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機械仕掛けの絆
機械仕掛けの絆-03
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ディアスが出て行った後、入れ替わるように隣の部屋に繋がる小さなドアが開き部屋に入ってきた者がある。工場の警備員の制服を着た小柄な少女だ。
「あれが噂の、博士の恋人ですね」
「クラリッサくん、気色悪いことを言わないでもらえるかな」
笑えない冗談にマルコは眉をひそめる。
その女、クラリッサは肩まで伸びた金髪をかきあげ楽しげに微笑んでいた。愛らしい顔にはぼんやりと赤く光るゴーグルが装着されており、単眼のカメラ、モノアイが左右に動く。
「いつも頼りにして、逢瀬を楽しみにして、それでいて思い通りにはならない。だけど決して嫌いになったりはしない。ふふ……、これが愛と呼ばずしてなんだというのでしょうか」
「上司で掛け算するために出てきた訳じゃないだろう。さっきの彼、どういう印象を持ったか聞かせてもらえるかい?」
マルコは先ほどまで壁の向こうにいたクラリッサにそんなことを聞く。監視カメラのようなものが付いていたわけではない。彼女には視えるのだ。
クラリッサのゴーグルは高性能のサーモグラフィーになっており、周囲の温度が色分けされて視覚情報として直接脳内に投影されているのだ。
これも神経接続式義肢の応用である。彼女は生来、目が見えない。
人を視て評価しそれを伝えるのはマルコとのコミュニケーションであり、クラリッサの目にはどう映るかというデータ収集の一環でもあった。
「力強い体躯、優しげな雰囲気。恋人について語るときだけほんの少し上がる体温。一言で表現するならば……」
「うん、一言で?」
「荒野の恋するゴリラ」
マルコは思わず吹き出した。ひどい言いぐさだが間違ってはいない。黒塗りの机に飛んだ唾を袖で拭き取って笑いを堪えている。
「あの、博士。何かおかしかったでしょうか……?」
クラリッサの声に少しだけ不安の色が混じる。ただの日常会話とはいえ、実験の意味合いもあるのだから、いきなり笑い出されては不安にもなる。言葉を飾らず感じたままに言えと指示されているのだが、さすがに突拍子もなかっただろうか。
「おかしいよ。いや、凄く面白いという意味でね。答えとしては満点だ」
それからマルコが息を整えるのに十数秒を要した。
クラリッサはディアスという男の顔も、過去も知らない。朧げな輪郭と体温、壁越しに聴いた声を知っているだけである。
博士の反応からすると、よほど雰囲気が恋するゴリラなのだろう。自分で言っておきながらよくわからなくなってきた。
「顔がゴリラってわけじゃないよ、雰囲気、雰囲気がね……ぶふっ」
笑いながらフォローを入れるマルコ。ますます意味がわからない。
「それにしてもその目は本当にいいな。会話中、相手の体温の変化が分かるのか。会話パターンのデータ収集を進めていけば、嘘の発見から始まって、相手の感情をこと細かく読み取ることもできそうだ」
本当に楽しそうに語っている。それは熱を読み取らなくてもクラリッサにハッキリと伝わった。
「その目は……」
急にマルコはトーンを落として真面目な声を出す。クラリッサは耳も敏感だ。こちらは神経接続式ゴーグルに頼らぬ、彼女が17年間生きてきたなかで培ったものである。
「今言ったように、その目の能力は他の人間にはない特殊なものだ。他人にできないことが、君にはできるんだ。それは誇っていいと思う」
ゴーグルを付けたのは2年ほど前である。それまではずっと、己に自信を持てず塞ぎ込んでいた。
両親がたまたま丸子製作所で働く研究員であったから生きてこられ、優先的に治療を受けることができた。そうでなければ目の見えぬ子供など荒野に捨てられるか、産まれた途端に製薬会社に売られるのがオチだ。
博士は目を与えてくれた。そしてそれは代用品として他人に劣っているのではなく、クラリッサ自身の強みなのだと励ましてくれた。普段は軽口ばかり叩いている彼女もこの時ばかりは胸が詰まって何も言えず、頭を下げることしかできなかった。
「引き留めて悪かったね。この先、何か予定はあったかい?」
「射撃訓練でもしようかと。……まだ、的に当たりもしませんが」
温度を感じる目は暗闇でも使える。ならば夜間警備に役立てるのではないかと銃の扱いを学び始めた。警備員の格好をしているのもそのためである。
マルコはそれについて賛成も反対もしなかった。自分で考えて、色々やってみるといい。そう言っただけである。
一礼し、今度は正面のドアから出ていこうとするクラリッサの背に少し悩んだような声がかかった。
「あのさ、義手が変形して武器になるのって、どう思う?」
なんと答えたものだろう。どう考えても重くなるし、無駄に大きくなるし、故障や暴発のリスクを抱えることになる。義肢を日常生活の為のものと考えればこれほど矛盾したものはない。
クラリッサは考えた。自分に求められているのは、正確なデータとして率直な意見を述べることである。恩義ある相手といえど。いや、なればこそ、ここで遠慮はするべきではない。
