【完結】まだ、今じゃない

蒼村 咲

文字の大きさ
上 下
4 / 26
まだ、今じゃない

第4話 笑顔と毒

しおりを挟む
 私は自分から悠一に連絡を取った。待ち合わせ場所は、この間と同じ店だ。

 時間に遅れることなくやってきた悠一は、わかりやすく上機嫌だった。
 今まで香織と会っていたのかもしれないし、この後会うのかもしれない。
 会ってはいないけれどうまくいっている、ということだってありえる。

 私はふっと一呼吸つくと、考えてきた言葉をそのまま口にした。

「──あのね、いろいろ考えたんだけど」

 そう切り出すと、少し空気が引き締まった。本当にほんの少しだけれど。

「悠一と別れるのは辛いけど、でもやっぱり私は、悠一に幸せになってほしいと思ってる。だから私のことは気にしないで、ほんとに、この前言ってたみたいに、後悔しなくていいように……ね」

 私は悠一の顔を見つめながら言葉を紡ぐ。
 そして、悠一が口を開く前に言い足した。

「だから……別れよう。それで、頑張ってね」

 私はそこまで言って目を伏せた。
 自分で決めたこととはいえ、やっぱりみじめな気分になる。
 こんな気持ちは、悠一には絶対にわからないだろう。

「いい、のか……?」

 悠一は私の顔をのぞき込むようにして言った。
 私は顔を上げ、でも悠一と視線は合わないようにしたまま、うなずいた。
 そしてまたすぐに言い足す。

「でもね、あの……この前の、ほら、『もしフラれたら』とか今から考えて予防線張るのってなんか違うと思うし、その、悠一が告白したい相手にも失礼だと思うのよね」

 悠一はだまって続きを促した。

「だから告白したあとのことはさ、今どうこう言わないで、その時考えることにしよう? それで……そう、もし幼なじみさんと付き合うことになったら一応、私にも教えてね」

 私は弱々しく悠一に笑いかけた。
 目の前の悠一は驚いた顔をしていた。
 それでも、望みが叶った喜びを隠しきれていない。

 私は悠一のこういう、素直で無邪気なところが好きだったんだろうか。
 この残酷なまでの、まぶしさが。

「あ、ああ……うん、もちろん。由佳──」

「──じゃあね! 悠一、バイバイ……」

 何か言いかけた悠一を遮って、私は立ち上がった。
 そのまま、振り返りもせずに店を出る。
 悠一が追いかけてなどこないことはわかっていた。

 一刻も早く遠くあの場から離れたくて、私は一心に歩道を歩いた。
 キンと冷たい空気が、私の頬を殴る。


(ほんと、ばかみたい……)

 気づけば、あの日と同じようなことを考えていた。
 でも今日は自分に対してだ。
 あまりにもものわかりの良すぎる彼女、だっただろうか。今はもう「元」彼女だけれど。

(でも、ほかにどうすればよかったの……)

 もちろん、「別れたくない!」ってヒステリックに泣き喚くことだってできた。
 でももしそんなことをしたら、悠一はうんざりした表情を隠しもしなかったと思う。

 それで、とりあえずその場を収めるために「わかったよ」なんて言うのだ。
 腹の底では不満を煮えたぎらせているくせにだ。

 そしていずれ悠一の中では、「俺には好きな奴がいたのに、こいつが別れたくないと言ったから諦めてやったんだ」という意識が育っていく。
 恋人がいる状態で別の女に惹かれた自分のことは堂々と棚に上げて。

(寒い……というか、もう冷たい)

 冷え切った外気にさらされ続けた顔や手の皮膚は、今にも悲鳴を上げそうだった。
 むしろキンキンに甲高い悲鳴を上げてくれたらいいのに、なんて思う。
 泣き叫べなかった私の代わりに。泣き叫べなかった私の、心の代わりに。

 そう思うと無性に何かに感情をぶつけたくなった。
 何かを蹴りつけるのでもいい。何かを投げつけるのでもいい。
 とにかく、私の中から毒を出してしまいたかった。

 悠一の前で張り付けた作り笑い、震えを隠して出した明るい声、そんなものと引き換えに、私の中には毒がたまっていったのだ。
 その毒に、抑えた感情がふたをした。

 このままこの場で、衆人環視の中感情のままに泣き叫んだらどうかななんて、そんな考えが頭をかすめた。
 駅前なので人通りはそこそこある。
 きっとみんな、「うわあ……」みたいな感じで遠巻きに見るか、避けて去っていくんだろうな、と思う。

 でもそれって、あまりにもみじめじゃない?
 まるで私が敗北を認めて、それを嘆いているみたいで。

 私は負けてなんかいない。
 私は「大切な人の幸せのために身を引いた」人間なのだから。
 それが「恋人」の次に私に与えられた、悠一に対する役割だから。

 苦しかった。でも、涙は出なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】この胸に抱えたものは

Mimi
恋愛
『この胸が痛むのは』の登場人物達、それぞれの物語。 時系列は前後します 元話の『この胸が痛むのは』を未読の方には、ネタバレになります。 申し訳ありません🙇‍♀️ どうぞよろしくお願い致します。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

国宝級イケメンと言われても普通に恋する男性ですから

はなたろう
恋愛
国民的人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーのコウキは、多忙な毎日を送っていた。息抜きにと訪れた植物園。そこでスタッフのひとりに恋に落ちた。その、最初の出会いの物語。 別作品「国宝級イケメンとのキスは最上級に甘いドルチェみたいに、私をとろけさせます」の番外編です。よければ本編もお読みください(^^) 関連作品「美容系男子と秘密の診療室をのぞいた日から私の運命が変わりました」こちらも、よろしくお願いいたします(^^)

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。 十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。 そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり────── ※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。 ※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

処理中です...