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第11話

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 この世界には、巨大な寺院が全部で12ある。
 ここガーディア国の城下町にあるソルドバージュ寺院もそのうちの1つ。
 ガーディア国を含む巨大12国家に1つずつ配されていた。
 寺院は国の配下などではない。
 無闇に無利益な戦争を行使させない様、世界の目付としての役目を担っている。
 もちろん寺院には分院も多々あるわけで、1つ1つの寺院はどんな小さなものでも必ず登録されていた。
 登録されていない寺院はモグリという事になる。
 逆さ十字を掲げるダーク・プリーストが集う闇寺院などは典型的な一例。
 あとは登録の更新をしなかった・・・要は後継ぎがいなく廃れた寺院跡地がほとんどだ。

 しかし城下町西区にある古い寺院は、登録こそされていないが廃れた様子ではない。
 早朝、1人の法衣をまとった巨漢がここで祈りを捧げていた。
 それを終えると、寺院内の掃除。
 用意した箒は特注品なのか、立て掛けている2mの錫杖と同じ長さであった。
 それを悠々と使い、清掃する。
 はたきは普通のもので、位牌の1つ1つを丁寧に扱い埃を落としていた。
 そして黒いケースを手に取ると、軽すぎる事に気付く。
 蓋を開ければ、中身の十字架は消え失せていた。
「・・・他の位牌が雑に扱われていないところを見るに、意図して持ち去った者がいるか。」
 紛失したにもかかわらず、特に怒った様子もなく口調は落ち着いている。
「真相を究明してくれる者の手に渡っていればよいがな。」
 そう呟くと、錫杖を左手に持ち外へと出た。

 ケイトは人形娘ドールとともに喫茶店アリサへと来ていた。
 従業員用の部屋で、アリサと一緒に卓を囲んでいる。
 ショートケーキをパクリ、たまにコーヒー。
「あぁー、朝からケーキなんて至高の贅沢よねー。」
 ケイトは甘党かもしれない。
 ドールは何も言わず、上品に小さな口へ運んでいる。
 それを向かいの席で見ていたアリサは一言、
「ケイトもドールも絵になるわね。
 フランソワとエレナ女王がケイトに惚れるのも分かるわ。」
 ケイトはそれを聞いて血の気が引いた気がした。
「ちょっと、アリサ!
 勘弁してよ!!」
 アリサはクスクスと笑いながらコーヒーを継ぎ足す。
「まだ二人ともくっついてくるの?」
「相変わらずねー。
 エレナは女王だから滅多に会えない状況なのが助かっているけど、フランソワは隙あらば近付いてくるから油断出来ないのよ。
 それにさー・・・。」
 ケイトは、とりあえず今までの状況をアリサに話した。
 アリサがまた吹き出して笑う。
「フランソワに捕まっちゃったんだ。
 イヴはフランソワの事、よく知らなかったんでしょ。
 仕方ないわよ。」
 ケイトは何も言えなかったが、不満爆発寸前状態。
 知らないの一言で済まされるこっちの身にもなってほしいわ。
 苦虫をかみ潰したようなケイトの表情を、ドールが静かに覗き込む。
「ケイト様、アリサ様にお聞きしたい事があったのですよね?」
「え、私に聞きたい事?
 朝食替わりにケーキを食べに来たんじゃないの?」
「もちろんそれもあるけど、こっちの仕事の関係でね、巨漢の僧侶が寺院に登録されているか知りたいのよ。」
「巨漢のって、西区の地下迷宮に出没するって噂の?」
「そうそう。」
「西区に登録された寺院自体が無いから関連性は分からないけど、地方の寺院で登録されていた巨漢の僧侶の話は聞いた事あるわ。」
「地方ってどこの?」
「確か・・・マーキュリー伯爵領だったかな。」
 それを聞き、ケイトが前のめりに。
「それよ、間違いない!」
 アリサは思わずビクリとする。
「あ、そ、そうなの?
 珍しい名前だったから、なんとなく憶えてたのよ。
 ライガって名前だと思ったわ。」
「ライガ・・・うーん、あたしは聞いた事無いなー。」
「ただ、あの領地の寺院は更新登録されていないの。
 だからライガ本人がどうなったのかまでは分からない。
 ・・・最悪、破戒僧になっている可能性もあるわ。」
「破戒僧か・・・まあ、冒険者に味方してるみたいだから、敵にはならないと思うけど。」
 それでもケイトは何故か、嫌な予感がしてならないのだった。
 
