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第1章
47-Y 不安
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「……!」
思わず言葉に詰まってしまった。
昇降口にいた祐輝の姿が拓海に見えたとは思えないが──。
「……どういう、意味ですか?」
慎重に聞き返す。
「そのままの意味だよ。君はあの時、あそこにいたんだよね」
この言い方なら、拓海は直接祐輝の姿を目にしたわけではないのだろう。だが確信はあるようだ。
「あの日、君は俺に『今度は』助ける気があるかと聞いてきた。それって、俺が助けなかったことを知っていてこその発言でしょ」
なるほどな、と祐輝は内心舌を巻く。
そんな言い回しを手掛かりに、あの場──正確には、掲示板の前ではないのだが──にいたことを言い当てられるとは思っていなかった。
「……僕ならあなたよりも上手く助けられたと、そう言いたいんですか?」
今ひとつ拓海の質問の意図が読めない。
「そうとは言ってないよ。それは俺にはわからない」
拓海は静かに言った。では何が言いたいのか──そんな疑問を飲み込む。
「……できなくはなかったと思います」
祐輝は言葉を選びながら答えた。
「たとえば、あの『浮気現場』には、本人と浮気相手、それからあの写真を撮った人物、の最低三人がいたことになります。そんなこと、あれ自体が『作られた』状況でない限りあり得ない。でも」
いったん言葉を切り、拓海の様子を確認する。口を挟む気はないらしい。
「人は、自分の信じたいものを信じたいようにしか信じない生き物でしょう」
片方の眉が軽く吊り上がるのが見えた。
「あの告発の不自然さを指摘しても、無駄だったと?」
正直、「無駄」で済むならまだいいほうだと思う。現実はおそらくもっと悲惨だ。
「退屈な毎日の繰り返しの中で刺激に飢えている──なんて陳腐な言い回しですが、実際そうなんですよ」
日常の中の刺激だの、人生の充実だの、そんなものは本来自力で見つけるべきものだ。
だがそれを理解している高校生なんてごく稀だろう。
だからみんな簡単に何の気なしに「何かおもしろいことないかなあ」などと口にする。
「いわれのない罪で糾弾されているところに颯爽と現れる救世主──ドラマの中なら面白いかもしれませんが」
現実にそんなことをしたら。三人とも、刺激に飢えた群衆の恰好の餌食になるほかなかっただろう。
ややこしくなるどころの話ではない。
「……本当の意味でけりをつけられるのは、渦中の二人だけです。それに」
意図的に一呼吸おく。
「……彼女は、『あなた』に助けられたかったんじゃないですか? 僕じゃなく」
「──!」
予想外の言葉を浴びせられたせいだろう。拓海は大きく目を見開いた。
「そんなことは……」
そう言いかけ、唇を噛む。
「彼女は──玲奈は、きっと自分で何とかしたと思う。強い……人だから。あの時だって──」
おそらく、その廊下での一件を言っているのだろう。
たしかに、玲奈はああ見えておとなしいわけでもないし、憶病なわけでもない。
不必要に目立つことを厭うだけで、その中にはきちんと芯が通っているのだ。
「……君は知らないだろうけど、玲奈は俺を好きなわけじゃない」
拓海はそう言って、かすかに顔をゆがめた。
「そんなことないと思いますけどね」
熱を込めるでもなく淡々と答える。
拓海がどう思うかは別として、祐輝には慰めのつもりはなかった。
「好きじゃなかったら付き合わないでしょう、普通」
あえて月並みな表現を投げかけてみる。
相談というほどではないものの、本当は玲奈から迷いを打ち明けられていた。告白されてしまったがどうすればいいのか、と。
もちろんそれを張本人である拓海に伝えたりはしないが。
「いや……」
拓海の表情は晴れない。
祐輝は内心ため息をついた。当事者というのは案外わからないものなのかもしれない。
