上 下
5 / 5

5話

しおりを挟む

「ぐぬぅ」

 顔をしかめ、お菓子屋【ギルティー】を物色する防衛長官ナリアン・オワリンヌ伯爵は、驚愕していた。



 外は赤く綺麗な夕日が窓から差し込み、そろそろ調査時間が迫っている。





「伯爵の私が、たかがパティシエごときに負ける訳がない!」と調査を始めたが【ギルティー】のクッキーを一口食べただけで自分の愚かさを痛感してしまった。それも調査開始2分後の出来事だった。



 商品棚に並んだクッキーを一つ食べてしまったら、もうキャンディ・スイーツの虜になってしまったのだ。



「私はどうすれば良いのだ。爵位剥奪か、王国追放か、いや処刑もありえる。考えれば考えるだけで自分の愚かさに泣きたくなる。」



 オワリンヌが外を眺めると、王国上空を巨大なドラゴンが飛んでいる。



「ははっ。疲れてるのかな。この謝罪文を国王様に読んで、私の人生を終わらせよう。」

 オワリンヌ伯爵は、【ギルティー】の調査を終わらせ王城へ足取り重く帰っていった。







「それでは罪人キャンディ・スイーツの審議会を開始する。」

 国王様が声を上げる。この審議会は、王国中に映像魔法で中継されている。



 俺は牢屋から、マシュマロン女王国の騎士3人と共に、王様がいる広間に連れられてきた。今回は手枷もなく身軽になっている。



「こちらの方は、マシュマロン女王国のカール・フルーティア女王である。我がギャルメル王国と対等な交易を約束したのだ。」

 国王様が笑顔で話している。



「この度は、キャンディ・スイーツ様のおかげでマシュマロン女王国の発展が約束されました。ありがとうございます。」

 カール女王が頭を下げる。



「俺のおかげ?いやいや頭を上げてください。」

 女王様にお礼を言われる事は何もしていない。



「良かったな、キャンディ君。さて問題は、防衛長官ナリアン・オワリンヌによる調査結果だな。確かキャンディ君がギャルメル王国を侵略容疑だったかな?」

 国王様から笑顔が消え、冷たい目線を防衛長官へ向ける。



 防衛長官ナリアン・オワリンヌ伯爵は、ガタガタと足を震わせながら発言する。

「本日お菓子屋【キャンディー】を1日調査した結果、一切国家侵略の証拠はありませんでした。キャンディ・スイーツ殿が作るクッキーは、私が今まで食べてきたどのクッキーよりも、次元の違う美味しさで、今までの私の行いがどれほど愚かな行為だったのかをしみじみと実感いたしました。この罪は、私一人で許して頂きたい。爵位剥奪でも王国追放でも、処刑でも喜んで受けます。なので、私の家族だけは助けて頂きたい。」

 ナリアン・オワリンヌ伯爵は、涙を流しついには土下座して懇願している。



 今朝の偉そうな人物とは思えないな。あれだけ俺が悪いと力説してたのに、たかがクッキーを食べただけでここまで変わるのか。一個50エルのクッキーなんだけどね。





「なるほど、なるほど。防衛長官ともあろう者がこの国の戦力を全くわかって無いとは話しにならないな。」

「そうですわ。キャンディ・スイーツ様がもたらす経済効果は、王国一ですからね。」

「王国の未来はキャンディ・スイーツ様しだいなのじゃ!!」



 今朝は、居なかった大臣達がここぞとばかりに攻撃している。みんな店の常連客だ。



「静まれ。防衛大臣も悪気は無かったのだろう。キャンディ君を知らない無知は理解出来ないが、一回目は許そうじゃないか。二度目はないがの。」



「それでは私に罰は。」



「罰?あるわけないだろ。ただ約束は守って貰うぞ、お菓子屋【ギルティー】のスペシャルメニューを国民全員にご馳走するんだ。それが罰だな。」



「ありがとうございます!ありがとうございます!」

 ナリアン・オワリンヌは、涙を流しお礼を言う。



 良い話なのかな?

 涙を流している防衛長官を見ていると、俺が悪い事をした気分になってしまうな。



「さて、キャンディ君。ナリアン・オワリンヌへの罰として【ギルティー】のスペシャルメニューを用意してもらう事になるだろう。ナリアンには、【ギルティー】にて店員として雇ってくれないか。正直この王国で防衛長官は、要らないと思うのでな。」



「はぁ、そうですか。」

 防衛長官が要らない国って大丈夫なのか?



