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砂狼の回顧録
砂狼の回顧録-16
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工場で用意された車イスにカーディルを乗せて、ディアスがそれを押して歩く。点滴までついた大がかりなものだ。
できれば寝かせておくべきなのだろうがディアスと片時も離れたくないこと、これから何が起こるのか知っておきたいという本人の希望によりこうして一緒に動いている。
先頭を歩き工場内を案内するマルコは上機嫌だ。
「神経接続式の義肢というのは……」
不安と後悔で脳内に靄がかかったようにぼんやりとしている。だが、これからのことを考えれば呆けている場合ではない。ディアスは気合いを入れ直してマルコの説明に耳をかたむけた。
「肉体の切断面に専用のソケットを取り付ける手術を施し、義肢と接続し脳からの電気信号で自在に操る技術なのだか、さてここでひとつの疑問が湧き起こる」
マルコは白衣の裾を翻し、くるりと振り向いた。
「それでは義肢以外のものを接続した場合、動かすことができるかということだ。どう思うね?」
「それは、できる……と、思います。理論上は」
「ほほう、なぜそう思うのかな」
「義肢だって厳密に言えば腕ではありません」
「ははっ、わかっているじゃあないか。そうとも、義肢といってもそれはただのマニュピレータだ、ロボットアームだ。生体には程遠いものを電気信号で無理くり動かしているにすぎない」
演説が続くうちに興奮したのか、マルコは鼻息を荒くしてベルトコンベアに流れるマシンガンを鷲掴みにしてディアスの眼前に突きつけた。
「ではこれは!? 神経接続式に改造して取り付ければ動くか、動くだろうな! チェインソーは? ショットガンは? 動くだろうねえ!」
カーディルが顔をあげ、ディアスと視線を交わした。こいつ大丈夫か。そう言いたいのであろう。ディアスとしてもまったく同感だ。
そんな彼らの心情など知ったことではないとばかりに、マルコはディアスの肩をばしばしと強く叩いて言った。
「さっきは興味がなくなったなどと言って悪かったね。やはり君たちは素晴らしい、僕たちは良きパートナーになれると思うんだ」
「それは俺たちを使い捨てにするつもりはない、と解釈させていただいてよろしいでしょうか」
ディアスが眼に力を込めて真っ直ぐに見据えてくる。自分が実験の対象となるならばそんなことは聞いてこなかったであろう。カーディルが実験に使われるからこそ確かめておかずにはいられなかったのだ。
本当にいい男だ。マルコはにやりと笑った。
「もちろんだとも。僕も腹を割って話そう。これから行う実験はハッキリ言って金がかかる。カーディルくんに死なれたら困るのはこっちも同じさ。生きて成し遂げてもらわなければならない」
大きな両開きの扉の前、マルコはその脇の認証装置を操作していた。指紋を読み込ませ、カードを通すと、ガコンと鍵の外れる重い音がした。
「行こうか、僕たちの輝かしい未来へ!」
ドアを蹴飛ばして中へ入る。蹴飛ばす必要があるのかといえば、ただ景気づけであろう。かなり興奮しているようだ。
この先に何があるのだろうか。車イスの取手を持つディアスの手に力がこもる。
ふと、気がつくとディアスの頬を撫でる柔らかな感触。カーディルの左手が彼を落ち着かせようと頬に触れているのだ。
見上げるカーディルと目があった。
「大丈夫。ふたり一緒なら、なんだってやってみせるわ」
カーディルはとうに腹を括っている。ならばいつまでも不安げな顔をしているのは彼女の覚悟に水を差す行為ではないか。ディアスは頷き、前へ踏み出した。
中は大きなガレージのようだ。正面、ライトに照らされた先に黒光りする重厚な戦車。そして対照的に真っ白な白衣のマルコの姿が浮かび上がる。
彼は拳で戦車の装甲を叩く。
「神経接続の技術によって義肢は動く。重火器だってそれ専用に改造すれば撃てるようになるだろう。では、こいつはどうかな?」
そう言って独り、含み笑いをもらすマルコであった。ディアスとカーディルは揃って同じような表情を浮かべている。やっぱり不安だ、と。
「カーディルくんを実験体に指名した理由はご理解いただけたかな?」
静寂のガレージにマルコの声が響きわたる。生体と兵器を掛け合わせ、新たなる生命を産み出さんとする魔人の哄笑。
「なんたって戦車を動かすんだ、腕一本くらいでは足りない。両手両足、フル稼働させるくらいでないとねぇ」
「ちょっと待ってください。カーディルにはまだ左腕が残っていますよ」
慌てて訂正するディアスに、マルコは事も無げに言い放った。
「邪魔だから切るしかないね」
ディアスは耳を疑い、言葉を失った。こいつは今、何を言った? 邪魔?
