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雨のち恋日和
第2話 ニ本目の傘
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自宅から最寄り駅へ向かう途中、私はなんだか嫌な予感を覚えた。
妙に空が暗い気がする──と思ったら案の定、駅の入り口から数十メートル手前くらいで大粒の雨が降り出した。
(えっ、やだこんな急に?)
あわてて駅までダッシュする。
幸い、近い場所にいたためそれほど濡れずに済んだ。
(まだ降り続くかな……)
空を見上げたが、どんよりと暗い雲が立ち込めているだけで答えは返ってこない。
時計を確認すると、電車の時間までは5分近く残っていた。
(これ以上濡れても嫌だしな……)
私は駅前のコンビニに入り、ビニール傘を買った。
なんのかわいさもおしゃれさもないうえに盗まれやすく、それでいて600円もする。
だからビニール傘を買って持つなんていうのは、正直私のポリシーに反するのだけれど、背に腹は代えられない。
私は財布をしまいながらため息をついた。
が、悲劇はここで終わらない。
「えっ……!?」
定期を出そうとバッグを開けた私の目に、思わぬものが飛び込んできた。
思わず声を上げてしまったほどだ。
(嘘でしょ……折りたたみ……)
どうしてさっきコンビニで財布を出した時に気づかなかったのか。
そう自分を責めても遅かった。
私はいつの間にか、折りたたみ傘をちゃんと通勤バッグに入れていたらしい。
(なんのためにビニール傘なんか買ったの……)
私は再び大きなため息をつく。さすがに返品に戻る時間はない。
私は諦めて改札を通った。
ビニール傘の一件は、自覚している以上にショックだったようで、私はいつにもましてぼんやりとしていた。
電車が動き出したことも、次の駅に到着したことも、全く意識していなかったところに、扉が開く音で我に返った。
(ああ、あの人の駅じゃん……)
そう思って扉の方を見ると、ちょうどあの人が乗ってくるところだった──前髪から雨の雫を滴らせて。
周囲の乗客が(うわあ……)と気の毒がったのが、なんとなく伝わってきた。
池に飛び込んだようなずぶ濡れというわけではないけれど、あの大粒の雨に打たれただろうと見当がつくくらいの濡れ方だった。
(え、どうしよう……)
奇遇なことに──正確に言うなら私がぼけていたために──私は傘をニ本持っている。
そして目の前のこの人は明らかに傘を持っていない。
そして、外は相変わらずの雨。
私はこのビニール傘が好きではないし、今後使うこともないと思う。
だからこの傘をあげてしまっても何の問題はない──けれど。
(でも電車でいきなり知らない人に話しかけられるだけで警戒するのに、突然「傘どうぞ」って言われても怖いよね。引くよね)
私はうーん、と頭を悩ます。
(でも傘を持ってない雨の日に傘もらったら普通に助かるよね?)
私はちらりと横目であの人を確認した。
濡れた髪や肩を拭いたりするわけでもなく、じっと立ったまま時間をやり過ごしている。
(……よし)
私は心を決めた。
(傘はあげちゃおう。それから、そのあと車内が変な空気になるのは耐えられないから、最後の、降りる瞬間に声かけよう。そしたら周りの人に好奇の目で見られることもないはず!)
私はバッグの中を探った。
ハンカチがわりに持っているミニタオルは、今日は水色のものだった。
端にスミレのワンポイント刺繍が入っているけれど、許容範囲だろう。
いつもはあっという間に着いてしまうターミナル駅なのに、今日だけはなんだかいつまで経っても着かないように感じられる。
が、ついに線路が何本にも増えてきた──終点が近づいているのだ。
それに呼応するように、心臓がバクバクと乱暴に暴れ出した。
まるで告白でもするみたい、と私は内心苦笑する。
そうやって第三者みたいな余裕を気取ってみても、鼓動は落ち着いてくれなかったけれど。
そして電車はホームに滑り込み、完全に止まった後ドアが開いた。
私は静かに息を吸い込み、あの人に声をかけた。
「──あの、すいません」
妙に空が暗い気がする──と思ったら案の定、駅の入り口から数十メートル手前くらいで大粒の雨が降り出した。
(えっ、やだこんな急に?)
