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第1章
61-R 本当の動機
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しばらく経っても、拓海は答えなかった。
相反する考えの間で答えが出せないのかもしれない。
「……あいつ……安達のことは好き、なのか?」
拓海は話の矛先を変えた。
何か考えがあってのことなのだろうか。それとも、もうこの話は終わりということなのか。
「……どうかしらね。でも、決してこちらを振り向いてはくれない人を追うよりも、私を一番に思ってくれる人といる方が幸せなんじゃないかって、思ったのは確かね」
美咲は特に感情を込めるでもなく言った。
誰と誰のことを言っているのかは明らかだ。
「告白されたときね、言われたのよ。『松岡が好きなのはわかってる。今はそれでもいいから付き合ってくれないか』って」
なんとなく、それは想像できる気がする。
朔也はいかにも、そういう一途さの持ち主という感じだった。
「拓海のことが好きなんて、一体いつの話をしてるんだろうって思った。でもね、だからこそ信じられるって思ったの。私の気持ちがずっと変わってないと思い込めるのは、サク自身の気持ちがずっと変わってないってことだから。人は自分を基準にものを考える生き物でしょ?」
美咲の言うことは正しい──それが人間なのだ。
自分の知っているようにしか世界をとらえられないし、自分の見たいようにしか物事を見られない。
「でも私があまりに変わらなかったから──当然だけどね。私は片想いなんてとっくに卒業してたんだから。サクは焦って今回の計画を持ち掛けてきたってわけ。わかる?」
そう言って美咲はかすかに笑った。
「サクは私の拓海への片想いを応援するように見せかけて、本当は私が拓海に嫌われるようにってあの計画を考え出したのよ。たぶんどこかの段階で自分から『実は、美咲の指示で俺がやったんだ』って、あんたに告げ口に行くつもりだった」
祐輝の考えは正しかったのだ。
もちろんそれだって、美咲が本当のことを言っていると仮定すれば、だけれど。
でも、今ここで美咲が嘘をつく必要があるとも思えない。
「その前に玲奈が安達にたどり着いたってことか」
突然自分の名前が飛び出して、玲奈はドキッとしてしまった。
けれどひるんでいる場合ではない。一言たりとも聞き逃すわけにはいかなかった。
「そういうことね。さすが、拓海を凌ぐ秀才ってだけあると思うわ」
褒められているわけではないのはわかる。
知らなかったとはいえ、玲奈は結果として朔也の期待通りに動いてしまったということなのだから。
「じゃあ美咲──お前の目的は何だったんだ? なんで安達の話に乗った?」
なんとなく、拓海の声から悲壮な響きが感じられる。
考えてみれば、祐輝に突然呼び出されわけもわからず連れてこられたうえに、当事者の一人とはいえ修羅場に巻き込まれたたのだ。当然かもしれない。
「理由なんてないけど? ちょっと悪ノリしちゃっただけ。ただの暇つぶし」
「美咲」
美咲が本気で答えていないとわかるのだろう。
拓海はたしなめるようにその名を呼んだ。
二人の間に沈黙が落ちる。
しばらくして、美咲が小さくため息をついた。
「……拓海のためよ。好きな人に振り向いてもらえない気持ちは、よくわかってるから……」
実感のこもった声だった。
でもふと引っかかる。それってつまり……。
「ちょっとしたきっかけがあればすぐ上手くいくと思ったわ。それこそ、困ってるときに助けてくれたりなんかしたらすぐ、ね。だからサクの計画に協力すれば、拓海がかわいい彼女にオトコを見せられるような場面をつくってあげられるって思ったの」
やっぱりそうなのだ。
少なくとも美咲という、拓海に近い人間からは「関係がうまくいっていない」と思われていたのだ。
それも、拓海の想いの方が一方通行である、と。
「美咲……お前、いったい何を……」
拓海の困惑が、玲奈には手に取るようにわかった。
拓海が玲奈のことをどう思っていたかはわからない。
