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機械仕掛けの絆
機械仕掛けの絆-04
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砂塵渦巻くの街の市場をひとりの女がややぎこちない動きで歩く。
砂除けのマントで体をすっぽりと覆い黒髪をなびかせ歩く気品あるその姿は、どこかのお姫様がお忍びでやってきたのかと見る者を振り返らせずにはいられない。
彼女の凛とした美しさは生まれや育ちによって培われたものではない。何よりも深い愛情と、刃物のごとく鋭利な戦う覚悟が昇華したものだ。
美しさを讃える無数の視線はひとによっては快楽であり誇りであろう。だが、今のカーディルにとっては不快なものでしかなかった。
5年前、手足を失いディアスに抱き抱えられてこの道を通ったときは哀れみと嘲笑の視線に囲まれた。街の連中はひとをそんな目で見ていたことすら覚えていないだろう。問い詰められたって答えられないだろう。やられた方だけが覚えている。
義肢によって歩けるようにはなったが街に出たいとも思わなかった。リハビリがてらの散歩は丸子製作所の敷地内で行い、ちょっとした買い物も工場内の小さな売店で済ませた。
赤の他人から、もっと積極的に社会に関わらねばいけないと言われたことは何度かある。だが親しい人間、特にディアスやマルコからそのようなことを言われたことは一度もない。ディアスはカーディルの心情を誰よりも理解するが故に。マルコは他人の人間関係に興味がないからだ。
こうしてひとりで買い物に行こうと思い立ったのも別に何かやりたいことがあったわけではない。狩りが終わった後、工場での整備依頼やハンターオフィスでの賞金の受取りなどはディアスに任せきりであり、カーディルはいつも先に部屋に戻って休んでいた。この待ち時間が、長い。
「君は戦車との神経接続で負担が大きいのだから、休むのも仕事だ。先に休むことに負い目を感じる必要はない」
ディアスはそう言ってくれたが狩りの後で疲れているのは彼とて同じだろう。せめて食糧の買い出しくらいは、と考えたのだ。
市場に来て数分ですでにめげそうだった。吐き気がする、頭がくらくらする。それは直射日光のせいではなく、義肢の接続がうまくいっていないわけでもない。
他人の存在、視線が彼女の心を乱しているのだ。もう限界だ。このままでは吐くか倒れるかしてしまいそうだ。
ふと周囲を見回して、手近な露天の中年女性の店員に声をかけた。ただの買い物だが男性店員に声をかける気にはならなかった。
「はい、いらっしゃい」
返事をされて、さてどうしたものかと戸惑ってしまった。なんとなく食い物の店だろうと思って声をかけたのだが、それが何なのかよくわからない。
粗末な長テーブルに使い込まれたビニールのテーブルクロスがかけられ、その上に小さな箱が並んでいる。マジックペンで書いた、手書きの太文字が視界に入る。おいしいミートサンド。
しまった、とカーディルは心のなかで舌打ちした。こういう所で売っている合成肉の軽食はだいたい不味い。
だが今さら店を代えて歩き回る気にもなれず、懐から小クレジットを取り出した。
「これ、二つください」
マントの隙間から出てくる三本爪のロボットアーム。それを見た店員の表情に変化が表れた。
それは不審に思ったのではなく、哀れみでも気味悪がったのでもない。安堵だった。
非の打ち所がない誰もが目を見張る美女がこんなにも惨めな境遇だった。嫉妬心が和らぎ、むしろ見下す立場になったという安心感、優越感。
店員が何か言おうとしている。この先何を言われるのかが手に取るようにわかった。
『あら、大変ねえ。でも挫けちゃだめよ。生きていればきっといいことがあるから……』
等々だろう。本人は親切だと思い込んでいる自己満足に付き合わされるなど、冗談ではない。そんな空気に耐えられず、クレジットを長テーブルに叩きつけて、箱を二つ取ってその場を立ち去った。
「あ、ちょっと……」
後ろから声をかけられるがそれは無視した。金はぴったりだ、文句を言われる筋合いはない。
あまりにも惨めな気分だった。涙が溢れぬよう、ぎゅっと強く目をつぶる。ガシャガシャと音をたてる鉄の足が今日は一段とうるさく聞こえた。