彼女は振り向き、魅力的な微笑みを湛えて言った。
「犬のクソです」
「あれが噂の、博士の恋人ですね」
「クラリッサくん、気色悪いことを言わないでもらえるかな」
笑えない冗談にマルコは眉をひそめる。
その女、クラリッサは肩まで伸びた金髪をかきあげ楽しげに微笑んでいた。愛らしい顔にはぼんやりと赤く光るゴーグルが装着されており、単眼のカメラ、モノアイが左右に動く。
「いつも頼りにして、逢瀬を楽しみにして、それでいて思い通りにはならない。だけど決して嫌いになったりはしない。ふふ……、これが愛と呼ばずしてなんだというのでしょうか」
「上司で掛け算するために出てきた訳じゃないだろう。さっきの彼、どういう印象を持ったか聞かせてもらえるかい?」
マルコは先ほどまで壁の向こうにいたクラリッサにそんなことを聞く。監視カメラのようなものが付いていたわけではない。彼女には視えるのだ。
クラリッサのゴーグルは高性能のサーモグラフィーになっており、周囲の温度が色分けされて視覚情報として直接脳内に投影されているのだ。
これも神経接続式義肢の応用である。彼女は生来、目が見えない。
人を視て評価しそれを伝えるのはマルコとのコミュニケーションであり、クラリッサの目にはどう映るかというデータ収集の一環でもあった。
「力強い体躯、優しげな雰囲気。恋人について語るときだけほんの少し上がる体温。一言で表現するならば……」
「うん、一言で?」
「荒野の恋するゴリラ」
マルコは思わず吹き出した。ひどい言いぐさだが間違ってはいない。黒塗りの机に飛んだ唾を袖で拭き取って笑いを堪えている。
「あの、博士。何かおかしかったでしょうか……?」
クラリッサの声に少しだけ不安の色が混じる。ただの日常会話とはいえ、実験の意味合いもあるのだから、いきなり笑い出されては不安にもなる。言葉を飾らず感じたままに言えと指示されているのだが、さすがに突拍子もなかっただろうか。
「おかしいよ。いや、凄く面白いという意味でね。答えとしては満点だ」
それからマルコが息を整えるのに十数秒を要した。
クラリッサはディアスという男の顔も、過去も知らない。朧げな輪郭と体温、壁越しに聴いた声を知っているだけである。
博士の反応からすると、よほど雰囲気が恋するゴリラなのだろう。自分で言っておきながらよくわからなくなってきた。
「顔がゴリラってわけじゃないよ、雰囲気、雰囲気がね……ぶふっ」
笑いながらフォローを入れるマルコ。ますます意味がわからない。
「それにしてもその目は本当にいいな。会話中、相手の体温の変化が分かるのか。会話パターンのデータ収集を進めていけば、嘘の発見から始まって、相手の感情をこと細かく読み取ることもできそうだ」
本当に楽しそうに語っている。それは熱を読み取らなくてもクラリッサにハッキリと伝わった。
「その目は……」
急にマルコはトーンを落として真面目な声を出す。クラリッサは耳も敏感だ。こちらは神経接続式ゴーグルに頼らぬ、彼女が17年間生きてきたなかで培ったものである。
「今言ったように、その目の能力は他の人間にはない特殊なものだ。他人にできないことが、君にはできるんだ。それは誇っていいと思う」
ゴーグルを付けたのは2年ほど前である。それまではずっと、己に自信を持てず塞ぎ込んでいた。
両親がたまたま丸子製作所で働く研究員であったから生きてこられ、優先的に治療を受けることができた。そうでなければ目の見えぬ子供など荒野に捨てられるか、産まれた途端に製薬会社に売られるのがオチだ。
博士は目を与えてくれた。そしてそれは代用品として他人に劣っているのではなく、クラリッサ自身の強みなのだと励ましてくれた。普段は軽口ばかり叩いている彼女もこの時ばかりは胸が詰まって何も言えず、頭を下げることしかできなかった。
「引き留めて悪かったね。この先、何か予定はあったかい?」
「射撃訓練でもしようかと。……まだ、的に当たりもしませんが」
温度を感じる目は暗闇でも使える。ならば夜間警備に役立てるのではないかと銃の扱いを学び始めた。警備員の格好をしているのもそのためである。
マルコはそれについて賛成も反対もしなかった。自分で考えて、色々やってみるといい。そう言っただけである。
一礼し、今度は正面のドアから出ていこうとするクラリッサの背に少し悩んだような声がかかった。
「あのさ、義手が変形して武器になるのって、どう思う?」
なんと答えたものだろう。どう考えても重くなるし、無駄に大きくなるし、故障や暴発のリスクを抱えることになる。義肢を日常生活の為のものと考えればこれほど矛盾したものはない。
クラリッサは考えた。自分に求められているのは、正確なデータとして率直な意見を述べることである。恩義ある相手といえど。いや、なればこそ、ここで遠慮はするべきではない。
彼女は振り向き、魅力的な微笑みを湛えて言った。
「犬のクソです」
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