上 下
32 / 33
Another Story ─ ジャスミンは香る

第17話 ユリとジャスミン

しおりを挟む
過ちが人を成長させるというのは、きっと本当なのだろう。

あの日から数ヶ月──思いがけず出会った茉莉さんは、私の記憶にある彼女とはまるで別人だった。
やつれていたとかやさぐれていたとか、そういう意味じゃない。
なんというか、もっと内面の、根本的なところが違っていた。

だからこそ、私は「少し話したい」という彼女の誘いに乗ったのだ。
そして少なくとも、彼女を残して店を出た今の私は、少し前の自分が下したその判断を後悔してはいない。


彼女は真っ先に、自分のしたことを詫びた。
当然といえば当然だろう。
結婚式はたしかに人生の一大イベントなのだ。
若い頃──ひょっとしたら幼い頃から素敵な結婚式を夢見る女性は多い。彼女自身、そんな女性の一人かもしれない。

女の幸せは結婚だ、なんて一方的に決めつけられる時代は終わりつつあるけど、だからといって、大好きな人と素敵な結婚式を挙げることを幸せだと捉える人が減った、ということにはならないのだ。

だから私は、一応は苦言を呈しておかなければならなかったと思う。
もちろん、私は完全な「被害者」で、誰からも責められることなんてなかったけれど。


彼女がいったいどんな思いであんなことをしでかしたのか、本当の意味ではわからない。
それでも、彼女が私に対して、嫉妬の枠に収まらない──むしろコンプレックスに近い感情を抱いていたということはわかった。

明らかに──誰がどう見たって、「愛される」タイプなのは私ではなく彼女の方なのに。
自分ではわからないのか、あるいは無い物ねだりというやつなのか。
でもそれが原因のひとつであることは、おそらく間違いないだろう。

私なんかよりもずっと谷元を想っていたからこそ、私のことが目に入ってしまったのかもしれない。
特に、別れてすぐ頃は。


でも何よりも驚きだったのは、彼女が語った「間違い」の真相だ。
実際には「間違い」なんかじゃなかったのだ──もちろん、彼女が真実を語っている保証はないけれど、今更私に対してそんな嘘をつく必要や利点があるとは思えない。

自分のお腹に宿っていた命との別れにたった一人で向き合うしかなかった彼女は、どんな気持ちだったのだろう。
妊娠も出産も流産も経験したことのない私には、想像することしかできないけれど。

それでももし今ここに谷元がいたら、私は後先を考えずに胸元を掴んで怒鳴りつけたかもしれない──お前はいったい何をやっていたんだ、と。

あのときだって──彼女が「妊娠した」という嘘をついていたと思っていたあのときだって、それを見抜けなかった谷元にはほとほと呆れていた。
けれど、見抜かなければならなかった嘘が「妊娠は間違いだった」というものの方だったのだとしたら──話は全く違ってくる。

というのも、それはもう身重の彼女をほったらかしにしていたということと同義なのだ。
身に覚えがある、なんてかわいいもんじゃない。

でもそんな谷元のことを、茉莉さんがとんでもなく愛しているということも、私は身に染みて理解した。
つくづく幸せな男だと思う。本人がそれに気づくことはないのかもしれないけれど。

だけど今にして思えば、だからこそ谷元は変わったのかもしれない。
私の言葉なんかじゃなく、月並みだとは思うけれど茉莉さんの愛情が、谷元を変えたのだ。
そして彼はちゃんと選んだ。選んだ責任を果たした。

(だから今度はね、あなたが責任を果たす番、なのよ……)

もう二度と会うこともないだろう彼女に向かって、心の中で呼びかける。
さっき本人にも言ったように、彼女は果たさなければならないのだ──谷元に自分を選ばせた責任を。
選ばれた側、つまり奪った側としての責任を。
奪った側である彼女には、奪われた側である私に嫉妬する資格なんてないのだから。

それを「幸せになれ」なんていう言葉で表現してしまうところが、私の甘いところであり、かつ無駄にかっこつけなところなのだろう。
自分の言動を思い返すと、自嘲的な笑みがこぼれる。

たった数歳差にすぎないのに、最後まで「いい先輩」であろうとしてしまった。
そんなことをしたって何の意味もないことはわかっていたはずなのに。

それでも私は、彼女の中でだけは完璧なままでいようとしたのだ。
客観的には負け犬以外の何者でもない私自身を、彼女にとってだけは、「敵わない存在」のままにしておくために。
端的に言えば、腹いせというやつだ。


(ま、すべては終わったことだけどね……)

私が何を言おうと言うまいと過去は変わらないし、ましてや何もなかったことになどなりはしない。
けれど私は、過去には執着しないタイプなのだ。
過去から学ばないのは愚かなことだと思う。でも省みることと囚われることは違う。

浮気相手を妊娠させたから、と恋人に捨てられ。
そしてその後出会った人との結婚式では、その元恋人の浮気相手にシャンパンをぶちまけられ。
事実は小説よりも奇なりなんて言ったりするけれど、我ながら本当に、絵に描いたような修羅場だったと思う。

でもだからといって、私はその元恋人や浮気相手に対して怒ってなんかいない。もちろん、二人のことを恨んでもいない。
私はそんなことには、エネルギーを割かない。

誰かが幸せになれば、その分別の誰かが不幸になる──なんて、馬鹿げている。
お金──富はある程度そうなのかもしれないけど、幸せは違う。
私はそのことを、ちゃんと知っている。

だから彼女に「幸せになれ」と言ったことは決して、間違っていない。
谷元も茉莉さんも、私のいないところで幸せになればいいのだ。
それと同じように、私だってあの二人のいないところできっと幸せになる。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

史上最強最低男からの求愛〜今更貴方とはやり直せません!!〜

鳴宮鶉子
恋愛
中高一貫校時代に愛し合ってた仲だけど、大学時代に史上最強最低な別れ方をし、わたしを男嫌いにした相手と復縁できますか?

誘惑の延長線上、君を囲う。

桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には "恋"も"愛"も存在しない。 高校の同級生が上司となって 私の前に現れただけの話。 .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ Иatural+ 企画開発部部長 日下部 郁弥(30) × 転職したてのエリアマネージャー 佐藤 琴葉(30) .。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚ 偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の 貴方を見つけて… 高校時代の面影がない私は… 弱っていそうな貴方を誘惑した。 : : ♡o。+..:* : 「本当は大好きだった……」 ───そんな気持ちを隠したままに 欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。 【誘惑の延長線上、君を囲う。】

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

Good day ! 2

葉月 まい
恋愛
『Good day ! 』シリーズVol.2 人一倍真面目で努力家のコーパイ 恵真と イケメンのエリートキャプテン 大和 結ばれた二人のその後は? 伊沢、ごずえ、野中キャプテン… 二人を取り巻く人達の新たな恋の行方は? ꙳⋆ ˖𓂃܀✈* 登場人物 *☆܀𓂃˖ ⋆꙳ 日本ウイング航空(Japan Wing Airline) 副操縦士 藤崎 恵真(28歳) Fujisaki Ema 機長 佐倉 大和(36歳) Sakura Yamato

crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
crazy Love 〜元彼上司と復縁しますか?〜

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~ after story

けいこ
恋愛
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は一途に私に恋をする~ のafter storyになります😃 よろしければぜひ、本編を読んで頂いた後にご覧下さい🌸🌸

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

元カノと復縁する方法

なとみ
恋愛
「別れよっか」 同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。 会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。 自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。 表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!

処理中です...