あわてて駅までダッシュする。
幸い、近い場所にいたためそれほど濡れずに済んだ。
(まだ降り続くかな……)
空を見上げたが、どんよりと暗い雲が立ち込めているだけで答えは返ってこない。
時計を確認すると、電車の時間までは5分近く残っていた。
(これ以上濡れても嫌だしな……)
私は駅前のコンビニに入り、ビニール傘を買った。
なんのかわいさもおしゃれさもないうえに盗まれやすく、それでいて600円もする。
だからビニール傘を買って持つなんていうのは、正直私のポリシーに反するのだけれど、背に腹は代えられない。
私は財布をしまいながらため息をついた。
が、悲劇はここで終わらない。
「えっ……!?」
定期を出そうとバッグを開けた私の目に、思わぬものが飛び込んできた。
思わず声を上げてしまったほどだ。
(嘘でしょ……折りたたみ……)
どうしてさっきコンビニで財布を出した時に気づかなかったのか。
そう自分を責めても遅かった。
私はいつの間にか、折りたたみ傘をちゃんと通勤バッグに入れていたらしい。
(なんのためにビニール傘なんか買ったの……)
私は再び大きなため息をつく。さすがに返品に戻る時間はない。
私は諦めて改札を通った。
ビニール傘の一件は、自覚している以上にショックだったようで、私はいつにもましてぼんやりとしていた。
電車が動き出したことも、次の駅に到着したことも、全く意識していなかったところに、扉が開く音で我に返った。
(ああ、あの人の駅じゃん……)
そう思って扉の方を見ると、ちょうどあの人が乗ってくるところだった──前髪から雨の雫を滴らせて。
周囲の乗客が(うわあ……)と気の毒がったのが、なんとなく伝わってきた。
池に飛び込んだようなずぶ濡れというわけではないけれど、あの大粒の雨に打たれただろうと見当がつくくらいの濡れ方だった。
(え、どうしよう……)
奇遇なことに──正確に言うなら私がぼけていたために──私は傘をニ本持っている。
そして目の前のこの人は明らかに傘を持っていない。
そして、外は相変わらずの雨。
私はこのビニール傘が好きではないし、今後使うこともないと思う。
だからこの傘をあげてしまっても何の問題はない──けれど。
(でも電車でいきなり知らない人に話しかけられるだけで警戒するのに、突然「傘どうぞ」って言われても怖いよね。引くよね)
私はうーん、と頭を悩ます。
(でも傘を持ってない雨の日に傘もらったら普通に助かるよね?)
私はちらりと横目であの人を確認した。
濡れた髪や肩を拭いたりするわけでもなく、じっと立ったまま時間をやり過ごしている。
(……よし)
私は心を決めた。
(傘はあげちゃおう。それから、そのあと車内が変な空気になるのは耐えられないから、最後の、降りる瞬間に声かけよう。そしたら周りの人に好奇の目で見られることもないはず!)
私はバッグの中を探った。
ハンカチがわりに持っているミニタオルは、今日は水色のものだった。
端にスミレのワンポイント刺繍が入っているけれど、許容範囲だろう。
いつもはあっという間に着いてしまうターミナル駅なのに、今日だけはなんだかいつまで経っても着かないように感じられる。
が、ついに線路が何本にも増えてきた──終点が近づいているのだ。
それに呼応するように、心臓がバクバクと乱暴に暴れ出した。
まるで告白でもするみたい、と私は内心苦笑する。
そうやって第三者みたいな余裕を気取ってみても、鼓動は落ち着いてくれなかったけれど。
そして電車はホームに滑り込み、完全に止まった後ドアが開いた。
私は静かに息を吸い込み、あの人に声をかけた。
「──あの、すいません」
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