最初の最初──きっと拓海に告白されたその瞬間から、玲奈は少しずつ拓海に惹かれていっているのに。
告白されたくらいであんなに迷い悩んでいたのは、決して恋愛経験の不足だけが理由じゃない。
それなりに好意があったからこそ、可能な限り誠実に答えなければと気負っていたのだ。
好きになれない相手なら初めからそんな気持ちは生まれない。
その場合に生じる悩みがあるとするならば、いかに波風を立てずに断るかというところだろう。
「こんなこと、ライバルに打ち明けるなんてどうかしてると自分でも思うけど」
拓海はどこか力なく笑った。
「だから……違いますって」
その発想は一体どこから生まれたのだろう。
祐輝にとって、あくまで玲奈は「玲奈」でしかないない。恋愛感情を抱く対象ではないのだ。
「いずれは君も気づくときがくるかもね──玲奈の魅力に」
拓海はそう言って立ち上がった。
言いたいことを言い、気が済んだのだろうか。
「……ちなみにその魅力、って何なんですか?」
祐輝の言葉に、拓海は意外そうな顔で振り返る。
「なんだと思う?」
問い返されたところでわかるはずがない。
祐輝が短く「顔」とだけ答えると、拓海は吹き出した。
「ちょっとは当てようって気、見せてよ」
言いながら可笑しそうに笑っている。
拓海は気付いているのだろうか──「違う」とは言わずに、違うと表明していることに。
「じゃあ、その話もいずれ……ね」
拓海のそんな言葉に、「いや結構です」という声がのどまで出かかった。
「……」
口を開かなかったのは、ほんの一瞬だが、拓海の遠い、そしてどこか陰のある目を見てしまったからだ。
「俺に守れるか……?」
拓海は囁くようにつぶやいた。玲奈を守り切れるかどうか──それは拓海次第だろう。
何か言うべきか決めかねていると予鈴が鳴った。まるで見計らったかのようなタイミングだ。
「それじゃ、行きますか」
大きく伸びをしながら拓海が言う。
そしてちらりとこちらを振り返ると、また身軽に窓枠を乗り越えた。
思わず言葉に詰まってしまった。
昇降口にいた祐輝の姿が拓海に見えたとは思えないが──。
「……どういう、意味ですか?」
慎重に聞き返す。
「そのままの意味だよ。君はあの時、あそこにいたんだよね」
この言い方なら、拓海は直接祐輝の姿を目にしたわけではないのだろう。だが確信はあるようだ。
「あの日、君は俺に『今度は』助ける気があるかと聞いてきた。それって、俺が助けなかったことを知っていてこその発言でしょ」
なるほどな、と祐輝は内心舌を巻く。
そんな言い回しを手掛かりに、あの場──正確には、掲示板の前ではないのだが──にいたことを言い当てられるとは思っていなかった。
「……僕ならあなたよりも上手く助けられたと、そう言いたいんですか?」
今ひとつ拓海の質問の意図が読めない。
「そうとは言ってないよ。それは俺にはわからない」
拓海は静かに言った。では何が言いたいのか──そんな疑問を飲み込む。
「……できなくはなかったと思います」
祐輝は言葉を選びながら答えた。
「たとえば、あの『浮気現場』には、本人と浮気相手、それからあの写真を撮った人物、の最低三人がいたことになります。そんなこと、あれ自体が『作られた』状況でない限りあり得ない。でも」
いったん言葉を切り、拓海の様子を確認する。口を挟む気はないらしい。
「人は、自分の信じたいものを信じたいようにしか信じない生き物でしょう」
片方の眉が軽く吊り上がるのが見えた。
「あの告発の不自然さを指摘しても、無駄だったと?」
正直、「無駄」で済むならまだいいほうだと思う。現実はおそらくもっと悲惨だ。
「退屈な毎日の繰り返しの中で刺激に飢えている──なんて陳腐な言い回しですが、実際そうなんですよ」
日常の中の刺激だの、人生の充実だの、そんなものは本来自力で見つけるべきものだ。
だがそれを理解している高校生なんてごく稀だろう。
