手のひらのひだまり

蒼村 咲

文字の大きさ
上 下
27 / 63
第1章

27-R 初デート

しおりを挟む
(ああ、なんかデートって感じだなあ……)

フードコートの席で拓海を待ちながら、玲奈はそんなことを思う。

あの後、まずは映画館に行った。ちょうどいい時間に上映があったのでそのまま一作見てきたのだ。
公開からしばらく時間が経っていたおかげで、スクリーンは少し小さめだったものの見やすい良い席で見ることができたし、話題作というだけあって映画そのものも楽しかった。

それから軽く何かお腹に入れようかということで、二人はこのフードコートにやってきていた。
日曜日のフードコートは混んでいて、ざっと見渡してみただけでも空席はほとんど見当たらない。
先に席を確保しておくほうがよさそうだということで、拓海と玲奈は買いに行く係と席を確保する係で二手に分かれることにしたのだ。

と、向かいの席の椅子を誰かが引いた。

「あっ、すみません連れがいて……」

けれど玲奈の声が聞こえなかったのか、そのまま向かいの席に腰を下ろしてしまう。
見れば同い年か少し年上くらいの男の子だった。玲奈の顔をじっとのぞき込んでくる。

「連れって彼氏?」

ちゃんと聞こえているじゃないか、と玲奈は思う。
それになんでわざわざそんなことを聞くのだろう。なんとなく嫌な予感を覚えながら玲奈はうなずいた。

「そう……ですけど」

すると彼はいたずらっぽく笑って言った。

「こんなとこに置き去りにするような彼氏よりさ、俺と遊ぼうよ」
「……!」

そこまで言われて初めて、どうやらこれはナンパらしいと気づいた。
どうしよう。急に胸の動悸が速くなった。
気づけば最初よりも距離を詰められている気がする。周りにたくさん人がいるにもかかわらず、怖い。

(どうしよう、逃げる? でもそしたらもう席見つからなくなっちゃうかもしれないし……)

逡巡したものの、背に腹は代えられない。
拓海には後で謝ろうと立ち上がりかけた時だった。

「──はいはい、そこ俺の席だから返して」

拓海だった。男の子は拓海の登場に驚いたのか目を見開いたが、おとなしく席を立った。

「あーあ。彼氏クンのお出ましじゃしょうがないね」

そう言って、拓海には目もくれずに歩き出す。けれど、ほっとしたのもつかの間だった。

「……せいぜい気をつけなよ」

すれ違いざまにそんな言葉を浴びせられたのだ。低い声だったので拓海には聞こえなかったと思う。
けれど思わず身を硬くしてしまった。
気をつけろって、どういうことだろう。これからは今みたいに、見知らぬ人間に声を掛けられることが増えるということなのだろうか。

「大丈夫? ごめん。俺が待たせたから」

申し訳なさそうな拓海の声で我に返る。見れば椅子にも座らずに心配そうに玲奈の顔をのぞき込んでいた。
あわてて首を振る。

「ううん、気にしないで。大丈夫。たぶんナンパだと思う」

今まであんな風に声をかけられることはなかったから、あくまで「たぶん」なのだけれど。

「平気ならいいんだけど。……はい、これ」

まだ少し心配そうにしながらも、拓海は玲奈の向かいに座り、買ってきたクレープを手渡してくれた。
お礼を言って受け取る。クレープは包み紙越しにほんのりと温かかった。

「……何か嫌なこととか言われなかった?」

クレープを頬張っていると、拓海が聞いてきた。相当に申し訳なく思っているらしい。
玲奈はもぐもぐしながらうなずいた。

「……なんか勝手に座ってきて、『彼氏より俺と遊ぼうよ』的なこと言われて、怖くて逃げようかと思ってた時に松岡くんが戻ってきてくれて」

簡潔に説明すると、拓海ははあああと深い息を吐いた。

「ほんと申し訳ないわ」

そう言ってうなだれている。玲奈は慌てて手を振った。

「いや、ほんと気にしないで。私がナンパされることなんてもうないだろうし」

さっきの男の子だって、きっと何か血迷っていたのだ。そうでもなければ、わざわざ玲奈を選んで声をかけてくる理由がわからない。

「そうとは限らないよ。玲奈、可愛いんだし」

さらっとそんなことを言う拓海を、玲奈はまじまじと見つめる。

「松岡くんは……私のこれがハリボテっていうか、作り物っていうの知ってるよね」

自分の顔を指さしながら玲奈が言うと、拓海はきょとんとした顔で目を瞬いた。

「え、どういう意味」

どういう意味と聞かれても困る。玲奈としてはそのままの意味のつもりだった。

「なんっていうか……もともとこんな見た目だったわけじゃないってこと。もっと地味でおとなしい感じだったでしょ、私」

祐輝にさんざん言われた「冴えない」という形容詞はあえて使わない。

「そう……だね。雰囲気は変わったと思うし、もっと言うなら可愛くなったと思う」
(ま、またほらはっきりと……)

