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選んだ道を
第1話 危険な再会
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誰にだって、過ちはある──当たり前のことだ。
生きている限り、私たちは数多の岐路に立たされるし、そのすべてで「正しい」道を選ぶなんて不可能だと思う。
失敗を経て成長することだってある。
もちろん、すべての失敗が糧になるとは限らないけれど。
それでも私は、私だけは、私を否定せずにいよう。
その選択をした、当時の私の味方でいよう。
──たとえその先に、どんな未来が待っていたとしても。
私には学生時代から付き合っている恋人がいた。
といっても、しばらく前までのことだけれど。
その元恋人──悠一とは、喧嘩別れのような形で破局を迎えた。
それを私は、後悔してはいない。
悠一のことを好きだったかと問われれば、イエスと答えるだろう。
けれど嫌いだったかと問われても、私はイエスと答えると思う。
嫌いな理由を思い浮かべるのは簡単だ──好きな理由を挙げるよりはるかに。
人は誰かを、感性で好きになり、そして理性で嫌いになるのだから。
定時を告げるチャイムが鳴る。
壁にかかった時計をちらりと見上げ、私は早々に片づけを始めた。
今日だけは残業せずに、早めに上がるつもりだった。
というのも、この後食事に行く約束があるのだ──少し前に知り合った男性、松本浩尚さんと。
待ち合わせの駅まではここから十数分ほどなので、このまままっすぐ向かえば早く着きすぎてしまう。
けれど、着いてからならいくらでも時間はつぶせるし、遅れて相手を待たせるくらいなら早すぎる方がいいと思う。
最寄駅に着いたところで、ふいに肩をたたかれた。
とっさに(え? 何か落としたかな?)と思って振り返る。
と、そこには別れてそれっきりだと思っていた相手──悠一がいた。
「え……」
私が何も言えずに固まっていると、悠一が後方を指して言った。
「ちょっとさ、話さない?」
急いでいるわけではなかった。
けれど、そんな元恋人の呼びかけなんか無視して歩き去ることもできたのだ。
なのに気づけば、私は悠一のあとについて歩き始めていた。
悠一が手近な全国チェーンのカフェに入ったことで、私は少しほっとする。
それほど長く話をするつもりではないらしい。
悠一はホットコーヒー、私はココアを注文する。
会計はそれぞれ別々に支払った。
悠一が壁際の一番端の席を選んだので、私も後を追う。
夕食時でカフェ利用には中途半端な時間帯のためか、店内はすいていた。
悠一はコーヒーを一口飲むと、私をまっすぐに見た。
「あのさ、俺とより戻す気……あるの?」
「──え?」
悠一の発言に私は耳を疑った。「よりを戻す」──?
一体何の話をしているのだろう。
私が言葉を失っていると、悠一はふうーっと大きく息をついた。
「いや別にさ、俺も似たようなことしたわけだしいいんだけどさ」
そこでいったん言葉を切る。
そしてふっと視線をずらしたかと思うと、また大きく息を吐きだした。
「俺は……ほら、なんだかんだ言ってちゃんと戻ってきたわけじゃん? その辺どうなのっていうか……そのつもりあんのかなって……」
私は絶句した──いや、むしろ開いた口が塞がらない。
(何言ってるの? 「ちゃんと戻ってきた」? いやいや……)
勝手に他の女に惹かれて捨てた女を?
自分がフラれた時の保険にキープしておいて?
そして案の定フラれて舞い戻ってきたことを「ちゃんと」戻ってきた、って?
まるで、「ちょこっと浮気はしたけど、自分はちゃんと本命のもとに帰ってきた」みたいな──いや、それも十分どうかと思うけれど。
(もう、これ……どうしろっていうの……)
あまりにも無茶苦茶というかツッコミどころが多すぎるというか……正直もう私の手には負えそうにない。
私は静かに深呼吸する。
なんとか気持ちを落ち着かせたかった。
「……私は、別の人に告白して、オーケーもらったら前の人とはさようなら、断られたらより戻そうなんて、そんな──」
頭の中、胸の中に渦巻いているいろんな感情が邪魔をして、先がうまく続かない。
こういうとこだ、と私は思う。
こんなふうに私が、肝心な時に言葉を紡ぎ出せないせいで、もめた時はいつだって悠一に言いくるめられてきた。
口論になると、理詰めで攻める悠一の方が圧倒的に有利だった。
だからそう、私はいつも、半ば圧倒されるように納得させられてきたのだ。
(でも、今日は……負けたくない!)
