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第1章
40-Y 突破口
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「まず、あの写真が撮られたのはどこだったと思いますか? 雑にモザイクがかけられてはいますが、見覚えがあると思います」
祐輝が尋ねると、拓海は驚いたように首を振った。
「待って。モザイク云々以前にそんなにじっくり見る余裕なんか……」
当然、なかったに違いない。それは祐輝にもわかっていた。なのでポケットからスマホを取り出し、件の画像を表示させる。掲示板に張り出されたあの写真をスマホのカメラで撮影したものだ。
その画面を見せると、拓海は表情を変えた。
「それ……! 君が撮ったの?」
拓海が気色ばんで身を乗り出すので、祐輝は反射的に身体を引く。
「まさか。そんなことしませんよ。誰かが撮った画像が、僕のいるグループトークにも流れてきただけです」
祐輝は拓海にスマホを手渡す。拓海は一瞬躊躇したものの、最終的には受け取り画面をのぞき込んだ。二本指で拡大したり、画面をスライドさせたりしている。
「……ん? これってスパイクか……? あとこれも……」
そんな独り言が聞こえてきた。
知らない人はいくら注意して観察してもわからないだろう。けれどよく知っている人なら? 毎日のようにその場所に出入りしている人なら──?
「まさか……」
拓海が顔を上げこちらを見た。祐輝の言った意味がわかったのだろう。
「うちの……?」
それには答えずに、祐輝は口を開く。
「……少し前の放課後ですね。僕と僕の友人が、ほぼその写真のままの格好で気を失っている彼女を見つけました──お察しの通り、サッカー部の部室で」
そう、玲奈が倒れていたのはほかでもないサッカー部の部室だった。
あの時はそこまで気が回らなかったものの、別の日に確認しに行ってみたのだ。あの日唯一鍵が開いていた部室は、サッカー部に割り当てられたものだった。
「本人の話では、ボックス街で突然誰かに首を絞められ気絶させられたそうです。気がつくと医務室のベッドに寝かされていた、と」
衝撃のあまり拓海は言葉が出ないようだった。校内でそんなことが起こるなんて、きっと普通なら考えられないだろう。だがこれは実際に起こったことなのだ。
「……実際に何があったのか、誰の仕業なのか。そういったことを明らかにしてくれるような証拠は何もありません。でも」
祐輝はいったん言葉を切る。拓海はまっすぐにこちらを見ていた。
その表情を見て、おそらく大丈夫だろうと直感する。
「佐々木玲奈の無実を信じるには足るんじゃないかと、僕は思います。これが、『なぜ自分にこんな話をしたのか』というあなたの質問への僕の答えです」
これで、ボックス街での一件は誰にも言わないでほしいという玲奈の願いを、結果としては裏切ることになってしまった。けれどたぶん、これは正しい選択だったはずだ。
「……」
拓海はかなりの間黙っていた。が、何かを決めたように──あるいは何かを諦めたように、長い息を吐き出した。
「……あの写真。君のグループに流れたくらいだから、何人もが保存も複製も自由にできる状態だろうね」
拓海の言葉に、祐輝はうなずいた。
「仮にそうでなかったとしても、最低誰か一人はあの写真のそもそものデータを持っていて、いつでも流せる状態でしょうけど」
当然ながらそういうことになるだろう。拓海だってわかっているに違いない。「だよね……」と天を仰いだ。
「……だとしたら、あの写真自体の価値をなくすしかない、か」
拓海のその考えは正しい。こうなってしまった以上、あの写真をこの世から消し去ることはほぼ不可能なのだ。
残された道はひとつ──あの写真を「無意味なもの」にするしかない。
「……少し話は逸れますが、松岡先輩は自分も被害者だって自覚ありますか?」
さりげなく水を向けてみる。が、拓海の反応は予想通りだった。意外そうに目を瞬いたのだ。
「あ、ああ。それはまあ、仲を引き裂こうとされたわけだし……」
半ば独り言のように言って納得しかける拓海に、祐輝はため息を飲み込む。
「……見方次第ではありますが、『愛する彼女を寝取られた哀れな男』か、あるいは『彼女の貞操観念を見抜けなかった愚かな男』ってところだと思いますよ」
プライドを拗らせた男には耐えられない屈辱のはずだ。だが拓海はへえ、と感心したような表情だ。
「その発想はなかったなあ。それよりも、俺のせいでそんな危ない目に遭わせたっていうほうが……」
拓海はそこまで言って黙り込む。何も言わずに待っていると、拓海はそろそろとこちらに向き直った。
「……どうすれば守れると思う? いや、君にそんなこと聞くのは間違ってるのはわかってるんだけど」
からかっているような顔でも、試している顔でもなかった。たぶん、真剣に意見を求めているのだろう。
祐輝に言わせれば、何かを守りたいのなら「力」を使うのみだ。それは人によっては腕力であり、また人によっては権力だろう。だがそれだけが「力」ではない。
「……考えてみてください。あなたと彼女、両方の名誉を救える方法を」
祐輝は「失礼します」と一礼し、拓海に背を向けた。
ヒントは十分に出したと思う。あとは彼ら自身がどうするかだ。拓海と、玲奈が。
ドアの手前まで来たときだった。
「──園田くん」
拓海に呼び止められたのだ。とっさに上半身だけで振り返ると、拓海はふっと微笑んだ。
「君は、案外良い生徒会長になると思うよ」
「──!?」
生徒会に入っていることなんて一言も言っていないはずだ。ということは、拓海は最初から知っていたのだろうか。
「……僕のこと、ご存知だったんですね」
拓海は答えない。代わりに、すっと視線を外した。
「目立つからね──お互い」
とげのようなものは感じられない。けれどどこか含みのある言い方に聞こえたのは気のせいではないだろう。
祐輝は今度こそ、部屋を後にした。
祐輝が尋ねると、拓海は驚いたように首を振った。
「待って。モザイク云々以前にそんなにじっくり見る余裕なんか……」
当然、なかったに違いない。それは祐輝にもわかっていた。なのでポケットからスマホを取り出し、件の画像を表示させる。掲示板に張り出されたあの写真をスマホのカメラで撮影したものだ。
その画面を見せると、拓海は表情を変えた。
「それ……! 君が撮ったの?」
拓海が気色ばんで身を乗り出すので、祐輝は反射的に身体を引く。
「まさか。そんなことしませんよ。誰かが撮った画像が、僕のいるグループトークにも流れてきただけです」
祐輝は拓海にスマホを手渡す。拓海は一瞬躊躇したものの、最終的には受け取り画面をのぞき込んだ。二本指で拡大したり、画面をスライドさせたりしている。
「……ん? これってスパイクか……? あとこれも……」
そんな独り言が聞こえてきた。
知らない人はいくら注意して観察してもわからないだろう。けれどよく知っている人なら? 毎日のようにその場所に出入りしている人なら──?
