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選んだ道を

第4話 紅茶の香り

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 結局五千円に上る料金を支払い、私たちはタクシーを降りた。
 幸いにも私の足腰はちゃんと回復し、立つことも歩くこともできるようになっている。

 私たちは近くのコンビニで買い物を済ませ、松本さんのマンションへと向かった。

 松本さん曰く、主に単身者向けの小ぶりなマンションらしい。
 着いてみるとそこはまだ新しい、モダンな建物だった。

「すみません、こんな予定ではなかったのであまりきれいではないですが……」

 松本さんが、少しばつの悪そうな顔で振り返りながら言った。

「いえ、そんな、無理を言ってお邪魔させていただくのはこちらですから」

 私はとんでもない、と手を振る。

 そして案内された部屋は十分きれいに片付けられていた。
 脱ぎ捨てられた服が散乱しているわけでもないし、ごみ箱があふれているわけでもない。

 せいぜい床に何冊か本や新聞が置きっぱなしになっている程度だ。

「どうぞ、狭いところですが適当に座ってください」

 そう言って奥の部屋(1LDKらしいので、おそらく寝室だろう)に向かう松本さんに、私は「すみません、おじゃまします」と答えた。

 とりあえず、壁に近いところに腰を下ろす。

 おそるおそるカバンの中のスマホを見てみたけれど、通知はメルマガのみだった。
 不満なような、ほっとするような、あるいは拍子抜けするような、なんだか複雑な気分になる。

 と、松本さんが戻ってきた。スーツを脱ぎ、ラフな格好に着替えている。

「ちょっと待っててくださいね」

 そう言って松本さんは、電気ポットの電源を入れた。
 そしてその間に、先ほどの本や新聞をまとめて窓際に押しやっている。

 私は見るともなしにそれを眺めていた。

 と、カチッと音を立ててポットの電源が切れる。
 しばらくキッチン部分で作業をしていたかと思うと、松本さんは紅茶を淹れたマグカップを持ってきてくれた。

「すみません、気の利いたカップなんかがなくて。男の一人暮らしなもので」

 私は首を振る。
 お礼を言って受け取ると、紅茶の香りがふわりと漂った。

 松本さんがどうぞ、と指すので、私はローテーブルの方に少し寄った。
 見ればティーバッグ用の小皿も用意してもらっている。

 ちょうどいい色合いになったので、私はティーバッグを抜き、いただきます、と断って紅茶を口に含んだ。

 癖のないダージリンだった。
 心で張りつめていた糸がふっと緩む感じがする。

 見れば松本さんも似たようなマグカップで紅茶を飲んでいた。
 目が合うと、彼はふっと真面目な顔になる。

「和泉さん、今日のことですが──」

 松本さんの言葉に、私は居住まいを正した。

「まずは、いろいろと失礼を犯しすみませんでした」

 そう言って頭を下げるので、私はうろたえた。
 危ないところを助けてもらい、散々迷惑をかけているのは私の方だ。

「え、そんな、失礼なんて何も」

 私が言うと、松本さんは首を振った。

「結果的にあなたを助けることになったとはいえ、プライベートな会話を盗み聞きしていましたし」

 そして少し言いにくそうに続けた。

「その上、馴れ馴れしく名前で呼んだりもしました……」

 言いながら、気まずそうに目をそらす。
 私は文字通りぽかんと口を開けた。

「そんなこと……」

 今日あったことを思えば、そんなのは些細なことだった。
 というか、別に下の名前で呼ぶことくらい、私にとっては失礼でもなんでもない。

 と、その時のお礼をまだ一言も伝えていないことに気づく。

「あの時は助けてくださって、ありがとうございました」

 私は頭を下げたが、いいのだ、というように軽く手で制された。

「あの男性は……いわゆる『元彼』ですか」

 松本さんの言葉に、私はうなずく。

「なんであんなやつと付き合ってたんだ、って思いますよね。松本さんも」

 私は自嘲気味に言った。
 友達にさんざん言われたことだった。
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