鉄錆の女王機兵

荻原数馬

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闇に潜む弾丸

闇に潜む弾丸-01

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 丸子製作所は様々な施設の集合体であり、ある意味でひとつの街であった。
 兵器工場を中心として研究棟、医療棟、そして小さいながらも演習場と射撃訓練場もある。
 その射撃訓練場にて警備員見習いのクラリッサは拳銃の弾をばらまいていた。10メートル先の円形の標的、まれにその外縁を削る程度で、ほとんどが虚しく土壁に吸い込まれていった。
「ガッデム……って感じだわ」
 顔の中心を占拠するゴーグルのおかげで表情はわかりづらいが、口元には確かに苛立ちが浮かんでいる。
 支給された弾丸は全て使いきった。ただでさえ少ない給料を崩し自腹で追加した分も、技量の向上に役立ったとは思えない。
 周囲の温度を感じ取れる機械仕掛けの魔眼。これをもってすれば闇夜の警備に役立つこと間違いなし。延いてはミュータントの独壇場となっている夜の荒野でも戦えるようになるだろう。闇のなかに産み落とされた私がいつかは人類に夜を取り戻す。
 親愛なるメフィストフェレス、マルコの前でそう豪語したものだがミュータント討伐どころか銃もまともに撃てないのが現状であった。
 自腹を切った分はともかく、支給された弾丸の行方は報告せねばならないだろう。穴のない標的を提出せねばならないのかと思えば今から気が重い。
 クラリッサの基本的な仕事は定期検診を受けることと、義眼の活用法を考え報告をすることだけである。
 当人からすれば、
(お情けで置いてもらっている……)
 と、いった感情は拭えない。だからこそ役に立たねばならない。役に立つ人間だとアピールしなければならないのだ。一向に進歩しないクラリッサにいつかマルコが飽きて呆れ果て、
「はぁ……もういいよ」
 などと言い出す日がくるのではないか。そう思うと焦りだけが際限なく積み上がる。 
 とにかくもう一度やろう。ポケットから弾倉を取り出し交換しようとするが、焦るばかりで取り落としてしまった。カラカラと音をたてる弾倉を見ながら、何をやっているのだろうとひどく惨めな気分になった。
「すまない、ちょっといいかな」
 しゃがんで弾倉を拾うクラリッサの頭上から声がかかる。はて、どこかで聞いた声だと記憶と照らし合わせてすぐに思い出した。
「ディアスさん、でしたか」
 人の声を覚えるのは得意だった。間違えたり、覚えていなかったりで周囲の人間を不快にさせるわけにはいかなかったからだ。他人の顔色ならぬ声色を窺って生きねばならなかったが故の悲しきスキルである。
「どこかでお会いしたことがあっただろうか」
「いえ、マルコ博士からあなたのお話はかねがね承っておりますので……」
 まさか隣の部屋で盗み聞きしていたとは言えない。
「標的を新しくしていいだろうか」
 隣で撃っていた奴がいる、そんなことにも気付いていなかった。あまりにも周りが見えていないとクラリッサはひどく落ち込んだ。
 クラリッサの眼は熱を発しない物体でも、周囲の空気の流れなどから読み取れるよう補正がかかっている。箱はただの四角で文字は見えない。ボールはただの丸でサッカーとバスケットの区別がつかない、といった具合ではあるが一応、その輪郭だけは認識できる。故に、標的も前方にある丸いものとして認識できる。
 隣の標的に視線を向けてズーム機能を使う。クラリッサのそれとは違い、中心が穴だらけであった。
 ディアスは標的の並ぶ土壁の脇にある小部屋に入ると、備え付けのチェーンを引いてからからと回す。すると標的が引き込まれるので、新しいものに交換して、また回してセットするという具合である。専門の訓練場ではないので、あまり金はかけられておらず手動であった。
 射撃位置につき左手で銃を掴んでまっすぐに狙いを定める。クラリッサはその姿にじっと見入っていた。
 高温を表す赤。灼熱の弾丸が空気を切り裂き、標的の中央をぶち抜いた。
 素人目に見ても自分とは全く違うということがよくわかる。撃つ瞬間、体がまったくブレないのだ。反動を押さえ込んでいるのか手元すらびくともしない。