でも第三者が手を出したくなるほどの、そこまでの危機的な状況ではなかったはずだ。
「現に、絆は深まったでしょ? あんなふうに助けてもらって何も思わない女子なんていないわ」
あんなふうに、ということは美咲もどこかから見ていたのだろう。
いや、美咲はB組──つまりA組の隣の教室がホームルームなのだから、一部始終を知っていてもおかしくはない。
それに、美咲が言っているのは本当のことだった。
第三者である琴音や彩佳だって、「グッとくる」と評していたくらいなのだから。
「そんなの……自分が悪役になってまでやることか?」
途方に暮れたような拓海の声に、玲奈は思わず同情してしまう。
板挟み状態なのだ──守るべき彼女を辛い目に遭わせたのは自分の幼馴染で、その動機が自分のためだったというのだから。
「何度も言ってるでしょ。あんたは私の大事な幼馴染なの。幸せになってほしいって思ってるの。私は佐々木さんとは何の関係もないし、嫌われたって辛くもなんともないんだから。拓海の恋が上手くいく方が大事」
そう言った美咲の声には、どこか晴れ晴れとした響きがあった。
胸につかえていたものを吐き出せてすっきりしたのかもしれない。
が、反対に玲奈は少し気分が落ち込むのを感じた。
嫌われたって辛くもなんともない──これは美咲の言うように「関係がない」からなのだろう。
でも暗に「嫌われたところで恐れるに足りない、気にするに値しない」と言われたような気がした。
「美咲──」
「──まさかそこでお礼言ったりなんてしないですよね? 松岡先輩」
突然割り込んできた祐輝の声に、玲奈と洋介はそろってぎょっとする。
いつのまにか祐輝は階段を下り、拓海と美咲のそばへと移動していたのだ。
玲奈はとっさに洋介の腕をつかむ。
「私たち、ここにいない方がいいと思う!」
小声でささやくと、洋介はすぐに察してうなずいた。
極力静かに階段を駆け下り、拓海たちがいるのとは反対側のホームを目指す。
ちょうど階段を挟んで向こう側とこちら側に分かれた格好だ。
ここなら向こうの声は聴こえるし、こちらが声を上げなければ存在を悟られることもない。
相反する考えの間で答えが出せないのかもしれない。
「……あいつ……安達のことは好き、なのか?」
拓海は話の矛先を変えた。
何か考えがあってのことなのだろうか。それとも、もうこの話は終わりということなのか。
「……どうかしらね。でも、決してこちらを振り向いてはくれない人を追うよりも、私を一番に思ってくれる人といる方が幸せなんじゃないかって、思ったのは確かね」
美咲は特に感情を込めるでもなく言った。
誰と誰のことを言っているのかは明らかだ。
「告白されたときね、言われたのよ。『松岡が好きなのはわかってる。今はそれでもいいから付き合ってくれないか』って」
なんとなく、それは想像できる気がする。
朔也はいかにも、そういう一途さの持ち主という感じだった。
「拓海のことが好きなんて、一体いつの話をしてるんだろうって思った。でもね、だからこそ信じられるって思ったの。私の気持ちがずっと変わってないと思い込めるのは、サク自身の気持ちがずっと変わってないってことだから。人は自分を基準にものを考える生き物でしょ?」
美咲の言うことは正しい──それが人間なのだ。
自分の知っているようにしか世界をとらえられないし、自分の見たいようにしか物事を見られない。
「でも私があまりに変わらなかったから──当然だけどね。私は片想いなんてとっくに卒業してたんだから。サクは焦って今回の計画を持ち掛けてきたってわけ。わかる?」
そう言って美咲はかすかに笑った。
「サクは私の拓海への片想いを応援するように見せかけて、本当は私が拓海に嫌われるようにってあの計画を考え出したのよ。たぶんどこかの段階で自分から『実は、美咲の指示で俺がやったんだ』って、あんたに告げ口に行くつもりだった」
祐輝の考えは正しかったのだ。
もちろんそれだって、美咲が本当のことを言っていると仮定すれば、だけれど。
でも、今ここで美咲が嘘をつく必要があるとも思えない。
