鉄錆の女王機兵

荻原数馬

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闇に潜む弾丸

闇に潜む弾丸-03

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 丸子製作所、所長執務室にてカーディルとクラリッサが談笑しながらチェスに興じていた。
 カーディルはその華麗な義手を誇示するかのように少々芝居がかった動きで駒を進めた。もっともクラリッサの目に義手の善し悪しなど映らず、体温とは違った熱を持つ腕が無駄に大袈裟な動きをしているとしか見えなかったが。
 その様子を少し離れてディアスとマルコが優しく見守っている。
「美しい光景だねぇ……」
 マルコの呟きにディアスは一瞬耳を疑った。
 確かに若く見目麗しい女性ふたりが談笑するところは見ていて気分のいいものだ。
 不自然な点は、そんな台詞がマルコの口から出てきたという事である。恐らく容姿を褒めたわけではあるまい。ディアスは黙って頷くことで話の先を促した。
「彼女らは本来、手足がない、目が見えないはずだ。それが神経接続技術の発展によってこうして気兼ねなく遊ぶことができているんだ。素晴らしいことじゃないか」
 変わった褒め方であるが確かにその通りだ。ディアスにしてみれば彼女に笑顔を取り戻せただけでも多大な恩義がある。
「科学技術の進歩が常に恩恵をもたらしてきたわけではない。だが医学だけは人間を幸せにしてきたのだと自信をもって言いたいね」
「まさに、仰る通りかと」
 5年前、物理的にも金銭的にも身動きが取れず、常に頭の片隅に自殺、の二文字を置いて生きてきた。欠損による不便を取り除き、人の誇りを取り戻すことがいかに尊いか、それは痛いほどに理解しているつもりだ。
「それで、今度はどこのどいつを殺ってくれと?」
「んん?」
「断りづらい雰囲気を作ってから、何かを依頼なさるのかと……」
「可愛くない奴だなぁ、昔はそんなじゃなかったろう」
「おかげさまで、と言わせていただきます」
「うん、まぁ、君の言う通りだよ。話が早くて結構だ」
 そう言いながらマルコは引き出しから写真の束を取り出し、黒塗りの机に放り出した。
 一枚摘まみ上げると、そこには頭部のない腸を食い散らかされた男の無惨な死体が写っていた。体つきからして少年と言ってよい年頃だろうか。
「ちょっとグロいから気をつけてね」
「出来れば出す前に言ってください」
 マルコは医師兼、化学者であり、ディアスはベテランのハンターである。無惨な死体は見慣れている。かといって積極的に見たいものかといえば、そんな訳がない。
 二枚目、老人の死体。三枚目、若い女の死体。四枚目……と、腸の無い死体の写真が続いた。
「余程グルメな奴のようだねぇ。腸だけ食って他の部位には見向きもしない」
 ディアスはちらと横目でカーディルの様子を窺った。できればミュータントに食われるとかいった話はあまり聞かせたくない。
 クラリッサとの談笑に夢中でこちらに注意を払ってはいないようだ。
「それで戦車に接続したままヤッていたら、いきなり走り出して岩壁に激突したことがあってね……」
「イッちゃったわけですね!?」
 顔を見合わせ声をあげ膝を叩いて笑うふたり。女同士の談笑は加熱して危険な領域へと入ったようだ。テーブルに膝をぶつけ、駒が倒れたのを慌てて直している。
(やめてくれ……)
 ディアスの背中から嫌な汗が滲み出て、つっと一筋流れ落ちる。内容が酷い。心当たりはあるがあまりにも酷い。マルコの冷たい視線が、痛い。
 しかし話をやめさせれば自然な流れとしてこちらの話に加わることになるだろう。ディアスはわざとらしく咳払いをして、写真の束を手に取った。
 死体、死体、死体。
 ハンターがミュータントと戦い、殺すも殺されるもそれは仕方の無いこと、それがディアスの思想、哲学、考え方である。一方で非戦闘員の無惨な姿は見ていて気が重くなった。特に子供の死体はいけない。
 あまりにも悪趣味な写真集だが見ない訳にはいかない。自分はこれから彼らの無念を背負って戦うのだから眼を逸らしてはならないと、ディアスは妙な使命感を燃やしていた。
 やがて写真をめくる手がピタリと止まった。死体ではない、ぼやけてハッキリとは見えないが馬のような写真だ。そしてこんな写真に紛れているからにはただの馬ではないだろう。
 体の色は黒か栗毛か、暗くて正確なところはわからない。奇妙なことに足が白っぽく見える。
「何か気になることがあるかい?」
「まず、被害者の数があまりにも多いこと。外ならともかく、街が何度も襲撃されているということでしょうか。しかも短期間に」
「これね、全部一ヵ月以内の写真なんだ。しかも奴らが襲ってくる間隔はどんどん短くなっている」
「中央議会の方針は?」
「様子見。まだ中央に何かあったわけじゃないからね。一時的なものかもしれない、そのうちいなくなるかもしれない、ってね」
 何をバカなことを……と、ディアスの顔が苛立ちで歪む。その様子を見てマルコはむしろ安心したように頷いた。彼は事態を正しく認識している、と。
「そう、大問題だ。この馬っぽいミュータントは人間の街を、大した危険の無い餌場として認識してしまったのだろう。ミュータント同士のコミュニケーションがどうなっているかは知らないが、これを放置すればお仲間を呼んで団体さんで襲ってくる可能性もあるわけだ」
「この馬の同種族がやって来る可能性は高いかと……」
 ディアスが写真を揃えて机の上に置くと、マルコがそれをため息をつきながら引き出しに仕舞った。そのひどく疲れたようなため息は誰に向けられたものだろうか。街の安全を憂いてのことか、議会の馬鹿どもに対する苛立ちか。
 出来ればその心痛を少しでも取り除いてやりたいものだと、ディアスはこの一件に対する決意を新たにした。
「君への依頼はわかってもらえたかな。この畜生どもに人間様の恐ろしさを体に教えてやることだ」
「お任せください。必ずや、仕留めてみせます」
 力強い返答に、マルコは満足げに頷いた。
「ああ、それと一応言っておくけど議会の連中全員がボンクラってわけじゃないんだ。下らない定例会が終わったあと何人かが僕の所へやって来て、マルコさんこれまずいんじゃないですか……って、そういう話をしたわけだよ。それで今回のミュータントを倒してくれるならばと資金援助もしてくれてね」
 そう言いながらもマルコの表情は晴れない。
 これは本来、街の有力者たちが集まる議会が一丸となって立ち向かうべき案件であり、良識ある個人によっての解決が本当に正しいのか、一時しのぎでしかないのではないか。
 中央議会の連中は一度痛い目にあったほうがいいが、それが即ち街にとっての致命傷になっては目も当てられない。
「結局、やるしかないということか……」
 と、ディアスは寂しげに呟いたものである。
「ま、そんなわけで金はある。何か必要なものがあれば言ってくれ、サービスするよ。討伐に成功したらボーナスだって出す」
「では照明弾と、それを発射するための副砲をお願いします」
「いいとも。大急ぎで砲の取り付けと整備、ミュータントの次回出現地点の予測など、諸々やって実際に動けるのは明後日からかな。それまではゆっくり英気を養ってくれ」
「はい」
「出来れば……」
 そこでマルコはディアスに向けて、にんまりと笑ってみせた。
「戦車の外でね」
 これはなんとしても成功させなければいつまでも言われ続けかねない。ディアスは苦い顔で頷いた。
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