「【ギルティー】に魔王やエルフ王や獣王が来ているのは、知っているのだぞ。だから、安心じゃ。」



 確かに来ている。

 3人は、お菓子の家でお茶しているのを何度も見ている。

 戦力で言えば、城の騎士よりも強いだろう。



「そうですか。スペシャルメニューを作るのは問題ありませんが

 、材料の仕入れだけが問題ですね。」



「それは、大丈夫だ。用意は商人の方に注文済みじゃ。だから出来る個数だけ用意してくれ。【ギルティー】での引換券を国から発行してスペシャルメニューと交換出来るようにするからの。」



 王様がこれからの流れについて説明も終わり、審議会は終了した。



 俺は、ナリアン・オワリンヌ防衛長官から再度謝罪され、お菓子の家へ帰宅した。



 



「だから一番人気は、『ホワイトミルフィーユ~世界樹の果実をそえて~』に決まっておる!」

 エルフの王様がミルフィーユをフォークで食べながら言う。



「いやいや、『魔王復活!~神殺しのブラックエクレア~』に決まっとる!」

 立派な2本の角がある魔王様が手をチョコレートまみれにしながら、力説している。



「ふっ。小さな争いだな。一番は、この『獣神の神秘~メロンシャーベットスペシャル』だからな。」

 ライオンの獣人の獣王がメロンの中身をシャーベットにしたスペシャルメニューを小さなスプーンで少しづつ食べている。



 翌日からスペシャルメニューの提供を開始したら、スペシャルメニューがある常連客がこぞって来店したのだ。

 スペシャルメニューは、全部で30種類あり、常連客と一緒に作った素晴らしいスイーツばかりだ。



 国民は、この30種類から一つ好きなスペシャルメニューを選んで注文するのだ。



「それにしてもよく集まるもんだな。」

 店には行列が出来ているが、一切トラブルが起きていない。



 トラブルを起こした者は、【ギルティー】への入店禁止と言うとても重い罰が与えられるのだ。

 そのため、騎士団が行列を整理しているが、お客様と騎士達が会話するほど暇みたいだ。



「キャンディ様~、アリスもスペシャルメニュー食べて良いですか?」

 アリスがスペシャルメニュー『夢の国からアリスへの贈り物』(苺のショートケーキ)を両手で持っている。



「ああ、いいよ。誰も文句は言わないからゆっくり食べな。食べ過ぎて太らないようにな。」



「キャンディ様~、乙女に太るなんて言っちゃダメですよ~。」

 アリスは顔を赤くして言うが、並んでいる女性達の表情が険しくなっているのを、キャンディは知らない。



「ジルさん、スペシャルメニューは、いつまで作れば良いのかな?」



「そうですね。あと5年もあれば終了すると思いますよ。」



「そうか、5年か。」

 5年間毎日、国民がスペシャルメニューを食べた笑顔を見れるなんて最高じゃないか。



「5年後にまた世界を見る旅に出ようかな。」



「それは、良い考えだ!エルフの国に移住なんてどうだ?」

「いやいや伝説の雷獣を獣の国に観光に来れば良いぞ。」

「魔界地獄巡りの旅なんてどうだ?」





「そうだね。またいろんな国にお世話になろうかな。」

 そんな事を思い、スペシャルメニューを作り始めるのだった。







 おわり。









 この物語は、魔界のスイーツ王キャンディ・スイーツが人間だった頃の物語である。

 魔界伝第2部・不死のパティシエバンパイアエンペラーより抜粋。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

補佐役として転生したら、ダメダメ美少女勇者さまのお世話をするはめに!?

