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Another Story ─ ジャスミンは香る
エピローグ 花束
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(あー、ちょっと時間食っちゃったかなあ……)
駅を出たところでスマホの時刻を確認した私は、自宅へと向かう足を心持ち速めた。
待ち合わせの時間まではまだ余裕があるものの、着替えて身なりを整えなければならいし、寄りたいところもある。
玄関のドアを開けると、私は誰もいない廊下の端に、エコバッグ──出先で買ってきた、主に本や雑誌類が詰まっている──を置いた。本来なら今整理しておきたいところだけど、もうこれは帰って来てからだ。
それから洗面所で手を洗い、ヘアアイロンのスイッチを入れる。アイロンが温まるのを待つ間に、寝室へ移動。
クローゼットの前に吊ってあるのは、今日のために出しておいたワンピースだ。ネイビーの無地なので一見おとなしめに見えるけれど、スカート部分は全円以上のサーキュラーなので、実はそれなりのお値段のものだったりする。
このワンピースに合わせるバッグには、ベージュとホワイトのバイカラーのショルダーを選んだ。チェーンや金具部分が艶消しのゴールドで品がある。
私はその中に、財布とスマホ、ハンカチ、鏡と口紅という、最低限の持ち物だけを移した。最低限というか、これ以上はどうがんばっても入らないだけだけれど。
パンプスは、バッグに合わせて真っ白な、艶消しゴールドのバックル付きの七センチヒールにした。
靴箱から出して三和土に置いておく。
そして洗面所に戻ると、ちゃんとヘアアイロンのランプが消えていた。
全体をふんわり巻き、結わえた髪に、ラインストーンのついた華やかなマジェステを飾る。
「……よし」
三面鏡と合わせ鏡で確認してから、私はヘアアイロンの電源を切った。
本来ならもっと悠々と準備できるはずだったのだけれど、人生に想定外はつきものだし仕方がない。
戸締まりをきちんと確認し、予定より十五分遅れて私は家を出た。
目的地の最寄り駅から一つ目の信号の次の角を左に折れ、一方通行の細い道に入る。
二区画ほど歩けば目当ての店が見えてきた。
「──すみません、遅くなって」
広々と、まるでそこには扉などないかのように開け放たれた入り口から、店内に足を踏み入れる。するとすぐに店長さんが出てきてくれた。
「いえいえとんでもないです。ご注文のお花、ご用意できてますよ」
そう言って彼女はいったん作業台のある奥に引っ込む。
まもなくして戻ってきた彼女の手には、赤いバラを主役に作られたスタイリッシュな花束があった。
今日のために注文しておいたものだ。
「わあ、素敵です。ありがとうございます」
料金は注文時に支払い済みなので、縦長の袋に入れてもらった花束をそのまま受け取る。
店長さんに見送られながら店を出ると、バッグの中のスマホが震えた。
〈商談、無事にまとまりました!
なので予定通りで大丈夫。
楽しみにしてるね〉
祐一郎さんからはそんなメッセージが届いていた。
私は返信を打ってから、受け取ったばかりの花束をちらりと見る。
(いつももらってばかりだから、ね……)
今日は祐一郎さんの誕生日なのだ。
そのお祝いに、これからホテル上層階のレストランで食事をすることになっている。
プロポーズの時も、結婚式の日も、そしてもちろん誕生日にも、祐一郎さんは私に花を贈ってくれた。
だからたまには私からも──という思いつきで、私はさっきの店に足を踏み入れたのだった。
花を贈るとき、人はよく花にメッセージを託す。
もちろん、花言葉なんて気にしない人だってたくさんいるけれど、彼はそうじゃない。
じゃあ、お祝いの気持ち以外に祐一郎さんに伝えたいメッセージって何だろう──?