玲奈が返事に困っていると、拓海は小声で「だから告ったみたいなとこはあるんだけど」と付け足した。
拓海の意図はわからないものの、その言葉はしっかりと玲奈の耳に届く。

(あ、やっぱりそうなんだ)

それくらいしかきっかけは思いつかなかったし、見当はついていたけれどあっさりと本人の言葉で確認できてしまった。
告白したいと拓海に思わせるだけの変貌を遂げた──そう言われてもあまりピンとこないのだけれど。

「あ、でも見た目が好きってことじゃないからね。もちろん」

玲奈が何も言わないことに焦ったのか、拓海が慌てたように言い足した。
そのようすが可笑しくて、玲奈は思わず笑い声を上げる。

「ええ? 今自分でそう言ったのに?」

笑いをこらえながら言うと、拓海は「いや、そうじゃなくて」と顔の前で手を振った。

「このままだと他の奴に目つけられるだろうなって思って」

そう言って照れ笑いする。なんだか見ている景色が違いすぎる感じがして、つい目が点になってしまった。

「そんなことないよ。私に惹かれるなんて奇特な人松岡くんくらいしかいないし。それに」

玲奈は少し前に階段で立ち聞きした女子たちの会話を思い出す。

「今更おしゃれなんかしてバカみたいって思われてるんだよ、私」

愚痴や僻みに聞こえないよう、努めて朗らかに言った。けれど、拓海は玲奈の言葉に眉をひそめた。

「それ、誰かが言ってたの?」

拓海が聞くが、詳細に説明するのはあまり気が進まない。

「うーん、まあそんな感じ」

ぼかして答えると、拓海は食べかけのクレープを持ったまま天井を仰いだ。

「それさ、裏を返せば玲奈が『可愛くなった』って言ってるようなもんだと思うよ。そう思ってるからこそ、そうやって馬鹿にして貶めてないと気が済まないんじゃない?」
「……!」

驚いて顔を上げると拓海と目が合った。フォローのつもりかもしれないけれど、拓海の言うことには一理ある。
もちろん、反感を買っているなあとは思ったけれど、玲奈自身がそんな風に考えたことは一度もなかった。
付き合っている相手というのは、「彼氏」というのは、こんな風にいつだって味方になってくれる存在なのかもしれない。
今こそ一歩踏み出す時だと、玲奈は静かに息を吸い込む。

「……ありがとう。松岡くん──ううん、拓海くん」

拓海は一瞬、はっきりと目を見開いた。が、すぐににっこりと微笑む。
その笑顔に照らされ、ばくばくと暴れる玲奈の心臓は穏やかさを取り戻していった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良
青春
とある県の平凡な県立高校「東総倉高等学校」に通う、名前以外は平凡な少年が、個性的な人間たちに翻弄され、振り回され続ける学園コメディ! 彼は、ごくごく平凡な男子高校生である。…名前を除けば。 田中天狼と書いてタナカシリウス、それが彼の名前。 この奇妙な名前のせいで、今までの人生に余計な気苦労が耐えなかった彼は、せめて、高校生になったら、平凡で平和な日常を送りたいとするのだが、高校入学後の初動に失敗。 ぼっちとなってしまった彼に話しかけてきたのは、春夏秋冬水と名乗る、一人の少女だった。 そして彼らは、二年生の矢的杏途龍、そして撫子という変人……もとい、独特な先輩達に、珍しい名を持つ者たちが集まる「奇名部」という部活への起ち上げを誘われるのだった……。 ・表紙画像は、紅蓮のたまり醤油様から頂きました! ・小説家になろうにて投稿したものと同じです。

青空墓標

みとみと
青春
若者の有り余る熱情の暴走の果て。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

水曜日は図書室で

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
青春
綾織 美久(あやおり みく)、高校二年生。 見た目も地味で引っ込み思案な性格の美久は目立つことが苦手でクラスでも静かに過ごしていた。好きなのは図書室で本を見たり読んだりすること、それともうひとつ。 あるとき美久は図書室で一人の男子・久保田 快(くぼた かい)に出会う。彼はカッコよかったがどこか不思議を秘めていた。偶然から美久は彼と仲良くなっていき『水曜日は図書室で会おう』と約束をすることに……。 第12回ドリーム小説大賞にて奨励賞をいただきました! 本当にありがとうございます!

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

信仰の国のアリス

初田ハツ
青春
記憶を失った女の子と、失われた記憶の期間に友達になったと名乗る女の子。 これは女の子たちの冒険の話であり、愛の話であり、とある町の話。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...