【完結】つぎの色をさがして

蒼村 咲

文字の大きさ
上 下
16 / 33
Another Story ─ ジャスミンは香る

第1話 はじまり

しおりを挟む
ベタだって思われるかな?
でも電車で痴漢に遭っていたところを助けてもらってから、あたしは谷元さんに夢中になった。
助けたのがあたしだと気づいて驚いていたってことは、きっと知らない人だったとしても助けたってことでしょう? 
それって、誰にでもできることじゃないと思う。
だからあの日から、あたしの中で谷元さんはヒーローになった。

それからはもう、なんとかして谷元さんとお近づきになりたい一心だった。
上司と部下なんかじゃなくて、もっと親しくなりたかった。近づきたかった。
でもあたしがそう思い始めた時にはすでに、谷元さんには黒田さんっていう恋人がいた。

黒田さんはあたしと一緒で谷元さんの部下の女の人だ。
あたしより三年先輩らしくて、あたしが入社したときには黒田さんが教育係だった。
すらっと背が高くて、てきぱき仕事もできて、いかにもキャリアウーマンって感じの、かっこいい女の人。あたしにはないものをすべて持っているような人。あたしがたとえ逆立ちしたって敵わなそうな人。
そんな人が、谷元さんの恋人だった。

谷元さんはクールに見えて、実は黒田さんのことがとっても好きなんだろうなってあたしは思った。
さりげなくアプローチをかけてみても全然手応えがなかったし。
それでも谷元さんは、あたしをかわいがってはくれたと思う。
でもそれはやっぱり「部下として」で、それ以上でもそれ以下でもない感じがもどかしかった。

これはもう脈なしだなって、さっさと諦められたらよかったのかもしれない。でも無理だった。
あたしの谷元さんへの想いは薄まるどころか日に日に強くなっていって、とうとう抑えられなくなった。

あれは、隣の部署と合同の飲み会だったかな。とにかく大人数の飲み会だった。
でもたしか、黒田さんはいなかったんじゃないかな。来なかった理由は知らないけど。
アルコールが大して得意じゃないあたしは、甘いお酒をたくさん飲んで酔っ払った。
お店にいたときのことはあんまり覚えていないけど、なんだかふわふわして、視界はぼんやり明るくて、とにかく楽しかったって感覚だけが残ってる。

だから飲み会がお開きになって座敷を下りるとき、足下がふらついたのには自分でびっくりした。だって、頭はものすごくはっきりしてたから。
それを支えてくれたのが、たまたまそばにいた谷元だった。
そしてその流れで谷元さんに送ってもらえることになったときは、あたしも正直夢なんじゃないかと思った。

谷元さんはほんとに、あたしが住んでた部屋の真ん前まで送ってくれた。
なのに谷元さんは、あたしの部屋には上がらずにそのまま帰ろうとして──あたしはそれが信じられなかった。だって──だって、ここまできてそのまま帰っちゃうの?って。

その時あたしはたぶんびっくりしていて、ショックでもあって。
自分では全く意識していなかったけど、あたしは気づいたら床の上にぺたりと座り込んだまま、谷元さんの袖をつかんでた。

「帰らないで……行かないで……」

ほとんど無意識にだったけどそうつぶやいた瞬間、あたしの目からは急に涙があふれてきた。滲んでいく視界の真ん中に、谷元さんがぎょっとしているのが見える。
あたしは心のどこか冷静な部分で、そりゃあそうだよね、なんて思った。ただ家まで送り届けただけの部下が、何の脈絡もなく突然泣き出したんだから。

でも谷元さんは、困り果てながらもあたしの目の前にしゃがみ込んで、よしよしと頭をなでてくれた。なんだかいかにも慣れてない感じの、不器用ななで方だったけど。
きっと、黒田さんみたいなしっかりした大人の女性とお付き合いしてる谷元さんには、女の子の頭をなでる機会なんてないんだ。

そう思うと余計に涙が止まらなくなって、あたしは谷元さんのスーツの肩の辺りを、ぐしょぐしょに濡らしてしまった。

「……落ち着いた?」

そっとこちらをのぞき込む谷元さんの声は優しかった。
谷元さんはあたしが泣いている間に、冷蔵庫に入れていたミネラルウォーターを見つけて持ってきてくれた。気の利いたことに、キッチンの水切りかごにあったガラスのコップも一緒に。

今しかない、って思った。

だからあたしは谷元さんの胸にすがりついて言った。

「今夜だけは……一人にしないでください」

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

夕陽を映すあなたの瞳

葉月 まい
恋愛
恋愛に興味のないサバサバ女の 心 バリバリの商社マンで優等生タイプの 昴 そんな二人が、 高校の同窓会の幹事をすることに… 意思疎通は上手くいくのか? ちゃんと幹事は出来るのか? まさか、恋に発展なんて… しないですよね?…あれ? 思わぬ二人の恋の行方は?? *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻ 高校の同窓会の幹事をすることになった 心と昴。 8年ぶりに再会し、準備を進めるうちに いつしか二人は距離を縮めていく…。 高校時代は 決して交わることのなかった二人。 ぎこちなく、でも少しずつ お互いを想い始め… ☆*:.。. 登場人物 .。.:*☆ 久住 心 (26歳)… 水族館の飼育員 Kuzumi Kokoro 伊吹 昴 (26歳)… 海外を飛び回る商社マン Ibuki Subaru

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

アンコール マリアージュ

葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか? ファーストキスは、どんな場所で? プロポーズのシチュエーションは? ウェディングドレスはどんなものを? 誰よりも理想を思い描き、 いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、 ある日いきなり全てを奪われてしまい… そこから始まる恋の行方とは? そして本当の恋とはいったい? 古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。 ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ 恋に恋する純情な真菜は、 会ったばかりの見ず知らずの相手と 結婚式を挙げるはめに… 夢に描いていたファーストキス 人生でたった一度の結婚式 憧れていたウェディングドレス 全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に 果たして本当の恋はやってくるのか?

処理中です...