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闇に潜む弾丸
闇に潜む弾丸-07
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アイザックと呼んでくれ。男はそういった。
腕はどうしたのかと聞くと、関節がぐしゃぐしゃに潰れ皮一枚で繋がっているだけという状態で、邪魔なのでナイフで強引に千切って捨てたという。
ディアスは、どうしてここで戦っているとわかったのかと聞こうとして、すぐに間の抜けた質問だと気付いてやめた。これ以上無いくらいわかりやすい目印を打ち上げたのは当の本人である。
「やられっぱなしってのは気に入らなくてな、つい追いかけて来ちまった。で、何故か馬野郎の死骸が二つあるような気がするんだが、俺の気のせいか?」
「残念ながら俺もあんたも正気だよ。一体目を倒した直後に乱入されたのさ」
「ああ、するってえと何かい? 俺の腕を潰した奴と、俺が弾をくれてやった奴は、まったくの別人、別馬ということに……?」
「そういうことになる」
「オゥ……ジーザス」
落胆するアイザックにディアスはかける言葉も見つからなかった。
腕を潰した相手に仕返しをしてやったと思ったら全然別の奴だった。落ち込むのも無理からぬことである。
ディアスにもその気持ちはよくわかる。カーディルの手足を喰らったミュータントは結局、自分の手で倒したわけではなく他人の酒代となった。
その後、同種族を何体も屠ったが、それとこれとはやはり別問題であり、すっきりとしない部分はある。
「わかる……」
「そうか、わかってくれるか」
聞くは不作法、語るは無用。ハンターの過去などほじくり返したところで碌なものは出てこない。故にこんな短いやり取りで充分であり礼儀に適うものであった。
「ところでひとつ、頼みがあるんだが……」
言い出すタイミングを測っていたように、アイザックが申し訳なさそうに口を開いた。
「なんだろうか」
「痛み止めがあったら分けてくれないか」
アイザックの顔が青白いのは、照明弾に照らされたからだけではないだろう。腕が取れて骨が剥き出しになっているのだ。止血帯をきつく巻いただけでどうにかなるようなものでもない。傷口からぽたり、ぽたりと骨を伝って血が滴り落ちる。
ディアスは今までそこに気付かなかったことを詫びるように軽く頭を下げて、腰に取り付けた救急キットを引きずり出した。
「痛むのかい」
言いながら慣れた手つきで注射器と包帯、医療用モルヒネを取り出す。
「正確にはこれから痛みだしそうってところだな。何かがじわじわ上がってきて、もうすぐ痛み止めが切れそうなのがわかるっていうかなぁ……。痒いような怖いような、そういう感覚」
「なるほど、そいつは怖い」
注射器をしまいはじめるディアスに、アイザックは怪訝な顔を向ける。
「もう終わったよ」
「え?」
腕を見ると、確かに注射針の痕がある。会話に意識を向けている間にさっさと注射して、痛みも不安もなく済ませるテクニックだ。
「ほぅ、ほほぅ……やけに手慣れているんだな」
アイザックは本気で感心したように言った。
「まあ、色々あってな……」
色々あった、とはハンターの用語で、これ以上聞くなという意味に等しい。
まだカーディルの精神が安定していなかったころ、夜中にうなされる彼女に鎮静剤を手際よく打つ必要があったからこそ身につけたスキルであった。初対面の相手に説明するのは難しい。
「包帯の前に傷口の凍結処理もしておくか? 車内に凍結スプレーがあったはずだが」
「至れり尽くせりだな。お言葉に甘えさせてもらうぜ」
アイザックはちらと失くした腕を見る。ここへは半ば死ぬつもりでやって来た。人馬に一撃くれてやって意地を見せればそれでよし、と。
(そうか、俺の腕は無くなっちまったんだな……)
命が助かるとわかってから急に喪失感が湧き起こってきた。弱気になっている。そうした自覚があった。
なればこそ親身になって相談に乗ってくれる存在がありがたい。素早く戦車によじ登るディアスの背に向けて、彼の仕草を真似て小さく頭を下げた。
ハッチを開けて車内に滑り込むと、
「あぁ良かったディアス、無事だったのね」
と、カーディルの明るい声が出迎えた。
そこに人馬の頭を踏み砕いて愉悦の笑みを漏らしていた夜叉の面影はなく、恋人の身を案じるひとりの女がいるのみであった。
「無事、って。外の様子はカメラで見えるだろう?」
「そうだけど。カメラで見るのと、実際に会うのは違うの」
「そういうものか」
「そういうものよ。ミュータントの始末が終わったらすぐにでも帰ってきて欲しかったのに、あなたは見知らぬ筋肉ダルマとイチャイチャと……」
「他人に興味が持てないのは個人の問題だが、世話になった相手を無視するような真似は礼節の問題だ。ここは自分にできる最大限のことをするべき場面だと思う」