 冒険者カイルたち一行は、ウェストブルッグ家から出た後、そのまま西区の冒険者ギルドへと顔を出す。
 今日も西区の地下迷宮に行ってきますと受付に言付け。
 自然に周囲へのアピールも兼ねていた。
 自身の命を狙ってくる同業者がいるなら、早めに始末してしまうに限る。
 普段は温厚なカイルなのに、この強かさはどこからくるのかしら。
 ラナは声に出さず思っていた。
 お気を付けてといつもの挨拶を受け、冒険者ギルドを後にする。
「受付対応していた時、俺たちの様子を窺っていた男が音も無く出て行った。
 シーマやラナと同じレンジャー系だな。」
 ゴッセンがフン!と軽く鼻息を荒くして語った。
「プレートは見えなかった。
 見せたくないタイプなら銅級かもしれん。」
 シーマもその存在に気付いていたらしく、付け足す様に語る。
「・・・たとえ相手が格下だとしても油断は禁物だ。
 計画通りに行くぞ。」
 カイルの声は、強い意志と覚悟の色が感じ取れた。
 しかし、なかなか計画通りにはいかないのが世の常である。
 
 地下迷宮に入ると、少し遅れて後を付ける様に入ってくる者たちがいた。
 シーマとラナは難なく気付く。
「あー、あたしに気付かれるタイプじゃ二流ね。」
「直ぐに仕掛けてこないところを見ると、俺らより先に入った者がいる可能性が高い。
 奴等が決めた場所に着いたら挟撃する気だろう。」
「シーマ、後を付けているのは何人だ?」
「・・・足音からして5人。」
「ミウ、階段を降り始めたら、例のモノを5個背後に置いてくれ。」
「はいはーい。」
 途中で襲撃してくるキラー・ラットを秒殺し、地下2階へ続く階段を半分くらい降りたところで、白くて小さな繭みたいなものを5個バラバラに置いた。
 階段を降り切り、地下2階の廊下を歩き始めたところで階段から叫び声が複数聞こえたが、気にもせず歩いていく。
 声が全く聞こえなくなった後、
「シーマ、後を付けてくる者はいるか?」
「いないな。
 立ち去った足音もしないから、たぶん5人全員引っ掛かったと思う。」
「よし、これで挟撃の心配はほぼ無くなったな。」

 レンジャー、ハンターと呼ばれる者たちにはお馴染みの罠、スパイダー・ネット(蜘蛛糸の投網)である。
 原料は蜘蛛の体内にある糸腺と呼ばれる太い器官。
 魔物のそれはもはや巨大な臓物の様で、ジャイアント・スパイダーの糸腺となるとかなりの数が作れるらしい。
 しかしながら、発明家でもあるキャサリンの作ったそれは、ラナに悪辣だと言わしめたもの。
 ただの投網で済むはずがない。
 ラナがとりあえず言うだけ言う。
「放っておいていいの?」
「大丈夫だ。
 仮に自力で脱出出来たとしても、その後は地上に帰る気力しか残っていないだろうからな。」

 地下3階まで降りてくると、盗賊と勘違いされても仕方のないくらい人相の悪い面々が通路の行く手を塞いできた。
 こちらも5人。全員男だ。
 計10人で挟撃する予定だったのだろう。
 人数的には悪くない段取りと言える。
 軽戦士が2人、僧侶が1人、レンジャーが1人、魔法使いが1人だった。
 バランスも悪くない。
 真面目にやれば良い冒険者になれるだろうに。
 カイルたちはそう思いながら、深くため息をつく。
 それを見た男共はニヤニヤしながら剣を構えた。
「もうすぐ仲間の5人がお前等の背後から来る。
 殺されたくなかったら有り金全部と女を置いていきな。
 命だけは助けてやるぜ。」
 それを聞いた女性陣がゲッとなる。
 ラナが
「サイテー。」
 と吐き捨てる様に言い、
 ミウは繭を投げるタイミングを計っているのか、無言で睨みつけていた。
 そしてずっと無言だったミリアは、どこからか酒瓶を取り出し、ポンッと栓を開けてグイッと一口飲んだ。
 ゴッセンがそれを見て叫ぶ。
「あーっ!
 俺のとっておきのミニボトル!」
 それを見たカイルとシーマが蒼白となる。
 ヤバイ、ミリアがキレた。
 そう思う間もなく、目の座ったミリアがズイズイと前に進む。
 右手に度数の強いボトル。
 左手に使い捨てのスクロール(魔法が込められた巻物)。
「これに耐えられたら相手してあげてもいいわよ。」
 そう言うと、残りの酒を全てブチ撒け、そこに大炎の巻物を解放した。
 一気に5人の身体全体を、酒で強化された炎が包み込む。
「ギャアアアア!!!!!」
 ミリアは断末魔などお構いなく、即座に得意の風の精霊魔法で炎を活性化させた。
 酸素を送り込み燃焼をより激しくさせる。
 一瞬の魔法攻撃に、敵の僧侶も魔法使いも声が出ない。
 スクロールによる魔法解放は、詠唱を必要としない必殺の不意打ち攻撃だ。
 一度きりの使い捨てアイテムだが、上手く使えば効果は絶大。
 炎が消え失せた時、立ち塞がった5人は全員が消し炭と化していた。
 その灰をミリアがギリッと踏みつける。
「ふざけんじゃないわよ、この下種が!」
「・・・・・。」
 ミウは、気が抜けた表情で投げようとした繭を静かに袋に仕舞う。
 やっぱり普段大人しい人間をキレさせるべきではないのだと、改めて感じたカイルたちであった。

