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ながめがいい

第2話 相談?

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 店の入り口に悠一が現れたのは、約束の時間からゆうに三十分以上が経ってからだった。

 そう頻繁にではないけれど、悠一はこうして遅刻してくることたまにがある。
 とはいえそこそこ長い付き合いだし、言ってみればこのあたりは想定の範囲内だった。

 悠一は遅刻するとき、いつも「現時点で確定している遅れ」を連絡してくるのだ。

 たとえば、今すぐに家を出れば二十分の遅刻で済むけれど、まだ出かける準備ができていない。
 そんな場合でも「20分遅れる!」としか言わない──二十分の遅刻で済むわけがないのに。

 だから私は最低でも十分、ひどいときには伝えられた時間の倍くらいの遅れが出るんだろうな、と覚悟する。
 そう思えば、今日は十数分で済んだのだから早い方だった。

 悠一はきっといつも通り、「あー、なんか時間かかっちゃった。待った?」などとへらへら言うのだろう──私は「ごめん」のその一言を待っているだけなのに。

──と、思ったのだけれど。

 なんとなく、こちらに向かってくる悠一の様子がいつもと違う気がした。

 なんだろう、と思う間もなく悠一がこちらにやってくる。
 そしてテーブルをはさんで正面に立ち止まると、悠一はどこか硬い表情で口を開いた。

「──なにそれ」

 それが、今日の悠一の第一声だった。


「……え?」

 予想外のことに私が何も言えずにいると、悠一が再び口を開いた。

「──なにそれ。髪。どうしたの」

 椅子に座りもせずに詰め寄ってくる。
 長い付き合いだけれど、私はこんな表情をしている悠一を見たことがない。

「なにって……切ったんだけど」

 小声で答えながら、私は無意識に毛先を撫でた。
 と、それを見た悠一が盛大なため息をつく。

「はあ……なんで勝手に切っちゃったの」

 きつくはないけれど、なんだか不穏な響きを帯びた口調だった──そう、どこか詰問のような空気を感じる。
 悠一は私と目を合わせることなく、またもこれ見よがしにため息をつきながら椅子に座った。

「……そんなに、変、かな?」

 悠一の異様な雰囲気に気圧され、私は恐る恐る尋ねた。
 自分では長かった時よりも似合っていると思ったけれど、客観的には違うのかもしれない。
 そんなふうに少し不安になっていると、悠一が目だけこちらに向けて言った。

「それさあ……伸ばすの何年かかると思ってるの?」

 うんざりしたような言い方だった。

(──え?)

 私は思わず悠一の顔を見つめた。
 悠一の発言は、私の問いへの答えにはなっていない。

 でもそんなことは大した問題じゃない。
 私は最初からなんとなく抱いていた違和感がどんどんと色濃くなっていくのを感じていた。

「長い方が絶対良かったのにさ。なんで……勝手に切っちゃうかな」

 悠一の声が、ほんのりと苛立ちを帯びている。

「え……」

 つい声が漏れてしまった。
 けれど悠一がイライラを募らせていくのに比例するように、私の頭は冷静になっていく。

 ふわふわした幸せな気分からようやく覚めて、私は思った──こんなことを言われる筋合いはない、と。

「……自分の髪型をどうしようと、私の自由じゃない?」

 努めて冷静に言う。
 たいていのことには慣れたし諦めも覚えた。
 だから悠一への不満が爆発しそうになるのは本当に久しぶりのことだった。

(「勝手に」ってなに? 髪切るの一つにも「許可」がいるっていうの?)

 そんなことを思いながらも、それが顔に出ないように意識する。
 悠一は見るからに不満そうだった。

「……そういう言い方する? 俺は前の方が好きだったし、なんていうか、一言相談がほしかったなって言ってるだけなんだけど」

 そう言って自分で買ってきたコーヒーをすすった。

(「相談」、って……)

 もし実際に「相談」なんてしていたら、絶対に切らない方向に丸め込まれていたに決まっているのに。
 だって、悠一の言う「相談」はそういうものだから。

 むしろ丸め込む自信があるからこそ、悠一は「相談」しなかった私を責めているのだと思う。
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