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Another Story ─ ジャスミンは香る
第8話 再会
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職場ではややこしいからと旧姓で呼ばれ続けているけど、それ以外の場面では当然、あたしは谷元茉莉って呼ばれるようになった。
結婚式の時も思ったけど、それはなんか変な気分だった。
谷元さんが大好きなあたしにとっては、すごく嬉しいことであってもいいはずなのに。
苗字が変わるってことは、自分の名前の半分が変わるってことで、それは想像よりもずっと重いことだった。
だって名前って、生まれてからずっと一緒に生き抜いてきた分身みたいな存在だったから。
あたしという存在が「津山茉莉」じゃなくなることに、あたしは自分でもびっくりするくらいに動揺していた。
自分の中のアイデンティティっていうものの存在を、あたしは初めて知ったんだと思う。
それでも、どんなものにも「慣れ」はやってくる。
あたしが「谷元さん」と呼ばれることにようやく慣れた頃。
せっかくのノー残業デーだしたまには食事に行こうって言われて、あたしは谷元さんとお店を目指して歩いていた。
何の話をしていた時だったかな。隣の谷元さんが前から歩いてきた男の人に目を止めた。
「あれ? 城井じゃん」
城井と呼ばれた彼は、谷元さんが気づくよりも先にこちらに気づいていたみたいで、あたしたちににこりと微笑んだ。
一目でセンスの良さがわかるような人だった。
あたしには高級なものかどうかなんてわからないけど、さらりと着こなしたジャケットやパンツからは品の良さが漂っている。
谷元さんが親しげに話しかけているってことは、もしかしたら結婚式に参列してくれた人かもしれない。
そういえば、見覚えがあるような気がしないでもない。
ちゃんと挨拶しなきゃって思った時だった。
「あらこんばんは。ご夫婦でお出かけなんて素敵ですね」
城井さんの陰から、あの黒田さんがひらりと姿を現したのだ。
あたしは思わず固まってしまった。
だって、こんなところで突然会うなんて思ってもみなかったから。心の準備ができていなかった。
何も言わないってことは、きっと谷元さんも同じだったんだと思う。
そんなあたしたちに、黒田さんは完璧な笑顔を向けた。
「お二人とも、良い週末を。──行きましょ、祐一郎さん」
その完璧な笑顔のまま、黒田さんは城井さんの腕をとって歩き出した。
すれ違う瞬間には、まるで見せつけるみたいにその腕を絡ませて。
角度的に、黒田さんが見せつけようとした相手は谷元さんであって、あたしじゃなかったけど。
そして谷元さんには、ちゃんと効果があった。
「あの二人、付き合ってるのか……」
黒田さんたちが行ってしまってから、谷元さんは独り言みたいにぽつりと言った。
「……気になるの?」
あたしはさりげなさを装って聞いてみる。
あたしなら、自分から振った相手がその後誰と付き合おうと全然興味なんてないけど、と思いながら。
「いや。まさか」
谷元さんはそう言って首を振った。
嘘だってわかったけど、あたしはもちろん追及しない。だって、無駄だから。
気になるって認めさせたところで何もいいことなんてないし、あたしにできることもない。
それに、あたしは黒田さんに新しい素敵な恋人がいる方がいいと思っている。
谷元さんがどんなに熱い目で見つめても、黒田さんがその視線に応えさえしなかったら、何も起こらないはずだから。
そう、黒田さんが谷元さんを振り返ることさえなかったら。
結婚式の時も思ったけど、それはなんか変な気分だった。
谷元さんが大好きなあたしにとっては、すごく嬉しいことであってもいいはずなのに。
苗字が変わるってことは、自分の名前の半分が変わるってことで、それは想像よりもずっと重いことだった。
だって名前って、生まれてからずっと一緒に生き抜いてきた分身みたいな存在だったから。
あたしという存在が「津山茉莉」じゃなくなることに、あたしは自分でもびっくりするくらいに動揺していた。
自分の中のアイデンティティっていうものの存在を、あたしは初めて知ったんだと思う。
それでも、どんなものにも「慣れ」はやってくる。
あたしが「谷元さん」と呼ばれることにようやく慣れた頃。
せっかくのノー残業デーだしたまには食事に行こうって言われて、あたしは谷元さんとお店を目指して歩いていた。
何の話をしていた時だったかな。隣の谷元さんが前から歩いてきた男の人に目を止めた。
「あれ? 城井じゃん」
城井と呼ばれた彼は、谷元さんが気づくよりも先にこちらに気づいていたみたいで、あたしたちににこりと微笑んだ。
一目でセンスの良さがわかるような人だった。
あたしには高級なものかどうかなんてわからないけど、さらりと着こなしたジャケットやパンツからは品の良さが漂っている。
谷元さんが親しげに話しかけているってことは、もしかしたら結婚式に参列してくれた人かもしれない。
そういえば、見覚えがあるような気がしないでもない。
ちゃんと挨拶しなきゃって思った時だった。
「あらこんばんは。ご夫婦でお出かけなんて素敵ですね」
城井さんの陰から、あの黒田さんがひらりと姿を現したのだ。
あたしは思わず固まってしまった。
だって、こんなところで突然会うなんて思ってもみなかったから。心の準備ができていなかった。
何も言わないってことは、きっと谷元さんも同じだったんだと思う。
そんなあたしたちに、黒田さんは完璧な笑顔を向けた。
「お二人とも、良い週末を。──行きましょ、祐一郎さん」
その完璧な笑顔のまま、黒田さんは城井さんの腕をとって歩き出した。
すれ違う瞬間には、まるで見せつけるみたいにその腕を絡ませて。
角度的に、黒田さんが見せつけようとした相手は谷元さんであって、あたしじゃなかったけど。
そして谷元さんには、ちゃんと効果があった。
「あの二人、付き合ってるのか……」
黒田さんたちが行ってしまってから、谷元さんは独り言みたいにぽつりと言った。
「……気になるの?」
あたしはさりげなさを装って聞いてみる。
あたしなら、自分から振った相手がその後誰と付き合おうと全然興味なんてないけど、と思いながら。
「いや。まさか」
谷元さんはそう言って首を振った。
嘘だってわかったけど、あたしはもちろん追及しない。だって、無駄だから。
気になるって認めさせたところで何もいいことなんてないし、あたしにできることもない。
それに、あたしは黒田さんに新しい素敵な恋人がいる方がいいと思っている。
谷元さんがどんなに熱い目で見つめても、黒田さんがその視線に応えさえしなかったら、何も起こらないはずだから。
そう、黒田さんが谷元さんを振り返ることさえなかったら。
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