「肘まで残った右腕も、肩まで切り詰めようか」
両手を失うことと、片手を失うことではまるで状況が異なる。カーディルにとって残された左手は唯一許された自由行動だ。左手があればこそ簡単な食事は取れるし、本も読める。苦労はするが自分でトイレにだって行ける。
残された希望をこの男は邪魔の一語で済ませ切り落としてしまおうと言うのだ。こいつはカーディルの気持ちを少しでも考えたのか。いや、他人の気持ちがまるで理解できないのか。
ディアスの困惑をなんと解釈したのか、マルコは笑いながら、
「心配しなくても大丈夫だって。ちゃんと左腕の義肢も用意するよ」
沸々と怒りが湧き起こり、ディアスは目だけを動かして周囲を見渡した。マルコが掴んでいたマシンガンはどこへいったか。それを戦車の上に見つけた。
製造過程で流れてきたものだ。当然、弾は入っていないだろうし、撃てるかどうかもわからない。だが鈍器としては充分な威力があるはずだ。一度、やったことがある。
そんなディアスの物騒な考えはカーディルによって遮られた。
「わかりました。その話、お受けします」
車イスから落ちないように気を付けながら深く頭を下げる。マルコはピュゥと口笛を吹き、その音がやけに大きく静寂の格納庫に響き渡った。
「待て待て、ちょっと待て! カーディル、君は自分で何を言っているのかわかっているのか!? 左腕を切り落とすって、そういう話だぞ!」
「くたばり損ないにもう一度、戦う機会を……、機械を与えてくれるという話でしょう?」
堂々とした宣言。その毅然とした美しさは玉座の女王を想わせ、ディアスを圧倒し黙らせた。
「そもそもね! 私に黙って実験台になるから助けてくれだなんて勝手に話を進めて! 自分はよくて、私は駄目だってそう言いたいわけ!?」
「いや、そういう訳でもないのだか……」
カーディルが説教しディアスが狼狽えるという珍しい光景が展開された。いや、むしろふたりの本来の性格を考慮すればこれが正しい姿なのかもしれない。
ふたりの間に、まぁまぁと言ってマルコが割って入る。見た目だけなら完全に夫婦喧嘩を止めようとする近所のおじさんだ。
「腕を切れと言った張本人が言うのもなんだけどね、ここはカーディル君が正しいと思うよ。残される者のことを考えない自己犠牲なんて迷惑なだけさ」
「ぬ……仰る通りです……」
ぐったりとうなだれるディアス。熱くなりやすいが話せばわかるというのは彼の良いところだと考えながらマルコは話を進めた。
「こちらで部屋を用意するから、まずはゆっくり体力の回復に努めておくれよ。接続用ユニットを付ける手術はその後だね。こっちの準備もあるし、だいたい一週間後くらいかな」
「はい、よろしくお願いします」
「そんなに畏まることはない。僕らはこれから長い付き合いになる、良きパートナーだ。ふ、ふ……」
不穏な陰を残しつつも賽は投げられた。心からの納得はできす、苦渋の表情を浮かべるディアスに、カーディルが優しく微笑みかける。
「これで私たち、一緒に戦えるわね」
その笑顔に答える言葉を持たず、ただ俯くことしかできなかった。
できれば寝かせておくべきなのだろうがディアスと片時も離れたくないこと、これから何が起こるのか知っておきたいという本人の希望によりこうして一緒に動いている。
先頭を歩き工場内を案内するマルコは上機嫌だ。
「神経接続式の義肢というのは……」
不安と後悔で脳内に靄がかかったようにぼんやりとしている。だが、これからのことを考えれば呆けている場合ではない。ディアスは気合いを入れ直してマルコの説明に耳をかたむけた。
「肉体の切断面に専用のソケットを取り付ける手術を施し、義肢と接続し脳からの電気信号で自在に操る技術なのだか、さてここでひとつの疑問が湧き起こる」
