鉄錆の女王機兵

荻原数馬

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砂狼の回顧録

砂狼の回顧録-11

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 別れた後もマルコという男のことが気になっていた。
 そこでカーディルに他の医師や看護師に話を聞いて、マルコとはどういう人物なのかできる範囲で調べてくれないかと依頼したところ、カーディルは乗り気になって快く引き受けてくれた。
 身動きが取れず病院のロビーに行くこともできないので無理はするなと伝えたが、彼女は己の使命を見つけたかのごとく張り切っていた。
 今さら、ちょっと気になっただけなんだけど、とは言えないディアスであった。
 神経接続式の義肢についても話してみたが、こちらの反応は薄かった。
 彼女もまた独りで悩みに悩んだのだろう。病院の関係者が日に一度か二度訪れる数少ない他者との交流の際にあれこれと聞き出し、そして金銭という壁に阻まれたようだ。
「ねぇディアス、お願いだから無理はしないで。躍起になって無理をして、死んでしまったら元も子もないのよ」
 と、逆に心配される始末である。
「生きてこそ、あなたが生きていてこそよ……」
 カーディルの深い愛情と哀しみを湛えた瞳がディアスをじっと見つめている。
 彼女の想いは涙が出るほどありがたい。その一方で、
(このままでいいはずがない……)
 と、いう考えが脳内を大きく占拠していた。
 希望が見えたがそれはあまりにも遠く、手が届かない。
 無理をするなと念押しするカーディルを安心させるため、彼女のただ一本残った左手を両の手で包み、約束すると優しく声をかけた。
 だがそのときディアスの手の固さが伝わり、
(この人は義肢について諦めていない、手にいれる可能性を頭の隅に置いたままだ。そしてきっとまた私のために危険なことをするんだ……)
 こうした何気ないところから男の嘘は露見する。

 後日、カーディルはマルコという自称博士の情報をしっかり集めてみせたと誇らしげに語った。看護師には噂好きが多いのか、あるいは普段から塞ぎこんでいる患者が珍しく話しかけてきたので付き合ってくれたのか。いずれにせよありがたいことである。ディアスは顔も知らぬ看護師に心の中で感謝した。
 本人も語っていた通り、マルコはここに勤める医師ではない。街にある工場のオーナーだという話だ。
「工場? なんでそんな人が白衣を着て病院の手伝いをやっているんだ。そもそも何の工場なんだい?」
「うぅん、何て言えばいいのかな。一言で表現すれば……ハンターのよろず屋?」
「よろず屋、って……ずいぶんと古くさい表現をするものだな」
「そうとしか言いようがないのよ。ちゃんと説明してあげるから、先生のいうことを聞きなさいディアスくん」
 明るく笑うカーディルを見ているとディアスも胸のうちが暖かくなるような嬉しさを感じた。飛びかかって抱きしめたい衝動を抑えつつ、頷いてカーディルの話を促した。
「銃や弾薬の生産、戦車の製造と整備、ハンターの活動に関するあれやこれやと手広くやっているんだってさ」
 ディアスは街にある兵器工場をいくつか思い浮かべた。あれだろうか、こっちだろうかと考えるがまとまらない。彼のような小粒のハンターは直接工場と交渉などせず、弾薬は小売店で購入しているのであまり馴染みがないのだ。
 しかしそれではただの武器商人であって何でも屋というほどではないのではないか。そんなディアスの疑問の顔を読み取ってか、カーディルが続けた。
「手を食われたり、足を吹っ飛ばされたり、そういうハンターのために義肢の調整なんかもやっているんだってさ」
 なるほど、義肢に詳しくハンターの事情に通じているわけである。
「サイバネ医学の心得があるから手伝いに来ているというわけか。あるいは客でも探しているのかな」
 俺は貧乏人だから門前払いされたけどな、とも考えたが自虐が過ぎるので口にはしなかった。
 カーディルは急に声を潜めて、しかしどこか楽しんでいるような口調でいった。
「ここからは噂話の類いなんだけど……工場では怪しい人体実験をやっていて、その被験者を探しているとか、いないとか……」
 そんなバカな、と言おうとしたが口許が引きつって言葉にはならなかった。
 握手をしたときや目の奥を覗きこんだときに走った悪寒が蘇る。ありえない、しかしただの噂と切り捨てる気にはなれなかった。
「ここは笑うところよ? なんでオバケを怖がる子供みたいな顔をしているのよ」
「うむ……本当になんでだろうな」
「ひとりでおトイレ行ける? お姉さんが付いていってあげようか?」
「行けなかったら改めてお願いしに行くよ」
 ふたり、顔を見合わせて笑った。こんな冗談が言い合える日が来るとは思わなかった。
 カーディルはふと優しげに微笑み『私、あなたの役に立てた?』と、聞いた。そこでディアスはようやく気がついた。彼女がさきほどから上機嫌であるのは、
(俺の為に働くことができたからではなかろうか……?)
 それは自惚れが過ぎる発想かもしれない。だが彼女の笑顔を見ているとそう信じたくもなる。
「それはもう、俺の期待以上にやってくれたよ。本当にありがとう! いや、素晴らしい、実に、実に……」
 ひとを褒めることも女の機嫌を取ることも不馴れなディアスであったが、この時ばかりはカーディルの健気な想いに応えるために貧相な語彙力を総動員して賞賛した。

 後に、この怪しげな噂を聞いておいたことがふたりの命運を分けることになろうとは、今は想像すらしていなかった。
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