手のひらのひだまり

蒼村 咲

文字の大きさ
上 下
34 / 63
第1章

34-Y 鷹のように

しおりを挟む
(なんか引っかかるんだよな……)

昼休み、祐輝は自分の席でぼんやりと考える。
玲奈が襲われたあの日のことだ。改めて振り返ってみればおかしなところがいくつもある。

まず気になるのは目的──動機だ。
玲奈自身も言っていたように、あの一件はどう考えても最初から玲奈一人を標的にしていた。わざわざ名指しして呼び出させたのだから間違いないだろう。
その呼び出しにも、玲奈とは無関係な洋介を使っている。おそらく一年の、それも男子生徒なら面識がないだろうと踏んで選んだのだろう。
それが洋介だったのは偶然かもしれないが、洋介なら従順に指示通り動きそうだと踏んで選んだ可能性だって、現時点では捨てきれない。

それに、あの一件はあの日のあのタイミングでなければうまくいかなかった。
というのも、玲奈が放課後一人教室に残っていたのは日直だったからなのだ。普段なら生徒会室に他の部員たちといるか、何もない日ならとっくに下校している時間だった。

犯人がそこまで把握して計画を立てていた、なんていうことはありうるだろうか。もしそうだとしたら、単独犯であれ複数犯であれ、いったいどれほど校内事情に詳しい人間なのか、という話になるが。

(いや、それよりも……)

決定的にわからないことがある、と祐輝は思う。
ボックス街で玲奈を見つけた時、状況から何者かに性犯罪目的で部室に連れ込まれたのだと思った。けれど、それにしては不自然な点が複数あるのだ。
まずはあの日も確認した時間の問題だ。洋介の話から、玲奈が部室に連れ込まれてから祐輝が発見するまでの時間はせいぜい十分程度だ。絶対的に時間が足りない。

もしかしたら玲奈を見つけたあの瞬間に、実は犯人が同じ部室の中のどこかに隠れていた、という可能性もあるかもしれない。
祐輝たちが玲奈を探しにやってきたということは、声や物音で中からでもわかったはずだし、とっさに物陰に隠れ息を殺すくらいの余裕はあっただろう。

祐輝自身はどこかに人が潜んでいるような気配は感じなかったが、それもあの状況下ではあまりあてにならないと思う。
犯人が部室内に潜んでいるなんて考えは頭になかったし、あの時はほとんど玲奈だけに気をとられていた。

(いや、でも……)

玲奈を呼び出すのにあそこまで周到な計画を立てる人間が、そんなミスをするだろうか。
玲奈の証言も気になる。手荒な真似をされたショックで気を失ったのだろうと思っていたが、どうやら最初から気絶させられていたらしいのだ。
普通、強姦しようとする相手を気絶させたりするだろうか。もちろん、性犯罪を犯すような人間の思考回路なんて知ったことじゃないが。泥酔させて事に及ぶ話にはあちこちで出会うし、それが少々過激になっただけの話か──。

「──園田くん」

考え事をしていたせいで、人が近づいてきていることに気がつかなかった。
顔を上げるまでもなくわかる。洋介の声だ。

「……ああ。何?」

すると洋介はあたりを見回し、声を低くした。

「あの人、大丈夫かなと思って……」

玲奈のことだろう。やはり相当に責任を感じているらしい。
「んー……どうだろな」

祐輝はあの日の帰り道を思い浮かべて腕を組む。
大丈夫、と言い切ることはできない気がする。あれはきっと、本人に自覚のないトラウマだ。

「しばらくは引きずるかもしれない……けど」

今の自分たちにできることはほとんどないだろう。クラスどころか学年さえ違う玲奈を四六時中警護するなんて、現実的ではない。

「奥野は奥野で、自分のこともあるだろ」

カマをかけるつもりはなかった。勉強ができることを誇示するやつはいても、わざわざ隠したがる男子はあまりいない。単純に、学力も「力」だからだ。
洋介はおそらく過去に、それを隠したい──つまり、目立ちたくないと思うようになるきっかけがあったのだろう。たとえば──。

「園田くんは……なんっていうか、察しがいいよね。頭だけじゃなくて」

そう言って洋介は悲しげに笑った。
いや、笑ったというよりも、顔をゆがめたという方が正確かもしれない。

「自分一人じゃ……誰かを犠牲にしなきゃ自分の身すら守れないなんて、我ながら最低だよ」

洋介の吐き出すような声を聞きながら、みんな常に何かと闘っているんだな、と祐輝は思う。
自分はどうだろう。今はわりあい要領よく平和に生きていると思っているが、実際のところはわからない。本物の危機に面してみない限りは。

「奥野にはコレがあるじゃん。俺に勝つレベルのコレが」

祐輝は自分のこめかみに人差し指をあてる。高い学力を誇示するだけが「頭」の使い方ではない。
「能ある鷹」のように生きればそれでいいのだ。その爪は普段は隠していても、必要な時に適切に使えることが大事なのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良
青春
とある県の平凡な県立高校「東総倉高等学校」に通う、名前以外は平凡な少年が、個性的な人間たちに翻弄され、振り回され続ける学園コメディ! 彼は、ごくごく平凡な男子高校生である。…名前を除けば。 田中天狼と書いてタナカシリウス、それが彼の名前。 この奇妙な名前のせいで、今までの人生に余計な気苦労が耐えなかった彼は、せめて、高校生になったら、平凡で平和な日常を送りたいとするのだが、高校入学後の初動に失敗。 ぼっちとなってしまった彼に話しかけてきたのは、春夏秋冬水と名乗る、一人の少女だった。 そして彼らは、二年生の矢的杏途龍、そして撫子という変人……もとい、独特な先輩達に、珍しい名を持つ者たちが集まる「奇名部」という部活への起ち上げを誘われるのだった……。 ・表紙画像は、紅蓮のたまり醤油様から頂きました! ・小説家になろうにて投稿したものと同じです。

青空墓標

みとみと
青春
若者の有り余る熱情の暴走の果て。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

水曜日は図書室で

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
青春
綾織 美久(あやおり みく)、高校二年生。 見た目も地味で引っ込み思案な性格の美久は目立つことが苦手でクラスでも静かに過ごしていた。好きなのは図書室で本を見たり読んだりすること、それともうひとつ。 あるとき美久は図書室で一人の男子・久保田 快(くぼた かい)に出会う。彼はカッコよかったがどこか不思議を秘めていた。偶然から美久は彼と仲良くなっていき『水曜日は図書室で会おう』と約束をすることに……。 第12回ドリーム小説大賞にて奨励賞をいただきました! 本当にありがとうございます!

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

信仰の国のアリス

初田ハツ
青春
記憶を失った女の子と、失われた記憶の期間に友達になったと名乗る女の子。 これは女の子たちの冒険の話であり、愛の話であり、とある町の話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...