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闇に潜む弾丸
闇に潜む弾丸-08
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戦車の修理、弾薬補給の依頼。討伐したミュータントの換金など諸々の用事を済ませた後で丸子製作所の所長執務室を訪ねるとそこには先客が居た。
先日、共に人馬と戦ったハンター、アイザックであった。
ここで手術を受けたのだろう。右腕は切り詰められ、肩から義肢接続用ユニットが見える。もっとも、まだ義手は付けられていないようだ。
「よう、ディアス! 色々と世話になったな!」
アイザックが左腕を上げて挨拶し、ディアスもそれに倣った。
相変わらず顔色は青白く血の気が薄いが、その表情はむしろ晴れ晴れとしていた。
どうやらマルコとカタログを広げて何事かを話し合っていたらしい。もっとも、この状況でカタログを見る用件などひとつしかないだろう。
マルコが何故か楽しげな顔をしているのが気になったが、とりあえず用件を済ませることにした。先にいいかとアイザックに断りをいれてから、クレジットの入った重い革袋をマルコに差し出した。
「義肢の、今回の支払いです」
「うん、毎度あり」
マルコはクレジットを数えて端末に入金情報を入れ更新する。引き出しにしまわず机の隅に置いたままだ。
「そういえば一体は頭がミートソースになっていたが、あれで賞金はもらえたのか?」
当時の様子を思い出しながらアイザックが聞いた。彼も中型ミュータントを狩る際に頭部を傷付けたことは何度もあるが、原型がなくなるまで破壊した経験はない。
ディアスは苦笑いしながらいった。
「とりあえず一体は普通に眼球を提出して換金。もう一体の潰れたほうは耳などの特徴ある部分を切り取って、写真も一緒に出して、マルコ博士からハンターオフィスに口添えしてもらって、これでようやく半額支払ってもらえたよ」
「うへぇ……そんだけやって半分だけかい」
何も言わず、ディアスは肩をすくめてみせた。仕方ないさ、そういうことだろう。理不尽な話だが本人は既に納得しているようだ。
その態度にアイザックは妙な違和感を覚えていた。相棒の勝手な行動により賞金が半額削られる破目になったというのに、この男は怒りや苛立ちというものを全く感じていないようにみえるのだ。自分ならとりあえず殴る。
「怒ってないのかい、戦車の操縦手に」
「怒る? ……何で?」
何を言われているのかわからない、といった顔をされてしまった。何でと言われてしまってはアイザックも二の句が継げない。当たり前だろうとしか言いようがないからだ。
そこでようやく人馬の頭を潰した件のことだと気付いてディアスは、
「ああ……」
と、少々間の抜けた声で呟いた。
「彼女が怒ったは俺のためだ。責めるわけにはいかないし、むしろありがたいと思う」
ところどころ主語が抜け落ちたような物言いであり、やはりアイザックにはいまいち理解できない。
ディアスはちらと己の右足を見る。長ズボンとブーツに隠れたそこには、不恰好ながらもしっかりと固く巻かれた包帯があった。これはカーディルが巻いたものである。
大抵のことはひとりで出来るディアスであり、軽傷の治療などそれこそ何度もやって慣れたものである。しかし、『あなたの世話ができることが嬉しい』と笑顔で言うカーディルを止める気にはなれず、任せることにした。
カーディルはぎこちない手つきで時間をかけて包帯を巻き終えた後、先程とはうって変わった悲しげな顔をして言った。
「あまり、危ない真似はしないでね」
「そうは言ってもミュータント討伐をやっているのだから、どうしたって絶体安全とはいかないだろう?」
カーディルはゆっくりと首を振った。そういうことじゃない、という意味だろうか。今にも大粒の涙が零れ落ちそうな、潤んだ瞳を真っ直ぐに向けてくる。
「下手をすればあなたはミュータントに連れ去られていたのかもしれないのよ……?」