有永 ナギサ
ファンタジー
 自殺する少女を助けようとしたら、一緒に死んでしまったFPSゲーム大好き27歳サラリーマンのシンヤ。そこへなんと女神様が現れ、勇者の力をさずけて転生させてくれるらしい。まかせろと思いきや、一緒に死んだ少女の方の話? シンヤに関してはお引き取りをだって!? なんとか泣きつき、少女の補佐をする条件で転生させてもらえることに! そして高貴なオーラをまとう美人な騎士さまや、巫女の女の子と仲良くなったりして順風満帆な転生ライフを。え? そのころ勇者の少女はというと、邪神の眷属の封印を解こうとした疑いでオリの中? はたしてシンヤはメンタルよわよわドジっ子少女を補佐し、勇者として導いていけるのか。今日も予知のスキルと愛銃を使い、少女たちを補佐しながら裏方の仕事をこなしていく。そして光と闇、両陣営の転生者たちの運命が交差していき……。

ドラゴネット興隆記

椎井瑛弥
ファンタジー
ある世界、ある時代、ある国で、一人の若者が領地を取り上げられ、誰も人が住まない僻地に新しい領地を与えられた。その領地をいかに発展させるか。周囲を巻き込みつつ、周囲に巻き込まれつつ、それなりに領地を大きくしていく。 ざまぁっぽく見えて、意外とほのぼのです。『新米エルフとぶらり旅』と世界観は共通していますが、違う時代、違う場所でのお話です。

騎士様は甘い物に目がない

ゆみ
恋愛
 ヴィルヘルム王国の公爵家に生まれたレジナルドは王太子であるジークフリートを一番近くで護ると心に誓い騎士としての道を歩んでいた。でもまぁ…一番大事なのは甘いお菓子を楽しむ時間だけど。  ジークフリート殿下とその婚約者セシリア侯爵令嬢、幼馴染のリーナ王女と共に過ごす甘いもの大好きな騎士の日常を描いた短編集です。 ───── 【王太子殿下は甘い物を召し上がりません!】のレジナルド視点です。 後で読むことをオススメしますが短編集なのでこれだけでも楽しんでいただけると思います。

異世界ぼっち

オレオレ!
ファンタジー
初の小説、初の投稿です宜しくお願いします。 ある日クラスに魔法陣が突然現れ生徒全員異世界へそこで得たスキル魔法効果無効(パッシブ)このスキルを覚えたことで僕のぼっちな冒険譚が始まった

エルフに優しい この異世界で

風巻ユウ
恋愛
私、日本で漫画家やってました。名前は笹島 絵理。 簾ハゲオッサンの過失うっかり事故死で、エルフ少女に転生しちゃったよ。 転生先の魔法世界ウィーヴェンはいいところ。エルフは島エルフって呼ばれて希少種扱い。新しく出会う人みんなが優しいの。 私はここで恋したり、趣味で洋菓子焼いたり、竜を育てたり、火山島で発掘したり、不死鳥と厨二病発病したり、やっぱ恋して、今度こそ長生きするんだ! 異世界ウィーヴェンシリーズ人外女子編。「魔族界の婚活パーティー」「初恋の花ふる里」より50年以上前から始まるリリエイラ・ブロドウェンが幼女エルフに転生して成人するまでの物語です。 ※注※R15にしたのは、幼女ロリコン疑惑なヒーロー、脇のBL表現、残酷な描写などを匂わせている為。

薬師シンドリは引退したい

睦月はむ
ファンタジー
脇役おじいちゃんのサイドストーリー。 「昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど」の脇役薬師シンドリが、本編でヒロインと出会うまでの裏設定を短編にしました。全8話の短編です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/247251670/135720610 ※表紙はPixAIにて生成した画像です。

奴隷勇者の転生物語

KeyBow
ファンタジー
 主人公は異世界召喚直後に奴隷にされた後に命じられて魔王を討伐した。 その時に奴隷から逃れる為に転生術を発動するも、不完全で記憶を無くしての転生になった。  本来ありえない2つのギフトを得られており、同郷の者と冒険者をするも、リーダーがその可能性に気が付き、嫉妬により腐らせた挙げ句に暗殺に失敗する。  そして追放された。  絶望の最中一人の女性と出会い、その後多くの仲間を得る。しかし、初めて彼女ができるも、他の少女を救った事から慕われ、思い悩む事になる。  だが、転生前と違い、追放後はハッピーに生きようとするが、そうは問屋が・・・  次から次に襲ってくる女難?と悪意から乗り切れるか?

魔法熟女三姉妹の物語

北条丈太郎
ファンタジー
魔法帝国と呼ばれる異世界では魔法少女と魔法熟女が対立していたようです。

処理中です...