手のひらのひだまり

蒼村 咲

文字の大きさ
上 下
56 / 63
第1章

56-R 終わりへの始まり

しおりを挟む
蛇に睨まれた蛙というのはこういう状況を言うのかもしれない。
玲奈が朔也から目を逸らせずにいる一方で、朔也も玲奈から一切目を逸らさなかった。
掴まれた腕もびくともしない──そう、あの時も振りほどけなかった。
あの時と同じ恐怖にがんじがらめになりながらも、玲奈は朔也を睨み返した。

「それは……私たちが決めることよ」

震えてはいたが、何とか声が出せた。
今にも震えだしそうな体に必死に力を込める。だが朔也は力を緩めない。

「……防犯カメラなんて嘘よ。はったりよ。そんなものなくったって、あなたにたどり着けるように、あなたがしたのよ!」

絞り出すように叫んだ。
朔也の表情は変わらない──やはり、最初からそのつもりだったのだ。

「あのフードコートでだって、顔を確認するためなら、わざわざ声をかける必要なんてない。それなのに声をかけたのは、自分が認識するためじゃない。私に自分を認識させるためでしょう」

相変わらず心臓はバクバクと肋骨を突き破りそうなくらいに暴れている。

「ボックス街で首を絞めた時も、最後の最後にあなたは口を開いた。声と、言葉で結び付けさせるために」

目を逸らさずに言う。
すると朔也はふっと視線を外した。

「自分で頭が良いと思ってる人間は、概してそういう口のきき方をするんだよな。他の人には見えないものでも見た気になって」

静かだが軽蔑のにじんだ声だった。玲奈は何も言えずに唇を引き結ぶ。

と、朔也が勢いよく隣を見上げた。
「え」と思う間もなく、つながったままの朔也と玲奈の腕にそれぞれ手がかけられる。

「いつまで手なんかつないでいちゃいちゃしてんのよ」

そんな言葉とともに、掴まれていた手が引き離された。
朔也も玲奈も、半ば呆然と──自分たちのことでいっぱいいっぱいで、そばにやってきた人間の気配すら直前まで感じられなかったのだ──声の主を見上げる。

「美咲……お前なんで……!」

朔也が途切れ途切れに言う。
そう、仁王立ちでこちらを見下ろしていたのは、サッカー部マネージャーの森下美咲だった。

「彼氏が手出されてるって聞いて、おとなしく待ってるわけないでしょ」

美咲はきつい口調でそう言って腕を組む。
そうかこの二人付き合っているのか、と玲奈は一人納得する。
なら朔也が本気で好きだと言ったのは、そばにいるために何だってすると、それしかないと言ったのは──。

美咲は玲奈の方をちらりとすら見なかった。
だいたい、どこからどう見たって「手をつないでいちゃいちゃ」なんかには見えなかっただろう。
本気で浮気現場を押さえたと思っているわけではなく、彼女も何か、考えがあってやってきたに違いない。

「もう終わりにしよっか。こういうの」

さっきまでとは違う、静かで平坦な声だった。
朔也は驚いて目を見開いている。

「終わりって……」
「とりあえず場所を変えましょ。……あなたも来てね──佐々木さん」

急に名前を呼ばれ、玲奈は内心飛び上がる。けれどそれは隠したままうなずいた。
なんだか厄介なことになってきた気がする。そして間違いなく、玲奈自身もその厄介の渦中にいるのだった。

(あれっ?)

美咲、朔也について立ち上がると、その向こうには拓海、そしてなぜか祐輝と洋介までいるのが見えた。
そういえば、美咲はジャージ姿だし拓海に至ってはユニフォーム姿だ。そのまま部活を抜けてきたのだろう。
ということは、二人に玲奈の動向を知らせたのは残る二人に違いない。

(なんでここがわかったんだろう……)

知らせようが知らせまいが、結局は同じことのようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良
青春
とある県の平凡な県立高校「東総倉高等学校」に通う、名前以外は平凡な少年が、個性的な人間たちに翻弄され、振り回され続ける学園コメディ! 彼は、ごくごく平凡な男子高校生である。…名前を除けば。 田中天狼と書いてタナカシリウス、それが彼の名前。 この奇妙な名前のせいで、今までの人生に余計な気苦労が耐えなかった彼は、せめて、高校生になったら、平凡で平和な日常を送りたいとするのだが、高校入学後の初動に失敗。 ぼっちとなってしまった彼に話しかけてきたのは、春夏秋冬水と名乗る、一人の少女だった。 そして彼らは、二年生の矢的杏途龍、そして撫子という変人……もとい、独特な先輩達に、珍しい名を持つ者たちが集まる「奇名部」という部活への起ち上げを誘われるのだった……。 ・表紙画像は、紅蓮のたまり醤油様から頂きました! ・小説家になろうにて投稿したものと同じです。

青空墓標

みとみと
青春
若者の有り余る熱情の暴走の果て。

最近の綾瀬さん

青羽 藍色
青春
最近の綾瀬さんは、なんだかおかしい。

信仰の国のアリス

初田ハツ
青春
記憶を失った女の子と、失われた記憶の期間に友達になったと名乗る女の子。 これは女の子たちの冒険の話であり、愛の話であり、とある町の話。

【短編完結】間違え続けた選択肢

白キツネ
青春
人には選択肢が存在している。しかし、それは結果となって時にあの時ああして良かったと思う、もしくは後悔するだけである。 明美は後悔していた。 家族のような付き合いをしていた彼に自分の気持ちを伝えなかった。今の関係が崩れてしまうのが怖いから。 そしてある時、明美は過ちを犯すことになる。その時に選んだ選択肢はこれから先もずっと自身を苦しめることになる。 これは彼女が彼に対して行った後悔の選択肢についてのお話。 他投稿サービスにも投稿しています。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

水曜日は図書室で

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
青春
綾織 美久(あやおり みく)、高校二年生。 見た目も地味で引っ込み思案な性格の美久は目立つことが苦手でクラスでも静かに過ごしていた。好きなのは図書室で本を見たり読んだりすること、それともうひとつ。 あるとき美久は図書室で一人の男子・久保田 快(くぼた かい)に出会う。彼はカッコよかったがどこか不思議を秘めていた。偶然から美久は彼と仲良くなっていき『水曜日は図書室で会おう』と約束をすることに……。 第12回ドリーム小説大賞にて奨励賞をいただきました! 本当にありがとうございます!

片翼のエール

乃南羽緒
青春
「おまえのテニスに足りないものがある」 高校総体テニス競技個人決勝。 大神謙吾は、一学年上の好敵手に敗北を喫した。 技術、スタミナ、メンタルどれをとっても申し分ないはずの大神のテニスに、ひとつ足りないものがある、と。 それを教えてくれるだろうと好敵手から名指しされたのは、『七浦』という人物。 そいつはまさかの女子で、あまつさえテニス部所属の経験がないヤツだった──。

処理中です...