文句があるわけではなくちょっと拗ねてみただけなのだが、それに対して真面目に正論で返すところがいかにもディアスだな、と半ば呆れつつ、会話自体を楽しむカーディルであった。
「それでもさ、もうちょっと私に構ってくれてもいいんじゃない?できれば30分ほど……ね?」
「魅力的な提案だが、その間に失血で倒れたら後味が悪いどころじゃない」
「うん、ごもっとも」
そういって笑いあうふたり。車内に穏やかな雰囲気が漂い、ようやく戦いが終わったのだという実感が湧いてきた。
ディアスはツールボックスから凍結スプレーを取り出し、カーディルの頬を軽く撫でてから、梯子に足をかけてハッチを開けた。ズキリ、と右足首に鋭い痛みが走る。人馬に掴まれ振り上げられたときのものだろう。
脛の半ばまで鉄板で覆われたブーツだからこそこの程度で済んだのだ。そうでなければ今ごろ自分も足を千切って捨てるような破目になっていたかもしれない。
「ディアス、どうしたの?」
梯子に足を乗せたまま動かぬディアスを案じて、カーディルが声をかける。
足の痛みも治まらぬまま、ディアスは振り返ってぎこちない笑みを向けた。
「いや、なんでもないよ。行って、すぐ帰ってくる」
そう言って逃げるように出ていった。
またひとり戦車の中に残されたカーディルはため息をついて呟いた。
「気付かないわけ、ないでしょうが……」
止まれといって止まる男ではない。カーディル自身、ディアスの無茶で無謀で非常識な行動によって救われた身である。それを咎めることはできない。
大切な人、世話になった人の為に全力で行動できる、それは彼の魅力のひとつだろう。それと同時にいつか破滅をもたらす切っ掛けになるのではないか。そんな不安が絶えず付きまとう。
(そこは私がしっかりしないと。よし、彼の傷が治るまで仕事は取らせない。マルコ博士にだってビシッと言ってやるわ……)
決意を固めながら外部カメラを回す。音声は拾えないが、応急処置を終えたディアスとアイザックがまだ、楽し気に何ごとかを話している最中であった。
(それは! あたしのオトコだから! いつまでも占拠してんじゃない!)
カーディルの呪詛が通じたのか、やがてアイザックは片手で器用にバイクに跨って走り去った。少々動きが危なっかしいがこれ以上してやれることは何もないし、過保護と過干渉は彼のハンターとしての誇りに傷をつけるかもしれない。
ハンターの関係など、困ったときにちょっと手を貸すくらいでちょうどいい。
これでようやく帰れる。安心してディアスの帰りを待つがなかなか戻ってこない。見ると、彼は人馬の目玉を抉り出す作業にかかっていた。
(忘れてた、そういえばそれがあったかぁ……)
結局、帰路についたのはそれから30分後であった。
腕はどうしたのかと聞くと、関節がぐしゃぐしゃに潰れ皮一枚で繋がっているだけという状態で、邪魔なのでナイフで強引に千切って捨てたという。
ディアスは、どうしてここで戦っているとわかったのかと聞こうとして、すぐに間の抜けた質問だと気付いてやめた。これ以上無いくらいわかりやすい目印を打ち上げたのは当の本人である。
「やられっぱなしってのは気に入らなくてな、つい追いかけて来ちまった。で、何故か馬野郎の死骸が二つあるような気がするんだが、俺の気のせいか?」
「残念ながら俺もあんたも正気だよ。一体目を倒した直後に乱入されたのさ」
「ああ、するってえと何かい? 俺の腕を潰した奴と、俺が弾をくれてやった奴は、まったくの別人、別馬ということに……?」
「そういうことになる」
「オゥ……ジーザス」
落胆するアイザックにディアスはかける言葉も見つからなかった。
腕を潰した相手に仕返しをしてやったと思ったら全然別の奴だった。落ち込むのも無理からぬことである。
ディアスにもその気持ちはよくわかる。カーディルの手足を喰らったミュータントは結局、自分の手で倒したわけではなく他人の酒代となった。
その後、同種族を何体も屠ったが、それとこれとはやはり別問題であり、すっきりとしない部分はある。
「わかる……」
「そうか、わかってくれるか」
聞くは不作法、語るは無用。ハンターの過去などほじくり返したところで碌なものは出てこない。故にこんな短いやり取りで充分であり礼儀に適うものであった。
「ところでひとつ、頼みがあるんだが……」
言い出すタイミングを測っていたように、アイザックが申し訳なさそうに口を開いた。
「なんだろうか」
「痛み止めがあったら分けてくれないか」
アイザックの顔が青白いのは、照明弾に照らされたからだけではないだろう。腕が取れて骨が剥き出しになっているのだ。止血帯をきつく巻いただけでどうにかなるようなものでもない。傷口からぽたり、ぽたりと骨を伝って血が滴り落ちる。
ディアスは今までそこに気付かなかったことを詫びるように軽く頭を下げて、腰に取り付けた救急キットを引きずり出した。
「痛むのかい」
言いながら慣れた手つきで注射器と包帯、医療用モルヒネを取り出す。
