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第1章
56-R 終わりへの始まり
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蛇に睨まれた蛙というのはこういう状況を言うのかもしれない。
玲奈が朔也から目を逸らせずにいる一方で、朔也も玲奈から一切目を逸らさなかった。
掴まれた腕もびくともしない──そう、あの時も振りほどけなかった。
あの時と同じ恐怖にがんじがらめになりながらも、玲奈は朔也を睨み返した。
「それは……私たちが決めることよ」
震えてはいたが、何とか声が出せた。
今にも震えだしそうな体に必死に力を込める。だが朔也は力を緩めない。
「……防犯カメラなんて嘘よ。はったりよ。そんなものなくったって、あなたにたどり着けるように、あなたがしたのよ!」
絞り出すように叫んだ。
朔也の表情は変わらない──やはり、最初からそのつもりだったのだ。
「あのフードコートでだって、顔を確認するためなら、わざわざ声をかける必要なんてない。それなのに声をかけたのは、自分が認識するためじゃない。私に自分を認識させるためでしょう」
相変わらず心臓はバクバクと肋骨を突き破りそうなくらいに暴れている。
「ボックス街で首を絞めた時も、最後の最後にあなたは口を開いた。声と、言葉で結び付けさせるために」
目を逸らさずに言う。
すると朔也はふっと視線を外した。
「自分で頭が良いと思ってる人間は、概してそういう口のきき方をするんだよな。他の人には見えないものでも見た気になって」
静かだが軽蔑のにじんだ声だった。玲奈は何も言えずに唇を引き結ぶ。
と、朔也が勢いよく隣を見上げた。
「え」と思う間もなく、つながったままの朔也と玲奈の腕にそれぞれ手がかけられる。
「いつまで手なんかつないでいちゃいちゃしてんのよ」
そんな言葉とともに、掴まれていた手が引き離された。
朔也も玲奈も、半ば呆然と──自分たちのことでいっぱいいっぱいで、そばにやってきた人間の気配すら直前まで感じられなかったのだ──声の主を見上げる。
「美咲……お前なんで……!」
朔也が途切れ途切れに言う。
そう、仁王立ちでこちらを見下ろしていたのは、サッカー部マネージャーの森下美咲だった。
「彼氏が手出されてるって聞いて、おとなしく待ってるわけないでしょ」
美咲はきつい口調でそう言って腕を組む。
そうかこの二人付き合っているのか、と玲奈は一人納得する。
なら朔也が本気で好きだと言ったのは、そばにいるために何だってすると、それしかないと言ったのは──。
美咲は玲奈の方をちらりとすら見なかった。
だいたい、どこからどう見たって「手をつないでいちゃいちゃ」なんかには見えなかっただろう。
本気で浮気現場を押さえたと思っているわけではなく、彼女も何か、考えがあってやってきたに違いない。
「もう終わりにしよっか。こういうの」
さっきまでとは違う、静かで平坦な声だった。
朔也は驚いて目を見開いている。
「終わりって……」
「とりあえず場所を変えましょ。……あなたも来てね──佐々木さん」
急に名前を呼ばれ、玲奈は内心飛び上がる。けれどそれは隠したままうなずいた。
なんだか厄介なことになってきた気がする。そして間違いなく、玲奈自身もその厄介の渦中にいるのだった。
(あれっ?)
美咲、朔也について立ち上がると、その向こうには拓海、そしてなぜか祐輝と洋介までいるのが見えた。
そういえば、美咲はジャージ姿だし拓海に至ってはユニフォーム姿だ。そのまま部活を抜けてきたのだろう。
ということは、二人に玲奈の動向を知らせたのは残る二人に違いない。
(なんでここがわかったんだろう……)
知らせようが知らせまいが、結局は同じことのようだった。
玲奈が朔也から目を逸らせずにいる一方で、朔也も玲奈から一切目を逸らさなかった。
掴まれた腕もびくともしない──そう、あの時も振りほどけなかった。
あの時と同じ恐怖にがんじがらめになりながらも、玲奈は朔也を睨み返した。
「それは……私たちが決めることよ」
震えてはいたが、何とか声が出せた。
今にも震えだしそうな体に必死に力を込める。だが朔也は力を緩めない。
「……防犯カメラなんて嘘よ。はったりよ。そんなものなくったって、あなたにたどり着けるように、あなたがしたのよ!」
絞り出すように叫んだ。
朔也の表情は変わらない──やはり、最初からそのつもりだったのだ。
「あのフードコートでだって、顔を確認するためなら、わざわざ声をかける必要なんてない。それなのに声をかけたのは、自分が認識するためじゃない。私に自分を認識させるためでしょう」
相変わらず心臓はバクバクと肋骨を突き破りそうなくらいに暴れている。
「ボックス街で首を絞めた時も、最後の最後にあなたは口を開いた。声と、言葉で結び付けさせるために」
目を逸らさずに言う。
すると朔也はふっと視線を外した。
「自分で頭が良いと思ってる人間は、概してそういう口のきき方をするんだよな。他の人には見えないものでも見た気になって」
静かだが軽蔑のにじんだ声だった。玲奈は何も言えずに唇を引き結ぶ。
と、朔也が勢いよく隣を見上げた。
「え」と思う間もなく、つながったままの朔也と玲奈の腕にそれぞれ手がかけられる。
「いつまで手なんかつないでいちゃいちゃしてんのよ」
そんな言葉とともに、掴まれていた手が引き離された。
朔也も玲奈も、半ば呆然と──自分たちのことでいっぱいいっぱいで、そばにやってきた人間の気配すら直前まで感じられなかったのだ──声の主を見上げる。
「美咲……お前なんで……!」
朔也が途切れ途切れに言う。
そう、仁王立ちでこちらを見下ろしていたのは、サッカー部マネージャーの森下美咲だった。
「彼氏が手出されてるって聞いて、おとなしく待ってるわけないでしょ」
美咲はきつい口調でそう言って腕を組む。
そうかこの二人付き合っているのか、と玲奈は一人納得する。
なら朔也が本気で好きだと言ったのは、そばにいるために何だってすると、それしかないと言ったのは──。
美咲は玲奈の方をちらりとすら見なかった。
だいたい、どこからどう見たって「手をつないでいちゃいちゃ」なんかには見えなかっただろう。
本気で浮気現場を押さえたと思っているわけではなく、彼女も何か、考えがあってやってきたに違いない。
「もう終わりにしよっか。こういうの」
さっきまでとは違う、静かで平坦な声だった。
朔也は驚いて目を見開いている。
「終わりって……」
「とりあえず場所を変えましょ。……あなたも来てね──佐々木さん」
急に名前を呼ばれ、玲奈は内心飛び上がる。けれどそれは隠したままうなずいた。
なんだか厄介なことになってきた気がする。そして間違いなく、玲奈自身もその厄介の渦中にいるのだった。
(あれっ?)
美咲、朔也について立ち上がると、その向こうには拓海、そしてなぜか祐輝と洋介までいるのが見えた。
そういえば、美咲はジャージ姿だし拓海に至ってはユニフォーム姿だ。そのまま部活を抜けてきたのだろう。
ということは、二人に玲奈の動向を知らせたのは残る二人に違いない。
(なんでここがわかったんだろう……)
知らせようが知らせまいが、結局は同じことのようだった。
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