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第34話 彼の目論み

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 一息ついたところで再び明美さんが口を開いた。

「研吾はたぶん、和斗がヤンキーと鉢合わせしたら面白いなとか、そうなったらさすがに放火はしないだろうとか、そんな安易な考えだったんだと思う」

 研吾という男は、佐伯先輩と正反対とまでは言わなくても、あまり物事を深く考えるタイプではないのだろう。
少なくとも、あの短い時間しか同じ空間にいなかった私にすらそう思わせるくらいには。

「でも放火事件は起こってしまって、佐伯先輩が疑われた……」

 実際鉢合わせしそうになってとっさに隠れてしまったことも、私は佐伯先輩から聞いていた。
 でもそれを誰かに言うつもりはない。その時佐伯先輩が隠れなければ火事は起こらなかったかもしれないなんて、筋違いのことを考えられるのは嫌だから。

「研吾は焦った。自分に頼まれて現場にいたのだと和斗が警察に話したら、今度は自分が疑われるんじゃないかって。和斗に罪を着せようとしたと思われるんじゃないかって。でも和斗は──」

「……話さなかったんですよね」

 言葉を継いだ私に、明美さんはうなずいた。それから、どこか遠くを見つめるような目になる。

「和斗はなんっていうか……鋭いところがあるから、たぶんその時点で研吾の目論みに気づいてたんだと思う」

 不意に予想外のワードが飛び出してきた。

「目論み?」

 首を傾げながらおうむ返しに問う。すると明美さんはうなずき、窓の外の車の流れに目を向けた。

「富永さんも共感してくれると思うけど、和斗って……なんていうのかしらね。欠点がないのよ。なんでもできるの。もちろん普通に遊んだりふざけたりはするけど、焦ったり慌てたりはしないっていうか」

 私は心の中で激しくうなずく。この間だってそうだった。相手を激昂させるレベルの冷静さなんて、早々お目に係れるものじゃない気がする。
 いや、でも思えば最初からそうだったのかもしれない。佐伯先輩はずっと、驚くことはあっても慌てるところは見たことがなかった──うまく想像することすらできなかったくらいに。

「研吾にはそういうのが癪に障るみたいで。劣等感とは言わないけど、勝手に感じてた引け目みたいな感情が限界を超えたんだと思う」

 そう言って、明美さんはコーヒーカップのスプーンを意味なくかきまぜた。

「和斗が何か困った目に遭えばいいと思って仕組んで、実際に和斗はそうなった。それなのに和斗には、自分をかばう余裕まで見せられてしまったから」

 困らせようとした相手に逆に気遣われる──端的に言えば、プライドが傷つけられたのだ。

(ああ、なるほど……)

 だから私が使われたのだ。佐伯先輩本人でダメなら周りの人間を危険な目に遭わせればいい。そうすれば少なからず焦るはずだと。
 もしそれが、佐伯先輩と親しい関係にあるというだけで選ばれた人間ならなおさら、佐伯先輩は責任を感じるだろうと。だから「彼女」である私がターゲットになったのだ。

「少し話は逸れますけど、お二人は……明美さんと研吾さんは、お付き合いされてるんですか?」

 私は最初から気になっていたことを思い切って尋ねてみた。
 ただの友達とか元同級生というだけでは、ここまでの──共犯も同然の働きはできなかった気がする。けれど明美さんはあっさり首を振った。

「ううん。付き合ってはいない。でも幼なじみでずっと仲のいい関係は続いてるの」

 幼なじみ──それならお互いに舌の名前で呼び合っているのも納得できる。

「佐伯先輩ともですか?」

 明美さんは今日もずっと佐伯先輩のことを「和斗」と呼んでいるし、あの日佐伯先輩が彼女のことを「明美」と呼んだのを私は聞いていた。
 けれど明美さんは再び首を横に振る。

「ううん、和斗とは高校で知り合ったのよ。先に研吾と和斗が仲良くなって、そこに私が加わった感じ。高一の頃は三人でよく遊んでた」

 当時のことを思い出しているのだろう。明美さんの顔に遠い過去を懐かしむような表情が浮かぶ。
 でも私はその顔に、チクリと刺すような悲しみも感じた。

「……佐伯先輩と付き合ってたことはないんですか?」

 佐伯先輩にも尋ねたことをあえて、明美さんにも聞いてみる。
 決して、佐伯先輩の答えを信じていないわけじゃない。ただなんとなく、聞いてみたくなったのだ。

「……ないわ」

 明美さんはなぜだかワンテンポ遅れて、でもはっきりと否定した。

(ああ、そういうことなんだ……)

 その瞬間、すとんと音が聞こえそうなくらいに全てが腑に落ちた。
 幼なじみだった明美さんと圭吾さん。その圭吾さんと仲良くなり、二人に加わるように親しくなった佐伯先輩。
明美さんと佐伯先輩の親密さが増していくのを一番近くで見ていたのは、それまでずっと明美さんの一番近くにいた圭吾さんなのだ。
 圭吾さんが佐伯先輩を人知れず嫌悪するようになった本当の理由は、きっとそれだ。
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