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Main Story ─ 次の色をさがして
第2話 とんでもない要求
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「……そうか」
神妙な顔をしようとしているのはわかるが、どうにも安堵がにじみ出てしまっている。
基本は上手く立ち回るが細部が甘いのは仕事でもプライベートでも同じらしい。
私は今日だけでいったい何度、ため息を飲み込まなければならないのだろう。
「それで、再来月挙式するんだけど」
そう続けた亮介に、私は思わず顔をしかめた。
たったいま捨てた相手に結婚式の話をするとはどういう了見なのだ。
「友里にも参列してもらおうと思ってるから──新郎の直属の部下かつ新婦の先輩として」
私は今度こそ、文字通りに絶句した。
亮介の顔を穴が開くほど見つめてから、私はようやく口を開く。
「元カレとその浮気相手の結婚式に? のこのこ参列する女がどこにいるのよ!」
これが略奪愛以外の何物でもないということがわからないのだろうか。
新郎を取り合って敗れた挙句ゲストに甘んじる元カノなんて、いたたまれないことこの上ない。
「あなたと私が付き合っていたことは、社内じゃ有名な話でしょ」
そんな中とても参列なんてできない。
そういう意味で言ったはずなのに、亮介は我が意を得たりとばかりに顔を輝かせた。
「そこなんだよ! 結婚式に招待したり出席したりできるような円満な別れ方だってアピールにもなるってわけ。そしたらお前も腫れ物扱いされないし一石二鳥!」
「はい?」
つい心の声が漏れてしまった。
結局は自分の体裁のことしか考えていないのだ。
何が一石二鳥だ。
まるで私にも気を遣っているかのような言い草はやめてほしい。
なんだか、もう呆れすぎてため息すら引っ込んでしまいそうだった。
「じゃあ……上司命令ならどう?」
その言葉に私は思わず耳を疑う。
「……上司? 命令?」
ゆっくりと、低い声で復唱する。
さすがにここまで無神経な人間だとは思わなかった。職権を濫用してまで、体裁を保つのに必死だなんて。
けれど人を馬鹿にするにも限度ってものがある。
私は財布から千円札を取り出し、テーブルにたたきつけた。
「仕事の話なら職場でお願いしますね──谷元課長」
さっと上着とバッグを掴んで立ち上がる。
あえて「課長」の部分を強調した嫌味は伝わっただろうか。
「失礼します」
私は冷たく言い放つと、目を合わせもせず店を後にした。
別に、谷元亮介という男に未練はない。
私自身、お互いを一番だと想い合うことができない関係には続ける価値なんてないと思っているし、だから別れること自体はなんでもなかった。むしろ当然の結末だと言うことすらできる。
が、問題は結婚式だ。
「行きたくないなあ……」
つい思っていることが声に出てしまう。
出席したらしたで「元カノの分際で新郎新婦の幸せに水を差す厚顔無恥な女」と見られることになるだろう。
一方、欠席したらしたで「未練たらたらで上司や後輩の幸せを素直に喜べない心の狭い女」だ。
つまり、どっちにしろ地獄以外の何物でもない。
にしても、と私は津山さんのことを思う。
彼女は三年後輩の社員で、新入社員だった頃には私が教育係──といっても実際は相談役程度だったけれど──を務めたのだった。
だからといってプライベートでも親しくしているわけではないものの、彼女とはおおむね円満な関係が築けていたと思う。
そして、私が谷元と交際していたことは彼女も知っていたはずだ。
「……」
二人は一体どういう経緯で付き合うようになったのだろう?
