上 下
1 / 5

第1話 記憶の痛み

しおりを挟む
箱を開けた途端、あの匂いがふわりと広がった。
ツンと鼻につく、でも甘いあの匂い。彼の、匂いだ。
そう思った途端、きゅうっと胸が苦しくなった。
彼と会うたび、そばで触れ合うたびに感じていたあの匂い。

感覚器官に刻み込まれた記憶は鮮烈だった。
まだ何もできていないのに、もう涙で前が見えなくなってしまっている。

箱の中には「すべて」があった。
彼と過ごした時間、彼と過ごした証、そのすべてが。


何が入っているのかは、最初からわかっているつもりだった──けれど。

体中が痛かった。
どこか奥深くを突き刺されたかのような鋭い痛みに耐えられず、私は床の上で体を折る。
これは誰かを想って泣く痛みだ。
心だけじゃない。体中が痛みに悲鳴を上げている。
もう二度と起き上がれないんじゃないか──そう思えてしまうほどの痛みだった。


それでも、私はゆっくりと体を起こした。
このままじゃ何も変わらない。変えることができない。
私は箱の中身を一つずつ取り出し、順番に並べていった。


この箱が届いたのは昨日のこと。
本当に大きな失敗だったと思う──宛名が間違っていないことだけ確認して、さっと受け取ってしまったのは。
あの時こそが、最初で最後のチャンスだった。あのチャンスをつかめてさえいれば、こんな状況に陥らずに済んだはずなのだ。

別れたばかりの元恋人に、贈ったプレゼントを全部返されるなんて──。


箱からはいろんなものが出てきた。
誕生日やクリスマス、バレンタインデーに贈ったカードや、お土産のハンドタオルに手作りのキーホルダー。プレゼントしたものの中で一番喜んでもらえた、天体模型(彼は天文学専攻だった)。

あげたものだけじゃない。
一緒に撮った写真にプリクラ。ディズニーランドで買った、ミッキーとミニーでお揃いのカチューシャ。縁結びの神社のお守り──…。

彼にとっての、私とつながりのあるもの全て。

ひとつひとつ手に取るたびにいろんなことが思い出されてきた。楽しかったことも、嬉しかったことも、悲しかったことも、苦しかったことも。
それを今ここで全部説明したりはしないけれど。


一通り確認して、一通り泣いて。
最後の最後に、私は見覚えのない封筒を手に取った。これが何なのかは最初からわかっていた。この荷物にに添えられた、彼からの手紙──…。

糊付けされていない口を開いて便箋を取り出す。

不思議と手は震えなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ある一年の詩

酉之家幕乃宮
恋愛
大切な誰かと過ごした日々。 今ではそんな日々が宝物。 それは、人生の中ではほんの少しの長い一年だった。。。 これからも繰り返すであろう出会いと別れを 経験するその前に、思い出したい春夏秋冬、そして新たな春があった。

タバコ

tes
恋愛
ある喫煙所でしか会わない2人の出会いと別れの話

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

ヌードフォト

acolorofsugar
恋愛
「僕」は海と空以外に何もない海岸近くの小高い丘にいた。「僕」は、なぜ自分がそこにいるのかも、何者なのかもわからないまま、ただぼんやりと、目の前青い風景を。その中に溶け込みそうなくらいに見つめていたのっだった。だが、「僕」がふと思い立ち、丘の斜面を降り始めた時に聞こえてきた、謎の「声」。「僕」は、その声の予言のような「君は君に会う」と言う言葉に導かれ、砂浜を放浪するうちに、「思い出す」のであった。  それは、学生と転勤者の多く住むある地方都市の、九十年代半ばの頃のことだった。バブルが終わり、果てしなき不況の中に落ちて行く日本で、それでも落ちて行く者なりの浮遊感を楽しめた最後の時代。毎日毎日が、思い返せば特別で、濃密で、しかし飛ぶように過ぎていった日々。そんな毎日の中で、大学生ユウは、大音量のダンスミュージックに満ちたクラブSで、気のおけない友人や、気になる二人の女性、マイとサキに翻弄されながらも楽しく過ごしていたのだった。  しかし、そんな日々がしだいに終わって行く、そんなすべてを「僕」は思い出していくのだった……

メランコリック・コインランドリー。

若松だんご
恋愛
 10分100円。  それは、ちょっとした物思いにふける時間を手に入れる方法だった。  アパートの近くにある、古くも新しくもない、まあまあなコインランドリー。  そのコインランドリーの一角、左から三つ目にある乾燥機に自分の持ってきたカゴの中身を放りこみ、100円を投下することで得られる時間。  ようするに、洗濯物が乾くまでの時間。   そこで考えることは、とても「深い」とは言えず、およそ「哲学」ともほど遠い、どうでもいいことの羅列でしかなかった。  コインランドリー。  そこで過ごす俺の時間と、そこで出会った彼女の日常とが交差する。  特筆するような出来事もない、ドラマにするには物足りない、平凡すぎる俺と彼女の出会いの話。

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

処理中です...