 弾倉が空になるまで撃ち尽くすところを、クラリッサはじっと食い入るように見ていた。首は動かさないが、ゴーグルのカメラが左右に忙しなく動く。
「あまりそう、じっと見られるとやりづらいのだが……」
「弟子にしてください!」
 話がまるで噛み合っていない。クラリッサはとにかく必死であった。
 ディアスにしてみれば、なに言ってんだこいつ、というのが率直な感想である。
 ハンターにとって射撃技術とは商売道具であり、教えてくれと言われて、はいどうぞといった類いのものではない。また、ディアスは他人に技術を教えた経験などなく、自己評価の低さから何かを教える資格があるとも思っていなかった。
「教えろと言われてもな、特別なことは何もしていない。全部、教本に載っているようなことだよ」
「その、教本とやらが、読めないのです!」
 それからクラリッサは早口でまくしたてた。自分の生い立ち。義眼の性能。立場上なんとか結果を出したいということ。後から思い返して、これは言わなくても良かっただろうということまで話しまくった。
「この義眼はディアスさん、カーディルさんおふたりの集めてくださったデータの応用によって作られました」
「そうか、役に立てたなら良かったが」
「故に、広い意味で私はおふたりの子供ということにならないでしょうか!?」
「ちょっと解釈が広すぎやしないか」
「パパが娘に技術を伝えるのに何の遠慮がいりましょうか!」
「君のようにデカくて図々しい娘を持った覚えはない。それとパパなどと呼ばないでくれ。誤解されると面倒なことになる」
 これ以上付き合っていられぬとばかりに背を向けたディアスに、クラリッサの沈んだ声がかけられる。
「そうですね……結局、体の機能が欠けた人間は日陰者として生きるしかないのでしょうか」
 嫌な言い方をする。出口を目指したディアスの足がピタリと止まった。泥沼から這い出た手に足首を掴まれたような気分だ。
 クラリッサは知っている。こう言えばディアスが誰を思い浮かべるかを。
 ディアスは理解している。愛しき者の名を利用されているのだと。
 しばし背を向けたままでいたが、やがて根負けしたように振り返った。
「とりあえず、撃つための姿勢から教えようか……」
 クラリッサにしてみればいささか拍子抜けといったところである。そうなるように話を持っていったとはいえ、あまりにもあっさりとしすぎではないかと。
(ひょっとしてこの人、他人に対して冷たいのでも無関心でもなく、ただ人付き合いが苦手なだけのいい人なのでは……?)
 その後30分ほど一発の弾も撃たず姿勢の矯正に費やされた。親切丁寧かつ、根気ある指導であった。
 相手は荒くれ者のハンターである。指導中に張り手の1ダースでも飛んでくるのではないかと不安に思っていたがそれも杞憂であった。
 親切に教えてくれるのですね、と言うと、ディアスは気恥ずかしそうに言った。
「俺も昔はてんでダメでね。まっすぐ飛ばすことさえできなかったもんさ」
 だからあまり偉そうなことを言うつもりはない、ということなのだろう。
 銃をしっかり握り、腰を落とす。年頃の女性が思い切りガニ股なのはいかがなものかとも思ったが、姿勢が安定しているという実感があるため何も言えなかった。
「よし、それじゃあ好きに撃ってみてくれ」
 的をまっすぐに見据え、放つ。ど真ん中とはいかないが、確かな手応えと共に撃ち抜かれた。
「おおっ……」
 思わず自分自身に対する感嘆の声が漏れた。
 ディアスはクラリッサの肩をポンと叩き、そのまま射撃訓練場を後にした。
「あ、あの、ありがとうございました!」
 少しタイミングのずれた礼だが大きな声だったので多分、聞こえただろう。
 その後、クラリッサは追加で弾丸を購入し練習に励んだ。命中率もそれなりに上がり、穴の空いた標的を誇らしげにマルコに見せに行ったものである。

 数日後、暗闇でも物が見えるという己が特性を鍛えるために、深夜に訓練場で明りも点けずに銃を撃っていたら警備員が大勢やって来て取り押さえられるという騒ぎが起こった。
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