だからみんな簡単に何の気なしに「何かおもしろいことないかなあ」などと口にする。
「いわれのない罪で糾弾されているところに颯爽と現れる救世主──ドラマの中なら面白いかもしれませんが」
現実にそんなことをしたら。三人とも、刺激に飢えた群衆の恰好の餌食になるほかなかっただろう。
ややこしくなるどころの話ではない。
「……本当の意味でけりをつけられるのは、渦中の二人だけです。それに」
意図的に一呼吸おく。
「……彼女は、『あなた』に助けられたかったんじゃないですか? 僕じゃなく」
「──!」
予想外の言葉を浴びせられたせいだろう。拓海は大きく目を見開いた。
「そんなことは……」
そう言いかけ、唇を噛む。
「彼女は──玲奈は、きっと自分で何とかしたと思う。強い……人だから。あの時だって──」
おそらく、その廊下での一件を言っているのだろう。
たしかに、玲奈はああ見えておとなしいわけでもないし、憶病なわけでもない。
不必要に目立つことを厭うだけで、その中にはきちんと芯が通っているのだ。
「……君は知らないだろうけど、玲奈は俺を好きなわけじゃない」
拓海はそう言って、かすかに顔をゆがめた。
「そんなことないと思いますけどね」
熱を込めるでもなく淡々と答える。
拓海がどう思うかは別として、祐輝には慰めのつもりはなかった。
「好きじゃなかったら付き合わないでしょう、普通」
あえて月並みな表現を投げかけてみる。
相談というほどではないものの、本当は玲奈から迷いを打ち明けられていた。告白されてしまったがどうすればいいのか、と。
もちろんそれを張本人である拓海に伝えたりはしないが。
「いや……」
拓海の表情は晴れない。
祐輝は内心ため息をついた。当事者というのは案外わからないものなのかもしれない。
最初の最初──きっと拓海に告白されたその瞬間から、玲奈は少しずつ拓海に惹かれていっているのに。
告白されたくらいであんなに迷い悩んでいたのは、決して恋愛経験の不足だけが理由じゃない。
それなりに好意があったからこそ、可能な限り誠実に答えなければと気負っていたのだ。
好きになれない相手なら初めからそんな気持ちは生まれない。
その場合に生じる悩みがあるとするならば、いかに波風を立てずに断るかというところだろう。
「こんなこと、ライバルに打ち明けるなんてどうかしてると自分でも思うけど」
拓海はどこか力なく笑った。
「だから……違いますって」
その発想は一体どこから生まれたのだろう。
祐輝にとって、あくまで玲奈は「玲奈」でしかないない。恋愛感情を抱く対象ではないのだ。
「いずれは君も気づくときがくるかもね──玲奈の魅力に」
拓海はそう言って立ち上がった。
言いたいことを言い、気が済んだのだろうか。
「……ちなみにその魅力、って何なんですか?」
祐輝の言葉に、拓海は意外そうな顔で振り返る。
「なんだと思う?」
問い返されたところでわかるはずがない。
祐輝が短く「顔」とだけ答えると、拓海は吹き出した。
「ちょっとは当てようって気、見せてよ」
言いながら可笑しそうに笑っている。
拓海は気付いているのだろうか──「違う」とは言わずに、違うと表明していることに。
「じゃあ、その話もいずれ……ね」
拓海のそんな言葉に、「いや結構です」という声がのどまで出かかった。
「……」
口を開かなかったのは、ほんの一瞬だが、拓海の遠い、そしてどこか陰のある目を見てしまったからだ。
「俺に守れるか……?」
拓海は囁くようにつぶやいた。玲奈を守り切れるかどうか──それは拓海次第だろう。
何か言うべきか決めかねていると予鈴が鳴った。まるで見計らったかのようなタイミングだ。
「それじゃ、行きますか」
大きく伸びをしながら拓海が言う。
そしてちらりとこちらを振り返ると、また身軽に窓枠を乗り越えた。
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