザは少し驚く。
「ほお、お前さんカイル・・・だっけ?
 なかなか筋が良い読みするじゃねーか。
 ま、子供の身の安全は保障するから安心しな。
 じゃあな。」

 レグザが消え去ると、カイルたちは自由を取り戻した。
 皆が大きく息をつく。
「この一件、単に奴隷商を崩壊させれば終わりという話ではなさそうだな。」
 カイルの声にシーマが頷く。
「ああ、おそらくリディアという女性が今回のキーマンだ。
 見つかれば全て分かるだろう。」
 その声にゴッセンが突っ込む。
「だが、どうやって探す?
 たぶん、あいつらだって散々探し尽くしたんだろ?」
 皆がうーんと唸りながら考え込んでいると、カイルが突然
「そう言えば・・・。」
 と独り言のように声を出した。
「どうした?」
「このフロアに入る扉は全て専用の鍵が必要なはずだ。
 昇降機を使っていない鉄仮面は、どこから侵入してきたんだ?」
「あ!」
 急ぎ地図にある扉に向かうと、鍵のかかった扉が開きっぱなしになっているのが見えた。
「監視の誰かが誤って開けたままにしていたのか?」
 これはニードルのイヴが魔鍵で開けたままにしていたからだが、もちろんカイルたちはその事実を知らない。
 それよりも
「おい、カイル!」
 扉の奥を覗き込んだシーマが叫ぶ。
 皆がその扉に入っていくと上に伸びた螺旋階段があった。
 シーマに続きカイルも驚愕するが、他の皆は何に驚いているのか気付いていない。
 ミウが分からない者代表で声を出す。
「どしたの?」
「下に伸びる螺旋階段が無い。
 地下6階にあった昇降機脇の螺旋階段。
 あれはどこに伸びているんだ?」
「あ!!」
「一旦昇降機で戻りあの螺旋階段を使う。
 あそこはおそらく未開ルートだ。」
「じゃあ、あそこにあった従業員用の看板は・・・。」
「万が一あそこから他人が入ってこない様にする為のフェイクだ。
 シェルターで塞がっていたから他にも侵入ルートはあるだろう。
 だが逆を言えば、あそこから侵入される事は殆ど想定されていないはず。
 奇襲にはうってつけの侵入ルートだ。」
「この階からも未開ルートに行けるけど、そっちはどうする?」
「鉄仮面が侵入している。
 向こうは任せておこう。」
「そっか、そうだね。」
「もし地下深くに何かあるなら、地下6階から侵入した方が一番の近道になる。
 行くぞ。」

 地下迷宮の最奥部。
 まさかそこにケイトの父ヴェスターと巨漢の僧侶ライガが先に向かっているなど、思いもつかないカイルたちであった。
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