鉄錆の女王機兵

荻原数馬

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砂狼の回顧録

砂狼の回顧録-06

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 渇き、ひび割れた大地を踏みしめディアスは一歩、また一歩と前へ進む。
 背負われたカーディルが残った左腕でディアスにぎゅっとしがみつく。
 ロープでくくりつけてあるが落ちそうで心配なのか。あるいはミュータントが追ってくるという不安に怯えているのか。
「ねぇ……」
 カーディルが嗄れた声で、耳元で囁く。
「どうしてこんなことしたの……?」
 抽象的な質問だが、その意味するところは間違えようがない。無茶をして犬蜘蛛の巣に潜入し、無理をして彼女を背負って歩いていることを指しているのだろう。
 どう答えたものかと考えたが、とっさに上手い言葉が出てこない。犬蜘蛛の襲撃を受けてから現在に至るまで、周囲の状況に振り回されてばかりいたような気がする。
 カーディルの救出を名目にあわよくば格好つけて死のうと思っていたら、予想以上にひどいことになっていて、とても放っておけなくなった。
 簡潔に言えばそういうことであるが、やはり上手く説明できる自信はない。
「色々あって引っ込みがつかなくなったのさ」
「なによそれ、意味がわからないわ」
「奇遇だな、俺もだ。もう何が何だかわかりゃしない」
 納得はしていないだろうが、それ以上の追求はされなかった。
 太陽がふたりの頭上に容赦なく降り注ぐ。ふと腕時計を見ると、すでに午後5時を回っているのだが、日差しが弱まる気配はない。
 できれば涼しくなるまで岩陰で休んでいきたいところだが、夜になればミュータントの動きが活発になるので時間を浪費することは自殺行為、宵闇の荒野は魔の領域だ。
 また、他にも時間をかけたくない理由がある。
 カーディルは今まで1度も痛みを訴えてこなかった。手足が切り落とされているのだ、我慢しようとしてできるものではない。
 ディアスはこれを、犬蜘蛛の麻痺毒が痛覚も抑えているのではないかと仮説した。
 時間が経つにつれ毒が薄れ突如として激痛が襲ってくれば、カーディルの衰弱した体が耐えられるはずもない。
 さらに手足の切断面を塞ぐ蜘蛛糸が剥がれかけているのか、血の滴が彼らの道筋に点線を引いていた。
 ありとあらゆる条件がディアスに早く、速く進めと追いたてる。
 もう汗も出ない。吐き気がする、視界が歪む。
 本当にどうということはない、地面の小さなひび割れに躓いて前のめりに倒れた。砂ぼこりをたててその場に沈む。
 立ち上がることができない。体力はすでに絞り尽くし、背負ったものは重すぎる。
 数十秒か、数分か、時間の感覚もわからぬまま微睡んでいると、頬を撫でられていることに気が付いた。カーディルの残った左手だ。
「もう、いいよ……」
 背後から甘く囁く。何がもういいのか、聞こうとしたが言葉にならない。
「ここで一緒に死のう。来てくれただけでも、一緒にいてくれるだけでも嬉しいから……」
 そういって、ディアスの首筋に乾いた唇を這わせた。
 甘美な死の誘惑。それこそディアスが求めてきたものではなかったか。
 だが、彼は立ち上がった。肘をついて身を起こし、焼けた大地を手のひらで押し上げ、よろめきながらも立ち上がった。
 蜘蛛の巣で食われるにせよ、荒野で干からびるにせよ、それは彼女に相応しい死に様ではない。こんなところで死なせてたまるか、と。
「いい女は、男をやる気にさせるのが上手いものだな……」
 幽鬼のごときディアスの顔に微かな笑みが浮かんだ。
 体力はとうに限界を迎えた。彼を歩ませるものはただ、意地と見栄のみである。
(男が無茶をするのは、いつだって女の前で格好つけるためさ。そうさ、何も間違っちゃいない……)
 我ながらあまりの馬鹿さ加減に声をあげて笑ってしまった。その拍子に乾きひび割れた喉から血が吹き出し、慌てて飲み下した。血の一滴、汗ひとすじも貴重な水分だ。
 カーディルにはディアスが何故笑っているのか、これがわからない。気が触れたのかと思えばそうでもないらしい。
 すぐに考えることを止めた。正気だろうが狂っていようが、何ができるというわけでもない。
 今はただ彼の大きな背中に身を任せよう。そう思い目を閉じて、すぐに気を失った。このまま二度と目を覚まさぬことを願いながら。
 数時間後、彼らは街に辿り着き奇異の視線に晒されながら病院に転がり込んだ。
 その間の記憶はひどく曖昧である。
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