【完結】つぎの色をさがして

蒼村 咲

文字の大きさ
上 下
18 / 33
Another Story ─ ジャスミンは香る

第3話 別れ話

しおりを挟む
その当日、あたしはいつも下ろしてる前髪をピンで留めておでこを出し、ほとんど使ってないめがねをかけた。
それだけで十分別人だったけど、念のため友達から借りたライダースジャケットに、レースアップのブーツを合わせる。

特定の誰かになりすます変装は、素人には難しいのかもしれない。
でも、自分じゃない誰かでいいのなら簡単だ。特に、普段の雰囲気からかけ離れさえすればいいんだから。

谷元さんが黒田さんを呼び出したカフェは、クール系というか、とにかくスタイリッシュなおしゃれさが光るお店だった。あたしが普段行くお店のおしゃれさとは系統が違う。
それだけのことにこんなにも心がざわついてしまうのが嫌だと思いながら、あたしは二人がやってくるのを待った。


十五分くらい経った頃だったかな。
先にどこかで待ち合わせしていたのか、二人は一緒に現れた。
そして、びっくりなことに二人はなんとあたしの隣の席に案内された。あまりの偶然に思わず笑っちゃいそうになったけど、おかげで会話が一言一句聞き取れる。

だから谷元さんが切り出した別れに対しての黒田さんの返事に、あたしはぞっとした。

「『別れよう」? ……『別れてください』の間違いじゃなくて?」

知ってるんだ、って直感的に思った。
黒田さんは、谷元さんがどうして自分と別れようとしているのか、たぶんわかっている。だからこその言葉選びだった。
でもその考えは、黒田さんの次の言葉でぐらりと揺らいでしまった。

「あなたのことだから、外堀は全部埋まってるんでしょ? あとは私との関係を清算するだけってとこなんじゃない?」

違う、って思った。
黒田さんはきっと、谷元さんがただ自分から別の子に乗り換えようとしているとしか思っていない。
もしかしたら、「浮気相手」があたしってことも知らないのかもしれない。
もちろん、知らなくても無理はないけど──だって、谷元さんもあたしも、きっと隠し事は得意だから。

「まさか……知ってたのか?」

谷元さんは目を見開いて言った。
谷元さんはいったい、黒田さんの言葉からどれくらいのことを感じ取ったんだろう。
でもあたしがそんな疑問に答えを見つける前に、谷元さんは思いがけないことを口にした。

「だったら話は早い。彼女、子どもができたんだ」

ええっ、って危うく声が出るところだった。
黒田さんが本当に知っていると思って?
それとも、先手を打ってしまえば黒田さんが後には引けなくなると思って?

「誰に、子どもができたって?」

黒田さんはその言葉を、ゆっくりと発音した。
でもその声の変化は、谷元さんには伝わらなかったんだと思う。

「決まってるだろ、茉莉だよ」

あたしは思わず天を仰ぎたくなった。いったい何が決まっているっていうの?
ほら、あの冷静沈着な黒田さんですら言葉を失っている。

そばで聞いているだけのあたしの胃が痛くなってくるくらいの沈黙の後、黒田さんは口を開いた。

「……それで、私をポイポイッと捨てて津山さんの方に行くわけなのね」

その声にはチクリとしたとげがある。
さすがにそれは伝わったようで、谷元さんは少し眉を寄せた。

「そういう言い方するなよ。責任取らないわけにはいかないだろ」

責任──その言葉に、あたしの胸の奥がずきんと痛む。
そっか、あたしは谷元さんにとって、負わなきゃいけない責任なんだ。
わかってはいたつもりだけど、こうして本人から突きつけられると辛い。無意識的な言葉のチョイスから滲み出た本音だからこそ、余計に。

谷元さんが自分から選んだ黒田さんと、無理やり選ばされたも同然なあたし。
やっぱりあたしは一生、黒田さんと同じ土俵には立てないらしい。

「それで? 言い直す気にはなったの?」

黒田さんは、どこか朗らかにも聞こえるほどに淡々とした声で言った。
きっとその顔には微笑みがあるはずだ──見なくてもわかる。
すると谷元さんは、はあっと息を吐き出した。

「ったく、わかったよ。頼むから別れてくれ。別れてください」

やや投げやりな声音に、あたしはどきっとした。どうしたって頼んでいるようには聞こえなかったから。
でも次の瞬間、あたしは自分の目を疑った。
谷元さんが、仮にも部下である黒田さんに頭を下げた──あの谷元さんが。

「いいわ。もうこれで終わりにしましょう」

黒田さんも、きっと驚いたんじゃないかと思う。さっきよりずっとフラットな声で言った。
そして黒田さんがもう冷めてしまったに違いない紅茶をすすってる間に、あたしは立ち上がる。
聞きたいことは聞いたし、知りたいことは知った。

これ以上ここに長居する意味はない。
そう思ってさっさと店を出て行ってしまったけど、それが間違いだったなんて、この時のあたしは想像すらしていなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

夕陽を映すあなたの瞳

葉月 まい
恋愛
恋愛に興味のないサバサバ女の 心 バリバリの商社マンで優等生タイプの 昴 そんな二人が、 高校の同窓会の幹事をすることに… 意思疎通は上手くいくのか? ちゃんと幹事は出来るのか? まさか、恋に発展なんて… しないですよね?…あれ? 思わぬ二人の恋の行方は?? *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻ 高校の同窓会の幹事をすることになった 心と昴。 8年ぶりに再会し、準備を進めるうちに いつしか二人は距離を縮めていく…。 高校時代は 決して交わることのなかった二人。 ぎこちなく、でも少しずつ お互いを想い始め… ☆*:.。. 登場人物 .。.:*☆ 久住 心 (26歳)… 水族館の飼育員 Kuzumi Kokoro 伊吹 昴 (26歳)… 海外を飛び回る商社マン Ibuki Subaru

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

アンコール マリアージュ

葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか? ファーストキスは、どんな場所で? プロポーズのシチュエーションは? ウェディングドレスはどんなものを? 誰よりも理想を思い描き、 いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、 ある日いきなり全てを奪われてしまい… そこから始まる恋の行方とは? そして本当の恋とはいったい? 古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。 ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ 恋に恋する純情な真菜は、 会ったばかりの見ず知らずの相手と 結婚式を挙げるはめに… 夢に描いていたファーストキス 人生でたった一度の結婚式 憧れていたウェディングドレス 全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に 果たして本当の恋はやってくるのか?

処理中です...