私はテーブルの下でこぶしを握り締め、それをほどきながら息を吸い込んだ。
「──そんな虫のいい話、正直ありえないと思う」
これは過去の悠一への糾弾でもある。
きっと、伝わることはないのだろうけれど。
「だからもう私は──戻らない」
声にかすかに表れた震えを押し殺して、私ははっきりと言った。
悠一が虚を突かれたような表情をしているのがわかる。
けれど、その口からは何の言葉も発せられなかった。
生きている限り、私たちは数多の岐路に立たされるし、そのすべてで「正しい」道を選ぶなんて不可能だと思う。
失敗を経て成長することだってある。
もちろん、すべての失敗が糧になるとは限らないけれど。
それでも私は、私だけは、私を否定せずにいよう。
その選択をした、当時の私の味方でいよう。
──たとえその先に、どんな未来が待っていたとしても。
私には学生時代から付き合っている恋人がいた。
といっても、しばらく前までのことだけれど。
その元恋人──悠一とは、喧嘩別れのような形で破局を迎えた。
それを私は、後悔してはいない。
悠一のことを好きだったかと問われれば、イエスと答えるだろう。
けれど嫌いだったかと問われても、私はイエスと答えると思う。
嫌いな理由を思い浮かべるのは簡単だ──好きな理由を挙げるよりはるかに。
人は誰かを、感性で好きになり、そして理性で嫌いになるのだから。
定時を告げるチャイムが鳴る。
壁にかかった時計をちらりと見上げ、私は早々に片づけを始めた。
今日だけは残業せずに、早めに上がるつもりだった。
というのも、この後食事に行く約束があるのだ──少し前に知り合った男性、松本浩尚さんと。
待ち合わせの駅まではここから十数分ほどなので、このまままっすぐ向かえば早く着きすぎてしまう。
けれど、着いてからならいくらでも時間はつぶせるし、遅れて相手を待たせるくらいなら早すぎる方がいいと思う。
最寄駅に着いたところで、ふいに肩をたたかれた。
とっさに(え? 何か落としたかな?)と思って振り返る。
と、そこには別れてそれっきりだと思っていた相手──悠一がいた。
「え……」
私が何も言えずに固まっていると、悠一が後方を指して言った。
「ちょっとさ、話さない?」
急いでいるわけではなかった。
けれど、そんな元恋人の呼びかけなんか無視して歩き去ることもできたのだ。
なのに気づけば、私は悠一のあとについて歩き始めていた。
悠一が手近な全国チェーンのカフェに入ったことで、私は少しほっとする。
それほど長く話をするつもりではないらしい。
悠一はホットコーヒー、私はココアを注文する。
会計はそれぞれ別々に支払った。
悠一が壁際の一番端の席を選んだので、私も後を追う。
夕食時でカフェ利用には中途半端な時間帯のためか、店内はすいていた。
悠一はコーヒーを一口飲むと、私をまっすぐに見た。
「あのさ、俺とより戻す気……あるの?」
「──え?」
悠一の発言に私は耳を疑った。「よりを戻す」──?
一体何の話をしているのだろう。
私が言葉を失っていると、悠一はふうーっと大きく息をついた。
「いや別にさ、俺も似たようなことしたわけだしいいんだけどさ」
そこでいったん言葉を切る。
そしてふっと視線をずらしたかと思うと、また大きく息を吐きだした。
「俺は……ほら、なんだかんだ言ってちゃんと戻ってきたわけじゃん? その辺どうなのっていうか……そのつもりあんのかなって……」
私は絶句した──いや、むしろ開いた口が塞がらない。
(何言ってるの? 「ちゃんと戻ってきた」? いやいや……)
勝手に他の女に惹かれて捨てた女を?
自分がフラれた時の保険にキープしておいて?
そして案の定フラれて舞い戻ってきたことを「ちゃんと」戻ってきた、って?
まるで、「ちょこっと浮気はしたけど、自分はちゃんと本命のもとに帰ってきた」みたいな──いや、それも十分どうかと思うけれど。
(もう、これ……どうしろっていうの……)
あまりにも無茶苦茶というかツッコミどころが多すぎるというか……正直もう私の手には負えそうにない。
私は静かに深呼吸する。
なんとか気持ちを落ち着かせたかった。
「……私は、別の人に告白して、オーケーもらったら前の人とはさようなら、断られたらより戻そうなんて、そんな──」
頭の中、胸の中に渦巻いているいろんな感情が邪魔をして、先がうまく続かない。
こういうとこだ、と私は思う。
こんなふうに私が、肝心な時に言葉を紡ぎ出せないせいで、もめた時はいつだって悠一に言いくるめられてきた。
口論になると、理詰めで攻める悠一の方が圧倒的に有利だった。
だからそう、私はいつも、半ば圧倒されるように納得させられてきたのだ。
(でも、今日は……負けたくない!)
私はテーブルの下でこぶしを握り締め、それをほどきながら息を吸い込んだ。
「──そんな虫のいい話、正直ありえないと思う」
これは過去の悠一への糾弾でもある。
きっと、伝わることはないのだろうけれど。
「だからもう私は──戻らない」
声にかすかに表れた震えを押し殺して、私ははっきりと言った。
悠一が虚を突かれたような表情をしているのがわかる。
けれど、その口からは何の言葉も発せられなかった。
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