その言葉にディアスは、はっと顔を上げる。言われて初めて気が付いた、そして理解した。カーディルの深い怒りと悲しみの意味と、己の迂闊さを。
もしも人馬に掴まれたとき、カーディルが戦車で体当たりしてくれなかったら、あるいは避けられていたらどうなっていたか。
地面に叩きつけられ、武器もなくあちこちの骨も砕けた状態で巣に持ち帰られてれていた可能性は大いにある。
そしてミュータントに連れ去られた人間がその後いかなる残酷な運命を迎えるか、ふたりの間で語るまでもないことである。
彼女は誰よりも事の重大性を理解していた。己を想っていてくれたのだ。結果として賞金が半分になったところでそれがなんだというのだ。まず反省するべきは自分の甘さだ。
「ありがとう、カーディル」
ディアスはカーディルの身を抱き寄せ、囁いた。
カーディルにしてみればディアスがどういった反応をするのか、怒られることはあるまいと思っていたがこうも真っ直ぐに礼を言われるのも想定外であった。
戸惑いつつ、彼の背に腕を回してその愛情に答える。
「私たち、いいコンビよね……?」
「ああ、最高のパートナーだ」
身体を少しだけ離し、瞳に互いの姿を映し唇の熱さを確かめ合った。
過去に思いを馳せじっと黙りこむディアスに、アイザックはこれ以上聞いても答える気はないだろうと判断して質問を打ち切った。
「では、これで失礼します」
話は終わった、そういった空気を感じとりディアスが一礼して立ち去ろうとすると、その背にマルコから声がかかる。
「ちょっと待った。これ、約束したボーナス」
そういって、クレジットの入った革袋を投げて寄越した。
つい先程、ディアスが借金の返済分として渡したものだ。既に受領されデータ入力された後で丸々寄越すとはよく言えば豪快、悪く言えば大雑把な、マルコらしい演出だ。
ディアスはしばし革袋を眺めた後、袋に手を突っ込んで半分ほどを無造作にポケットに入れた。
「アイザック、あんたの取り分だ」
残った革袋を改めてアイザックに向けて放り投げた。
右肩を前に出し、そこで右腕が無いことに気付いて慌てて分厚い胸板で革袋をリバウンドし、お手玉をしながらなんとか落とさずに左手で掴み取った。
革袋を通してもわかる大量のクレジットの形と重さに、アイザックは少々困惑していた。
「おいおい、俺は呼ばれてもいないのに顔出してちょっと撃っただけだぜ? 分け前をくれるのはありがてえが、ちょいと多すぎやしないかい? いや、くれるってぇならもらうけど」
「それぞれ事情も都合も言いたいことも色々あるだろうが、あんたのおかげで助かった、それだけは紛れもない事実だ」
それに……と、続けて机の上のカタログを見て、いたずらっぽく笑ってみせた。
「これから金は必要になるだろう?」
そう言って手をひらひらと振りながら部屋を後にした。残されたアイザックとマルコは顔を見合わせ、苦笑する。
「なんともおかしな野郎だ。いかにも堅物、武人でございって顔しているくせに口を開けば女のことばかり。それでいてこんな粋なこともしやがる。どういう男だい、ありゃあ」
革袋を上に放り、また左手でキャッチするということを繰り返す。革袋の重みがそのままディアスの人柄を表しているように感じられた。
「ある程度の事情を知っている身から言わせてもらうとね、彼がいつもカーディルくんのことを考えていることは、彼の男らしさを否定するものではないと思うよ」
「そのカーディルってえのがあいつの女の名前かい。で、いい女か?」
「ひとりの男を狂わせるくらいにね」
「なるほど、よくわかった」
革袋を置いて、カタログを慣れぬ左手でゆっくりとめくる。ずらりと並んだ男性用サイズの義手。それを選ぶためにここへ来たのだ。
「どれにするか、決まったかい?」
「通常の義手か、武器を内蔵したやつか迷っていたが……」
ううむ、と唸りながらやがて意を決したようにいった。
「臨時収入も入ったし、ちょいと奮発するか!」
アイザックが指差した先は日常生活用の腕ではない。二本並んだ銃身が腕から突き出たショットガン内蔵の腕であった。