別れてから一時間も経っていないが今はただ、ディアスに会いたい。
弁当を抱えて鉄の足音を立てて小走りに去る黒髪の美女は、やはり注目の的であった
砂除けのマントで体をすっぽりと覆い黒髪をなびかせ歩く気品あるその姿は、どこかのお姫様がお忍びでやってきたのかと見る者を振り返らせずにはいられない。
彼女の凛とした美しさは生まれや育ちによって培われたものではない。何よりも深い愛情と、刃物のごとく鋭利な戦う覚悟が昇華したものだ。
美しさを讃える無数の視線はひとによっては快楽であり誇りであろう。だが、今のカーディルにとっては不快なものでしかなかった。
5年前、手足を失いディアスに抱き抱えられてこの道を通ったときは哀れみと嘲笑の視線に囲まれた。街の連中はひとをそんな目で見ていたことすら覚えていないだろう。問い詰められたって答えられないだろう。やられた方だけが覚えている。
義肢によって歩けるようにはなったが街に出たいとも思わなかった。リハビリがてらの散歩は丸子製作所の敷地内で行い、ちょっとした買い物も工場内の小さな売店で済ませた。
赤の他人から、もっと積極的に社会に関わらねばいけないと言われたことは何度かある。だが親しい人間、特にディアスやマルコからそのようなことを言われたことは一度もない。ディアスはカーディルの心情を誰よりも理解するが故に。マルコは他人の人間関係に興味がないからだ。
こうしてひとりで買い物に行こうと思い立ったのも別に何かやりたいことがあったわけではない。狩りが終わった後、工場での整備依頼やハンターオフィスでの賞金の受取りなどはディアスに任せきりであり、カーディルはいつも先に部屋に戻って休んでいた。この待ち時間が、長い。
「君は戦車との神経接続で負担が大きいのだから、休むのも仕事だ。先に休むことに負い目を感じる必要はない」
ディアスはそう言ってくれたが狩りの後で疲れているのは彼とて同じだろう。せめて食糧の買い出しくらいは、と考えたのだ。
市場に来て数分ですでにめげそうだった。吐き気がする、頭がくらくらする。それは直射日光のせいではなく、義肢の接続がうまくいっていないわけでもない。
他人の存在、視線が彼女の心を乱しているのだ。もう限界だ。このままでは吐くか倒れるかしてしまいそうだ。
ふと周囲を見回して、手近な露天の中年女性の店員に声をかけた。ただの買い物だが男性店員に声をかける気にはならなかった。
「はい、いらっしゃい」
返事をされて、さてどうしたものかと戸惑ってしまった。なんとなく食い物の店だろうと思って声をかけたのだが、それが何なのかよくわからない。
粗末な長テーブルに使い込まれたビニールのテーブルクロスがかけられ、その上に小さな箱が並んでいる。マジックペンで書いた、手書きの太文字が視界に入る。おいしいミートサンド。
しまった、とカーディルは心のなかで舌打ちした。こういう所で売っている合成肉の軽食はだいたい不味い。
だが今さら店を代えて歩き回る気にもなれず、懐から小クレジットを取り出した。
「これ、二つください」
マントの隙間から出てくる三本爪のロボットアーム。それを見た店員の表情に変化が表れた。
それは不審に思ったのではなく、哀れみでも気味悪がったのでもない。安堵だった。
非の打ち所がない誰もが目を見張る美女がこんなにも惨めな境遇だった。嫉妬心が和らぎ、むしろ見下す立場になったという安心感、優越感。
店員が何か言おうとしている。この先何を言われるのかが手に取るようにわかった。
『あら、大変ねえ。でも挫けちゃだめよ。生きていればきっといいことがあるから……』
等々だろう。本人は親切だと思い込んでいる自己満足に付き合わされるなど、冗談ではない。そんな空気に耐えられず、クレジットを長テーブルに叩きつけて、箱を二つ取ってその場を立ち去った。
「あ、ちょっと……」
後ろから声をかけられるがそれは無視した。金はぴったりだ、文句を言われる筋合いはない。
あまりにも惨めな気分だった。涙が溢れぬよう、ぎゅっと強く目をつぶる。ガシャガシャと音をたてる鉄の足が今日は一段とうるさく聞こえた。
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