「正確にはこれから痛みだしそうってところだな。何かがじわじわ上がってきて、もうすぐ痛み止めが切れそうなのがわかるっていうかなぁ……。痒いような怖いような、そういう感覚」
「なるほど、そいつは怖い」
注射器をしまいはじめるディアスに、アイザックは怪訝な顔を向ける。
「もう終わったよ」
「え?」
腕を見ると、確かに注射針の痕がある。会話に意識を向けている間にさっさと注射して、痛みも不安もなく済ませるテクニックだ。
「ほぅ、ほほぅ……やけに手慣れているんだな」
アイザックは本気で感心したように言った。
「まあ、色々あってな……」
色々あった、とはハンターの用語で、これ以上聞くなという意味に等しい。
まだカーディルの精神が安定していなかったころ、夜中にうなされる彼女に鎮静剤を手際よく打つ必要があったからこそ身につけたスキルであった。初対面の相手に説明するのは難しい。
「包帯の前に傷口の凍結処理もしておくか? 車内に凍結スプレーがあったはずだが」
「至れり尽くせりだな。お言葉に甘えさせてもらうぜ」
アイザックはちらと失くした腕を見る。ここへは半ば死ぬつもりでやって来た。人馬に一撃くれてやって意地を見せればそれでよし、と。
(そうか、俺の腕は無くなっちまったんだな……)
命が助かるとわかってから急に喪失感が湧き起こってきた。弱気になっている。そうした自覚があった。
なればこそ親身になって相談に乗ってくれる存在がありがたい。素早く戦車によじ登るディアスの背に向けて、彼の仕草を真似て小さく頭を下げた。
ハッチを開けて車内に滑り込むと、
「あぁ良かったディアス、無事だったのね」
と、カーディルの明るい声が出迎えた。
そこに人馬の頭を踏み砕いて愉悦の笑みを漏らしていた夜叉の面影はなく、恋人の身を案じるひとりの女がいるのみであった。
「無事、って。外の様子はカメラで見えるだろう?」
「そうだけど。カメラで見るのと、実際に会うのは違うの」
「そういうものか」
「そういうものよ。ミュータントの始末が終わったらすぐにでも帰ってきて欲しかったのに、あなたは見知らぬ筋肉ダルマとイチャイチャと……」
「他人に興味が持てないのは個人の問題だが、世話になった相手を無視するような真似は礼節の問題だ。ここは自分にできる最大限のことをするべき場面だと思う」
文句があるわけではなくちょっと拗ねてみただけなのだが、それに対して真面目に正論で返すところがいかにもディアスだな、と半ば呆れつつ、会話自体を楽しむカーディルであった。
「それでもさ、もうちょっと私に構ってくれてもいいんじゃない?できれば30分ほど……ね?」
「魅力的な提案だが、その間に失血で倒れたら後味が悪いどころじゃない」
「うん、ごもっとも」
そういって笑いあうふたり。車内に穏やかな雰囲気が漂い、ようやく戦いが終わったのだという実感が湧いてきた。
ディアスはツールボックスから凍結スプレーを取り出し、カーディルの頬を軽く撫でてから、梯子に足をかけてハッチを開けた。ズキリ、と右足首に鋭い痛みが走る。人馬に掴まれ振り上げられたときのものだろう。
脛の半ばまで鉄板で覆われたブーツだからこそこの程度で済んだのだ。そうでなければ今ごろ自分も足を千切って捨てるような破目になっていたかもしれない。
「ディアス、どうしたの?」
梯子に足を乗せたまま動かぬディアスを案じて、カーディルが声をかける。
足の痛みも治まらぬまま、ディアスは振り返ってぎこちない笑みを向けた。
「いや、なんでもないよ。行って、すぐ帰ってくる」
そう言って逃げるように出ていった。
またひとり戦車の中に残されたカーディルはため息をついて呟いた。
「気付かないわけ、ないでしょうが……」
止まれといって止まる男ではない。カーディル自身、ディアスの無茶で無謀で非常識な行動によって救われた身である。それを咎めることはできない。
大切な人、世話になった人の為に全力で行動できる、それは彼の魅力のひとつだろう。それと同時にいつか破滅をもたらす切っ掛けになるのではないか。そんな不安が絶えず付きまとう。
(そこは私がしっかりしないと。よし、彼の傷が治るまで仕事は取らせない。マルコ博士にだってビシッと言ってやるわ……)
決意を固めながら外部カメラを回す。音声は拾えないが、応急処置を終えたディアスとアイザックがまだ、楽し気に何ごとかを話している最中であった。
(それは! あたしのオトコだから! いつまでも占拠してんじゃない!)
カーディルの呪詛が通じたのか、やがてアイザックは片手で器用にバイクに跨って走り去った。少々動きが危なっかしいがこれ以上してやれることは何もないし、過保護と過干渉は彼のハンターとしての誇りに傷をつけるかもしれない。
ハンターの関係など、困ったときにちょっと手を貸すくらいでちょうどいい。
これでようやく帰れる。安心してディアスの帰りを待つがなかなか戻ってこない。見ると、彼は人馬の目玉を抉り出す作業にかかっていた。
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