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第1話 記憶の痛み
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箱を開けた途端、あの匂いがふわりと広がった。
ツンと鼻につく、でも甘いあの匂い。彼の、匂いだ。
そう思った途端、きゅうっと胸が苦しくなった。
彼と会うたび、そばで触れ合うたびに感じていたあの匂い。
感覚器官に刻み込まれた記憶は鮮烈だった。
まだ何もできていないのに、もう涙で前が見えなくなってしまっている。
箱の中には「すべて」があった。
彼と過ごした時間、彼と過ごした証、そのすべてが。
何が入っているのかは、最初からわかっているつもりだった──けれど。
体中が痛かった。
どこか奥深くを突き刺されたかのような鋭い痛みに耐えられず、私は床の上で体を折る。
これは誰かを想って泣く痛みだ。
心だけじゃない。体中が痛みに悲鳴を上げている。
もう二度と起き上がれないんじゃないか──そう思えてしまうほどの痛みだった。
それでも、私はゆっくりと体を起こした。
このままじゃ何も変わらない。変えることができない。
私は箱の中身を一つずつ取り出し、順番に並べていった。
この箱が届いたのは昨日のこと。
本当に大きな失敗だったと思う──宛名が間違っていないことだけ確認して、さっと受け取ってしまったのは。
あの時こそが、最初で最後のチャンスだった。あのチャンスをつかめてさえいれば、こんな状況に陥らずに済んだはずなのだ。
別れたばかりの元恋人に、贈ったプレゼントを全部返されるなんて──。
箱からはいろんなものが出てきた。
誕生日やクリスマス、バレンタインデーに贈ったカードや、お土産のハンドタオルに手作りのキーホルダー。プレゼントしたものの中で一番喜んでもらえた、天体模型(彼は天文学専攻だった)。
あげたものだけじゃない。
一緒に撮った写真にプリクラ。ディズニーランドで買った、ミッキーとミニーでお揃いのカチューシャ。縁結びの神社のお守り──…。
彼にとっての、私とつながりのあるもの全て。
ひとつひとつ手に取るたびにいろんなことが思い出されてきた。楽しかったことも、嬉しかったことも、悲しかったことも、苦しかったことも。
それを今ここで全部説明したりはしないけれど。
一通り確認して、一通り泣いて。
最後の最後に、私は見覚えのない封筒を手に取った。これが何なのかは最初からわかっていた。この荷物にに添えられた、彼からの手紙──…。
糊付けされていない口を開いて便箋を取り出す。
不思議と手は震えなかった。
ツンと鼻につく、でも甘いあの匂い。彼の、匂いだ。
そう思った途端、きゅうっと胸が苦しくなった。
彼と会うたび、そばで触れ合うたびに感じていたあの匂い。
感覚器官に刻み込まれた記憶は鮮烈だった。
まだ何もできていないのに、もう涙で前が見えなくなってしまっている。
箱の中には「すべて」があった。
彼と過ごした時間、彼と過ごした証、そのすべてが。
何が入っているのかは、最初からわかっているつもりだった──けれど。
体中が痛かった。
どこか奥深くを突き刺されたかのような鋭い痛みに耐えられず、私は床の上で体を折る。
これは誰かを想って泣く痛みだ。
心だけじゃない。体中が痛みに悲鳴を上げている。
もう二度と起き上がれないんじゃないか──そう思えてしまうほどの痛みだった。
それでも、私はゆっくりと体を起こした。
このままじゃ何も変わらない。変えることができない。
私は箱の中身を一つずつ取り出し、順番に並べていった。
この箱が届いたのは昨日のこと。
本当に大きな失敗だったと思う──宛名が間違っていないことだけ確認して、さっと受け取ってしまったのは。
あの時こそが、最初で最後のチャンスだった。あのチャンスをつかめてさえいれば、こんな状況に陥らずに済んだはずなのだ。
別れたばかりの元恋人に、贈ったプレゼントを全部返されるなんて──。
箱からはいろんなものが出てきた。
誕生日やクリスマス、バレンタインデーに贈ったカードや、お土産のハンドタオルに手作りのキーホルダー。プレゼントしたものの中で一番喜んでもらえた、天体模型(彼は天文学専攻だった)。
あげたものだけじゃない。
一緒に撮った写真にプリクラ。ディズニーランドで買った、ミッキーとミニーでお揃いのカチューシャ。縁結びの神社のお守り──…。
彼にとっての、私とつながりのあるもの全て。
ひとつひとつ手に取るたびにいろんなことが思い出されてきた。楽しかったことも、嬉しかったことも、悲しかったことも、苦しかったことも。
それを今ここで全部説明したりはしないけれど。
一通り確認して、一通り泣いて。
最後の最後に、私は見覚えのない封筒を手に取った。これが何なのかは最初からわかっていた。この荷物にに添えられた、彼からの手紙──…。
糊付けされていない口を開いて便箋を取り出す。
不思議と手は震えなかった。
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