マルコから始まった善意と酔狂の連鎖は、最後に奇妙な形でアイザックの背を押した。
自他共に認める人間兵器誕生の瞬間であった。
先日、共に人馬と戦ったハンター、アイザックであった。
ここで手術を受けたのだろう。右腕は切り詰められ、肩から義肢接続用ユニットが見える。もっとも、まだ義手は付けられていないようだ。
「よう、ディアス! 色々と世話になったな!」
アイザックが左腕を上げて挨拶し、ディアスもそれに倣った。
相変わらず顔色は青白く血の気が薄いが、その表情はむしろ晴れ晴れとしていた。
どうやらマルコとカタログを広げて何事かを話し合っていたらしい。もっとも、この状況でカタログを見る用件などひとつしかないだろう。
マルコが何故か楽しげな顔をしているのが気になったが、とりあえず用件を済ませることにした。先にいいかとアイザックに断りをいれてから、クレジットの入った重い革袋をマルコに差し出した。
「義肢の、今回の支払いです」
「うん、毎度あり」
マルコはクレジットを数えて端末に入金情報を入れ更新する。引き出しにしまわず机の隅に置いたままだ。
「そういえば一体は頭がミートソースになっていたが、あれで賞金はもらえたのか?」
当時の様子を思い出しながらアイザックが聞いた。彼も中型ミュータントを狩る際に頭部を傷付けたことは何度もあるが、原型がなくなるまで破壊した経験はない。
ディアスは苦笑いしながらいった。
「とりあえず一体は普通に眼球を提出して換金。もう一体の潰れたほうは耳などの特徴ある部分を切り取って、写真も一緒に出して、マルコ博士からハンターオフィスに口添えしてもらって、これでようやく半額支払ってもらえたよ」
「うへぇ……そんだけやって半分だけかい」
何も言わず、ディアスは肩をすくめてみせた。仕方ないさ、そういうことだろう。理不尽な話だが本人は既に納得しているようだ。
その態度にアイザックは妙な違和感を覚えていた。相棒の勝手な行動により賞金が半額削られる破目になったというのに、この男は怒りや苛立ちというものを全く感じていないようにみえるのだ。自分ならとりあえず殴る。
「怒ってないのかい、戦車の操縦手に」
「怒る? ……何で?」
何を言われているのかわからない、といった顔をされてしまった。何でと言われてしまってはアイザックも二の句が継げない。当たり前だろうとしか言いようがないからだ。
そこでようやく人馬の頭を潰した件のことだと気付いてディアスは、
「ああ……」
と、少々間の抜けた声で呟いた。
「彼女が怒ったは俺のためだ。責めるわけにはいかないし、むしろありがたいと思う」
ところどころ主語が抜け落ちたような物言いであり、やはりアイザックにはいまいち理解できない。
ディアスはちらと己の右足を見る。長ズボンとブーツに隠れたそこには、不恰好ながらもしっかりと固く巻かれた包帯があった。これはカーディルが巻いたものである。
大抵のことはひとりで出来るディアスであり、軽傷の治療などそれこそ何度もやって慣れたものである。しかし、『あなたの世話ができることが嬉しい』と笑顔で言うカーディルを止める気にはなれず、任せることにした。
カーディルはぎこちない手つきで時間をかけて包帯を巻き終えた後、先程とはうって変わった悲しげな顔をして言った。
「あまり、危ない真似はしないでね」
「そうは言ってもミュータント討伐をやっているのだから、どうしたって絶体安全とはいかないだろう?」
カーディルはゆっくりと首を振った。そういうことじゃない、という意味だろうか。今にも大粒の涙が零れ落ちそうな、潤んだ瞳を真っ直ぐに向けてくる。
「下手をすればあなたはミュータントに連れ去られていたのかもしれないのよ……?」
その言葉にディアスは、はっと顔を上げる。言われて初めて気が付いた、そして理解した。カーディルの深い怒りと悲しみの意味と、己の迂闊さを。
もしも人馬に掴まれたとき、カーディルが戦車で体当たりしてくれなかったら、あるいは避けられていたらどうなっていたか。
