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Another Story ─ ジャスミンは香る
第6話 結婚式
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あれから数カ月の月日がたち、谷元さんとあたしは結婚式当日を迎えた。
今日からあたしも──戸籍の上では一週間前から──「谷元」なんだって思うと、なんか変な感じがする。
さすがに人前とか、直接呼びかける時は名前で呼ぶけど、心の中では今でもずっと谷元さんって呼んでいるから。
たぶん、それはこれからも変わらないと思う。
あたしにとって谷元さんは、最初からずっと「谷元さん」だから。
黒田さんからは結局、出席の返事をもらった。
でもあたしはもう、来てほしくないなんて思わなくなっていた。
だってあの朝礼を思い出すたびに、あたしは今でも身が凍るような思いをするくらいだから。
谷元さんはきっと、あんなふうにみんなの前で言ってしまえば断れないだろうって、そこまで計算していたんだと思う。
大人な黒田さんなら、空気を読むだろうって。取り乱したりもしないって。
そしてたとえその場の空気を壊さないためだったとしても、一度行くと言わせてしまえばこっちのものだ、って。
だから、黒田さんが自分の言葉を覆すこととあたしたちの結婚式に来ること、どっちか負担の少ない方を選んでもらえたらいいって、あたしはそんな風に思うようになっていた。
そうじゃなくても、未来に何が起こるかなんてわからないし、当日急に体調が悪くなったりだってするかもしれない。
だからドタキャンだって、やろうと思えばできる。
実際、あたしはぎりぎりまでその可能性も考えていた。
でも黒田さんからは、とうとうそんな連絡は来なかった。
よくよく考えてみたら、黒田さんが「行きたくない」なんて理由でドタキャンなんてしそうにないことくらい、あたしにもわかったけど。
曲がりなりにも自分のために用意されたものを、正当な理由なく無下にするような人ではないから。
式場でも、披露宴会場でも、あたしの目は真っ先に黒田さんを見つけた。
十年来の親友よりも、二十年来の幼馴染よりも先に。お世話になった先生や先輩よりも、両親よりも先に。
でもあたしは、黒田さんにどんな顔を向ければいいのかわからなかった。
職場では今まで通りに接してくれた。
一緒にお昼を食べたりとか、デスクに隠し持っているお菓子を交換したりとか、そういう交流はなかったけど、仕事の話はたくさんした。
嫌われて、無視されたり嫌がらせされたりしたっておかしくないのに。
もちろん、黒田さんが心の中でどう思っているかなんてわからない。
でも少なくとも表面上は、円満な関係を保ってくれた。
そんな黒田さんに、「谷元さんを奪ってやった!」みたいな勝ち誇った笑みを向けることなんてできなかった。
それにそもそもあたしには、黒田さんに勝てる要素なんてない。そのことは誰よりもあたしが一番わかっている。
でもだからって、申し訳ないような顔をするのだって、あまりに失礼だと思う。
事情が事情だけに、来てくれてありがとうって、感謝を込めた笑顔を向けることだってできない。
結局あたしは、逃げることしかできなかった。
誰よりも先にその姿を見つけていたからこそ、その視線を完全に避けてしまった。視線がぶつかることがないよう、完璧に。
それだって十分、勝ち誇ったような笑みとか、申し訳ないみたいな表情とか、何事もなかったかのような笑顔と同じくらい失礼だったかもしれない。
でもあたしには、黒田さんと目を合わせる勇気はなかった。
そうする資格すら、なかった。
今日からあたしも──戸籍の上では一週間前から──「谷元」なんだって思うと、なんか変な感じがする。
さすがに人前とか、直接呼びかける時は名前で呼ぶけど、心の中では今でもずっと谷元さんって呼んでいるから。
たぶん、それはこれからも変わらないと思う。
あたしにとって谷元さんは、最初からずっと「谷元さん」だから。
黒田さんからは結局、出席の返事をもらった。
でもあたしはもう、来てほしくないなんて思わなくなっていた。
だってあの朝礼を思い出すたびに、あたしは今でも身が凍るような思いをするくらいだから。
谷元さんはきっと、あんなふうにみんなの前で言ってしまえば断れないだろうって、そこまで計算していたんだと思う。
大人な黒田さんなら、空気を読むだろうって。取り乱したりもしないって。
そしてたとえその場の空気を壊さないためだったとしても、一度行くと言わせてしまえばこっちのものだ、って。
だから、黒田さんが自分の言葉を覆すこととあたしたちの結婚式に来ること、どっちか負担の少ない方を選んでもらえたらいいって、あたしはそんな風に思うようになっていた。
そうじゃなくても、未来に何が起こるかなんてわからないし、当日急に体調が悪くなったりだってするかもしれない。
だからドタキャンだって、やろうと思えばできる。
実際、あたしはぎりぎりまでその可能性も考えていた。
でも黒田さんからは、とうとうそんな連絡は来なかった。
よくよく考えてみたら、黒田さんが「行きたくない」なんて理由でドタキャンなんてしそうにないことくらい、あたしにもわかったけど。
曲がりなりにも自分のために用意されたものを、正当な理由なく無下にするような人ではないから。
式場でも、披露宴会場でも、あたしの目は真っ先に黒田さんを見つけた。
十年来の親友よりも、二十年来の幼馴染よりも先に。お世話になった先生や先輩よりも、両親よりも先に。
でもあたしは、黒田さんにどんな顔を向ければいいのかわからなかった。
職場では今まで通りに接してくれた。
一緒にお昼を食べたりとか、デスクに隠し持っているお菓子を交換したりとか、そういう交流はなかったけど、仕事の話はたくさんした。
嫌われて、無視されたり嫌がらせされたりしたっておかしくないのに。
もちろん、黒田さんが心の中でどう思っているかなんてわからない。
でも少なくとも表面上は、円満な関係を保ってくれた。
そんな黒田さんに、「谷元さんを奪ってやった!」みたいな勝ち誇った笑みを向けることなんてできなかった。
それにそもそもあたしには、黒田さんに勝てる要素なんてない。そのことは誰よりもあたしが一番わかっている。
でもだからって、申し訳ないような顔をするのだって、あまりに失礼だと思う。
事情が事情だけに、来てくれてありがとうって、感謝を込めた笑顔を向けることだってできない。
結局あたしは、逃げることしかできなかった。
誰よりも先にその姿を見つけていたからこそ、その視線を完全に避けてしまった。視線がぶつかることがないよう、完璧に。
それだって十分、勝ち誇ったような笑みとか、申し訳ないみたいな表情とか、何事もなかったかのような笑顔と同じくらい失礼だったかもしれない。
でもあたしには、黒田さんと目を合わせる勇気はなかった。
そうする資格すら、なかった。
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