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鋼鉄の玉座
鋼鉄の玉座-02
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太陽と砂ぼこりの街、プラエド。どこまで行っても機械油の匂いが付きまとう、ハンターたちの街である。プラエドとは、古い言葉で略奪者を意味する。何故、街にそんな名前が付けられているのかは誰も知らないが、どうせ碌でもないことだろうとは誰もが知っている。
ディアスは馴染みの整備工場である『丸子製作所』に戦車を止めると、まずはカーディルと戦車をつなぐチューブを取り外しにかかった。
青白く明滅するディスプレイを見ながらキーボードを操作すると、カーディルとチューブをつなぐ留め具が、ぷしゅうと油臭い空気を吐きながら解除された。
ゴーグルを両手でしっかりと掴み持ち上げると、腰まで伸びたツヤのある黒髪が風を撫でるようにふわりと落ちた。久しぶりの素顔の対面にふたりは疲れた顔に笑顔を浮かべ、にこりと笑いあった。
次にツールボックスから義足を取り出した。ただ歩くことだけを目的とした、飾り気のない鉄の組み合わせでコードがむき出しの義足である。ツールボックスの中には義手もあるが、腕から付けるとバランスを崩して台座から転げ落ちかねないので、まずは足である。
カーディルが義足を付けやすいように先のない腿を持ち上げる。ディアスは厳粛な儀式に臨む神官のように、右義足をうやうやしく掲げ、接続した。
「んんっ……ッ」
神経接続の際に電流のような衝撃が走り、カーディルの口からは艶かしい呻きが漏れる。
「すまない、痛かったか?」
「大丈夫、いつものことよ。いつものことだけど、こればかりは慣れないわね……」
「義肢の神経接続に慣れている奴なんかほとんどいないと思うぞ」
「ごもっとも」
脂汗を額に滲ませながら軽口を叩く。覚悟はできた、との合図にうなずいてみせる。続いて左足、右腕、左腕と接続し、終わった頃には冷房を全開にしているにもかかわらず、全身が汗まみれであった。
長い睫毛を伏せ、息を深く吐く。左右にちらと目を走らせ確かめた鉄の腕。その目は、決して好意的なものではない。己が運命に対する憎悪と、諦め。命があるだけ儲けもの、などという言葉では慰めきれぬ未練。
5年前まではその顔、その髪に劣らぬすらりと伸びた美しい手足があった。今の自分はどうか。例えるならば子供が人形とプラモデルをバラバラにして、適当に繋げて遊んで、飽きて棄てたもの。そんな表現がぴったりではないか。
「辛いか?」
いつまでも動こうとしないカーディルに声がかけられる。見上げるとそこに優しげな目で見つめるディアスの姿があった。
神経接続した義足は意のままに動く。カーディルはきしむ義足で立ちあがりディアスの胸に身を預けた。
「つらいよ……」
微かに震える声で呟く。ディアスの大きな手が、カーディルの機械油の匂いが染み込んだ義手が、互いの背にまわされた。
義手の先端に伸びるものは5本の指ならぬ、3本の爪。ふたりだけの静寂のなか、3本爪がカチカチと悲しげな音を打ち鳴らしていた。
煙草、アルコール、男たちの汗と垢。淀んだ空気のなかをディアスは真っ直ぐに突き進む。両肩にそれぞれライフルとクーラーボックスを下げているのだが、重さを感じさせない堂々とした歩みだ。
酒場を備えたハンターオフィスである。薄暗い、きしむ床を突き進むディアスに誰も注意を払うことはなく。ディアスも他の連中に興味を示さなかった。
カウンターの中で汚れてもいないグラスをつまらなさそうな顔で磨いている男がこの店のマスターだ。ディアスは担いでいたクーラーボックスを無造作にカウンターへ置いた。
「巨大猿の眼だ。換金してくれ」
マスターはディアスを一瞥し、面倒くさそうにカウンターの下から秤を取り出した。
専用のトング、恐らく料理などには使っていないであろうと期待したいトングで真紅の眼球を秤に乗せると、マスターは軽く舌打ちした。
重い。またこの根暗野郎に結構な額の賞金を払わねばならないのかと不快になったのだ。別に自分の懐が痛むわけではないが、なんとなくいい気はしない。
奥の手金庫から『クレジット』と呼ばれるデータチップを取り出してカウンターに叩きつける。それをディアスは目の前でゆっくりと数え始めた。
(嫌みのつもりか……ッ?)