地面に叩きつけられ、武器もなくあちこちの骨も砕けた状態で巣に持ち帰られてれていた可能性は大いにある。
そしてミュータントに連れ去られた人間がその後いかなる残酷な運命を迎えるか、ふたりの間で語るまでもないことである。
彼女は誰よりも事の重大性を理解していた。己を想っていてくれたのだ。結果として賞金が半分になったところでそれがなんだというのだ。まず反省するべきは自分の甘さだ。
「ありがとう、カーディル」
ディアスはカーディルの身を抱き寄せ、囁いた。
カーディルにしてみればディアスがどういった反応をするのか、怒られることはあるまいと思っていたがこうも真っ直ぐに礼を言われるのも想定外であった。
戸惑いつつ、彼の背に腕を回してその愛情に答える。
「私たち、いいコンビよね……?」
「ああ、最高のパートナーだ」
身体を少しだけ離し、瞳に互いの姿を映し唇の熱さを確かめ合った。
過去に思いを馳せじっと黙りこむディアスに、アイザックはこれ以上聞いても答える気はないだろうと判断して質問を打ち切った。
「では、これで失礼します」
話は終わった、そういった空気を感じとりディアスが一礼して立ち去ろうとすると、その背にマルコから声がかかる。
「ちょっと待った。これ、約束したボーナス」
そういって、クレジットの入った革袋を投げて寄越した。
つい先程、ディアスが借金の返済分として渡したものだ。既に受領されデータ入力された後で丸々寄越すとはよく言えば豪快、悪く言えば大雑把な、マルコらしい演出だ。
ディアスはしばし革袋を眺めた後、袋に手を突っ込んで半分ほどを無造作にポケットに入れた。
「アイザック、あんたの取り分だ」
残った革袋を改めてアイザックに向けて放り投げた。
右肩を前に出し、そこで右腕が無いことに気付いて慌てて分厚い胸板で革袋をリバウンドし、お手玉をしながらなんとか落とさずに左手で掴み取った。
革袋を通してもわかる大量のクレジットの形と重さに、アイザックは少々困惑していた。
「おいおい、俺は呼ばれてもいないのに顔出してちょっと撃っただけだぜ? 分け前をくれるのはありがてえが、ちょいと多すぎやしないかい? いや、くれるってぇならもらうけど」
「それぞれ事情も都合も言いたいことも色々あるだろうが、あんたのおかげで助かった、それだけは紛れもない事実だ」
それに……と、続けて机の上のカタログを見て、いたずらっぽく笑ってみせた。
「これから金は必要になるだろう?」
そう言って手をひらひらと振りながら部屋を後にした。残されたアイザックとマルコは顔を見合わせ、苦笑する。
「なんともおかしな野郎だ。いかにも堅物、武人でございって顔しているくせに口を開けば女のことばかり。それでいてこんな粋なこともしやがる。どういう男だい、ありゃあ」
革袋を上に放り、また左手でキャッチするということを繰り返す。革袋の重みがそのままディアスの人柄を表しているように感じられた。
「ある程度の事情を知っている身から言わせてもらうとね、彼がいつもカーディルくんのことを考えていることは、彼の男らしさを否定するものではないと思うよ」
「そのカーディルってえのがあいつの女の名前かい。で、いい女か?」
「ひとりの男を狂わせるくらいにね」
「なるほど、よくわかった」
革袋を置いて、カタログを慣れぬ左手でゆっくりとめくる。ずらりと並んだ男性用サイズの義手。それを選ぶためにここへ来たのだ。
「どれにするか、決まったかい?」
「通常の義手か、武器を内蔵したやつか迷っていたが……」
ううむ、と唸りながらやがて意を決したようにいった。
「臨時収入も入ったし、ちょいと奮発するか!」
アイザックが指差した先は日常生活用の腕ではない。二本並んだ銃身が腕から突き出たショットガン内蔵の腕であった。
マルコから始まった善意と酔狂の連鎖は、最後に奇妙な形でアイザックの背を押した。
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