そう考えたときに、真っ先に頭に浮かんだのはあの結婚式の日だった。
祐一郎さんと私の結婚式じゃない。谷元夫妻の結婚式だ。
私たちが出会ったあの日。祐一郎さんが私を見つけてくれたあの日。
花言葉で私を暗い穴から救い出してくれた、あの日。
だからバラの本数は五本にしてもらった。
きっと彼には、説明せずとも伝わるに違いない。
〈あなたに出会えて本当によかった〉──と。
-END-
駅を出たところでスマホの時刻を確認した私は、自宅へと向かう足を心持ち速めた。
待ち合わせの時間まではまだ余裕があるものの、着替えて身なりを整えなければならいし、寄りたいところもある。
玄関のドアを開けると、私は誰もいない廊下の端に、エコバッグ──出先で買ってきた、主に本や雑誌類が詰まっている──を置いた。本来なら今整理しておきたいところだけど、もうこれは帰って来てからだ。
それから洗面所で手を洗い、ヘアアイロンのスイッチを入れる。アイロンが温まるのを待つ間に、寝室へ移動。
クローゼットの前に吊ってあるのは、今日のために出しておいたワンピースだ。ネイビーの無地なので一見おとなしめに見えるけれど、スカート部分は全円以上のサーキュラーなので、実はそれなりのお値段のものだったりする。
このワンピースに合わせるバッグには、ベージュとホワイトのバイカラーのショルダーを選んだ。チェーンや金具部分が艶消しのゴールドで品がある。
私はその中に、財布とスマホ、ハンカチ、鏡と口紅という、最低限の持ち物だけを移した。最低限というか、これ以上はどうがんばっても入らないだけだけれど。
パンプスは、バッグに合わせて真っ白な、艶消しゴールドのバックル付きの七センチヒールにした。
靴箱から出して三和土に置いておく。
そして洗面所に戻ると、ちゃんとヘアアイロンのランプが消えていた。
全体をふんわり巻き、結わえた髪に、ラインストーンのついた華やかなマジェステを飾る。
「……よし」
三面鏡と合わせ鏡で確認してから、私はヘアアイロンの電源を切った。
本来ならもっと悠々と準備できるはずだったのだけれど、人生に想定外はつきものだし仕方がない。
戸締まりをきちんと確認し、予定より十五分遅れて私は家を出た。
目的地の最寄り駅から一つ目の信号の次の角を左に折れ、一方通行の細い道に入る。
二区画ほど歩けば目当ての店が見えてきた。
「──すみません、遅くなって」
広々と、まるでそこには扉などないかのように開け放たれた入り口から、店内に足を踏み入れる。するとすぐに店長さんが出てきてくれた。
「いえいえとんでもないです。ご注文のお花、ご用意できてますよ」
そう言って彼女はいったん作業台のある奥に引っ込む。
まもなくして戻ってきた彼女の手には、赤いバラを主役に作られたスタイリッシュな花束があった。
今日のために注文しておいたものだ。
「わあ、素敵です。ありがとうございます」
料金は注文時に支払い済みなので、縦長の袋に入れてもらった花束をそのまま受け取る。
店長さんに見送られながら店を出ると、バッグの中のスマホが震えた。
〈商談、無事にまとまりました!
なので予定通りで大丈夫。
楽しみにしてるね〉
祐一郎さんからはそんなメッセージが届いていた。
私は返信を打ってから、受け取ったばかりの花束をちらりと見る。
(いつももらってばかりだから、ね……)
今日は祐一郎さんの誕生日なのだ。
そのお祝いに、これからホテル上層階のレストランで食事をすることになっている。
プロポーズの時も、結婚式の日も、そしてもちろん誕生日にも、祐一郎さんは私に花を贈ってくれた。
だからたまには私からも──という思いつきで、私はさっきの店に足を踏み入れたのだった。
花を贈るとき、人はよく花にメッセージを託す。
もちろん、花言葉なんて気にしない人だってたくさんいるけれど、彼はそうじゃない。
じゃあ、お祝いの気持ち以外に祐一郎さんに伝えたいメッセージって何だろう──?
そう考えたときに、真っ先に頭に浮かんだのはあの結婚式の日だった。
祐一郎さんと私の結婚式じゃない。谷元夫妻の結婚式だ。
私たちが出会ったあの日。祐一郎さんが私を見つけてくれたあの日。
花言葉で私を暗い穴から救い出してくれた、あの日。
だからバラの本数は五本にしてもらった。
きっと彼には、説明せずとも伝わるに違いない。
〈あなたに出会えて本当によかった〉──と。
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