マスターは面と向かって『お前を信用していない』と言われているようなものと感じたが、ディアスにそのような意図は一切無い。ただやるべきことをやっているという感覚である。
この街で、特にハンター業界で無条件に他人を信用するなど無謀もいいところである。場合によっては異常者扱いされたりもする。信用、信頼という言葉のなんと軽いことか。
金額を確認し終えたディアスが、
「どうも」
とだけ言って背を向けると、マスターは心外だといったふうに引き留めた。
「待て待て、ちょっと待て。お前さ、これだけ稼いだのだからもっとこう、チップとかご祝儀とか、そういうの無いのか? 礼儀としてさぁ」
「俺もあんたもやるべき仕事を果たした、それだけさ。特別に払う金などない」
そう言って時間の無駄だとばかりに出て行ってしまった。
「馬鹿野郎! さっさと死んじまえッ!」
外にまで響くような罵声を浴びせられ、ドアの前でディアスは軽く首を捻った。
おかしな奴だ。わざわざ言わなくてもハンターが長生きできるはずがないだろう、と。
ディアスは馴染みの整備工場である『丸子製作所』に戦車を止めると、まずはカーディルと戦車をつなぐチューブを取り外しにかかった。
青白く明滅するディスプレイを見ながらキーボードを操作すると、カーディルとチューブをつなぐ留め具が、ぷしゅうと油臭い空気を吐きながら解除された。
ゴーグルを両手でしっかりと掴み持ち上げると、腰まで伸びたツヤのある黒髪が風を撫でるようにふわりと落ちた。久しぶりの素顔の対面にふたりは疲れた顔に笑顔を浮かべ、にこりと笑いあった。
次にツールボックスから義足を取り出した。ただ歩くことだけを目的とした、飾り気のない鉄の組み合わせでコードがむき出しの義足である。ツールボックスの中には義手もあるが、腕から付けるとバランスを崩して台座から転げ落ちかねないので、まずは足である。
カーディルが義足を付けやすいように先のない腿を持ち上げる。ディアスは厳粛な儀式に臨む神官のように、右義足をうやうやしく掲げ、接続した。
「んんっ……ッ」
神経接続の際に電流のような衝撃が走り、カーディルの口からは艶かしい呻きが漏れる。
「すまない、痛かったか?」
「大丈夫、いつものことよ。いつものことだけど、こればかりは慣れないわね……」
「義肢の神経接続に慣れている奴なんかほとんどいないと思うぞ」
「ごもっとも」
脂汗を額に滲ませながら軽口を叩く。覚悟はできた、との合図にうなずいてみせる。続いて左足、右腕、左腕と接続し、終わった頃には冷房を全開にしているにもかかわらず、全身が汗まみれであった。
長い睫毛を伏せ、息を深く吐く。左右にちらと目を走らせ確かめた鉄の腕。その目は、決して好意的なものではない。己が運命に対する憎悪と、諦め。命があるだけ儲けもの、などという言葉では慰めきれぬ未練。
5年前まではその顔、その髪に劣らぬすらりと伸びた美しい手足があった。今の自分はどうか。例えるならば子供が人形とプラモデルをバラバラにして、適当に繋げて遊んで、飽きて棄てたもの。そんな表現がぴったりではないか。
「辛いか?」
いつまでも動こうとしないカーディルに声がかけられる。見上げるとそこに優しげな目で見つめるディアスの姿があった。
神経接続した義足は意のままに動く。カーディルはきしむ義足で立ちあがりディアスの胸に身を預けた。
「つらいよ……」
微かに震える声で呟く。ディアスの大きな手が、カーディルの機械油の匂いが染み込んだ義手が、互いの背にまわされた。
義手の先端に伸びるものは5本の指ならぬ、3本の爪。ふたりだけの静寂のなか、3本爪がカチカチと悲しげな音を打ち鳴らしていた。
煙草、アルコール、男たちの汗と垢。淀んだ空気のなかをディアスは真っ直ぐに突き進む。両肩にそれぞれライフルとクーラーボックスを下げているのだが、重さを感じさせない堂々とした歩みだ。
酒場を備えたハンターオフィスである。薄暗い、きしむ床を突き進むディアスに誰も注意を払うことはなく。ディアスも他の連中に興味を示さなかった。
カウンターの中で汚れてもいないグラスをつまらなさそうな顔で磨いている男がこの店のマスターだ。ディアスは担いでいたクーラーボックスを無造作にカウンターへ置いた。
「巨大猿の眼だ。換金してくれ」
マスターはディアスを一瞥し、面倒くさそうにカウンターの下から秤を取り出した。
専用のトング、恐らく料理などには使っていないであろうと期待したいトングで真紅の眼球を秤に乗せると、マスターは軽く舌打ちした。
重い。またこの根暗野郎に結構な額の賞金を払わねばならないのかと不快になったのだ。別に自分の懐が痛むわけではないが、なんとなくいい気はしない。
奥の手金庫から『クレジット』と呼ばれるデータチップを取り出してカウンターに叩きつける。それをディアスは目の前でゆっくりと数え始めた。
(嫌みのつもりか……ッ?)
マスターは面と向かって『お前を信用していない』と言われているようなものと感じたが、ディアスにそのような意図は一切無い。ただやるべきことをやっているという感覚である。
この街で、特にハンター業界で無条件に他人を信用するなど無謀もいいところである。場合によっては異常者扱いされたりもする。信用、信頼という言葉のなんと軽いことか。
金額を確認し終えたディアスが、
「どうも」
とだけ言って背を向けると、マスターは心外だといったふうに引き留めた。
「待て待て、ちょっと待て。お前さ、これだけ稼いだのだからもっとこう、チップとかご祝儀とか、そういうの無いのか? 礼儀としてさぁ」
「俺もあんたもやるべき仕事を果たした、それだけさ。特別に払う金などない」
そう言って時間の無駄だとばかりに出て行ってしまった。
「馬鹿野郎! さっさと死んじまえッ!」
外にまで響くような罵声を浴びせられ、ドアの前でディアスは軽く首を捻った。
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