マルコは白衣の裾を翻し、くるりと振り向いた。
「それでは義肢以外のものを接続した場合、動かすことができるかということだ。どう思うね?」
「それは、できる……と、思います。理論上は」
「ほほう、なぜそう思うのかな」
「義肢だって厳密に言えば腕ではありません」
「ははっ、わかっているじゃあないか。そうとも、義肢といってもそれはただのマニュピレータだ、ロボットアームだ。生体には程遠いものを電気信号で無理くり動かしているにすぎない」
演説が続くうちに興奮したのか、マルコは鼻息を荒くしてベルトコンベアに流れるマシンガンを鷲掴みにしてディアスの眼前に突きつけた。
「ではこれは!? 神経接続式に改造して取り付ければ動くか、動くだろうな! チェインソーは? ショットガンは? 動くだろうねえ!」
カーディルが顔をあげ、ディアスと視線を交わした。こいつ大丈夫か。そう言いたいのであろう。ディアスとしてもまったく同感だ。
そんな彼らの心情など知ったことではないとばかりに、マルコはディアスの肩をばしばしと強く叩いて言った。
「さっきは興味がなくなったなどと言って悪かったね。やはり君たちは素晴らしい、僕たちは良きパートナーになれると思うんだ」
「それは俺たちを使い捨てにするつもりはない、と解釈させていただいてよろしいでしょうか」
ディアスが眼に力を込めて真っ直ぐに見据えてくる。自分が実験の対象となるならばそんなことは聞いてこなかったであろう。カーディルが実験に使われるからこそ確かめておかずにはいられなかったのだ。
本当にいい男だ。マルコはにやりと笑った。
「もちろんだとも。僕も腹を割って話そう。これから行う実験はハッキリ言って金がかかる。カーディルくんに死なれたら困るのはこっちも同じさ。生きて成し遂げてもらわなければならない」
大きな両開きの扉の前、マルコはその脇の認証装置を操作していた。指紋を読み込ませ、カードを通すと、ガコンと鍵の外れる重い音がした。
「行こうか、僕たちの輝かしい未来へ!」
ドアを蹴飛ばして中へ入る。蹴飛ばす必要があるのかといえば、ただ景気づけであろう。かなり興奮しているようだ。
この先に何があるのだろうか。車イスの取手を持つディアスの手に力がこもる。
ふと、気がつくとディアスの頬を撫でる柔らかな感触。カーディルの左手が彼を落ち着かせようと頬に触れているのだ。
見上げるカーディルと目があった。
「大丈夫。ふたり一緒なら、なんだってやってみせるわ」
カーディルはとうに腹を括っている。ならばいつまでも不安げな顔をしているのは彼女の覚悟に水を差す行為ではないか。ディアスは頷き、前へ踏み出した。
中は大きなガレージのようだ。正面、ライトに照らされた先に黒光りする重厚な戦車。そして対照的に真っ白な白衣のマルコの姿が浮かび上がる。
彼は拳で戦車の装甲を叩く。
「神経接続の技術によって義肢は動く。重火器だってそれ専用に改造すれば撃てるようになるだろう。では、こいつはどうかな?」
そう言って独り、含み笑いをもらすマルコであった。ディアスとカーディルは揃って同じような表情を浮かべている。やっぱり不安だ、と。
「カーディルくんを実験体に指名した理由はご理解いただけたかな?」
静寂のガレージにマルコの声が響きわたる。生体と兵器を掛け合わせ、新たなる生命を産み出さんとする魔人の哄笑。
「なんたって戦車を動かすんだ、腕一本くらいでは足りない。両手両足、フル稼働させるくらいでないとねぇ」
「ちょっと待ってください。カーディルにはまだ左腕が残っていますよ」
慌てて訂正するディアスに、マルコは事も無げに言い放った。
「邪魔だから切るしかないね」
ディアスは耳を疑い、言葉を失った。こいつは今、何を言った? 邪魔?