 この地下迷宮最難関、地下4階の長い通路。
 部屋は一切無く、遥か前方にある地下5階への階段を目指して突き進むというシンプルなルートだ。
 それは正面に敵が出現した時、逃げ道は背後しかない事を指している。
 正面の空間が歪曲し、突如出現するコモドドラゴン(巨大大蜥蜴)は迷宮最大の強敵であった。
 体長5mを超える様は文字通りドラゴンを彷彿させ、口から吐く火炎のブレスは後方に逃げる敵を逃がさない。
 これが最大3体出現するので左右に散開する戦法も取れず、幅広な通路を狭く感じさせる。
 初めてこれに挑む冒険者は、先輩冒険者や売っている地図を頼りに戦略を練るのだが、力尽きてしまう者たちも少なくなかった。
 地下3階まで制覇してきた冒険者の心を叩き潰す極悪ルート。
 ・・・なのだが、ここでの戦闘を経験済みのカイルたちにとっては通過点に過ぎない。
 歩いていると、前方の空間がいつも通りに歪曲しだした。
「いつも通りに。」
 シーマが弓を背負い、代わりに予備の盾と細身の剣を装備した。
 前衛3人が盾を正面に構え、後方の女性陣はその真後ろに付く。
 そして、準備万端なところにコモドドラゴンが3体。
「最大数で来たか。」
 カイルたち前衛は、シールドアタック(盾攻撃)する様に一気に前方に進む。
 ミウが魔法を詠唱し、小さな雷の魔法を発動させた。
 ダメージではなく、一時的に視界を奪う目眩まし(ブラインディング・フラッシュ)。
 コモドドラゴンが鳴き叫ぶ。
 その一瞬の隙を付いてカイルは首元を突き刺した。
「よし、一体クリア!」
 シーマも突くが威力が弱い。
 ゴッセンは運悪く斧が弾かれた。
 コオオとコモドドラゴンの吸い込む息の音が聞こえる。
「ゴッセン、ミリア、そっちにブレスがいくぞ!」
「応!」
 ゴッセンが応え、盾を構えて防御態勢を取る。
 ミリアは精霊魔法を唱えるのかと思いきや、コモドドラゴンの口が大きく開いたところで、あの繭を投げ入れた。
 コモドドラゴンの口内でスパイダー・ネットが張られ、おもむろにバクン!と口を閉じてしまう。
 ウーウーと苦しむ声を上げたかと思うや、そのまま窒息して絶命。
 口が開く事は無かった。
「コモドドラゴンの口すら封じ込むのか・・・。」
「普通のスパイダー・ネットだったら、簡単に飲み込まれて終わりよ。」
 残りの一体はまだ目眩ましが効いていたので、難なく突き刺し戦闘終了。
 ブレスを一度も浴びる事なく終えられた。
 しかも窒息した方は剣戟が無いので死体が綺麗すぎる。
「よし、丁寧に素材を剥ぎ取ろう。
 ここまで綺麗なのはなかなか無いぞ。」
「・・・カイルって解体好きよねー。」
「臨時ボーナスみたいなものだからな。
 今夜もステーキランチいけるんじゃないか?」
 これを聞きゴッセンに限らず皆が目の色を変えた。
「マジか!?」
「シーマとラナは周囲の警戒を頼む。
 時間をかけてもいいから4人で解体しよう。」
「分かった。」
 カイルはまだ、野盗の類を警戒していた。
 自分が野盗側なら、コモドドラゴンの戦闘後、最も疲弊した状態を狙う。
 幸い疲れは無い。
 今夜もステーキランチと言った効果か覇気も十分。
 来るならこい、返り討ちにしてやる。
 と思っていたのだが、
「さっきので終わりかもしれんな。」
「気配ゼロだねー。」
 シーマとラナは警戒しつつもどこか気の抜けた様子。
 敵がいなければ当然だろうが、それでもカイルは徹底して気を抜かない。
 解体を終えると、丁寧に袋詰めして立ち上がる。
「シーマ、ラナ、一応天井にも気を配ってくれ。」
「え?天井?」
「Bブロックで倒したデブ鼠と巨大蜘蛛の存在が気になる。