「その前に玲奈が安達にたどり着いたってことか」
突然自分の名前が飛び出して、玲奈はドキッとしてしまった。
けれどひるんでいる場合ではない。一言たりとも聞き逃すわけにはいかなかった。
「そういうことね。さすが、拓海を凌ぐ秀才ってだけあると思うわ」
褒められているわけではないのはわかる。
知らなかったとはいえ、玲奈は結果として朔也の期待通りに動いてしまったということなのだから。
「じゃあ美咲──お前の目的は何だったんだ? なんで安達の話に乗った?」
なんとなく、拓海の声から悲壮な響きが感じられる。
考えてみれば、祐輝に突然呼び出されわけもわからず連れてこられたうえに、当事者の一人とはいえ修羅場に巻き込まれたたのだ。当然かもしれない。
「理由なんてないけど? ちょっと悪ノリしちゃっただけ。ただの暇つぶし」
「美咲」
美咲が本気で答えていないとわかるのだろう。
拓海はたしなめるようにその名を呼んだ。
二人の間に沈黙が落ちる。
しばらくして、美咲が小さくため息をついた。
「……拓海のためよ。好きな人に振り向いてもらえない気持ちは、よくわかってるから……」
実感のこもった声だった。
でもふと引っかかる。それってつまり……。
「ちょっとしたきっかけがあればすぐ上手くいくと思ったわ。それこそ、困ってるときに助けてくれたりなんかしたらすぐ、ね。だからサクの計画に協力すれば、拓海がかわいい彼女にオトコを見せられるような場面をつくってあげられるって思ったの」
やっぱりそうなのだ。
少なくとも美咲という、拓海に近い人間からは「関係がうまくいっていない」と思われていたのだ。
それも、拓海の想いの方が一方通行である、と。
「美咲……お前、いったい何を……」
拓海の困惑が、玲奈には手に取るようにわかった。
拓海が玲奈のことをどう思っていたかはわからない。
でも第三者が手を出したくなるほどの、そこまでの危機的な状況ではなかったはずだ。
「現に、絆は深まったでしょ? あんなふうに助けてもらって何も思わない女子なんていないわ」
あんなふうに、ということは美咲もどこかから見ていたのだろう。
いや、美咲はB組──つまりA組の隣の教室がホームルームなのだから、一部始終を知っていてもおかしくはない。
それに、美咲が言っているのは本当のことだった。
第三者である琴音や彩佳だって、「グッとくる」と評していたくらいなのだから。
「そんなの……自分が悪役になってまでやることか?」
途方に暮れたような拓海の声に、玲奈は思わず同情してしまう。
板挟み状態なのだ──守るべき彼女を辛い目に遭わせたのは自分の幼馴染で、その動機が自分のためだったというのだから。
「何度も言ってるでしょ。あんたは私の大事な幼馴染なの。幸せになってほしいって思ってるの。私は佐々木さんとは何の関係もないし、嫌われたって辛くもなんともないんだから。拓海の恋が上手くいく方が大事」
そう言った美咲の声には、どこか晴れ晴れとした響きがあった。
胸につかえていたものを吐き出せてすっきりしたのかもしれない。
が、反対に玲奈は少し気分が落ち込むのを感じた。
嫌われたって辛くもなんともない──これは美咲の言うように「関係がない」からなのだろう。
でも暗に「嫌われたところで恐れるに足りない、気にするに値しない」と言われたような気がした。
「美咲──」
「──まさかそこでお礼言ったりなんてしないですよね? 松岡先輩」
突然割り込んできた祐輝の声に、玲奈と洋介はそろってぎょっとする。
いつのまにか祐輝は階段を下り、拓海と美咲のそばへと移動していたのだ。
玲奈はとっさに洋介の腕をつかむ。
「私たち、ここにいない方がいいと思う!」
小声でささやくと、洋介はすぐに察してうなずいた。
極力静かに階段を駆け下り、拓海たちがいるのとは反対側のホームを目指す。
ちょうど階段を挟んで向こう側とこちら側に分かれた格好だ。
ここなら向こうの声は聴こえるし、こちらが声を上げなければ存在を悟られることもない。
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