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第33話 あの「友達」

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 私はその後、受け取ったあの紙片を頼りにあの時の女性──本田明美さんに連絡を取った。佐伯先輩には内緒で、だ。佐伯先輩は、私が彼女と接触するのを良しとはしない気がしたのだ。
 後ろめたい気持ちがないと言ったら嘘になる。でも佐伯先輩がいない方が、得られる情報が多いのでは、と思ったのだ。

 相談して決めたチェーンのカフェに向かうと、待ち合わせよりも五分ほど早いにもかかわらず、明美さんはすでに席で待っていた。

「すみません、お待たせして」

 ぺこりと挨拶すると、明美さんはわざわざ立ちあがって挨拶を返してくれる。

「いいの。私が早く来すぎただけだから」

 明美さんはそう言いながら、手ぶりで着席を促した。私は示された通り明美さんの向かいの席に腰かける。
 姉妹だと知ってから見てみると、やっぱり明美さんと本田先輩はどことなく似ているような気がした。くっきりめのメイクに私服姿の明美さんの方が、自然と実年齢より大人っぽく見えるけど。
 私を案内してくれた店員さんがまだそばにいたので、明美さんはホットコーヒー、私はアイスココアを注文した。

「……この間は連絡ありがとう。まさか本当に会ってくれるとは思わなかったわ」

 店員さんがテーブルを離れたのを見計らい、明美さんがそう切り出した。私はとっさに「いえ」と答えたものの、明美さんは静かに首を振る。

「何よりもまず、ごめんなさい」

 明美さんはそう言って、私につむじが見えそうなくらいに深く頭を下げた。

「あんなことになるなんて思いもしなかったとか、手を貸すんじゃなかったとか、何を言っても言い訳にしかならない」

 明美さんは静かに息をつく。どう答えればいいのかわからなくて、私は黙ったまま続きを待った。

「愛美とも……妹とも、話したのよね」

 たぶん、本田先輩から聞いているのだろう。私は「はい」とうなずいた。

「詳しいことはよくわからない、というお話でした」

 私が言うと、明美さんは「そう」とつぶやき目を伏せた。

「私が無理やり手伝わせたの。和斗にはバレてたのね……巻き込むなって怒られたわ」

 そう、私が本田先輩本人から謝られて初めて察した事情を、佐伯先輩は最初からわかっていたのだ。そしてそれを、咎めた。

「私が連絡させていただいたのは……本当のことを知りたかったからです。三年半前の冬に何があったのか。この間、佐伯先輩を呼び出して何がしたかったのか」

 明美さんの目をまっすぐに見つめて言う。すると彼女はゆっくりと、でも力強くうなずいた。

「私も、あんなことになった以上このままではいけないと思って研吾を問い詰めたわ」

 その苦い表情が、あまり楽しくはない話なのだろうと予感させる。それでも聞かずに帰るつもりはなかった。

「……あの冬、何があったのかは知ってる?」

 明美さんの静かな声にうなずく。

「放火事件があって、友達に頼まれて猫を探していたせいで現場にいた佐伯先輩が疑われた、という話は聞きました」

 知っていることを簡潔にまとめるとそうなる。本当の意味で警察から疑われていたわけではないと佐伯先輩は言っていたけど、多くの人にそう思われているのなら、それは結局同じことなのだ。
 私の言葉に、明美さんは「そうね」と悲しげに顔をゆがめた。

「その時、猫を探すように頼んできた友達というのがあの時の男の人で、その猫を飼っていたのは明美さん……で、合ってますか?」

 続けて尋ねると、明美さんはぴたりと動きを止めた。

「……そこまで聞いたのね」

 どこか諦めたような明美さんの声に、私は首を振る。

「いえ、私の想像です。佐伯先輩はただ『友達』としか言わなかったので」

 私の言葉に驚いたのか、明美さんが大きく目を見開いた。それからふっと表情を和らげる。

「さすが、勘がいいのね。私があなただったら、あの会話からそこまではわからなかったと思うわ」

 何が「さすが」なのかはわからなかったけど、私にはそれよりも確認しなければいけないことがあった。

「……知らなかったんですよね。そのこと」

 佐伯先輩がミューという名前を口にした瞬間の明美さんの反応を思い返す。あれは、事情を知っている人の反応じゃない。

「……情けないことにね。和斗が研吾に言われて猫を探していたことも、その猫が私の家の猫だったことも、私はついこの間まで知らなかった」

 明美さんはかすかに表情をゆがめながら言った。
 佐伯先輩は、明美さんが知らないということを知っていたのだと思う。そして、はっきりと伝えることなく気づかせようとして、わざと猫の名前を口にした。
 導かれる答えは──ひとつだ。

「それじゃあ、猫がいなくなったっていう話は……」

 最後まで言わなくても伝わったのだろう、明美さんはうなずいた。

「そう、研吾の嘘。本物の放火犯たちが話してるのをね、たまたま聞いたらしいの。どうせ誰も住んでない、誰のものでもないゴミ同然の家なら燃やしちゃえよって、そんな話」

 明美さんがそう言ったところで、注文していたドリンクが運ばれてきた。
 私たちはいったん会話を中断し、コーヒーとココアにそれぞれ向かい合う。
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