 ボスを倒されたとなれば、逃走するか、反撃するか、だ。」
「・・・敵は冒険者だけではない、か。」
「思い過ごしならいいがな。
 用心するに越したことはない。
 いくぞ。
 最初の目的はこの先の階段途中の踊り場だ。」
 シーマを先頭に、続いてカイルとゴッセン、次にミリアとミウ、殿をラナで進んでいく。
 特に何事も無く階段の踊り場まで到着した。
 シーマとラナが壁を調べる。
「これ・・・か?」
 探さないと見つけられない様な、薄くて細長い横孔。
 覗き込んでみても、真っ暗で分からない。
 罠の類は無さそうだが、残念ながらこれに挿し込める物は持っていなかった。
 皆が横孔に集中していたその時、
「セキュリティー・カードを挿し込むんだよ。」
 と背後から声が聞こえ、咄嗟に振り向いて剣先を向ける。
 そこには、フードを深く被った顔の見えない男が立っていた。
「おおっと!俺は敵じゃないぜ。
 あんたの胸元にある青い花も反応しないだろ?」
「この花を知っているのか?」
「この国のスペルユーザーでフランソワの花魔術を知らない奴はモグリだぜ。
 その花は窮地に陥った時、初めて効果を発揮する花だ。
 大事にとっとけよ。」
「あなたは何者なんです?」
「お、ワリイ、自己紹介がまだだったな。
 俺の名はレグザだ。
 デカい坊さんの仲間だと思ってくれ。」
「墓守の・・・?」
 この声にレグザは大笑いする。
「なんだ、ライガの奴、墓守なんて呼ばれてんのか?
 ま、らしいと言えばらしいなあ。」
 レグザは受け答えながら金属のカードを差し出した。
「やるよ、使ってみな。」
「これが、さっき言ってたセキュリティー・カードとかいう物ですか?」
「ああ、そうだ。
 この奥の部屋に無断で侵入させない為のセキュリティーって意味だと思うが、俺も部屋の設備までは知らんぜ。」
「・・・ありがとうございます。」
 カイルがカードを挿し込むと、どこからかピン!と高い音がして、壁がゆっくりとスライドしていった。
 人一人通れる狭い幅だが、壁の向こうの部屋が見える。
「ありがとうございま・・・!」
 カイルが振り向くと、レグザと名乗っていた男は消え失せていた。
 シーマとラナも驚愕する。
「来た時も去った時も気配をまるで感じなかった。
 一体、何者なんだ?」
 カイルはフーッと深く息をつく。
「とりあえず敵でないならそれでいい。
 まずはこの部屋に入ろう。
 ラナとゴッセンは入口の見張りを頼む。」
「はいはい。」
「謎解きは任せたぞ。」

 部屋に入ると、訳の分からない複雑な装置が全て破壊されていた。
 ・・・いや、1つだけ上下に動かす大きなレバーが残っている。
 レバーは下がっている。
 ならばやる事は1つ
 カイルは勢いよくレバーを上げた。
 するとどこからか女性の声が聞こえる。

「地下シェルター解除。
 地下シェルター解除。
 地下鉄鉄道員は、路線点検作業を実施して下さい。」

 ゴゴゴと重い音が地下6階“ホーム”から響く。
 皆が驚きを隠せないまま音のする方に向かうと、鉄路の奥に続く長い空間が出現していた。
 そしてその壁づたいの奥には昇降機が見える。
「よし、あの昇降機を使えば奴隷商アラクネの迷宮Cブロックに侵入出来るはずだ。
 慎重に行くぞ。」

 カイルの台詞とは裏腹に、カイル以外のメンバーは
『慎重って言いながら、カイルって大胆な行動するよねー。』
 と、皆どの辺までが慎重なんだろうか?と思っていたりするのであった。
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