「まさか……」
拓海が顔を上げこちらを見た。祐輝の言った意味がわかったのだろう。
「うちの……?」
それには答えずに、祐輝は口を開く。
「……少し前の放課後ですね。僕と僕の友人が、ほぼその写真のままの格好で気を失っている彼女を見つけました──お察しの通り、サッカー部の部室で」
そう、玲奈が倒れていたのはほかでもないサッカー部の部室だった。
あの時はそこまで気が回らなかったものの、別の日に確認しに行ってみたのだ。あの日唯一鍵が開いていた部室は、サッカー部に割り当てられたものだった。
「本人の話では、ボックス街で突然誰かに首を絞められ気絶させられたそうです。気がつくと医務室のベッドに寝かされていた、と」
衝撃のあまり拓海は言葉が出ないようだった。校内でそんなことが起こるなんて、きっと普通なら考えられないだろう。だがこれは実際に起こったことなのだ。
「……実際に何があったのか、誰の仕業なのか。そういったことを明らかにしてくれるような証拠は何もありません。でも」
祐輝はいったん言葉を切る。拓海はまっすぐにこちらを見ていた。
その表情を見て、おそらく大丈夫だろうと直感する。
「佐々木玲奈の無実を信じるには足るんじゃないかと、僕は思います。これが、『なぜ自分にこんな話をしたのか』というあなたの質問への僕の答えです」
これで、ボックス街での一件は誰にも言わないでほしいという玲奈の願いを、結果としては裏切ることになってしまった。けれどたぶん、これは正しい選択だったはずだ。
「……」
拓海はかなりの間黙っていた。が、何かを決めたように──あるいは何かを諦めたように、長い息を吐き出した。
「……あの写真。君のグループに流れたくらいだから、何人もが保存も複製も自由にできる状態だろうね」
拓海の言葉に、祐輝はうなずいた。
「仮にそうでなかったとしても、最低誰か一人はあの写真のそもそものデータを持っていて、いつでも流せる状態でしょうけど」
当然ながらそういうことになるだろう。拓海だってわかっているに違いない。「だよね……」と天を仰いだ。
「……だとしたら、あの写真自体の価値をなくすしかない、か」
拓海のその考えは正しい。こうなってしまった以上、あの写真をこの世から消し去ることはほぼ不可能なのだ。
残された道はひとつ──あの写真を「無意味なもの」にするしかない。
「……少し話は逸れますが、松岡先輩は自分も被害者だって自覚ありますか?」
さりげなく水を向けてみる。が、拓海の反応は予想通りだった。意外そうに目を瞬いたのだ。
「あ、ああ。それはまあ、仲を引き裂こうとされたわけだし……」
半ば独り言のように言って納得しかける拓海に、祐輝はため息を飲み込む。
「……見方次第ではありますが、『愛する彼女を寝取られた哀れな男』か、あるいは『彼女の貞操観念を見抜けなかった愚かな男』ってところだと思いますよ」
プライドを拗らせた男には耐えられない屈辱のはずだ。だが拓海はへえ、と感心したような表情だ。
「その発想はなかったなあ。それよりも、俺のせいでそんな危ない目に遭わせたっていうほうが……」
拓海はそこまで言って黙り込む。何も言わずに待っていると、拓海はそろそろとこちらに向き直った。
「……どうすれば守れると思う? いや、君にそんなこと聞くのは間違ってるのはわかってるんだけど」
からかっているような顔でも、試している顔でもなかった。たぶん、真剣に意見を求めているのだろう。
祐輝に言わせれば、何かを守りたいのなら「力」を使うのみだ。それは人によっては腕力であり、また人によっては権力だろう。だがそれだけが「力」ではない。
「……考えてみてください。あなたと彼女、両方の名誉を救える方法を」
祐輝は「失礼します」と一礼し、拓海に背を向けた。
ヒントは十分に出したと思う。あとは彼ら自身がどうするかだ。拓海と、玲奈が。
ドアの手前まで来たときだった。
「──園田くん」
拓海に呼び止められたのだ。とっさに上半身だけで振り返ると、拓海はふっと微笑んだ。
「君は、案外良い生徒会長になると思うよ」
「──!?」
生徒会に入っていることなんて一言も言っていないはずだ。ということは、拓海は最初から知っていたのだろうか。
「……僕のこと、ご存知だったんですね」
拓海は答えない。代わりに、すっと視線を外した。
「目立つからね──お互い」
とげのようなものは感じられない。けれどどこか含みのある言い方に聞こえたのは気のせいではないだろう。
祐輝は今度こそ、部屋を後にした。
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