谷元が私とはもう別れたと言って近づき、津山さんがそれを信じたのかもしれない。
あるいは津山さんの方からアプローチをかけ、谷元が誘いに応じたのかもしれない。
前者ならまだ彼女にも被害者的側面があると思うけれど──…。
「……はあ」
私は大きく息を吐き出した。考えるだけ無駄だと改めて思う。
どちらにしろ同じことなのだ。
どちらが始めたのであろうと、谷元が私を裏切ったのだけは確かなのだから。
私が、捨てられたということだけは。
神妙な顔をしようとしているのはわかるが、どうにも安堵がにじみ出てしまっている。
基本は上手く立ち回るが細部が甘いのは仕事でもプライベートでも同じらしい。
私は今日だけでいったい何度、ため息を飲み込まなければならないのだろう。
「それで、再来月挙式するんだけど」
そう続けた亮介に、私は思わず顔をしかめた。
たったいま捨てた相手に結婚式の話をするとはどういう了見なのだ。
「友里にも参列してもらおうと思ってるから──新郎の直属の部下かつ新婦の先輩として」
私は今度こそ、文字通りに絶句した。
亮介の顔を穴が開くほど見つめてから、私はようやく口を開く。
「元カレとその浮気相手の結婚式に? のこのこ参列する女がどこにいるのよ!」
これが略奪愛以外の何物でもないということがわからないのだろうか。
新郎を取り合って敗れた挙句ゲストに甘んじる元カノなんて、いたたまれないことこの上ない。
「あなたと私が付き合っていたことは、社内じゃ有名な話でしょ」
そんな中とても参列なんてできない。
そういう意味で言ったはずなのに、亮介は我が意を得たりとばかりに顔を輝かせた。
「そこなんだよ! 結婚式に招待したり出席したりできるような円満な別れ方だってアピールにもなるってわけ。そしたらお前も腫れ物扱いされないし一石二鳥!」
「はい?」
つい心の声が漏れてしまった。
結局は自分の体裁のことしか考えていないのだ。
何が一石二鳥だ。
まるで私にも気を遣っているかのような言い草はやめてほしい。
なんだか、もう呆れすぎてため息すら引っ込んでしまいそうだった。
「じゃあ……上司命令ならどう?」
その言葉に私は思わず耳を疑う。
「……上司? 命令?」
ゆっくりと、低い声で復唱する。
さすがにここまで無神経な人間だとは思わなかった。職権を濫用してまで、体裁を保つのに必死だなんて。
けれど人を馬鹿にするにも限度ってものがある。
私は財布から千円札を取り出し、テーブルにたたきつけた。
「仕事の話なら職場でお願いしますね──谷元課長」
さっと上着とバッグを掴んで立ち上がる。
あえて「課長」の部分を強調した嫌味は伝わっただろうか。
「失礼します」
私は冷たく言い放つと、目を合わせもせず店を後にした。
別に、谷元亮介という男に未練はない。
私自身、お互いを一番だと想い合うことができない関係には続ける価値なんてないと思っているし、だから別れること自体はなんでもなかった。むしろ当然の結末だと言うことすらできる。
が、問題は結婚式だ。
「行きたくないなあ……」
つい思っていることが声に出てしまう。
出席したらしたで「元カノの分際で新郎新婦の幸せに水を差す厚顔無恥な女」と見られることになるだろう。
一方、欠席したらしたで「未練たらたらで上司や後輩の幸せを素直に喜べない心の狭い女」だ。
つまり、どっちにしろ地獄以外の何物でもない。
にしても、と私は津山さんのことを思う。
彼女は三年後輩の社員で、新入社員だった頃には私が教育係──といっても実際は相談役程度だったけれど──を務めたのだった。
だからといってプライベートでも親しくしているわけではないものの、彼女とはおおむね円満な関係が築けていたと思う。
そして、私が谷元と交際していたことは彼女も知っていたはずだ。
「……」
二人は一体どういう経緯で付き合うようになったのだろう?
谷元が私とはもう別れたと言って近づき、津山さんがそれを信じたのかもしれない。
あるいは津山さんの方からアプローチをかけ、谷元が誘いに応じたのかもしれない。
前者ならまだ彼女にも被害者的側面があると思うけれど──…。
「……はあ」
私は大きく息を吐き出した。考えるだけ無駄だと改めて思う。
どちらにしろ同じことなのだ。
どちらが始めたのであろうと、谷元が私を裏切ったのだけは確かなのだから。
私が、捨てられたということだけは。
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