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第52話 あふぎや

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(ああ、もうほんとダメだ……)

 今日もまた、さっきまであれでもないこれでもないと一人ファッションショーを繰り広げてしまったのだ。
 昨日の晩から──いや、正確には佐伯先輩と約束をしたあの日から、何を着ていくかずっと考え続けていたはずなのに。
 そうやって迷いに迷った挙げ句シンプルなブラウスとスカートに落ち着いてしまったあたり、本当に何をしているんだろうと思う。

(変ではない、はずだけど代わり映えしないよなあ……)

 電車の窓にうっすらと映る自分の格好を見て、私はまたため息をついた。


「佐伯先輩!」

 待ち合わせの駅に着くと、やはり佐伯先輩は先に着いて待っていてくれた。
 今日は薄手の長袖Tシャツにチノパンというシンプルな出で立ちだ。スタイルが良いので十分サマになっているのだけど。
 そんな佐伯先輩の姿を見ていると、私の子の無難すぎる格好も案外バランスがとれているかもしれないと思えてきた。

「それじゃあ、行こうか」

 そう言って微笑んだ佐伯先輩にうなずき、隣に並んだところで思い出す。

「そういえば、『寄りたいところ』って……何だったのか聞いてもよかったりします?」

 私が尋ねると、佐伯先輩はどこか楽しげに微笑んだ。

「ああ、それはね。少し歩けば着くから、着いてからのお楽しみかな」

 ということは、これから寄るということのようだ。お楽しみって──何だろう?


「──ここだよ」

 佐伯先輩が立ち止まって指したのは、木造の和風の造りの建物だった。
 入り口に暖簾がかかっている。ということはお店なのだろう。

(「あふぎや」……? あふぎって……扇? 扇子屋さん?)

 佐伯先輩がその暖簾をくぐり中へと足を踏み入れたので、私もその後を追う。

「いらっしゃいませ」

 和服姿の女性の店員さんが笑顔で出迎えてくれた。
 半ば反射的に会釈を返しそうになった私は思わず動きを止める。
 シックな外見とは対照的に、店内はものすごくカラフルだったのだ。ところ狭しと並べられているのは色とりどりの──。

「佐伯先輩、ここって……」

「うん、着物のレンタルショップ」

 そう、見るも鮮やかな着物の数々が壁一面を埋め尽くしているのだ。

「せっかくのお祭りだから、浴衣でどうかなと思って」

 佐伯先輩とお祭りデートができるというだけで夢心地なのに浴衣まで着られるなんて!

「すごい! 素敵です!」

 目を輝かせる私に、佐伯先輩は優しく微笑んだ。

「どれでも、好きなの選んで」

 佐伯先輩が当たり前のようにそう言ったところで我に返る。
 浴衣のレンタルっていくらくらいかかるんだろう。今日の所持金で足りるだろうか。

「料金のことは気にせず選んでね。今日付き合ってくれたお礼だから」

「……!」

 まるで心を読んだみたいなタイミングで、思わずドキッとしてしまった。
 いや、きっと単に思っていることが顔に出ていただけなのだろうけど。

 落ち着いて店内を見てみれば、ちゃんとわかりやすいところに料金表があった。
 浴衣のプランは一応、中では一番お手頃価格のようだ。それでも、高校生にとっては決してお安くはないと思う。
 いや、勝手に懐具合を心配するのは失礼かもしれないけど。

 店内の浴衣は色も柄も本当に様々だった。
 あちこち目移りするばかりで決められない。

「どれがいい……ですかね」

 振り返って尋ねると、佐伯先輩はずらりと並んだ浴衣をちらりと見て首をかしげた。

「何で迷ってるの? 色?」

「ええと、九月だから秋っぽい色柄の方がいいかなあ、とか……」

 九月は暦の上では秋なのだ。今日は昨日よりかなり暖かくて、初秋というよりは晩夏という感じだけど。
 佐伯先輩は「なるほど」とつぶやいて少し考え込む。

「ちなみに、富永さんは何色が好きなの?」

「うーん……、ピンクとかラベンダーとか、あと水色なんかも好きです」

 要はパステルカラーや淡い色が好きなのだと思う。
 一方秋といえば、ワインレッドやマスタード、カーキにチョコレートブラウンなど、濃いめのこっくりした色のイメージだ。野山が染まる色だからかもしれない。

「オッケー。だったら……」

 佐伯先輩はそう言うと、並んだ浴衣を順番に眺め始めた。
 そして店員さんに断ってから二つを選び出し、両手に持って私に向き直る。

「この辺なんかどうかな?」

 佐伯先輩が見せてくれたのはどちらも花柄の浴衣だった。
 片方は淡い青地、もう片方はピンクが基調だ。柄は──。

「あっ……」

 さすがだと思わずにはいられない。

「桔梗と撫子──ですね」

 すると佐伯先輩はにっこりと微笑んだ。

「説明はいらないみたいだね」

 そう、桔梗と撫子はともに秋の七草に数えられる秋の季語なのだ。
 中学時代、まるで小さい子が図鑑を眺めるように国語便覧を眺めていた甲斐があった。
 そして、柄の意味に私が気づいたということに佐伯先輩も気づいていて、なんだか暗号を共有したみたいでわくわくしてくる。

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