「肘まで残った右腕も、肩まで切り詰めようか」
両手を失うことと、片手を失うことではまるで状況が異なる。カーディルにとって残された左手は唯一許された自由行動だ。左手があればこそ簡単な食事は取れるし、本も読める。苦労はするが自分でトイレにだって行ける。
残された希望をこの男は邪魔の一語で済ませ切り落としてしまおうと言うのだ。こいつはカーディルの気持ちを少しでも考えたのか。いや、他人の気持ちがまるで理解できないのか。
ディアスの困惑をなんと解釈したのか、マルコは笑いながら、
「心配しなくても大丈夫だって。ちゃんと左腕の義肢も用意するよ」
沸々と怒りが湧き起こり、ディアスは目だけを動かして周囲を見渡した。マルコが掴んでいたマシンガンはどこへいったか。それを戦車の上に見つけた。
製造過程で流れてきたものだ。当然、弾は入っていないだろうし、撃てるかどうかもわからない。だが鈍器としては充分な威力があるはずだ。一度、やったことがある。
そんなディアスの物騒な考えはカーディルによって遮られた。
「わかりました。その話、お受けします」
車イスから落ちないように気を付けながら深く頭を下げる。マルコはピュゥと口笛を吹き、その音がやけに大きく静寂の格納庫に響き渡った。
「待て待て、ちょっと待て! カーディル、君は自分で何を言っているのかわかっているのか!? 左腕を切り落とすって、そういう話だぞ!」
「くたばり損ないにもう一度、戦う機会を……、機械を与えてくれるという話でしょう?」
堂々とした宣言。その毅然とした美しさは玉座の女王を想わせ、ディアスを圧倒し黙らせた。
「そもそもね! 私に黙って実験台になるから助けてくれだなんて勝手に話を進めて! 自分はよくて、私は駄目だってそう言いたいわけ!?」
「いや、そういう訳でもないのだか……」
カーディルが説教しディアスが狼狽えるという珍しい光景が展開された。いや、むしろふたりの本来の性格を考慮すればこれが正しい姿なのかもしれない。
ふたりの間に、まぁまぁと言ってマルコが割って入る。見た目だけなら完全に夫婦喧嘩を止めようとする近所のおじさんだ。
「腕を切れと言った張本人が言うのもなんだけどね、ここはカーディル君が正しいと思うよ。残される者のことを考えない自己犠牲なんて迷惑なだけさ」
「ぬ……仰る通りです……」
ぐったりとうなだれるディアス。熱くなりやすいが話せばわかるというのは彼の良いところだと考えながらマルコは話を進めた。
「こちらで部屋を用意するから、まずはゆっくり体力の回復に努めておくれよ。接続用ユニットを付ける手術はその後だね。こっちの準備もあるし、だいたい一週間後くらいかな」
「はい、よろしくお願いします」
「そんなに畏まることはない。僕らはこれから長い付き合いになる、良きパートナーだ。ふ、ふ……」
不穏な陰を残しつつも賽は投げられた。心からの納得はできす、苦渋の表情を浮かべるディアスに、カーディルが優しく微笑みかける。
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